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王女交響楽団 橙の章
作:弐乃菜子



王女交響楽団 25


王女交響楽団

9月3日。
 周りとは、一日遅れの夏休み明け初登校。
少し寝不足で行くかどうか迷ったが、夏休みの宿題を提出しなければならなかったので、高校生らしくとりあえず行く事にした。
寝不足は授業中解消して、それでも面倒になったら早退してしまえば良いのだし。高校生らしく。
まあどうせ明日は土曜日で休みだ、それを人参にして一日頑張ってみるつもりだけど。休んだり早退したりすると、約二名が煩いだろうから。
音質の悪い学校のスピーカーから予鈴が鳴るのを聞きながら、遅刻ギリギリで教室に入ると、既にクラスの3分の2ほどは登校していて、友人と会話をしたり、本を読んだり、音楽を聴いたりと各々の時間を過ごしている。
あとの3分の1は本鈴が鳴るまで他の教室に出張中か、遅刻組。蒼いのと翠の姿も見えないから、彼女たちもそのどちらかだろう。
何か大きな話題があったのだろうか、会話をしている生徒たちはかなりの賑わいをみせていた。
適当に挨拶をしつつ、鞄を机に付属している金具に引っ掛けて、椅子に座る。
本鈴までの半端な時間をどう過ごそうか、考えているうちにHR始っちゃいそうだな、なんて時計を眺めながら、頭の中で一人で掛け合いをしていると、いつの間にか目の前に荒川さんが立っていた。
「おはよう」と簡単に挨拶を交わす。
 それで終わりかと思ったのだが、彼女は、やや緊張した面持ちで、
「えっと、天倉君、今朝のニュースしっているかな?」と聞いてきた。
「いや、知らないけど?」今日は寝坊寸前だった為、朝のニュースは見ていなかった。
「じゃ、じゃあ、教えてあげるねっ」
「じゃあ一応」
興味があったわけではないが、ないわけでもなかったので、オレはその話を聞くことにした。
 彼女は、皆が賑わう原因となっている話題を詳細に教えてくれた。
 それは世界的にみても衝撃的な内容だった。
夢の国の無期限営業休止。
「……ですよねー。そりゃそうだ」苦笑いするしかなかった。
「え? 何がかな?」
「いや、なんでもない」
こっちの話、と言って荒川さんに情報提供の感謝を述べると、本鈴とともに担任が入ってきた。その直後に珍しく遅刻寸前の、蒼香と深翠も慌てて登校してくる。
散り散りになっていた生徒たちが着席し、HRが始まる。
机に肘をつきながら髭面の教師の朝の連絡を聞いていると、ズボンのポケットに振動が走った。
HRが終わり、授業まで少しの空白が出来たので席を立ち、人気のない階段まで早足で向かう。
ポケットから携帯を取り出すと、アドレス未登録の送信者から、一通のメールが入ったので、それを開いた。
最近の技術は凄まじい、と思わず唸ってしまう。
メールには文字と一緒に音楽が添付されていて、その音楽がメールを開くと同時に再生された。
昨日聞いたばかりのヴァイオリンの美しい音色が、人気のない階段に静謐に響く。
一発で差出人がわかるメールの本文は、決闘状と書いてラブレターと読むような物騒なものではなく、誓約書と書いてラブメールと読む甘いものだった。

騎士たちの祭りが後に三つの誓いを。
 約束の時に、
 剣と銃を手に取る事を誓いましょう。
 終わりの時に、
我が背中を預ける事を誓いましょう。
最後の時に、
最高の音を奏でる事を誓いましょう。
それが、
私からあなたに捧げる、
橙色の交響曲。

何回も経験したことがあったが、やはりこういうものを受け取るのは悪い気がしない。
 読み終わって、今日は良い日になりそうだな、なんて少しだけ頬がニヤつく。
 そろそろ時間だったので、携帯をポケットにしまって教室へ戻ろうとした時、再びポケットに振動。
 今度は歩きながら、携帯を開くとまたしても差出人不明のメール。
 今の事があったので、気分良くそのメールを開いた。……のだが、それが間違いだった。
 これはどう考えてもわざとだろ、ってくらい毒々しいBGMが流れた文章にはこう書かれていた。

