橙の章 06
「騎士団の1番目の事は以前、竹さんに教えてもらっていましたから」
「騎士団で唯一、話のわかる人間なんだよね?」
「ですので、大丈夫かなと思いまして」
「そういうこと。まあそれでも軽率だったかも」
「……だな。まあ結果的にはセーフだったからもう良い」竹は一度言葉を区切ってから、若干声を落として言う。
「それよりも、何でエドワードがお前らにメールしたのかって事だな。いや、何でというよりも、どうしてオレがあの時間に、あの電車のあの車両に乗るのか、分かっていたのかって事か」
「さあ? 誰かに聞いたのでは?」深翠が言った。
「誰かって誰によ。そんな事わかる人間、いるわけがないでしょう」
「……いや、そんな事を平然と推測してしまう人物には心当たりはあるんだけど」
「え? そんな人いるの? 誰?」蒼香が意外そうな声で聞く。
「カイカイ」
「ああ、軍使の人ですか」
「でもそいつと1番目には、繋がりはないんだよ。十三夜と騎士団の交流は禁止になっているし、その協定を結んだ時にカイカイはいなかったから。だからその線はない」
「じゃあ、そもそも別の人じゃないんですか?」
「かもね。あのメールがそもそも別人から送られてきたのかもしれない。アドレスだけじゃわからないもの」
「うーん。だとしたら誰だ?」
竹の行動が手に取るようにわかる人物。
既に知っている事のように。
「……黒須、ですか?」
『黒の書』――過去も未来も歴史の全てが書かれている、その書物を読むことが出来る唯一の男。
歴史の僕。
「いや、それはない」深翠の言葉を完全否定するように、竹は断言した。
「どうして言い切れるの?」
「だってあいつは、もうお前らの前には現れないって言ったんだろ?」
竹が石間山に行った直後に、蒼香と深翠は怜の自宅で黒須に遭遇し、そう告げられた。
「言ってたね」
「言ってました」
その時の心が凍るような、不愉快な恐怖を思い出しながら、二人は言った。
「だから、それは黒須じゃない」
「でも、私たちの前に現れないと言っただけで、メールとかは別に考えているんじゃない?」蒼香は首を傾げながら言う。
「いいや、それはないな。あいつがもう現れないって言ったんだ。それは完全に関わらないって事と同義だと思う」
「……竹さんがそう言うならそうなんでしょうね。じゃあ『もう一人』の方ですか?」
「えっと……先代天照で『白い暴君』だっけ?」
「――あー、それはもっと無い」
「どうして?」
「あの人がメールなんて出来るわけが無い」竹は何かを思い出すように、小さく笑った。「とにかく機械音痴な人だったからな」
だからそれは無い、と竹はもう一度繰り返した。
蒼香も深翠も、竹が見せた幸せそうな笑みの意味を知りたかったが、結局聞けなかった。
「だったら誰なんでしょうか?」
「さあ? もしかしたら普通にエドワードが考えて、そういうメールを送ったのかもしれないし」
「そうね。今あれこれ私たちが考えたところで、結局答えはわからないわけだから」
「こういう場合は本人に聞くのが一番早いんでしょうけど、竹さんは1番目とは話せないんですよね」
「うん。だから本人には話は聞けない。でも――エドワードの上司には話を聞くことは出来る」
竹は自分の前に聳え立つ、ヴィンセント伯爵の居城を見上げながら言った。
確かにそれは騎士団の王が住まう場所としては、形としては相応しいものである。
形としては。
「……ねえ、本当にこんなところにいるわけ? そのヴィンセント伯爵って」
蒼香が、半信半疑の顔をして竹に聞いた。
深翠も隣で同じような視線を向けていた。
「……まあ、そうらしい」竹は苦笑い交じりに曖昧に答えた。
もう一度、その城を見上げる。
このテーマパークの中心にあり、シンボルでもある城を模した巨大な室内型アトラクション。
ここはアトラクションであり、少なくとも人が住まうような場所ではない。
そんなところを、この国に来たヴィンセントは、自分の住まいとしたようだった。
城を貸切。
「……ヴィンセントも無茶なことするよなあ」
いくら彼が大富豪だとは言っても、非常識すぎる。
いや、元々常識の中にいる人間ではないから、今更彼に対してそんな事を咎めるつもりもないのだが、竹に見える範囲だけでも大勢の人間が、今現在も楽しそうに歩き回っていて、そしてこのアトラクションが今日はやっていない事を知って、皆、肩を落としている。
そんな姿をここ30分くらい眺めていると、やって良い事と悪い事の区別はあるんじゃないか、とか考えなくもない。
竹は小さく息を漏らして、「じゃあそろそろ行くわ」と未だ信じ切れていない顔をする二人に言って、白亜の城へ向けて歩きだした。
「いってらっしゃい」
「お気をつけて」
事前に言い含めておいた通り、深翠と蒼香の二人は竹についていかずに、見送りの言葉だけ言って、その場に留まる。
この事前に言い含める作業の為に竹は、開園直後にヴィンセントに会いに行く事が出来ずに、30分という時間が経過してしまっていたのだった。
二人に見送られて、竹はこの城の入場口、いやこの場合は入城口に向かって歩く。
少し歩くと、その入り口の前に、恐らくアトラクションがお休みである事を告げる為のものだろう、立て看板が置いてあるのが見え、そしてその横に、絶対心からは笑っていない、笑顔のスタッフが立っていた。
「うお……」遠目からでもわかる長身。
竹はその背の高いスタッフに見覚えがあった。
