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アラタナハジマリ 24
天野輝血と黒須蛍の場合。

 役目を終え、祭りの会場から本拠地へ戻った白い影を、一足先に戻っていた黒い闇が出迎えた。
「ご苦労様でした」天の雄牛の皮で作られたソファに座った黒須蛍が、リビングルームに入ってきた天野輝血に言った。
「そちらこそお疲れ様です」カガチは白い外套を、壁に付けられた龍の角の洋服掛けにかけながら言う。
 ここは夜の闇よりも濃い、深い霧が立ち込める暗い郊外の森の奥。
 常世の国を再現し、現世とは隔絶した一つの別世界に彼女たちの本拠地である巨大な建物はあった。
 この建物は西洋風の本邸と和風の別邸が繋がっており、全ての建材、家財道具が神獣や幻獣、金銀宝石に特殊な鉱物、神樹、魔木、果ては神々の皮や骨を用いて造られている。
 今、黒須とカガチがいるのは本邸の方である。
 カガチが黒須の正面のソファに座る。
このソファは、ミノタウロスの皮で作られている。
「どうでしたか、そちらの首尾は? 予定外に一度殺されていたみたいですが、その後どうなったか教えてください。ちゃんと征服主は殺しましたか?」黒須がカガチに聞く。
「いえ、彼は生かしておきました」
「おや、またどうして? あなたの今回の役割は、ヴィンセント・ワーナーの殺害だったはずでは?」
「ええ、確かに今回の私の役割は、そうだったのですがやめておきました。それが歴史とは違うことであっても」
「……何故です? 解答次第では、僕は彼女の為に、あなたを殺さなければならない」
「そうですね。ですが私の解答を言う前に、あなたに聞いておきましょう。あなたの首尾はどうでしたか? ちゃんと黒澤怜は殺してきましたか? それに見たところ、『黒の書』を持っていないようですけど」カガチが見透かしたように言う。
「……そうきましたか。いえ、彼女は生かしておきました。そして『黒の書』も彼女に渡しました」黒須は苦笑いで首を振った。
「何故です? 解答次第では、私は彼女の為に、あなたを殺さなければならないのですよね?」
「いやいや、すみませんでした。さっきの発言は取り消しますから、苛めるのはやめてください」まいりました、と降参のポーズを取る黒須。
「いえいえ、私も少し意地が悪かったですね」くすくす、とカガチが笑う。
「まあお相子ということで。どうせ考えていることは同じでしょうし」
「そうですね。私が魔人を殺さなかった理由と、あなたが魔女を殺さなかった理由は同じでしょう。今回は他のところでも死者も出なかった(・・・・・・・・・・・・・)ですし、その方が綺麗でしょう。でも『黒の書』を渡したのは、少しやりすぎでは?」
「……ですかね。僕もそこだけが怒られないか心配ですよ。渡す時は『彼女』の指示とか言いましたが、完全に僕の独断ですからね」黒須が肩を竦める。その態度からは言葉とは違い、心配など微塵も感じない。
 カガチもその理由がわかっているのか、呆れもせずに普通の声で言う。
「……平気でしょう。そもそもずっと前から筋書きとは違ってきていますから、その程度の事じゃ彼女は怒りませんよ。むしろ喜ぶでしょう」
「だと良いです。その為に僕もあなたも『歴史』から外れた行動を取ったんですからね」
「何が起ころうと、どんな筋道を通ろうと結末は同じ。ならばより面白い方を、ですね」
「はい。今回は彼女も多少満足したのではないでしょうか」
「なら良いですが――どうでしょう。結果として今回の舞台は、あそこで終わり。本来のものよりも小規模になってしまいましたから」そこだけが心配です、と白い暴君は言った。
