橙の章 17
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眼の眩むような、溢れる光輝に包まれた後の入園口前の広場は、地面が捲れ上がり、焼き払われていた。
まるで、爆撃機で攻撃を受けた後の戦場のように。
いや、爆撃機で攻撃を受けても、このような形にはならないだろう。
どちらかといえば、その形は地割れに近い。
距離にして、およそ7〜80メートルの長さ。
その地面に出来た爪痕は、エドワード・エルガーの足元から、一直線に形成されていた。
ただそれが、ただの地割れとは違うのは、削れたアスファルトの大地が、焼け付くような高温により所々白煙を上げているところだ。
それは理不尽な天災よりも、非情で瞬間的な破壊だった。
『剣手』が腰元の聖剣の鞘から引き抜く。
それだけの動作により、この破壊は行われたのだ。
そのような天災を避けられる事など、出来はしない。
抗おうにも、巻き込まれてしまうからこそ、天災なのだ。
だがその一瞬の天災は、奇跡的にも一人も犠牲者を出していなかった。
蒼香と深翠。
この二人だけに向けられた、天災だったにも関わらず。
二人の少女は、幸いにも傷一つなく、真横に出来た地割れには眼もくれず、その破壊行為を行った人物に視線を向けていた。
翠色と蒼色の眼には、この破壊行為に対する怯えも畏れもなく、ましてや天災を避けられた幸福への安堵もない。
むしろそれとは、正反対の感情。
非難の意思だけが込められている。
――何故、わざと当てなかったのか。
深翠と蒼香、二人のどちらかが、もしくはどちらもが、そう口を開こうとした時に、エドワードが先に口を開いた。
その表情は、苦笑い交じりだった。
「いやまさか、殺さないでやったのに、そういう感情を持たれるとはね。感謝されることはあっても、非難されるとは思わなかった。もしかして、プライドを傷つけちまったかな?」
エドワードが頬を描きながら続ける。
「まあそれは許してくれよ、麗しいお嬢さん方。こいつの力は強大だから、どんなものか見せることで少しでも対等な勝負にしたいんだ。不意打ちなんて卑怯な真似は騎士道に反するんでな、最初の一撃はあえて外すのが僕の信条なのさ。騎士たるもの正々堂々と戦わないといけないんでね」エドワードはそう言葉を締めて、腰に下げた長剣を、ぽん、と一叩きした。
光の刃で大地を焼き払った聖剣は、再び腰元の鞘に納められ妖しく光を放っている。
「……正々堂々?」エドワードの発言に、蒼香が胡散臭そうな顔を作った。
「ああ、正々堂々だ。僕はなんたって、騎士団の一番隊隊長になっているんでな。秩序の護り手達の序列一位として、当然守らなければならない事項だろう。それに最近は、他の奴らが守れていないことだしさ」
「……あなたは、騎士団の掟を他の騎士団員より重視していないのでは?」深翠が聞いた。
「重く視ていない、というだけさ」
「守るのとは、別ってこと?」
「そういうこった。僕は騎士団の誰よりも掟を軽視しているが、騎士団の誰よりも掟に忠実だと思うね。だからこそ、わざわざ君たちを殺しにきたんだ」
「それはご丁寧に。でも良いんですか? あなたは騎士団の一番手なんでしょう? だったら竹さんとの決闘から、あなたの主を守らなくてはいけないのでは?」
「それは心配無用だな。僕は我が主の『剣』だ。剣は守る事が本分じゃない。僕の役目は、攻めなのさ」
「剣、ね。確かにあなたに相応しい言葉みたいね」蒼香がエドワードの剣に、視線を落としながら言った。
「ですね。こんな馬鹿げた威力を持った剣なんて、世界でもそうそうないでしょう。人生で二度目です」
「ああ、私も二度目だ」
深翠の言葉に、蒼香も同意して頷く。
「二度目? こいつと同じ出力が出せる得物なんて、そうそう転がっているはずなんだが……ああ、一度目はアマクラの刀かい? 確かにあれなら、僕の剣と同じか、それ以上の力が出せる。といっても、あの刀は条件付きだから、一概にはそうは言えないんだけどな。でもまあお嬢さん方相手なら、あの刀は最悪の威力を発揮するだろうな」エドワードが合点がいったと、納得する。
しかし、深翠と蒼香が首を横に振った。
「それは違うわ」
「あの刀は、あなたのそれとは違います」
「……どういうことだい?」エドワードが、全てを見透かしているような顔で聞く。
