王女交響楽団 橙の章(21/27)縦書き表示RDF


王女交響楽団 橙の章
作:弐乃菜子



橙の章 21


        *

血で血を洗う祭りが終わらぬ、戦場となった夢の国を見渡せる王の城。
強固な王の間の扉に背を預け。
一人の少年が憩いの、おしむらくは仮初の眠りについていた。
 寝ているはずのその表情には、安らかなものはなく、ただ剣呑としたものが張り付いている。
 少年の耳に流れる、決して小さくはない、しかし彼がいる場所からは遠くに聞こえる4つの戦場音。
 その中の一つ。
 彼から一番遠い場所で奏でられている音。
 それが、彼の安らぎを妨害し、剣呑な表情を浮かべさせていた。
それは聴くだけで、神話を再現出来る、心地良く奏でられた懐かしい異常音。
演者が二人の少女と、一人の正邪である事は明白。
少年は二人の少女の状態を正しく把握する為に、ギリギリまで自分の舞台に上がらない。
決闘という誇りを賭けた勝負すら、軽々と放棄する。
 彼は眼が悪いが、耳は良い。
その聴覚で遠くの音と、ついでに自分の背後で起こる決闘音だけを拾う。
近くで、刀の落ちる音がした。
遠くで、聖なる音が二人の少女を飲み込んだ。
少年はその音で目を醒ます。
瞼の裏を見ていた瞳が、蝋燭の蒙昧とした明かりで灯る世界を映す。
視界がぼやけ、眼が酷く痛んだ。
 その痛みのお陰で、まだ眠り足りないと訴えかけてくる、胡乱な意識を強制的に支配下におく。
 そして、少年は王の間の扉を開いた。
決闘の最後だけは、解決の瞬間だけは、代替物に任せることは出来ないから。

