145.慣れた人と慣れてない竜
俺は庭のベンチでディアネイアとヘスティから、マナリルについて聞いていた。
「なるほどね。治水のためのライブをするために街に来た、のか」
「うむ、それとヘスティ殿に会いたいということで、私が仲介をしに来たのだ。彼女自身が来てしまったが」
「ん、それは仕方ない。マナリルは、あんまりじっとしてられない性格だから」
正直、説明がないと全く意味が分からないところだった。
ヘスティやディアネイアが、彼女の能力について教えてくれたから、どうにか理解できた。
わかりやすい説明役が二人もいると違うな、と思っていると、
「いや、ちょっと、今更だけど貴方たち二人とも、なんでそんなに落ち着いていられるの……?」
マナリルが、驚きの視線でディアネイアとヘスティを見ていた。
「え?」
「ん?」
「ヘスティは、まあ、相変わらずかもだけど。ディアネイア、貴方はなんで、こんな魔力を振りまいている人を目の前にして、平然としてられるの? おかしいじゃない」
マナリルにそういわれて、数秒立った後、
「「あー」」
ヘスティとディアネイアは二人して声を上げた。
というか、俺も上げそうになった。
「なんつーか……竜王にこんな反応されるの、新鮮だな」
今までの竜王は無表情系だったり、変態だったり、のんびり屋だったり、あたりが強い性格をしていた奴だった。
だから、こんな町の人みたいな反応をされるとは思わなかった。
「うむ。失礼ながら、私も慣れてしまっていたが、うん、そうだな。大丈夫だぞ、マナ殿。ダイチ殿は……そこまで怖くない」
なんで『そこまで』、という前置きをつけたのか問おうかと思ったが、今はやめておこう。
「そ、それは、こんな風にヘスティが穏やかに会話しているから、わかるけれども。でも、私も感知したばかりだけど、この魔力量、おかしいわよ! 始祖の精霊とか、この大地の創生者だったりするの!?」
「いや、ここでおとなしく暮らしているだけの人間だぞ、俺は」
始祖とか創生者とか、なんだか凄くて偉そうなものではない。
「そ、それもおかしいわよ。この地下にある水脈も、すごい魔力だし。わ、私の感知能力がおかしくなったのかと思ったくらいに!」
へえ、この竜王は地下の水脈の存在とかを感じ取れるのか。
「マナは、竜王の中で一番、感知範囲が広い、から、その力は、衰えてないね」
「ええ、おかげでびっくりよ。……この頃、私の湖ほうへ流れ込む水が、ものすごく豊潤になっていたのは、貴方のおかげだったの、ね」
そういってマナリルは俺の顔をじっと見てくる。
確か、武装都市のほうにある湖に住んでいる竜王だったんだよな。
「なんか迷惑だったか?」
少し気になったので聞いてみたが、彼女は首を横に振った。
「いえ、迷惑どころか大歓迎よ。魔石から水に魔力が溶け込むのは、ワインが一滴、川に流れ込んでくるものなんだけど、これはワインがそのまま川を流れているようなものだから、とてもおいしくて栄養豊富な水になったわ。ありがとう」
「いや、俺はただ住んでいるだけだからな。礼を言われることでもないぞ」
というか、ワインに例えられるとは思わなかったよ。
この竜王は詩的な表現でも好むんだろうか。
「まあ、ただ、私の湖から悪い虫が逃げ出してね。その悪い虫が、おいしいワインの通っている川や水脈に向かうと荒れてしまうから。だから私が止めに来たのよ。ライブして治水することでね」
「わざわざここまで来て?」
「そうよ。私に出来ることなら、しておきたいもの。私の住んでいる場所が発端なんだし」
なるほど、この竜王はかなり良いやつみたいだな。
ヘスティといい、マナリルといい、小さい竜王は責任感が強い子が多いのかもしれない。
「ふえ……? なあに、ダイチさん?」
「いや、なんでもないよ」
町からここまで走ってきて庭でぐったりしながら寝ているラミュロスを見ていると、そう思ってしまった。
「ま、なんだ。改めて、よろしくなマナリル。人当たりの良い竜王に出会えて、俺もうれしいよ」
そう言って俺が握手の手を差し出すと、
「あ、うん、よ、よろしく。でも、マナでいいわよ……」
恐る恐る手を握ってきた。さらには、
「ひゃんっ!」
小さく声もあげられてしまった。
「ん? 強かったか?」
「い、いや、大丈夫、よ。うん、よろしく、ダイチ、さん」
マナリルは顔を赤くして、そむけながら言ってくる。
「……あれ、なんか、マナ殿の態度がおかしいような……?」
なんだかディアネイアの奴がぶつぶつ言っているし、どうしたんだかな。
けれどもこうして、俺はマナと顔見知りになれたようだ。