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王女交響楽団 橙の章
作:弐乃菜子



橙の章 07


 時刻は昼前にも関わらず、ほのかな明かりだけで照らされた王の間。
当時と同じ、豪奢な甲冑に身を包み、王の座に座った騎士王は、重々しく口を開いた。
「よく来た。そして久しぶりだな、アマクラ。ようこそ我が城へ」
灰色の髪と同じ色をした髭に鷲鼻。鳶色の瞳の持つ圧力。
そして全身から発せられる覇気は、既に齢五〇を越えているにも関わらず、老いを一切感じさせない。
いや、その覇気は当時よりも一段と洗礼され、彼の身に纏った甲冑の輝きよりも鮮烈に、王の威厳を室内に満たしている。
「久しぶりです。ヴィンセント伯爵」
 竹はヴィンセントの正面に立って、やや硬い口調で異国の言葉を使って言った。
「ほう、中々我が国の言葉を流暢に話すじゃないか。いつの間に使えるようになった? 以前は使えなかったと記憶しているが」騎士団の主は髭を撫でながら、やや驚いた様子で言葉を自国のものに戻して返した。
「まだまだ、あなたたちに比べれば片言ですけどね」竹は肩をすくめた。
「郷に入りては郷に従え、と言う奴か」ヴィンセントは不快そうに、ふんっと鼻で笑う。
「そうですね。ここは既にあなたの城ですから。と言っても本当は不慣れな言葉は使いたくないんですけど、まああなたの娘さんに習った感じですね。娘さんもこっちに来たときそうでしたから」竹はヴィンセントの横に立つ、ブロンドの髪をした、自分と同い年くらいの少女をチラリと見て言った。
 アレクサンドラ・ワーナーは竹の視線に気付いた様子だったが、何も反応しなかった。
 その対極側に移動していたエドワードが、やれやれといった顔を作った。
「ふむ。まあそれは良い」ここからが本題だと、ヴィンセントの周囲の一瞬にして色を変える。
「それで、此度は何をしにきた? 十三夜の零夜、天倉竹。協定には我との接触は例外として認められているが、我はあの時、お前と会うのが最後になる事を祈ったはずだが?」
冷酷で無慈悲な視線で騎士団の主は、神の複製品に尋ねた。
 竹はその空気に疲れたような吐息をつき、めんどくさそうな声で言う。
「その祈りは通じなかったんでしょうね。というか、まず間違いを正したいんですけど、今日のオレは十三夜の天倉竹としては来ていません」
「む?」
「は?」
「くっ」
 その言葉にヴィンセントが眉を顰め、アレクサンドラが呆気に取られた顔をし、エドワードが苦笑いした。
「今日のオレは十三夜の天倉竹でなく、解決士の天倉竹としてここにいます。まずはこれを違えないで欲しい」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。不慣れな言葉で、あまり難しい説明は出来ないんで、そうとしかいえません」竹は答えた。
「解決士……お前が我らと協定を結んだ後に、始めた仕事だと記憶しているな」
「そうです。仕事内容は、名前のままですね」
 ヴィンセントは竹の言葉に、頭痛を抑えるように傷だらけの手で眉間を押さえた。
「つまり、アマクラ。お前は十三夜のお前でなく、解決士のお前と来たのだから、何をしても協定を違反することはないと言いたいわけか?」
「うーん。そう言ってしまうと、逆の事を言われそうなので、そこまでは言わないですけど」
 もし、そう言ってしまったら、逆の理論で、騎士団は解決士の天倉竹とは協定を結んでいないのだから攻撃を掛けてもOKという話になってしまう。
 だから、そこには頷かない。
「ならばどういう意味だ? 我にはお前の言いたい事がわからんな」
「ですから、別に意味も何もないですよ。言葉そのままです。オレは解決士としてきました。だからやることは一つ。問題を解決しにきただけです」
 不遜ともいえる竹の言葉に、ヴィンセントは怪訝そうな表情で問う。
「問題とは何だ?」
「あなたがこの国にいることです」
 竹の声が王の間に木霊した。
「――我がこの国にいることが問題だと? くくく、面白いことを言うな、アマクラ……いや解決士」
「はい。あなたの様な戦闘狂が、この国にいるのは大いなる問題ですね。このままではこの国は戦場になる。オレはそれは避けたい」竹がかぶりをふる。
「……笑わせるな。既にこの国は何年も前より戦場となっている。むしろそんな国に今まで我がいなかった事が問題だ」
 ヴィンセントは侮蔑を込めた口調で続ける。
「いや、本音を言ったらどうだ、アマクラ。お前が言いたい事はそんな事ではないだろう? お前はお前の匿っている、三人の娘の安全を確約しに来たのではないのか?」ヴィンセントは冷ややかに値踏みをするような眼差しで竹を見た。
 それに対し、竹は呆気らかんとした口調で言う。
「まあそれもありますけど。そっちはついでですかね」
「ついで、だと?」
「ええ、ついでです。さっきまでは、あなたの言った通り、そのお願いを先にしようと思っていたんですけどね。気が変わったというか、自分の間違いに気付いたというか」
 竹は先ほど、蒼香と深翠に言われた台詞、そして8月に紅葉に言われた台詞を反芻する。
『神は天使を見捨てたりしないんだよね?』 
『私を守ってくれると言いました。私はその言葉を信じていますから』
『私を救ってもらうぞ』
