11.小さくて大きな侵入者
昼間、庭のリンゴ畑を散歩をしていると久しぶりの侵入者がいた。
「……」
リンゴをジーッと見てる幼女だ。
真っ黒な服と真っ黒な髪の毛と真っ黒な目をしている。
「うん? どうした?」
迷子かと思って声をかけてみると、幼女は樹木を指差した。
金のリンゴが生えた木だ。
「あれ、リンゴ」
「ああ、リンゴだな。よく分かったな」
見た目は幼いが随分とハキハキした喋り方である。
「分かる。我、旅人だから」
「おう、そうか」
なんだ、この歳で旅に出てオッケーなのか、この国は。
もしくはこの森のこの近辺が、思った以上に安全な場所なのかもしれない。
「我、ヘスティ、よろしく」
「おう、よろしく」
挨拶もしっかりできるし、出来た幼女だ。
なんて幼女を見ていると、ぐうー、と彼女の腹が鳴った。
「……ん」
「お腹、空いてるのか?」
「……分からないが鳴った」
首を傾げている。
色々な意味で大丈夫かこの子。
「……んー」
幼女はリンゴをじーっとみている。
これは、食いたい、ということだろうか。
でもなあ、この前、竜の血とか魔力が入ったのは普通の人には毒って聞いたんだよな。
だから、
「おーい、サクラ」
「はい、なんでしょう主様」
サクラを呼んで聞いてみることにした。
「サクラ。このリンゴってこの子に食わせても大丈夫な奴か?」
「おや、可愛らしい子ですね」
サクラがじっと見ると、黒い幼女もじっと見返した。
「そうですね……この子くらいの魔力量があれば、食べても平気でしょう」
「へえ、こんな幼女なのに魔力が結構あるのか」
まあ、そうでもなきゃ旅人なんてやってないだろうが。
「あ、でも金のリンゴはやめた方がいいかと」
「うん、それは俺も分かってる」
どんな症状が起きるかわかったもんじゃない。
だから、渡すのは赤りんご。
「ほらよ」
身長的に届かないだろうから、俺がもぎって渡す。
「? くれるのか?」
「おう」
「そうか。では頂く」
幼女は小さな口で、シャクシャクと皮ごと食っていく。
「美味しいですか?」
「甘い……」
「そうですか」
しかし、サクラは、珍しく他人に対して柔らかだ。
「もしかして、子供好きなのか?」
「はい。家としては、賑やかさの元になる子供は好ましいので」
ああ、そうか。家の精霊だったな、サクラは。今の今まで忘れていたよ。
「そんなこと言って、主様も子供には優しいじゃないですか」
「俺は別に自分に迷惑をかけてきたり、安住を妨害されなければ基本的に優しいんだよ」
今までは、完全にこちらの事情無視で迷惑をかけてくる連中ばっかりだったがな。
「なくなった」
会話しているうちに食べ終わったようだ。
「甘かった。満足感、ある」
「難しい言葉知ってるな、お前ー」
グリグリと頭を撫でてやる。
幼女は少し、くすぐったそうな顔をしたが、すぐに受け入れた。
微笑ましい。
「さて、俺たちはもう帰るけど、ヘスティ。お前はどうするんだ?」
「我も、帰る。リンゴ、美味しかった」
「おう、じゃあな」
「うん、また」
そう言うと、ヘスティは踵を返して、振り向くことなく森の西の方へ消えていった。
「不思議な子でしたね」
「ああ、あんな旅人も迷い込んでくるんだな。この世界にきて初めて、常識的な子と出会って、常識的な会話をしたような気がするよ」
今までが波瀾万丈すぎたわけだが。
でも、こうして普通の会話をできる人物がいるのはいいことである。
●●●
西の森の外れ。
鬱蒼と茂っている筈の木々がなくなり、褐色と黄土色の岩地が見え始めた所。
黒の幼女は、竜と共にいた。
極飛竜と呼ばれているその竜は、幼女、ヘスティに頭を下げていた。
『お待ちしておりました! 竜王様! 人間の世界から、よくぞお戻りくださいました!』
そして話すのは竜の言語だが、
「ん」
ヘスティにはそれでも通じていた。
『戦うべき相手の下見はいかがでしたか?』
「強い」
ボーっとした眼で、しかしへスティは即答した。
『……っそうですか。竜王様ですら、そう思いますか』
「実は、我、戦いたくない」
『は?』
「多分、我では、勝てない。あと、あの場所焼きたくない」
へスティには分かる。
竜としては数百年を生きて、人として数十年旅をした彼女には、相対したものの力量を測るくらいは出来る。
「あの男、我よりずっと強い。あと、魔力の詰まったリンゴ、美味しい」
『そ、そうですか。り、リンゴですか』
「うん、だから焼けない」
『ですが、もう血気盛んな連中は、今にも飛びかからんばかりでして――』
「分かってる。ちょっと待て。挑みはする。……でないと、連中、納得しないの、分かってる」
へスティは知っている。竜の気性の荒っぽさを。
「力の差が分からないのに、突っかかるのは、ただのバカ。分かってて突っかかるのはもっとバカ」
でも、竜はそれをやる。
「我は竜王、バカどもの王。だから、代表してでも、挑まなきゃ」
『はいっ……!!』
「これは、竜を、滅ぼさないための、戦い」
勝てばあの男はいなくなり、負けたら、自分の醜態を見て竜は戦いをやめる。
勝っても負けても、竜とあの男の戦いは終わる筈。だから、
「我が負けても、文句、言わないでね?」
『了解しました! 竜王、ヘステス・ラードナ様!!』
そして彼女は歩きだす。
森を抜けて、竜の谷へ。
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