102.店での就寝
ディアネイアと別れ店に戻った俺は、炎の精霊をキッチンの燃えない場所に置いて、居住スペースの奥に布団をしいて横になっていた。
ヘスティはまだ眠くないらしく、街を見回ってくると出て行った。
また、ラミュロスはアンネの家に泊まるなるとのことで、この店には戻ってこなかった。
だからこの店には今、俺とサクラだけがいる状態だ。
まあ、普段どおりといえばそうかもしれないが、
……自宅以外の場所で寝るのは初めてだな。
自宅とは随分勝手が違う。
布団の中に入ったものの、そわそわして微妙に寝付けない。
それはサクラも同じらしく、
「……」
彼女は窓際の椅子に座って、ボーっと窓の外を見ていた。
その横顔は少し寂しそうに思えた。
だから、俺は布団から出て、サクラの隣に座る。
「あ、主様。眠らなくて大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫ではないけれど、微妙に落ち着かなくてな。サクラも落ち着かないのか?」
「ええと、……はい。そうですね。主様と一緒です」
俺が聞くとサクラはごまかすように苦笑した。
「家とは勝手が違うからなあ」
「ええ、ここだと掃除する場所も限られていますし、見回りするほどの広さもありませんし、私のやることがほとんどありませんので」
ああ、そうか。自宅ならば庭やら温泉やら、色々と施設があるものな。
そこに比べたら、家の中で出来る事は少なくなる。
「そえでも、主様の寝顔を見ていられれば飽きないので良いのですがね……」
「でも、俺も寝れてないから、やることがない、と」
言うとサクラは頷いた。
なんだか手持ち無沙汰っぽかったのはそのせいか。
「暇で仕方ないようなら、祭りを見に行って来てもいいんだぞ?」
「ああ、いえ。私は『主様とお祭りに行く』のが好きで、楽しみにしているだけですからね。一人で大勢いる場所をぶらつきたいとも思えませんし」
「なんだか俺みたいなことを言っているな」
「私は主様の所有物ですからね。それは似ますよ」
ふふ、とサクラはほほ笑んだ。
家と所有者って似るのかどうかは分からないけれど、俺も人ごみが嫌いなのでそうなのかもしれない。
「うん。俺もサクラと一緒で家が恋しくなる気分は少しあるからなあ」
「そうなのですか?」
「おうよ、枕が変わっても寝られるけれども、やっぱり家の布団と空間が一番だからな」
この店のほうが新しいし、俺が住みやすいように作った場所だ。
キッチンも風呂も完備しているし、平屋だが居住空間は広く取ってある。
だから普通に過ごす分には問題ないのだけれども、
「それでも俺は、サクラが宿るあの家が心地いいから。恋しくなるんだよ」
寝る時になって、それを改めて実感した。
何年もの間、寝食をともにしてきた我が家には相応の気持ちよさがあった。
それを彼女に伝えると、彼女は嬉しそうに眼を伏せた。
「……そう言っていただけるのは、私は、家の精霊として本当に幸せです」
サクラは俺に寄り添って、静かに手を撫でてきた。
「とはいえ、主様がこの手で作ったこのお店もとても住みやすくて、快適なんですけれどね。家の精霊として、すごく良い家だと思います」
「はは、家の精霊からお墨付きを得られるのであれば、俺の建築技術も捨てたもんじゃないな」
「捨てるどころか、もっともっと建築していってもいいと思いますよ」
そうか。じゃあ、気が向いたら増築なりなんなりを試してみようかな。
「……それにしても、街の方は賑やかですねえ」
「そうだな」
喋りながら、俺とサクラは窓の外をみる。
防音はしっかりしているのでうるささは感じないが、活発な様子は見て取れる。
「俺は人の多い場所は好きじゃないんだけど、偶にはこういう夜更かしもいいか……」
「そうですね。こんな機会は、中々ないですものね」
サクラの軽い体重が俺の体に預けられる。
そのまま俺たちは、眠気がくるまでの間、ゆったりとした夜を過ごしていった。