橙の章 09
人払いを済ませたヴィンセントは、玉座に座り眉間に皺を寄せ、一通の手紙に目を通していた。
その視線は、文章の内容を追い切った今も固定されている。
それから暫くヴィンセントは、同じ体勢のまま固まっていたのだが、扉を叩く音にはっと意識を戻し、慌ててその手紙を懐にしまって顔を上げる。
扉を開けてエドワードが顔を覗かせた。
「今は大丈夫でしょうか、我が主」
「お前だったか、エドワード」ヴィンセントは安心したような声を出して「良い、入れ」と言った。
入室の許可を受けたエドワードは、「もう用事とやらは良いんで?」と尋ねながら王の間へ入る。
「うむ。もう良い。それでどうした? 何かあったのか?」
「はい、ちょっと相談がありましてね。アレクサンドラお嬢様の事なんですが」
「サンドラがどうかしたか?」
「ええ、さっきの事でかなり、動揺しておられるみたいでして。ああ、さっきの事とは、さっきのアマクラのプロポーズの事です」
エドワードの発言に、ヴィンセントは心底嫌そうな顔をした。
「それの話は先ほど我が娘が断った事で終わったであろう。そう認識しているが、違うのか?」
「それで合っています。ですがお嬢様はまだ何か悩んでいるご様子で」
「一度は断ってはみたものの、実は心残りがあると?」
「心残りというか、シコリのようなものですね。お嬢様は、自分はアマクラの事が嫌いだと言っていましたが、もし本当に嫌っているのなら、あそこまで引きずったりしないでしょう。我が王女もまだまだ少女ですからね」ヴィンセントが金髪をかきあげる。
「ふむ。とはいえ、我にはどうすることも出来んし、する気もない。既にアマクラは我らの敵だ」ヴィンセントは断固とした口調で言う。
「そうですね。あの時、我が主はアマクラを敵と見做しましたから。――ですが僕としては正直、あれは強引でかなり無理やりな話だったと思うんですがね。名目上では解決士のアマクラを敵としたわけですが、結局内容は十三夜との敵対と言っても良いものです。今の今まで守っていたアマクラとの協定。それを我が主は急に破棄された。何か理由があったのでは? 無理やりにでも、アマクラを敵として見做さなければいけなかった理由が」エドワードは何か見透かしたような視線をヴィンセントに向けた。
「……ふん。聞くまでもない、という顔をしているが、どこまで知っている?」
「僕はそこに関しては何も知りませんよ。ただある程度の事情を知っていて、我が主を妄信していない人間が、少し考えればわかる結論だと思いますね」
「それがお前なわけだな、エドワード。全く、本人を前に良くもそこまで、言い切ってくれるものだ」ヴィンセントは呆れたような声を出した。
「妄信と忠誠は違いますから」エドワードがニヤリと笑う。
「うむ。それでこそ我が剣に相応しい――」ヴィンセントは、懐にしまった手紙を再び取り出して、エドワードに渡そうとした。
「これは?」エドワードはその手紙を受け取る前に聞いた。
「待ち焦がれたラブレターだ。先ほどのお前の疑問の答えがここにある」ヴィンセントも微かに口元を緩めて言った。
「……では受け取れません」エドワードは手紙を受け取らなかった。
「なぜだ?」
「ラブレターは他人に見せるものではありませんよ、我が主」エドワードは軽薄そうに笑う。
「……そうか。疑問の答えを必要としないのなら、お前は何をしに来たのだ?」
「最初に言った通りお嬢様の事ですよ。彼女の動揺を取り除く為の、提案がありまして」
「提案?」
「ええ、既にお嬢様は承諾済みです。まあ我が主が承諾すれば、という条件でしたが」
「言ってみろ」ヴィンセントはエドワードに促した。
「はい」
エドワードは、甘言を囁いく蛇のような甘い声で、主にある提案をした。
*
いくつかのアトラクションを楽しんだ竹たちは、一度休憩しようという話になり、近くにあったファーストフード店に入った。
幸いにも3人分の席を確保することが出来、軽食の買出しをジャンケンで決めた。
3回ほどあいこが続き、4回目の手の形は、竹がグー、蒼香と深翠がチョキ。
これが十三夜のメンバーなら、もう一人勝者を出すのだが、敗者二人は仲良く竹を置いて買出しに行ってしまった。
ポツンと残される竹。
どっちが勝者なのか判然としない状況だった。
とはいっても二人の美少女を従えて、平日に遊び呆けているのだから、ある意味勝者ではあるのだが。
仕方なく二人が戻ってくるのを待っていると、竹の席にファーストフード店仕様のスタッフが近づいてきた。
普通であれば特に気しないのだが、その店員は、竹と目が合ってからずっと目を逸らす気配なく近づいてきたので、さすがに気になった。
そのまま、そこそこの笑顔で近づいてきた店員は、テーブルの横をすり抜けるようにして歩いて行ってしまった。
何かあると勘繰っていたので、少し拍子抜けした竹であったが、テーブルの端にいつのまにか手紙が置かれているのに気が付いた。
竹はその手紙を迷わず手に取り、開封して中身を読んだ。
「ちょっ……」
竹がその内容に絶句していると、ポケットに入れていた携帯が振動した。
竹はすぐに携帯を取り出して、液晶画面を確認してから電話に出た。
「あい、もしもし」
「ういーっす。お疲れーっす」
「お疲れっす。おいちゃん今日、学校だった?」
「あ、うん。学校だったけど、どーしたぁ?」
電話の相手は、先ほど留守電に接続されてしまった、おいちゃんこと、舘花直人だった。
「いやさ、いきなりで悪いんだけど、今日って暇?」
「あー、暇っちゃ暇だわ」
