96.預かりモノ一名
俺の店に現れた闖入者は、最初とりみだしていたが、今は落ち着いたようで椅子に座っている。
びしゃびしゃになった服を着替えた状態で、だ。
「あの、下着を貸して頂いて、どうもありがとう……」
「ヘスティの着替えが丁度よくぴったりだったからな。礼ならあっちに行ってやってくれ」
「気にしないでいい。コーティングしてても、触れたら駄目な事、伝え忘れてたのも、あるし」
へスティはそう言いながら、リンゴの箱を店の奥へ運んでいく
なんというか、この店の洋服ダンスに着替えを置いておいてよかった。
「えっと、あと、店を汚して、御免なさい。えっと……ダイチお兄さん」
名乗ったら自然とお兄さんと呼ばれるようになった。
こそばゆいが、年齢的にはそんなものだから仕方ないか。まあ、それはともかく、
「別に良いさ。床板を操るだけで綺麗に出来たし。――で、アテナだっけ? 君はディアネイアの所から来たんだよな」
「う、うん。そうだよ」
既に軽く事情は聞いている。
なんでも、城で喧嘩沙汰が起こりそうになって、こっちに飛ばされてきたらしいが、それなら、近い内に迎えが来るだろう。
城は隣だし。
俺も忙しいわけでもないし、短時間、預かっておくくらいは別に良い。
夜中に外へ放り出すわけにもいかないしな。
……まあ、いきなりテレポートさせてきたことについては文句を言わせて貰うが。
そして、アテナにとっても突然だったからか、まだビクビクしていた。
「なあ、アテナ」
「ひゃ、ひゃいっ! な、なんでしょうか!」
声をかけただけでもこれだ。体を固くされる。
「あー、その、そんなに気張らなくていいぞ?」
「は、はい!」
駄目だ。ガッチガチだ。
このまま緊張させっぱなしだと、また漏らす可能性がある。
代えたパンツもびしゃびしゃになって無駄になるし、床を汚されてるのもよくない。
……緊張しないでもらえればいいんだけどなあ。
さて、どうしたものかなあ、なんて思っていると、
「……んく」
アテナが不意に、唾を飲み込むような音を出した。
なんだと思って彼女の視線の先を見れば、カウンターでゴーレムがジュースを試作している姿があった。
「んーと、アテナ。喉は乾いてるか?」
「え? あ、その……ちょっと、乾いてます」
緊張で汗やら何やら、出しまくっていたからな。
水分が足りなくなってきているんだろうが、それなら丁度いいか。
「ゴーレム」
俺は持ってきた荷物と、木材を組み合わせて小型ゴーレムを作った。そして、
「向こうで作ってる試作品を持ってきてくれ」
頼むと、ゴーレムはそのまますたすたとカウンターの方へ向かった。
「え……こんなに精巧なゴーレムを、杖も無しに使役してるの?」
「使役っていうか、便利に使ってるだけだな」
意思とかは無いし。
「意思がなくてあんな動きをするんだ……すごい」
ゴーレムの動きを見て、アテナの緊張が僅かにほどけたようだ。
この街に来た時もそうだったがゴーレムというのは子供に人気があるのかもしれない。
今度ディアネイアにでも聞いてみるかな、なんて思っていると、小型ゴーレムが戻ってきた。
そのお盆のように平たい手には、湯気を立てる二つのカップが置いてある。
それを引き取り、ひとつをアテナに渡す。
「ほい、飲むといい。多少は元気も出ると思うぞ」
「あっ……あたたかい、です。けれど、これは……?」
「温めたリンゴジュースだよ」
魔石が多めに入ったゴーレムは軽く熱を持っているので、彼らがリンゴを絞るといい感じに温かなジュースが出来あがる。
それをお湯で割って誰でも飲めるようにしたのが、今回の試作品だ。
「うん、リンゴ成分はかなり薄くなっているが、味は問題ないな」
一口飲んでみたが、普通のリンゴジュースだ。味の薄さなども問題ない。
これはこれで売りに出せるだろう。
そんなふうに俺が普通に飲んでいるのを見て、アテナも恐る恐る口をつけた。すると、
「美味しい……」
ほっ、と口元をほころばせた。
一息ついてくれたみたいだな。
「まあ、ディアネイアがその内来るだろうし、ゆっくりしていくといいさ。迎えに来なかったら俺が連れてくし」
「う、うん。ありがとう……!」
そうして、ディアネイアの知り合いを預かりながら、俺は店の準備を進めていくことにした。