        *

0:06
「別物が正解だ」
 胸から刃をはやした天倉竹が、ケタケタと嗤いながら言った。
「別物が正解だ」
 銀色の刀を突き刺した天倉竹が、気だるそうに言った。
「え? あ」
 わけのわからない状況に、アレクサンドラがよろめき後ずさる。
「お疲れ」天倉竹の後ろで天倉竹が、労うような口調で言った。
 直後、銀色の刀身が淡く、燃えるように輝いた。
 その銀色に飲み込まれるように、ケタケタと壊れたように嗤っていた、天倉竹の姿が徐々に姿を変えていく。
 それは胸部から広がり、体の末端まで侵食していく。
 侵された部位から色褪せ、血色を失い、死んだように力を失っていく。
 そして、四肢がだらんと力を失った頃には、それはもう天倉竹の形をしていなかった。
 煤けたような、燻んだ茶褐色をした等身大の木製人形。
 それが、アレクサンドラが先ほどまで見ていた天倉竹の末路だった。
 末路、という表現は間違いかもしれない。
 何故ならそれは――初めからそういう形をしていたものなのだから。
「何よ……それ」
「ん、これ? これはオレがまだ、『天岩戸』にいたときに作った自動人形。最高の人形作りの横で遊びながら作ったものだ。遊びで作ったわりには、結構良く出来てただろ? まあ何でも出来るっていうのが、オレの特性だから当たり前といえば当たり前だけど」竹が木製人形から刀を引き抜きながら言った。
「……違う」俯いてアレクサンドラが言う。
「違う? ならどうしてこんなのが、今までオレに見えていたのかって話? そっちはまあオーソドックスだけど、魔術の類だよ。さすがにオレの技量じゃ、人の形で人の動きをさせるくらいで手一杯で、松みたいに外見まで作りこめなかったからな。オレに見えるように形体変化の魔法をかけたんだ。こっちも昔とった杵柄って奴だよ。『天岩戸』にいた頃は、何でもやらされたからな。魔法は『教団』の業なのにね」
「…………違う」糸を吐くようなアレクサンドラの呟き。
「あれ? これも違うのか。……ああ、じゃあオレがいつ、こんな物を持ち込んだのかって話しだ? そっちは完璧にお前の早とちりだよ。オレは別に、おいちゃんに持ってきてもらったものが、『夜月』だけなんて一言も言ってないし。まあ誰に壊されたのか知らないけど、お前らが仕掛けたカメラがなくなったから出来た、ドッキリだったわけだけど」こういう相手が驚く事をするのが好きな竹は、さも楽しそうに言った。
 その竹の態度にアレクサンドラの何かが切れた。
「っんな事聞いていないわよっ!!」
怒りで顔を朱に染めた、アレクサンドラが怒鳴る。
 その声には、驚きも警戒も狼狽も映っていない。
 あるのは唯一つ、憤怒の感情だった。
 先ほどは、抑えることが出来た激情だったが、今度は抑え切れなかった。
 何故なら――彼女は侮辱されたのだ。
 正々堂々の中で行われるべき決闘を。
 誇りを汚され、憤怒せぬ騎士などいない。
「どうして、正々堂々と戦わないの!? これは決闘でしょう?! まさか私が弱いから? 答えて!!」
烈火のごとくアレクサンドラは、怒鳴り散らす。
「……えっと」まさかそこで切れられるとは、夢にも思っていなかった、ある種頭の悪い竹は、言葉に詰まる。
蒼香と深翠の二人が心配だった、というのも理由の何割かにあったのだが、本音を言ってしまうと、竹は夏休み中続いた慌しい日々で疲れきっていたのに、決闘なんて面倒なものをするのが、ダルかっただけだ。
しかし、どうにも正直に言える空気ではない。
なので、竹は誤魔化すように答える。
「いや、これがオレの戦い方なんだよ。わざわざ相手のステージに乗っかって戦うなんてのは、アマチュアのする事だろ」竹は肩をすくめる。
 だがその発言は失敗だった。
 今の言葉は、正々堂々戦おうとしていた、アレクサンドラには皮肉にしか聞こえない。
「……私がアマチュアだって言うのね?」銃と剣を持つ、アレクサンドラの両手が一層強く握り締められる。
 それを見て竹は、自分の失言に気付く。
 そしてそれを撤回するには、適当にはぐらかす為には、どうすれば良いのか神速で思考を巡らす。
 それは自覚こそしていないが、天倉竹という人物が何より得意とする科目だった。
 そして竹は戦闘している、いや、聴戦している時になんとなく思った事を口にすることにした。
「……えー、っと。お前さ、肩肘張りすぎてないか? 騎士団の王女だかなんだか知らんけど、もっと気楽にやれば?」まさに苦し紛れの誤魔化しだった。
「何故? 視野を広げなければ、また騙されるって事?」怒り覚めやらぬアレクサンドラが、眉間に皺を寄せて聞く。
「まあ、そういう意味もあるけど」
「けど。何?」
「いやさ、今もそうだけど、その分だとずっと眉間に皺寄せながら戦ってたんだろ? せっかく美人さんなんだから、もっと笑ったら良いのに」
「――んなっ?!」アレクサンドラが、肺中の空気全てを吐き出したんじゃないかというくらい、驚きの声を上げる。
 あまりに場違で、意表を突きすぎる竹の発言。
 しかし、それこそ竹の自覚のない得意科目。
 天倉竹の真骨頂だった。
「馬鹿じゃないの?! ねえ、馬鹿じゃないの!?」
 怒りで朱色だったアレクサンドラの頬が、別の朱色に変わる。
「いや、馬鹿って……オレは思った事を言っただけだけど?」
 平坦な声で言った竹は、何故アレクサンドラが何故狼狽しているのか、気付いてもいない。
 気付こうとしていない。
 そもそも竹は嘘こそ付いていないが、怒られたくないという自分勝手で、子供じみた思いで、誤魔化しに誤魔化しを重ねただけだ。
だから、自分の目的。
自分の発言が、相手の怒りを静めた事にしか反応しない。
そして目的さえ果たしてしまえば、その後の事、それ以外の事に興味はない。
だからアレクサンドラの怒りが収まったと感じた後、言わなくて良いような、不必要な発言を平気でしてしまう。
「まあどうでも良いけど。――それで、まだ決闘は終わってないんだよな?」
緩みかけていた王の間の空気を凍り付かせる冷たい声で、竹は言った。
 右手に持った夜月の切っ先を、アレクサンドラに向ける。
 その鋭い銀色の刃を向けられて、脳内が桃色になる病気に侵されかけていた、アレクサンドラの表情が色を変える。
「――あ」
 ――馬鹿は私だった。
 この少年は言ったではないか。
 それが自分の戦い方だと。
 どんなにぶっ飛んだ発言をしようとも、自分の代わりで戦おうとも、彼はずっと決闘の最中だったのだ。
 それなのに自分は、決闘の最中にその意思を、決意を揺らしてしまっていたなんて。
 彼に決闘が終わっていないのだと、確認させられてしまうほどに。
 アレクサンドラは、のぼせ上がった心に渇を入れる。
 終曲にはまだ早い。
「――ええ、勿論」
「OK。じゃあ決着を付けようか。オレの自動人形と変化の魔術の神性を奪った、こいつはもう優しくないぞ」
 竹が銀色に輝く『夜月』を眼で示しながら言う。
「望むところよ。決闘っていうのは、相手の最高の攻撃を打ち砕いてこそでしょう?」
 そのアレクサンドラの発言に、竹は無言で小さく頷いただけだった。
 もう言葉は不要だった。
何故なら――王女の橙色の瞳が決死の覚悟を告げていたから。
竹の瞳が銀色に灯り、それに呼応するように『夜月』が白銀の輝きを増す。
そして、決着の言葉を呟いた。
「堕ちろ――夜月」
 竹の右手から刀が消失すると、白い城の上に丸い月が浮かぶ。
そして――王の間の天井を透き通り堕ちてきた銀色の月が、それを微笑んで迎え撃つ王女を、優しく押し潰した。

3つ目の終わりの音は、
銀色の少年と橙色の少女の決着を付ける、
月が堕ちた、柔らかい、ありきたりな衝撃音だった。


お読み頂きありがとうございます。
反則超人とアレクサンドラの決着です。
毎度毎度『夜月』で終わりかよ、とお思いでしょうが、前もって言わせてもらうと、今後『夜月』を使うことはあっても、この終わらせ方はこれで最後です。ですので、逆に見納めとしてください。

『橙の章』は残り3話、足が出たら4話で終わりです。
よろしければ最後までお付き合いください。






ランキングに投票 ランキング参加中。投票お願いします。(月1回)やる気が出ます。





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう