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橙の章 18
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 0:06。
 ビルの屋上から下界を眺めていた、4つの黒い瞳に天空に闇を切り裂く光の柱が上がるのが映りこんだ。
「聖剣エクスカリバー。さすがに凄まじいですね」黒い魔法使いが言った。
「ああ。恐らく単純な攻撃力だけなら、宝具中どころか、神具も含めて最強クラスだろうな。……さすがに二人とも死んだかな。あれは」
その横で髪を後ろで結んだ女性がタバコを咥えて、それに答える。最後の台詞は呟くような声だった。
黒須は、その怜の呟きの方を先に拾って笑顔で言う。
「いやいや、お二人は生きていますよ。ご心配なく」
「ふん。別に死んでくれてもよかったんだがね」怜は黒須の言葉を不快そうな声で切り捨てる。しかし、その表情には、どこか安堵したようなものが浮かんでいた。
 黒須は怜の表情の変化に気付いたが、長年の付き合いから、そういう事を指摘するのは上策ではないとわかっていたので何も言わなかった。
 そして代わりに、聖剣の話題に話を戻した。
「あの剣は、貴女の言う通り最強クラスの物ですよ。更に使用しているのが、正統な聖なる血を引いている彼ですからね。そのただでさえ圧倒的な性能が、十二分に引き出されているようですね。……まあ聖剣の担い手は、彼以外には過去に一人しかいないわけですから、比べるのも変な話ですけど。しかし初めて見ましたが、確かにあの威力では伝説も捻じ曲がって伝わるわけですね」
「どういうことだ?」怜がタバコの灰を空中に落としながら聞く。
「あの剣の鞘の話ですよ。蒐集者の貴女なら、当然、鞘の伝説は知っていますよね? 有名ですし」
「……鞘に血を流さない力があるという話ならな。だから聖剣の伝説は、その鞘こそ重要なのだと言われているが……その伝説は違うのか?」
「ええ、違いますよ」黒い魔法使いは笑顔を作り、正しく講義をする教師のように、かつての弟子に説明する。
「魔法使いから与えられた鞘には不死の力があり、鞘を失うと血を流す。
 故に鞘を失った、王は血を流し、王の伝説は終わる。
 しかし、その伝説には誤りがあります。
 鞘には血を流させぬ力などありません。
 鞘とはあくまでも、剣を収めるものです。
 それに対し、剣とは血を流させるもの。
 しかし、王が湖の乙女より譲り受けた剣の力は、あまりにも強大過ぎました。
一振りで、人を焼き、地を削る。
 二振りで、村を焼き、川を割る。
 三振りで、町を焼き、山を砕く。
 そして、いつかは国を消す。
 そんな危険すぎる兵器に困窮した王に、魔法使いは剣の力を収める鞘を与えます。
 剣の力で、誰も血を流さない為にね。
鞘は、真の意味で剣を収めるものだったというわけです。
 つまり伝説の誤りとは、鞘を失った王が血を流したのではありません。
 鞘を失った、国が血を流した、というわけです。
 故に、王国は滅び、王の伝説は終わったんですよ」
「……随分な新説だな。だがまあ、お前が言うのだからそうなんだろう」
「おや、すぐに信用するんですね? 当時もそのくらい可愛気があれば、もっとやりやすかったんですが。どういう心境の変化でしょうか。まあ予想は付きますが」珍しく黒須が見透かす様な笑顔ではなく、ニヤニヤとふざけるような笑顔で言った。
 怜は不愉快そうな顔を作り、黒須の発言を無視する。
「ということは、騎士団の一番目には不死の力はないわけだな?」
「ありませんよ。この世界で、不死だなんて馬鹿げた力を持っているのは、後にも先にも彼女だけですから」
「……彼女ね。まあ予想は付いていたが、やっぱり奴がそうなのか」
「予想が付いていただけで、合格点ですよ。それが出来なくて、絶望を味わう人間がいるんですから。彼は能力は申し分なかったんですが、『歴史』が味方しなかった」黒須が、気付かせてもらえなかった愚者を嘲笑うように微笑む。
「……私は、お前の雇い主を好きになれそうにないな」怜が携帯灰皿に、名残惜しそうにタバコを捨てる。
 その台詞を受けて、黒須が「それはどうでしょう?」と思わせぶりな風に言った。
「何だ?」怜が眉をピクリと反応させる。
「いやいや、この後も同じ台詞が言えるものかな、と思いまして」
「もったいぶるな。何かあるなら、さっさと言え」怜はつまらなそうに、しかし内心焦らされるのに対して、やや憤慨しながら言う。
「怒らないで下さいよ。こちらにも都合があるんですから。……ですが、もうじきですからね。そろそろ良いでしょう」
 怜は何も言わずに、黒須の言葉の続きを待つ。
「では、ここで僕はこの物語を退場します。ですので、少し早いですが報酬を渡しておきます」
 黒須はそう言うと、黒い外套の内から一冊の黒い古書を取り出した。
 怜の黒檀の瞳が、このまま起こるまさかの事態を予測して、驚愕に広がる。
「『黒の書』。これが今回の報酬です」
 黒須は静かに微笑みながら、歴史の全てが記された本を怜に差し出す。
「――っ!!」怜は全く予想していなかった報酬に、声にならない声で驚いていた。
「どうしました? これでは満足出来ませんか?」
 差し出した『黒の書』を受け取らない怜に、黒須が声をかける。
「……だって、これは『黒の書』だろう?」怜は声を震わせるのを抑えもせず、黒須に聞いた。
「ええ、そうです。これは『黒の書』ですが、何か?」
「――何か? じゃないでしょうっ!? お前、これを渡してしまって良いのか?!」とぼけたような黒須の口調に、怜が女性口調で怒りに満ちた声を張り上げた。
 突如とした怜の怒りに、黒須が首を傾げる。
「何が癪に障ったんですか? 感謝されても怒られるなんて、思っていませんでした」
 キョトンとした表情の黒須は、どこかの聖者と同じような言葉を言った。
 そして、怜が癇癪を起こした理由を考え、瞬時にその答えを導き出した。
 その答えは、黒須からすれば、まさかの解答だったが、それくらいしか該当する記憶もなかった。
しかし、それでも黒須は、半信半疑で怜に問いかける。
「まさか、これを入手した時の事ですか?」
「……ああ、そうだ」
 怜が頷くと、今度は黒須が驚愕した。
 そして、次の瞬間に表情を一変させて、大声で笑った。
「ははっ……あっはっはっはっは。まさか、そんな。あはは。そんな事を考えていたなんて。いや、ははは。思いもしませんでしたよ。貴女がこれを僕が、『教団』から奪い取る為に、皆殺しにした時に片棒を担いだ事を、実の両親を手に掛けたことを後悔していたなんてっ!」
「……それ以上笑うな」大笑いする黒須を、怜は殺意を込めた瞳で睨み付けた。
「ははっ。いや失礼。まさかの事態でしたから。それにしても……いや、もうこの話題は止めましょう。僕は貴女と戦う予定はありませんから」
 黒須は笑うのを止めると、再び怜に『黒の書』を差し出した。
「受け取って下さい。これは、『唯一の一』の意思でもあります」
「……それが歴史なのか。だったら、尚更それを受け取るつもりはない」怜は差し出された本を再度拒絶する。
 しかし、黒須は意外な台詞を怜に投げかけた。
「いえ、違います」
「何だと?」
「この譲渡は、歴史にはありませんよ。嘘だと思うのなら、読んでみれば良い」
「……それこそ受け取れないな。その本を読めるのはお前だけだろう」
「ええ、ですから、読めるようになってください」
「はっ、出来るわけが無い。私はお前と違って、神域の天才じゃない。あくまで人の中での天才だ」怜が自嘲気味に鼻を鳴らす。
 だが黒須は、それを否定するように首を左右に振った。
「確かに貴女は人中の天才ですが、可能性はありますよ。だからこそ貴女に渡すんです」
「可能性……ね。それはどのくらいのものだ? 1%くらいか?」
「そうですね、恐らくそのくらいです。生涯をかければ30%くらいですが、リミットがありますからね」
「……リミットは何時だ?」
「それは自分で読み解いてください。師匠から弟子への最後の課題ですね。さあどうしますか? 貴女がこれを受け取っても、デメリットはないでしょう? まあそれでも嫌というのであれば、他の物を用意しますが」
 この問いかけが最後だ、とでも言うように、黒い魔法使いが黒い古書を差し出した。
「ちっ」怜は舌打ちしてから、手を伸ばした。
そして、『黒の書』触れるのを一瞬躊躇しつつも、結局それを受けといた。
黒須は、怜が受け取ったのを満足気に笑みを作って見届けると、付け加えるように言った。
「ああ、そうでした。事後確認になりますが、二つだけ」
「……何だ?」怜が警戒したような声で聞く。
「一つ目は、僕がこの場を去った後も、時間までは引き続き結界は敷いておいて下さい」
「当然だ。請け負った仕事は最後までやるさ。……それで、二つ目は?」
「僕から『黒の書』を貰った事を、天倉君には絶対に秘密にしておいて下さい」
「それは……なぜだ?」
「それが『彼女』の意思だから、としか言えません。本音を言えば僕も知りません。ただ、貴女がそれを破れば、『黒の書』はその時点で灰になるそうです」
「……わかった。善処しよう」
「してください。……時間です。それでは僕はここで」黒い魔法使いは薄く微笑み、黒い外套を翻す。
 闇が移動しているようだった。
 去って行く黒須を、黒い本を片手に抱いた怜は見ようともせず、徐々に静かになっていく夢の国を見下ろしながら、どうでもよさそうに言った。
「最後まで見ていかないのか?」
「ええ、見る必要もないでしょう――結果はわかっていますから」
「そうか。あと、これを貰ったところで、私のお前の雇い主への評価は変わらんぞ」
「でしょうね。変わるだろうと思っていたのは、僕の勘違いでした。やはり、貴女は変わった。『複製品(コピー)』の彼の力でしょう」
穏やかな声が闇を振動させる。
「お前は変わらなかった。『唯一(オリジナル)』のせいだろう」
もの悲しい声が夜に流れて消える。
「――彼女のせいではなく、彼女のお陰ですよ」
黒く染まった声が笑って、怜の耳に届く。
「それでは、久しぶりに楽しかったですよ。マイシスター」
その言葉を最後に、黒須蛍の気配がビルの屋上から消失する。
怜は胸ポケットからタバコを取り出して、口に咥えながら、いなくなった相手に答えるように小さく呟いた。
「私はつまらなかったよ。マイブラザー」
 魔女がタバコに火を付け、紫煙が風に流れる。
 怜の視線の先に、夢の国での祭りの終わりを告げる月が出た。

 黒い魔法使いの足音が闇に消え、
 魔女が見つめる、白い城の天空に、
 銀色の月が新円を描く時、
 一夜の祭りは収束を迎える。
お読み頂きありがとうございます。
今話と前話では、色々と設定等が登場しました。
中でも一番目と聖剣の設定については、独自のものですので何か思うところがあっても、スルーしていただけると幸いです。
それでは、どうか最後までお付き合いください。
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