112.スピリット
俺以外の全員がぶっ倒れた数十秒後、店のドアが開いてサクラが出てきた。
「あら、酔い覚ましの水を持ってきたのですが、遅かったようですね。主様以外、全滅ですか」
「そうみたいだな」
サクラから水の入ったコップを受け取って、喉をうるおしながら周囲を見る。
全員気持ちよさそうに寝ている。
あれだけ強い酒をガンガン飛ばしていたらこうなって当然ではあるが。
「皆さんの事、どうします?」
「まあ、今日は温かいし、放置していても大丈夫だろ」
風邪をひくような連中でもなさそうだしな。
ただ、通行の邪魔にならないように道の端っこに寄せておくくらいはしておこう。
そう思って、シートごと動かそうとした時、
「んん? ……この水色の小さい子は何だ?」
いつのまにやら、半透明の水色をした生物が一体、紛れ込んでいる事に気付いた。
その生物は小さな人型をしていて、ちょうど体のでかい冒険者連中の背中に隠れていた。
「すぴー、すぴー」
そして、周りと同じように、気持ちよさそうに眠っている。
……ええと、これは……。
手には酒瓶とリンゴジュースがあるということは、さっきまで酒飲みに混じっていたのだろう。
若干、赤みを帯びているところを見るに、こいつも酔いつぶれているようだ。
というか、この半透明っぽいからだといい、サイズといい、
「これ、精霊か?」
「恐らく、そうですね」
「……酒飲んで酔っ払ってるんだけど、いいのか」
「いいんじゃないでしょうか。お祭りですし」
まあ、精霊だって生き物なんだから酒くらいのむし、酔っ払うか。
そして鼻ちょうちんを作りながら、街中でごろ寝することだってあるだろう。
「……とりあえず、良い顔して寝てるけど、問題起こされても面倒だし、緩く捕縛しておいてやるか」
「そうですね」
俺は家の方から樹木の縄を引っ張り出して、精霊に巻き付けていく。
隙間は無いが、かなり緩めなので、睡眠を妨害することはないだろう。
完全に爆睡している精霊をぐるぐる巻きにしていると、
「ん? また、精霊が来ているの?」
店の中で休憩していたヘスティが出てきた。
「おう、ヘスティ、ゆっくり休めたか?」
「十分休めた。お陰で、外から水っぽい魔力を感じる事も出来た」
彼女は、ぐるぐる巻きになった後も眠り続けている水色の精霊を見ながらそういった。
「水っぽい魔力ってまさか……」
「ん、正解。……それが、水の精霊。四大精霊の内の一柱」
うわあ、マジか。
「すぴー」
このぐるぐる巻きで爆睡してるのが、国を守護する精霊の内の一体なのか。
「この酔っぱらいがそんな凄い精霊だとは思えないんだけど」
「いや、酔っぱらったのはアナタの魔力が原因。水の精霊はお酒は大好きだけど、普通の酒じゃ、酔わない。……相当な魔力酔いをしているから、精霊的には頑張って沢山飲んでたみたい」
「そうなのか?」
いつの間にか精霊がいて酔っぱらっていたので、その辺は分からないんだけども。
「ん? 一緒に酒盛りしていたの?」
「まあ、多分な。同席はしていたんだろうよ」
全員が酔いつぶれた後に来たとかなら、流石に分かるしな。
「だとしたら……貴方は精霊と飲み比べて勝ったことになるね。水の精霊は確か、飲み比べが好きだった筈だし。頑張って飲んだのも、それが理由かな」
「待て。俺は飲み比べた意識もないし、マイペースでちびちび飲んでただけだぞ」
だから今も殆んど酔ってないんだし。
「ん、でも、アナタの魔力で水の精霊は満たされているわけで。多分、半主従契約は成立していると思う、よ?」
「よくわかんないなあ、その辺は」
勝負した気もなければ、契約した気もないんだけれども。
「ともあれ、眠気覚ましにちょっと走って、ディアネイアに伝えてくるね」
「お、おう。そんじゃ頼むわへスティ」
ただ、宴会をやっただけなのに、どうやら、水の精霊も捕まえてしまったようだ。