 十三夜が騎士団と交わした協定内容。
 一、双方、敵対するような行動は極力行わぬこと。
一、十三夜側から騎士団には接触しないこと。これは騎士団側からも同じ。
一、但し例外として伯爵家は除く。
 一、一ヶ月に二名以上の賞金首を捕らえ、騎士団に受け渡すこと。
 一、但し下位ランカーは不可とする。
 一、彼の国での騎士団の行動に口を出さず、騎士団も十三夜の行動に口は出さない。
一、娘を幸せにすること。
右の条々に背いた場合、それを開戦の合図とする。

追伸、我は本国に戻る。

「――いや、最後のは交わしてないだろ」
廊下で立ち止まって、親馬鹿な厳ついおっさんに突っ込みを入れると、授業開始のベルが鳴った。
「……」
 少し考えて、教室に向かっていた足を下駄箱の方へ向ける。
 当面の問題も解決したし、気分も悪くなったので、今日は早退します。
 今日はゆっくり家で休もう。
 それでは、おやすみなさい。

            *

黒き古書のページが進む。
 第四幕。
 代々続いた騎士団の、橙の王女の物語は、
王の代替に王女が舞台に残ったところで閉幕し、
 物語は第五幕へ。
 次の役者は、黄になる少女。
 神の複製品の物語は、
破綻しながらも続いていく。
いつか来る、終幕を目指して。