「確かに僕もそこは心配ですが――」黒い魔法使いも心配そうな声を出したが、一転して明るい声で言いなおす。
「まあ大丈夫じゃないですかね。規模よりも内容でしょう。元の『歴史』は、もっと雑多で雑魚ばかりの戦いばかりでしたし。それがある意味で、天岩戸と騎士団の全面戦争の縮図になったんですから」
「――そう、ですね」カガチが奥歯に物が挟まったような言い方をする。
「何か、納得していない顔ですね。気になることでも?」
「――はい。でもそれが何かわからない。何かを見落としているような、気がするんですよね」カガチが難しい顔をする。
「あなたがそんな事を言うのは、珍しいですね。でもだからこそ何かがあるんでしょうけど……」黒須もカガチと一緒になって考え込む。
「……駄目ですね。わかりません」カガチがかぶりを振る。
「僕の方もさっぱりです。三人寄らなければ文殊の知恵は出ないようですね」黒須がこの場にはいない、聖剣の担い手を思い浮かべながら言う。
「とはいえ、同じ調整者といっても、剣手と私たち寄り合う事はありませんから蓋無いことです。彼はあくまで受動的な調整者ですし。そうですね、私が白であなたが黒なら、彼は差し詰め灰色といったところでしょう。そのあり方も含めて」カガチはそう言って、壁にかけられた宝石で作られた時計に目をやる。
 それに促されるように黒須も、時計を見た。
「どうです? まだ彼女も起きているでしょうから、報告がてら聞きにいってみましょうか」黒須がカガチに提案する。
「そうしましょう。その方が早そうです」
 天野輝血と黒須蛍は立ち上がり、『彼女』の部屋へと向かった。

天倉竹とアレクサンドラ・ワーナーの場合。

「……決着、ね。あなたの勝ちだわ。まあわかりきったことだったけど」
月に押し潰されて、ボロボロになったアレクサンドラが朦朧とした意識で言った。
「そうだな」竹が刀を鞘に仕舞いながら、アレクサンドラを見ずに頷いた。
「……聞かないの?」気を失わなかった自分に驚きつつ、アレクサンドラが問う。
「何を?」
「どうして、負けることがわかっていたのに決闘をしたのか、とか」
「騎士団の王女だからだろ?」
「違うわ。それもあるけど、別の理由もある」
「ふうん。じゃあ聞こうか。でもその前に……その格好をどうにかした方が良いのでは? いや、まあオレとしては、そっちのが嬉しいんだけどね」竹がアレクサンドラを見ながら言った。
「え?」そう言われたアレクサンドラが、何かおかしなところがあるのだろうか、と自分の姿を見た。
 そしてすぐにおかしな所は見つかった。
「っ」瞬間でアレクサンドラの顔が朱に染まり、朦朧だった意識がはっきりとする。
彼女は、『夜月』が直撃した事により、ドレスが破けてサービスショット満載の格好になっていた。
竹が彼女を見ないようにしていたのは、この為だった。まあチラチラ横目で見てはいたのだが。
アレクサンドラがさっと、豊満な胸元を隠し、羞恥と怒りの混じった琥珀色の瞳で竹を睨む。
「……」
「……」
実に気まずい空気が王の間に流れた。
するとタイミングよく、ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、という振動音が竹のポケットからした。
竹はその助け舟の主に感謝しつつ、アレクサンドラの視線から逃げるように携帯を取った。
「もしもし。――今? 今まだ城にいるけど」
 電話の相手は舘花だった。その声には、ややテンパったものが感じられた。
「えっと、あと十分くらいかな。それでさ、そっちはどうだったの? はは、余裕だったか。ん? えっと、それはね」
舘花の質問に、竹はアレクサンドラに聞こえないように後ろを向いて小声で、言葉を選びながら答える。
