16.知らぬ間に戦力はたまっている
「一階をどう使えば良いんだろう」
サクラお手製のアップルパイを食べながら、俺は考えていた。
「主様のお好きなようにどうぞ」
好きなように、と言われても。
なにしろ二LDK一筋だ。
広い部屋に住んだことがないので、どう使っていいのか分からない。
「今の所、ただのウッドゴーレムとリンゴ置き場だぞ」
収穫しきったリンゴや、外に置ききれないリンゴの木をゴーレム化して保存しているのだ。
だから、一階にリンゴのいいにおいが滅茶苦茶染み付いて、芳香剤みたいになっている。
「しかも、ウチのリンゴ、中々腐らないんだよなあ……」
「魔力が詰まっていますからね。とはいえ、日に日に抜けていきますが」
この前、判明したことだが、収穫してからしばらくたつと、リンゴ内の魔力が減るらしい。
鮮度のようなものだ。
樹木に付いている間だけ貯めこんでいて、翌日には半分になっている。
それでも腐らないあたり、本当にリンゴと呼んでいいのか分からない物体なのだが。
「部屋として使うにしても、家具はいるし、うーん……」
「その内、素材を集めて作るか、人狼さんに頼んで買ってきてもらいましょうか」
それもいいかもしれない。
人狼は殆んど行商人みたいになっているし。
それにモノを買うための金は、
「おっ、今日も来てるな」
窓の外、庭の入口付近に、姫魔女ディアネイアが立っていた。
いつものように革袋を持っている。
「んじゃ、挨拶に行ってくるわ、サクラ」
「はい、御夕飯を用意して待っていますね」
●●●
ディアネイアに会いに行くと、ヤケにそわそわしていた。
なんだか落ち着かないというか、見覚えのないものを見ているような感じだ。
「よう、どうしたディアネイア。落ち着かない様子だが」
「あ、ああ、貴方か。良かった。家の形が変わっていたから、もしかして住処を移したのかと」
ああ、そうか。二階が生えたこと、知らないんだもんな。
「まあ、気にするな。というか、この頃、よく来るよな、アンタ」
三日おきくらいには来ているだろう?
姫なのに、そんな時間があるのか。
「う、うむ、有難いことに、この近辺の治安が良くなっているからな」
ということは、昔は治安が悪かったのか。
確かに、俺も、普通に暮らしていたら、ヒャッハーとかいいながら魔女とか人狼が襲ってくる地帯だったしな。
最初は二日酔いと頭痛が残っていたから何にも感じなかったけど、今思うと結構な危険地域だ。
「うぐっ……そ、それは本当に悪かった。反省している。だが、お陰で仕事が減っているのだ。この二日は徹夜もしていないくらいに」
「普通は徹夜するのか」
よく見れば、彼女の眼の下にはクマが出来ている。結構な激務のようだ。
姫ってもしかしてブラック企業みたいなものなのか。
仕事が残っているから寝れない気持ちはわかるけどさ。
「ここに来るのは、私にとっても、意味のある事なのだ。だからまあ、受け取ってくれ」
そして、彼女はいつものように革袋を渡してきた。
「今回は銀貨千枚入っている」
「別にこういうお返しは、いらないんだけどな」
「いや、貰ってばかりでは悪い。ただでさえ、貴方と貴方の家がいるだけでこの地域は、魔力的に豊潤になっているのだから」
あん? それはどういうことだ?
「説明していなかったか? ここの地脈と貴方は大量の魔力を蓄えていると同時に、それを溢れさせているんだ」
魔力を発生させているのは分かっていたが、魔力が多いと何か良いことがあるのか?