 あんな言葉を言われたら、男として他人なんか当てにせず、無条件で守ってやらなければ嘘だろう。
 それに今更ながらに思い至った。
「だから彼女たちに手を出したいならどうぞ」
「――そうさせてもらおう。指しあたってはオオガミシンリ、ヤマブキソウカの二人だ。片方には我の大切な騎士を殺された恨みもあるからな」ヴィンセントはそう言って、竹の反応を見ようと、訝しげに目を細めた。
「ええ、どうぞ。その時はオレも全力で阻止させてもらいますから」竹は態度も表情も口調も変えずに言った。
 その竹の反応にヴィンセント伯爵は内心で、エドワードは口元で笑みを浮かべた。
 アレクサンドラだけが、今のやり取りの真意をわかっていない様子だった。
 何故なら今のやり取りこそが、竹の狙い。甲斐に託された策その3。
 深翠、蒼香、紅葉の三人を守る為の交渉の仕方だった。
 やられたらやり返される。
 それはヴィンセントにしても、竹にしても良い結果はもたらさない。
 それを暗黙の了解でなく、明確にこの場で示すことが重要だった。
 こうして三人の無事は、仮初めながらも保障されたわけだ。
 まあ策その3.では『ついで』とかいう下りはなく、蒼香と深翠をこの場に連れて行くように、と言われていたのだけど。結果的には成功したのだから、問題なかった。
竹はそのままの勢いで策その4.を決行する。
実は策その4.は竹の考えに反するのだが、これ以上の策も浮かばなかったので、仕方なしに、という意識が少なからずある。
「話が逸れましたが、さっきの話です。オレはあなたがこの国にいるのが問題、いや率直に言えばオレはあなたに、一刻も早くこの国から出て行って欲しいんです」
「それは出来んな」ヴィンセントは鼻を鳴らす。
「どうしてですか?」
「言ったであろう。この国は既に戦場だ。そんな国に我がいない事がおかしいのだ」
「確かにこの国は既に戦場かもしれませんし、この国には今のところ騎士はいません。それはあなたから見れば問題なのかもしれない。ですがそれが、あなたである必要があるんですか? 王が自国を離れて、戦に身を投じる必要があるんですか? もしあなたがこの戦場で命を落とせば、秩序は誰が守るというんですか?」竹は甲斐の策その4.に書かれていた台詞を一字一句違えずに早口で言った。
「先陣に立てずして何が王か。我は王だからこそ、戦に身を投じるのだ。秩序を守ることが出来るなら、命など必要なものではない!」
ヴィンセントは世界を震わすほどに語気を荒げてそう言うと、一度言葉を区切り体を横に捻り、続けて言った。
「そして我が死ねば、後の秩序は我が娘が守るだろう。何も問題はない」
 そのヴィンセントの言葉に、王の娘は自信を込めて頷いた。
竹はその直後にしたり顔をして「今の言葉を忘れないで下さい」と言う。
竹の表情の真意を読み取れなかった、騎士の王と王女は黙って竹の言葉の続きを促す。
「ヴィンセント伯爵。オレは別にただで、あなたに帰れといっているわけじゃありません。オレにも考えがあります」
 ヴィンセントは小さく唸ると、「どういう意味だ?」と問うた。
 竹はここまで甲斐の策どおりの展開だと逆に恐いな、なんて事を頭の隅で考えながら、もとい考えてしまいながら、策その4.に書かれた最後の台詞を口に出した。
「あなたが国に帰る代わりに、娘さんをオレに下さい」
 いきなりのプロポーズ。
 時が止まった。
「……」
「……」
「……」
 それは騎士団の三人が呆然とした中、渾然と輝く歩くフラグ回収男の真骨頂だった。
 ヴィンセントはアレクサンドラが、自分の代わりになるのだと自ら宣言した。
 だから、ヴィンセントの代わり、代替としてアレクサンドラをこの国に置いてくれ、そう言うつもりだった――のだが、台詞を思い出す途中に余計な事を考えたのと、不慣れな異国の言葉を紡いだ為、このような自体に陥ってしまった。
 もしかしたら、本心ではこの策に賛同出来ていない、というのも一端を担ったのかもしれない。
 この考えは、誰かが誰かの代わりになれるという、個を蔑ろにする代替の考え方だからだ。
 そして時は動き出す。
「……えっと、違う。あなたの代わりに娘さんをこの国に置いて下さい、か」竹は自分の失言に気付き、焦ってすぐに訂正する。
 ただあまりの失言に訂正する声は小さい。
 そしてそんな小さな声では、感情の高ぶった相手に訂正など出来はしない。
 泥沼にはまるパターンだった。
「……アレクサンドラ。アマクラはああ言っているが?」ヴィンセントはやや震えた口調で、娘に尋ねる。その表情はどこにでもいる父親のそれであった。
「嫌です。絶対に」アレクサンドラは複雑そうな視線で竹を睨み、透き通る声で、迷いなく拒絶した。
「だそうだ。今すぐに去れ」ヴィンセントは、どこかほっとしたような声で言ってから、
「そして我は今の発言を、解決士から我らへの宣戦布告と取ろう」と明確な敵意を込めて不届き者に言った。
 竹はどうにかこの場を取り繕うと、あたふたと考えたが、どうにも挽回できる空気ではなく、更に手違いだったとはいえ、美少女に拒絶されたショックで、情けなく「あう」とうめき声を漏らして、踵を返すしことか出来なかった。
 引き返す間際に竹の視界の端で、エドワードが笑いをかみ殺しているのが見えた。
最高の頭脳を持つ人物が立てた策その4.はここに来て竹の女性関係で苦労するという、特性によって失敗に終わったのであった。