この気まずい状況で、騎士団は弱いだのなんだの簡単に言えるわけが無い。
「松には前に話したことあるんだけど、騎士団の強さってのは、戦闘力の高さじゃないんだよ。あそこでオレ等とタイマンでまともに戦えるのは、せいぜい1番目と2番目くらいだと思うよ。他の奴等は伯爵も含めてだけど、条件付きかな。じゃあ何でオレが騎士団と戦いたくなかったかっていうと、あそこの強さはさ、端的に言えば財力の高さなんだわ。騎士団が本気で動けば、彼らだけじゃなくて、賞金稼ぎの殆どが動く。強者弱者含めて、万単位の人間がね。しかも伯爵家の財力ってのはワールドワイドだから、下手すりゃ兵糧攻めをくらう。そんな中で365日、24時間、狙われ続けるってのは、いくらオレ等が強いたって、さすがにキツイでしょ。負けることはなくても、多分何人かは確実にやられるだろうね。特に体力なしのオレとかは、正直キツイ。まあそういう話」
本音を言えば、竹は騎士団だろうがなんだろうが、自分たちであれば完勝できるだろうと思っていたが遠慮して控えめに言った。
竹が後ろを向いて説明していると、ビリビリという何かを切り裂く音が聞こえた。
どうやらアレクサンドラは、ドレスの余っている部分を使って、見えてしまっていた部分を隠しているらしい。
後ろを向いたことを後悔した竹だった。
 しかし本当の後悔はこれからだった。
「うぇ? いや、代わらなくて良いから。――って、ひいっ」電話越しにわかる怒りを感じて竹は悲鳴を上げる。
 そして、神速の速さでとぼけることにした。
「……深翠、えっとプロポーズだっけ、それがどうかしたの?」
 しかし、深翠は全てを知っているような口調で聞き続けてくる。
 それでも往生際が悪い竹は、話を逸らすことにした。
「いや、何もないけどね。っていうか、さっきお前ら盛大に能力解放してただろ? 使わないんじゃなかったの? ん、正当防衛? っていっても使ったことに変わりはないしね。そんな人に何か教えるのもなあ。それに関係ない、なんていったらそれはこっちも同じだから」意地悪くそんな台詞をスラスラという、真正のSである竹の言葉に、深翠が徐々にヘコみ始める。
 竹はさすがに可愛そうになったのと、立場が逆転したのを察知して、苛めるのをやめた。
 こういうのは、バランスが大切なのである。
「――まあ良いや、とりあえず今は取り込み中だから、戻ったら説明するよ。――あ、そういえば」竹が何かを思い出して、唐突に声をあげた。
「深翠と蒼香さ、夏に喫茶店で荒川さん見かけた? ――見てない? ああ、なら良いんだ。気にしないでくれ。あいよ。……あ、おいちゃん? うん。それじゃあお疲れ」
 竹は携帯を切って、ポケットに入れなおしてから、後ろを振り向いた。
 残念ながら、アレクサンドラは完全防備だった。
 やはりサービスタイムは、電話している最中に終了しまったらしい。
 とはいえ、話をするのならこちらの方が話しやすい。
 竹は気持ちを切り替えて、先ほどの続きを話す。
「じゃあ聞こうか。お前が決闘した別の理由は何?」
「それは――」
「それは?」
 銀色の少年と、橙色の少女の視線が絡み合う。
 アレクサンドラが決闘をした理由。
 それはこの少年の言葉が発端だった。
『あなたが国に帰る代わりに、娘さんをオレに下さい』
 それを言われた時の、ふわふわとしたなんともいえない高揚感。
その後ミスと断言されて怒りつつも落胆した、自分の心。
つまりは、アレクサンドラが、ただ単純に竹に会いたかった。
それが理由だろう。
「それは――」
 アレクサンドラが、そんな恥ずかしい台詞を口にしようと意を決した時、それを遮るように竹が声を出した。
「あ、その前に。勝利の賞品くらいはくれよ」
なんだってのよっ! 