「まず、作物や生命がよく育つ。生命の力の源だからな。それゆえに、動物から採れる素材も良質となり、豊かになるのだ」
「へえ、すげえなだな」
「つまり、貴方が好きなように出歩いて、貴方が好きなように魔力を使うだけで、私の国は豊かになる。私がいつもお金を渡しているのは、お礼というのもあるのだ。この国に、王都の近くにいてくれてありがとうございます、と言うな」
なるほど、お礼か。
本当に律儀だな、この姫魔女。
そんなことを知らない俺にずっとお礼の金を払い続けていたとは。
……そもそも、こちらに呼ばれた原因も、この姫魔女たちなんだけどさ。
なんとも言い難い感情が胸に入ってくるよ。
「まあ、魔力が濃すぎると毒にもなるので、注意は必要なのだがな。私はこれでも慣れはしたが、この地脈に以上近づけないし、普通の人間がこっちに来たらまず気絶するだろう」
「俺が普通に暮らしている家を、毒沼みたいに言ってくるんじゃない」
流石に失礼だぞ。
「うぐっ……、す、すまない。失言だった」
「本当だよ。というか……さっきからずっとキョロキョロしてるのは、なんでだよ。慣れたんじゃないのかよ」
「い、いや、その、慣れたと言っても、前まででな。……さ、先ほどから気になっていたのだが、あの部屋はなんなのだ?」
彼女が指さしたのは一階。
大きな窓のある部屋だ。
その窓から見えるのはギッチリ詰まったゴーレムたち。
ああ、そうか、カーテンないから丸見えなのか。
「ただのゴーレム置き場だよ」
「ただの……? 見た感じだと、かなりの魔力が詰まったゴーレムたちのようだが、その……何の用途があるんだ?」
用途? んなもんない。
ないからあそこに押しこんであるんだから。
そう言うと、ディアネイアは目を丸くした。
そして冷や汗を流しつつ、口を開いた。
「えっと……これは聞くべきなのか、迷うが、……貴方は私の国の侵略とか、考えたりしているのか?」
「はあ?」
いきなり何を爆弾発言しているんだ、この姫魔女は。
「い、いや、怒らずに聞いてほしい。あれは、私たちからすると過剰な戦力に見えるのだ」
過剰戦力って、何をビビってるんだ。ただのリンゴの木だぞ。
近くで見ればそれが分かるだろう。
「ちょっと、こっち来い、ゴーレム」
一体を呼びだして見せてやると、
「ひっ……ちょ、ち、近づけないでくれ。あ、圧倒されるんだ!」
思いっきり後ずさりされた。
ただのリンゴの木を削って作った可愛いゴーレムなのに。
めちゃくちゃ怖がられてしまった。
ゴーレムもどことなくシュンってしてるじゃないか。
「うう……、すまない。だが、本能が生命の危機を感じたのだ」
「想像力が豊かで結構なことだが、俺は侵略とか考えた事もねえよ」
したいとも思わない。
俺はこの家と庭だけで満足しているのだから。
「……そうか。それならば、良かった」
ディアネイアはほっと一息をついた後で、苦笑した。
「まあ、貴方の力なら、そんな準備なんてしなくても、王都くらいは落とせるだろうから。聞くだけ意味のないことだったな」
だからしないっての。
さっきから人の話を聞いているのか?
「……すまない。私も少し疲れているのかもしれないな。悪い考えばかりが浮かんでしまう」
確かに疲れてる時はマイナス思考になりやすいけどさ。
こっちに飛び火させるんじゃないよ。
と、同情しつつも、呆れていると、
「お……?」
ゴーレムの背中に収穫後のリンゴがひとつくっついていた。
……これは丁度いいかもしれない。
「おい、ディアネイア。これ持っていけ。配達賃だ」
リンゴをもぎって、ディアネイアに渡す。
「リンゴ?」
受け取ったディアネイアは最初、首を傾げていた。
が、すぐに食い入るように見つめた。
「……やけに濃密な魔力が詰まっているが、なんだこれは!?」
「アンタ、魔法使いなんだろ? なら、疲れてる時にそれ食べると、元気になるらしいぞ」
それくらいなら、彼女でも食べられるだろ。
「い、いや、確かに、この量ならば、回復は確実だろうが……良いのか?」
「疲れてるんだろ? なら、食って回復して、マイナス思考は止めろ」
そうすれば、俺が侵略するとか、変な考えをすることも無くなるだろ。
「う、うむ、そうか。で、では頂こう。このお返しも、またいずれさせてもらう」
「だから、もうそれは良いって」
そのまま、リンゴを一つ手土産に、ディアネイアは帰っていった。
さあ、金も受け取ったし、俺も家に帰ろう。
人狼に金を渡してカーテンでも発注しつつ、サクラが作ってくれる夕飯でも食うか。
ゴーレムはただの作業機械(主観)
まだまだ書きます! よろしくお願いします。