「じゃあさ、ちょっと来て欲しいところがあるんだけども」
「どこ?」
「日本最大の夢の国」
「え?」
「時間は――23時くらいまでに」
「本気っすかぁ?!」
「本気っす。ちょっと騎士団と戦う事になったんで」
「はぁ? 何でそんなことになってんのさ? ってかさ、騎士団との協定は?」
「まあ色々あってね。詳しい事はこっち来てから説明するから」
「……うーん」
「あ、勿論交通費とバイト代は出すから。あとついでに女の子も紹介するよ」
「マジで?! 了解でーす!!」
「……松がだけど」
「松がなんだ!?」
「はは、まあその辺は交渉次第って事で。とにかくお願いします。今回の話はおいちゃんが適任なんだわ」
「――了解でぇす」
「ありがと。それでこっちに来るときに、持ってきて欲しいものがあるんだけど、頼まれてくれる?」
「良いよー。何持って行けば良いの? てか俺は何か用意していった方が良い感じっすかぁ?」
「あっと、そうだね。おいちゃんはいつも通りの戦闘体勢でよろしく。んでオレが持ってきてもらいたいものは、オレのマンションの寝室に入って、右の押入れの右上の段にあるから、それを持ってきて。鍵は閉まってるけど、おいちゃんは無くても入れるから」
「……竹のマンションの寝室に入って、右の押入れの右上の段にあるものを持っていけば良いのね?」
「うん、そう。もしわかんなくなったらまた電話して」
「了解っす」
「んじゃよろしく。お疲れー」
「お疲れぃ」
竹が舘花との会話を終えて、電話を切ったところで、深翠と蒼香がトレーを抱えて戻ってきた。
「電話ですか?」テーブルに、ハンバーガーやジュースを載せたトレーを置きながら、深翠が聞いた。
「ああ、ちょっと助けを呼んだ」自分の頼んだアイスウーロンと、ハンバーガーを目で探しながら竹が答える。
「助けって、何それ? どういう意味?」竹の彷徨う視線に気付いた蒼香が、竹の注文の品を指差しながら尋ねた。
「お、せんきゅう」竹はヴィンセントの居城で使った、流暢な英語とはかけ離れた発音で礼を言い、蒼香と深翠の二人に自分が先ほど読んで、言葉を失った手紙を見せた。
その手紙を見て、二人は難しい顔を作り、声をハモらせて言った。
「「決闘状?」」
「いえす。王女様からの決闘状ですよ」竹は自嘲気味に言って、疲れたような吐息を漏らした。
*
「決闘だと?」
突飛ともいえるエドワードの提案にヴィンセントは、驚愕半分、不審半分といった風に声を上げた。
「そうです。決闘です」エドワードは頷く。
「誰と誰のだ?」
「勿論、当人同士のです。お嬢様とアマクラのですよ。早い方が良いので、決闘の日付は今日、この施設が閉園した後。場所はこの王の間を予定しています」
「馬鹿な。話にならん」ヴィンセントはかぶりを振った。
「なぜです?」
「なぜも何もないだろう。サンドラとアマクラが決闘したところで、結果は目に見えている。それにそもそも、そんな事をするメリットがなかろう」
「いえ、メリットはあります」
「何だ?」ヴィンセントが怪訝そうな顔をして聞く。
「決闘をする事で、アレクサンドラお嬢様の取り除く事が出来ます。やっぱり若者はぶつかってみないと答えは出ませんから」エドワードはややふざけた口調で言った。
そのふざけた口調に対して、ヴィンセントは注意をしなかった。
この男は常にこんな感じであり、そして真面目な話になればなるほど、ふざけた態度を取るからである。
だからヴィンセントは、エドワードの話に続きがあるのがわかっていて、突き放すような口調で言った。
彼は単純に、このような芝居めいた、やり取りをするのが好きなのだった。
「はっそれだけか? それだけでは頷けん。というより、それだけで我が娘が承諾したとは思えんが?」
「勿論。それだけではないですよ。今回の決闘で、お嬢様が生き残る事が出来たなら――僕は、我が家の家宝を我が主に献上します」
「なっ?! それは本当か!?」ヴィンセントは玉座から腰を浮かせて、目を見開かせた。
その対応が十数分前に、アレクサンドラが見せた対応と同じものだったので、エドワードは少し噴出した。
「っええ、主の騎士として、そして聖なる血を受け継ぐ一族として、嘘はつきません」
「……しかし、それはサンドラが生き残った場合の話しであろう? 正味な話、分が悪すぎる」
「そうですね。でも我が王女は生き残りますよ」考え込んで唸るヴィンセントに、エドワードが軽い口調で言った。
「何故言い切れる?」玉座に座りなおしたエドワードが聞いた。
「解決士のアマクラは女性を殺しません。それが美少女ならなおさらです」エドワードは軽薄に笑いながら断言した。
「……では、エドワード。お前は我に渡すことを前提に、『聖槍』を条件として提示しているというのか?」
「そうなりますね。本来であれば、無償で献上してしまいたいんですけど、さすがにそれでは周りが納得しませんので。ただでさえ我が家に残っている『聖なるモノ』は、僕の『聖剣』を除けば、『聖槍』だけになってしまっていますから」エドワードは腰につるした剣の鞘を叩いて言った。
「……よかろう。お前の覚悟と提案を飲もうエドワード」
「ありがとうございます」エドワードが頭を下げた。
「……それでだな。我からも提案がある」
「何でしょうか?」
「この施設の閉園と同時に、我は一時的にだが、騎士団の指揮権をサンドラへ移す」
「それは何故?」
エドワードの問いにヴィンセントは、先ほどの手紙を示して、獰猛に笑いながら答えた。
「言ったであろう? これが決闘状であると」 |