アレクサンドラは、叫びたくなったが、やめておいた。
今の竹の口調、そして表情が先ほどの甘い空気を察知して、わざとすっ呆けたかのようなものだったから。
その証拠に、口から出任せだったのか、言葉に詰まる竹。
「……えっと、そうだな」慌てて悩む竹の顔を、じぃっとアレクサンドラは見た。
 アレクサンドラに見られて、更に慌てる竹。
 やはり竹は、どんな言葉を言われるのか正確にはわからなかったが、どんな意味合いの言葉を言われるのか、先ほどのアレクサンドラの様子から、なんとなくわかってしまっていたのだった。
今までの経験上。
「あー、えっと、そうだ」竹の脳裏に何か思い浮かんだ。
「何かしら?」
「そうだった、そうだった。元々オレはこの為に、ここに来たんだった。アレクサンドラ、決闘の勝者として君に頼む。ヴィンセント伯爵を本国に帰してくれ」竹は、忘れかけていた本来の目的を口にした。
「……わかった。でも条件があるわ」アレクサンドラは何か考える素振りをした後、頷いた。
「負けたのに条件を出すのか。でもまあ、それが可能なことなら良いよ」竹が苦笑いして言った。
「……父の代わりに、私はこの国に残るけど、良い?」
「ん? ああ、良いんじゃない? 元々、最初にそういう条件を出したのは、オレだし」
「最初の条件通りで良いってこと?」アレクサンドラが、何かを伺うように聞く。
「うん。まあ、それが一番丸く収まると思うからね」
「……そう。もう一度聞くけど、最初にあなたが出した条件通りで、本当に良いのね?」
「随分念を押すな。でも二言はないよ。それで今回の問題が解決するんだから」
 竹がそういうとアレクサンドラは、何かに勝った表情をして、ニヤリと笑う。
 その笑みを見て、竹の背筋にゾクリと悪寒が走る。
 何か致命的なミスを犯した予感がした。
 そして、その予感は当たっていた。
「アマクラ、あなたが一番最初に、私たちに提案した条件はなんだったか覚えてる?」
 そう言われた竹が、眉根を寄せて昨日の事を思い出す。
「…………げっ」
「思い出したみたいね。でも、その反応はないんじゃないの。プロポーズした相手に向かって」
『あなたが国に帰る代わりに、娘さんをオレに下さい』
 それが竹が一番最初に提案した条件だった。
「……いや、あれは……」
「二言はないんでしょ?」足掻く竹にアレクサンドラは、ぴしゃりと言い放つ。
「……うっ」
ぐうの音も出ない竹を橙色の瞳で満足げに見て、アレクサンドラは自分の携帯を取り出した。
「ふふっ。じゃあ、まず携帯の番号教えといてくれる? クロサワを通して会話すると途中で電話切られるみたいだし。未来の旦那様とそんな関係は嫌だから」
 観念したように、ぼそぼそと竹が携帯の番号を呟き、それを登録したアレクサンドラは、全てのもやもやが吹っ飛んだ、満面の笑みを竹に向けて言う。
「絶対幸せにしてもらうからね」
 そんなブロンドの美少女の笑顔を見て、それもまた悪くないかな、なんて思ってしまう、男の本能に忠実な竹であった。

 ――それが出来ないとわかっているのに、
そんな風に思ってしまったのは、
今も含めたこの夏が楽しかったからだろう。
全てを詳細に思い出す事は出来ないけれど、
最後にそういう感情が残ったのだから、この夏は最高だった。
 さあ、明日から学校だ。

 白銀の少年が立ち去った、王の間。
 蝋燭のオレンジ色の灯りを手元に寄せて、
 金木犀の香りがする王女は、
 振り上げた指揮棒を片付けるように、
 一曲の終わりを告げるように、
 新曲の始まりを告げるように、
 何かを誓うように、
 丁寧に銃と剣を仕舞った。

             (了)
お読み頂きありがとうございます。
エピローグの後半部です。
残りあと1話は早いとこ更新いたします。
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