-side プロシア-悪い水と竜の話
ダイチとの話も終えて城へ戻ってきたディアネイアはマナリルに、城内を案内していた。
今日からしばらく客室の方に泊まってもらう予定で、既に精霊と楽器はその部屋の中にいる。そこまでの案内だ。
夜という事もあり、通路に人はいないのだが、この周辺は更に人気が少ない。何故なら、
「御免なさいねディアネイア。いきなり来て、出来るだけ人が周りにいない部屋でお願いする、なんて言ってしまって」
「いや、気にする必要は無いよマナリル殿。魔法研究者や、周囲にプレッシャーを与える強者向けに、そういう部屋も用意できるようになっているしな」
彼女も竜王であるし、また精霊をひきつれている。だから人気の少ない場所を望むのだろうな、とディアネイアは思っていた。
ヘスティと同じく気遣いしてくれるタイプの竜王なのだろう。有難い事だ、と思いながらも、ディアネイアは先ほど気になった話を聞くことにする。
「ところでマナリル殿。先ほど聞き損ねたのだが、悪い虫とはなんなのだ?」
「ああ、湖に封印している精霊竜のことよ。――私が治めて鎮めている悪竜ね。カトラクタっていうの」
「精霊竜……というと、自然の意思たる精霊が集まって、が竜の形になったものか?」
カトラクタという名前には聞きおぼえはないが、精霊竜は知っている。
以前、城の書庫で読んだ資料にはそんな事が書いてあった。
「よく知っているわね。その中でも、悪い意思――怨念や邪念が水に溶けたもの。それが集合したものがカトラクタでね、とても強い力を持っていて、水に対する悪影響をもたらす竜なの」
「悪影響、というと?」
「カトラクタが目覚めて暴れ出すと、水が真っ黒に濁って、その水は毒と化すわ。だから、絶対に目覚めさせられないのよ」
思った以上に不味い存在だ、とディアネイアは思う。このプロシアは水が豊富で、それゆえの産業もかなり多い。
その水を潰されてはシャレにならない被害が出る。
「一応、封印しているとはいえ、カトラクタの力は水脈全体に及んでいて、その水に溶け込んだ魔力を食べようとするの。それが私のいった悪い虫の正体」
「なるほど。そこまでの影響力を持つとは、予想以上だったな」
「ええ、まあ、例外はあるけれどね。あのおかしな魔力で全てを跳ねのけているダイチさんの場所のように。……ふふ、思い出すだけで、強張った笑いが出ちゃうくらいだからね」
マナリルは遠くを見つめて苦笑しながら呟いた。
「私はそこまで物理的な力が強いわけじゃないから、どうにも恐れてしまうわね」
「え? でもマナ殿は竜王なのだろう?」
「ええ、でも、多分、戦力的に言えば、貴女よりもちょっと上くらいでね。ダイチさんとはもちろん、他の竜王とも比べられないわ」
手をひらひらしながらマナリルは言ってくる。けれど、
「それは十分強い、と言えるんじゃないか? いや、私が強いと自惚れているわけではないが……」
「竜王としては弱い方ってこと。だけれど、魔力を食べて封印から目覚めてしまえば危ないことになるカトラクタを封印できる歌があるから、竜王として扱われているのよ。歌えば歌うほど、奴の魔力食いも抑えられるしね」
マナリルは自分の喉を指し示しながら言う。
確かに目覚めてしまわなくても、作物とかにも悪影響が出るし、本当に厄介な存在だ。
「カトラクタの調伏や抹消は出来ないのか?」
精霊ならば、力を示せば従属させることも可能な筈だが、何故それをしないのか気になった。だから問うたのだが、
「無理だったわね。私を含めた竜王四人で挑んだ時もあったけれど、仕留めるのに時間が掛かりそうでね。被害の方が大きくなるって判断して、封印したのよ」
「既に実践していたのか。……すまないな、変な事を聞いた」
「気にしないで。話が足りなかったのは事実だし、私がしっかりライブしていれば、大丈夫なんだから。よっぽどのことがない限り目覚める事はないわ」
だから、私も体調を整えないとね、とマナリルは自分の喉をさすりながら言う。
彼女は真面目に、この街やこの地域の事を思って歌おうとしてくれているのだろう。ならば、自分にできる事をしよう、とディアネイアは思った。
「マナ殿。もう少し、ライブに付いてお話を聞かせて貰ってもいいだろうか」
「ええ、良いわよ。じゃあ、部屋でもう少し話しましょうか」
「うむ、それと、もしかしたら書庫にも、湖の悪竜について書いてある資料が在るかもしれない。それも調べてみよう」
「あら、ありがとう、助かるわ」
そして、ディアネイアはそのままマナリルとの会話を続けていく。