 竹はふらふらとした足取りで、城から外へ出た。
 敵意どころか殺意を向ける、『盾掌』やその部下の騎士の視線を一切無視して、後悔していた。
 策が失敗したことではなく、ヴィンセントが解決士を敵と見做したことでもなく、自分の失言にである。
 ぐるぐると頭の中を回る、失言。
『あなたが国に帰る代わりに、娘さんをオレに下さい(エコー)』
 やっちまった。
 これが自室であったなら、のた打ち回っていたことだろう。
ただここは夢の国。
 のた打ち回れなかったので、頭を抱えて顔の色をカメレオンのように変えることしか出来なかった。
 竹は羞恥に赤面しながら、後悔で蒼白になるという荒業をやってのけた。
 後悔が頭と心を埋めつくす中、竹は深翠と蒼香の待っている場所を遠目で見ながら、虚ろな表情で携帯電話を取り出した。
 携帯電話の電話帳から十三夜のグループを検索。
 そのうちの一人に電話をかける。
 暫く無機質なコール音がして、相手が出る。
「あ、もしもし……っと」
 出たと思ったら、留守電に接続されてしまった。
 竹は留守電に伝言を残さず、見知らぬ女性の留守電メッセージの途中で電話を切った。
 この時間だと多分、まだ学校の最中。
 学校さえ終われば、そのうち電話が折り返しかかってくるだろう。
 竹は溜息を漏らし、暗澹とした気持ちのまま、深翠と蒼香との待ち合わせ場所に足を向けた。

「あ、おかえりなさい」
「どうだった……ってその顔じゃ聞かなくてもわかるね」
「駄目だったんですか?」深翠が心配そうな顔をして聞く。
「いや、お前らに関しては大丈夫。問題ない」竹はやや力のない笑顔で返す。
「だったら、どうしてそんな顔しているの?」蒼香も心配げな口調で聞いた。
「……えっと」竹はどう言ったら良いものか迷った挙句に、「騎士団と戦う事になりそう」と自分の失言には触れずに言った。
「どうして?」
「成り行きで」
 竹は嘘は言っていない、と自分に言い聞かせながら、自分に不都合になりそうなことは言わずに答える。
「成り行き、ですか?」
「うん、そう。成り行き。まあお前らは、何も心配しなくても大丈夫だから」
 そう言うことで、これ以上の追求を逃れようとした。
地味に卑怯なやり方だったが、下手に説明すると話がこじれそうだから、とこれまた自分に言い聞かせた。
「ふうん。じゃあこれからどうするの?」
「これから、とは?」
「これからはこれからです」
「戦いの事か? 勿論、お前らを巻き込むつもりは無いから、心配しなくても良いぞ?」竹は首を傾げながら言った。まだ脳内の半分以上が後悔で染まっていた為、まともに思考できていない。
「違う。そんな事はどうでも良いの。それよりも私たちに重要なのは今」蒼香がやや大袈裟な手振りで遊園地内を示した。
「せっかく、ここまで来たんですから。遊ばないのは嘘ですよね?」深翠が白百合のような笑顔で言った。
「あ、ああ」竹は口元を緩めて、ガリガリと頭を掻くと後悔を頭の隅に追いやって、
「それじゃ、せっかくだから今日は遊ぶか」と本心からの笑顔を二人に向けた。
 黒髪の美少女と、金髪の美少女は竹のその笑顔に胸を大きく高鳴らせ、
「うん!」
「はい!」
 と朗らかな秋空のように幸福そうに笑い、竹の両の手をそれぞれ引いて、夢の国へ走り出した。


お読み頂きありがとうございます。
最近、執筆中の意識がどこかにいっているので、おかしな部分があるかもしれません。
もしありましたらご指摘下さい。
まだまだ続きますので、お楽しみ下さい。






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