そのスタッフも竹に気付くと、夢の国のスタッフにあるまじき、嫌悪感むき出しの顔を作る。
そこまであからさまに嫌な顔をされると、近づきたくもないのだが、竹は目的の為には仕方ないと割り切って、そのスタッフに歩み寄った。若干歩く速度が落ちる。
入城口に到着した竹は、やはり『工事中』という文字と、お詫びの書かれていた立て看板の横に立つ、どうみても外人の男性スタッフを見た。この男性は身長が2メートル近くあるので、見上げる形になる。
肌の浅黒い男性スタッフは、「申し訳ございませんが、ご覧の通り当アトラクションは本日工事中の為、ご利用できません」と竹に目を合わせずに言った。
騎士団と十三夜の接触は禁止されているから、今の応対すらギリギリの範囲なんだろう。いや、彼にとったら既にアウトかもしれない。
それでも、ここですごすごと引き返すわけにもいかないのだ。
しかし、今この場所は結構人通りがある。
このまま、彼や周囲の目を無視して入っていくというのも、気が引ける。
それに中に入ってもどこにヴィンセントがいるのか、わからない。
竹がどうしたものかと、入り口の前で考え込んでいると、
「おっと、漸くのご到着かアマクラ。それじゃ色々と言いたい事もあるだろうが、人の目もあるし、我が主が待っているから、早く入ってくれ。……あとあまり意地の悪い事しなさんな、ルートヴィヒ。底が知れちまうぞ?」
常に崩れない軽薄な態度でエドワード・エルガーは登場して、そう言った。
「くっ、うるさいよエドワード! 俺様は別に意地悪なんかしていない! そもそもなぜ俺様がこんな事をしなきゃならないんだ!!」
「まあそう言いなさんな。これも我が主の命令だ。ってことでもう暫く門番やっておけってさ。さあさあ、アマクラさっさと入っちゃってくれ」エドワードは、顔を真っ赤にして怒る人物にひらひらと手を振って、柔らかな物腰で竹を騎士王の居城へと招き入れた。
竹はそれに従い、憤怒の形相をしてエドワードと竹を睨み付ける男の横を抜けて、エドワードの後についていく。
このアトラクションに来るのは、二度目で前に来たのは何年か前だったから、その内部の詳細を覚えているわけではなかったが、そんな竹がはっきりとわかるほど、城内は元のアトラクションの原型を殆ど留めていなかった。
今やこの城は、まるっきりヴィンセントの居城としての、機能しか果たしていない。
どうやって城の内部をこんなまで変えたんだ、とかこの後のこのアトラクションの行く末はどうなるんだ、とかいう突っ込みはあえてしなかった。
そんな常識は、既にこの城に足を踏み入れた時点で捨て去っている。
今、竹が足を踏み入れているのは常識の対岸にある、非日常の真っ只中だ。
竹は少し暗がりの廊下を歩きながら、あることを考えていた。
それは先ほどの外でのやり取り。
あんなやり取りを堂々としていても良いのだろうか、と正直疑問に思った。
現に何人もの人が自分たちをジロジロと見ていた。
少なくとも秩序を守る側にいるヴィンセント伯爵が、この城の外、常識の外であんなこ戸をするのを良しとはしないだろう。
そんな事を先を歩くエドワードの、金色の後頭部に視線を向けながら考えていた。
すると竹が何も言っていないのに、それを察したようにエドワードが言った。
「ああ、あれは心配ないさ。あの辺りにいた奴等は皆、うちの連中だ。うちの連中といっても僕の部下じゃないけどな。アマクラ、お前さんもさっきの男の事は知っているだろう?」
こちらを見もせずに、竹の疑問に答えるエドワードに竹は何も言わなかった。
『盾掌』
ルートヴィヒ・シュトライヒャー。
騎士団の3番隊隊長で、その部下の数は100人前後。
という事は先ほど周囲にいた人間は殆ど、否、エドワードが言うには皆、3番目の部下という事になる。
なるほど、門番か。
竹は合点がいき、頷いたタイミングに合わせるように、
「まあそういうこった」とエドワードが少し首を捻り、竹を横目でチラリと見て、片手を広げて言った。
何故、自分の考えている事がわかったのか、などとは聞かない。エドワードは何よりも察しの良い人間だと知っていたし、まだエドワードと会話をしてはならない。先ほどのはあくまでエドワードの独り言だ。
だからメールの件はまだ聞けない。
その後、少し歩いて階段を上った。
竹の記憶ではエレベーターがあったように思うが、恐らくそれは使えなくしているのだろう。ヴィンセントはディティールに凝る人間なのだ。その道中はエドワードも無言だった。
恐らくは最上階なのだろう、階段を最後まで上りきると、そこには目がチカチカするほど煌びやかな扉が、厳格な重圧を備えて構えていた。
エドワード・エルガーはその扉の前で、振り返り、天然の金髪をしなやかに掻き上げながら、寒気のするような微笑を向けて言った。
「さて、この扉を開ければ、我が主とご対面だ。覚悟は良いか? アマクラ」
竹がその問いに、ニヒルに口元を歪めて頷くと、エドワードは姿勢を正して両手で、竹にとっての虎口の扉を開いた。
エドワードが先に中に入り、竹はその後に続いて騎士団の主が待ち構える、王の間へと入っていった。
お読み頂きありがとうございます。
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それでは最後までどうかお付き合い下さい。
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