■■■■■■■

白い女と黒い男は、その部屋に入ると硬直したように、見惚れるように無言で立っていた。
二人の視線の先には、ペガサスの羽根で作られた羽毛のベッドの上で、体を起こした一人の少女がいる。
少女の髪の毛は、一筋一筋が長く紡がれた、宝石のように七色に輝き、その瞳は虹色の髪の毛よりも輝かしい金色をしている。
その顔立ちも、この世のものとは一線も二線も画した、美しさがあり、悪魔めいた神々しさを備えている。
『唯一の一』。
 それが、全ての究極点にあり、世界の終着点にいる、『黒の書』を記した、この虹と黄金の少女だった。
 少女は、立ち尽くして何も語らない怪物と魔法使いの方に視線を向かわせることなく、まるで独り言のように口を開いた。
 それは聴くものの心を奪うという、海の魔物の歌声よりも蟲惑的な声色だった。
 黒須蛍と天野輝血は、その音色にただ耳を傾ける。
「――ああ、そういうこと。そんな事は簡単よ。
あなたたちは、何故そんなことをしたのかしら? 
私が喜ぶと思ったから? 
そちらの方が面白いから? 
ええ、確かにその通り。私は今の方が面白いし、喜ばしいわね。
でもね、もう一度だけ考えて御覧なさい。今度は質問の仕方を変えるから。
――あなたたちはどうして、『魔人』と『魔女』を殺さなかったのかしら? 
それは何故? 
面白いから? 
私が喜ぶから?
違うでしょ? 
――あなたたちが命を奪うはずの時間帯に、誰も死んでいなかったからでしょう? 
その方が綺麗に収まると思ったから。
――じゃあもう一つ質問ね。
この物語の最初の音は誰と誰の戦いだった? 
そう、『支配領域』と『盾掌』。この二人ね。
あ、気付いたのね。ふふ、そういうことよ。輝血、あなたの引っかかりはそこよ。あなたは色んな意味で、『彼』とは近い場所にいたから、蛍が気付かないところに気付けたんでしょうね。
本当ならこの物語の始まりは、『支配領域』と『盾掌』の一対多の戦いではなく、『伽藍の軍使(プレイヤー)』と『盾掌』の多対多の音だったはずでしょ。……まあそれすらも元々のお話とは大分違うものだけどね。
だけど、今はそれが私の書いた筋書きだったはずなの。
でもそれすら違うものに変わってしまった。変えられてしまった。
私の物語を整える調整者たるあなたたちにさえ、今の今まで気付かれもせずにね。
筋書き通りじゃないのは前からだけど、まさかここまでやってくれるとはね。
やっぱり『彼』は面白いわ。
私が書いた物語は、彼が書いたものに変えられたのよ。
今までのように部分的にじゃなく、殆ど別物にね。
橙色の物語を代替するなんて、彼らしい演出だわ。感動すら覚える。その涙ぐましい無駄な努力にね。
――え? ああ、別に大したことじゃないでしょう。この程度の違いは瑣末なものよ。
彼が変えたと思っている運命も、大局で見れば運命の内なのだから……それは彼も理解しているでしょうしね。
――でも本当に面白いわね。これで彼はまた一つ力を蓄えた。
自分の寿命と引き換えに、ね。
ふふふ、物語はあと3つも残っているのに、あんなに無理をして、私に辿りつけるのかしら。
――ん、何? 『影見』は使っていないのに、どうして寿命が縮むのかって? 
知らなかった? 『影見』より『夜月』の方が彼を蝕むのよ。なんといってもあれは『神殺し』。神を殺すものなのだから、それは彼も例外ではないの。
『夜月』は斬り付けられるよりも、使用する方がきついものだし。使っている最中は常に殺されているようなものだから。そういう諸刃の剣なのよ、アレは。
だからといって『影見』は私を映そうとして、殆ど壊れてしまったから、まともに使えないのだろうけど。
……それでも今までの物語程度なら、『影見』を使っていれば、難なく終わらせられたはずだわ。まあその場合は確実に、相手の死という結果と彼の視力低下が伴っただろうけどね。でも身体能力そのものが低下している今よりは、マシだと思うけど。
――全く、自分を殺しながら、他の命を救っているなんて、なんて馬鹿馬鹿しい。愛しくすら思えるわね。
――だからそんな彼にご褒美をあげたいと思うの。
次の物語は、私は勿論、あなたたちも一切の介入を禁止します。
平たく言えば自宅謹慎ね。無意識にしろ有意識にしろ、あなたたちは、(ほんもの)の物語ではなく、(にせもの)の物語に加担したのだから、文句はないでしょう? それに、ここまで書き換えられた物語が、一体どう進むのか観てみたいしね。
――そんな顔しないで。別に彼に主導権を取らせるわけじゃないわ。そもそも彼にそんな事は出来ないから安心して。『神の複製品(デッドコピー)』では、書き換えるのがせいぜいで、オリジナルは創れないから。
元がないのだから、彼には何も出来ないの。本当にただ流されるだけ。筋書きのない物語にね。
そういう意味では輝血、蛍、独断とはいえ、あなたの取った行動は素晴らしいことだったわ。
蛍は『黒の書』を魔女に渡した。既に全く異なった歴史が書かれた、無意味なあれを解読した後の魔女がどう動くのか、とても楽しみ。
輝血は、騎士王を失った王女が、あなたに復讐を誓い、新たな王として剣と盾を従えて、あなたに挑むという焼増しの流れを変えた。復讐心から強くなるなんて、ありきたりな物語はもう見たくないからね。結末は変わらない分、そういうところで楽しまないと。
せっかくこちらに出てきた意味がなくなってしまうもの。だから今回はあそこで終ったけど、中々楽しかったわ。これからの期待値も含めてね。あなたたちを調整者に選んだのは正解ね。忠実さではエドワードが一番だけど、あなたたちは私をより楽しませてくれるもの。
――それじゃあ、そろそろ私は寝るわ。
筋書きこそないけど、次の物語が始まるのは十月の終わりというところだけは変わらないから、その頃に起こして。
――時間軸をこちらと合わせたのは失敗だったわね。退屈な時間が多すぎる。まああなたたちが、行き来するから仕方ないのだけど。
――それでは、おやすみなさい。
全能の私が観たこともない歴史を楽しみにしているわ。
無能な私(天倉竹)」
『唯一の一』は金色の瞳を閉じて、橙色の物語を書き換えた銀色を夢見る。


お読み頂きありがとうございました。
『橙の章』はこれにて終了です。色々と試行錯誤をしながらの拙い物語ですが、楽しんで読んでいただけていたら幸いです。
とりあえず次章より先に、簡単な年表と人物設定を更新します。
なので次章を公開するのは、12月中旬くらいだと思います。それでもなるべく早めにするつもりですので、興味がある方は暫しお待ちください。
それではありがとうございました。






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