「竹の刀は、竹と同じで優しいもの」
「あなたの剣みたいに、心無くありません」
二人の言葉に、エドワードは意表を突かれたように停止してから、苦笑を作る。
「――いや、まさかそう来るとはね。思いもしなかった。うちのお嬢様も随分なものだが、君たちも同じくらいだな。美少女というものは、得てしてそういうもんなのかね。それとも美少女をそうしてしまうのが、アマクラの力なのか」
「……それは、どういう意味ですか?」深翠が聞き捨てなら無い台詞に、ピクリと反応する。
「それは秘密だ……っていっても聞かなそうな顔しているな」
「わかっているじゃない。ならさっさと教えて。竹の力って何?」
先ほどまでのシリアスな状況から、どんどんラブコメ臭くなってきたのに、エドワードはやれやれとかぶりを振る。
「OK、ならこうしよう。今すぐ教えてやるのも吝かではないんだが、それだと面白くないからな――」
「面白さなんていりません」
「さっさと言って」
「……話は最後まで聞いてくれ。本当に最近の美少女は、どうなってんだかね」エドワードが溜息をつく。
対する蒼香と深翠は、先ほどからエドワードの言動に、モヤモヤしたものを積もらせつつあった。
そのモヤモヤの正体を、二人はまだ掴めていない。
だからこそ、焦ったようにエドワードに発言を促したのだ。
そして、その正体はすぐに判明することになる。
「気を遣って、今すぐ教えるのをやめようと思ったんだけどな。まあお二人さんがそこまで言うのなら、すぐに教えてあげましょうかね」
「待って。気を遣うって、何に対して?」
「一言で言うなら状況かな」
「……状況、ですか?」
「ああ、状況さ。僕と君たちの決着は、まだ付いていないだろ? そんな状況で、君たちの欲しい情報を僕が与えちまったら、なんだが冥土の土産みたいじゃないか」エドワードが肩をすくめて言った。
「「……っ?!」」
その仕草、その台詞が深翠と蒼香の内に積もっていた、モヤモヤとしたものを固め、核心へと導いていく。
「あと少しで終わるとはいえ、まだ祭りは続くんだ。だったら、これの答えは祭りが終わった時、お嬢さん方が生きていた時の賞品としたほうが、面白いだろう?」エドワードが、口角を上げる。
「……あ」
その呟きは、どちらの口から漏れたものだったか。それとも二人から漏れたものだったのか、二人はモヤモヤの正体を掴んだ。
最初は、黒い魔法使いにダブって見えていたエドワード・エルガーという男が、一人の少年と重なって見えてきていたのだ。
「……どうして?」蒼香が戸惑いの声を上げる。
その隣で、深翠も戸惑い表情を作る。
「ん? どうかしたかい? ってああ、そうか。また僕が別の人に見えてきたのか。どうやら、その感じだとアマクラに見えてきたのかな?」
二人はそのありえない状況に、エドワードの圧倒的な一撃後でも前を向けていた戦意を、無意識のうちに引っ込めてしまう。
まるで目の前の人物とは戦えない、とでも言うように。
だが、それをエドワードは良しとしない風に、慌てて二人に言う。
「おいおい! ちょっとお二人さん待ってくれ、それは関心しないぞ。敵を目の前に、戦意を解いてはいけない」
エドワードの言葉に、蒼香と深翠は、はっとしたように急ぎで戦意を戻そうとする。
しかし、それでも初めほどの戦意の灯火はない。
現に蒼香はナイフを握る手を緩め、唸り声を上げていた深翠の影は息を潜めている。
そして爛々と輝いていた、緑翠と青蒼の瞳は元の色に落ち着きつつある。
「だから、駄目だって。全く、さっきのクロスは平気だったのにな。……まあ、それだけお嬢さん方がアマクラと戦いたくないってことなんだろうけど。……だが僕はアマクラじゃなくて、騎士団の一番隊隊長、エドワード・エルガー。君たちの命を奪おうとしている敵だ。あまり油断すると、一瞬で蒸発させるぞ? 良いのかい? アマクラの力の意味を知らずに死んでも」聖者は聖剣の柄に手を添えながら、今までの緩い雰囲気を、鋭い殺意へと変貌させた。
その夜の闇が、軋みをあげて裂かれてしまうような、殺意を向けられて、蒼香と深翠の全身が警笛を上げるように粟立つ。
そして、奥に引っ込みかけていた、戦意が再び表面に浮上した。
「よしよし、上出来だ」
それを見て、エドワードは満足したように頷き、剣の柄に添えていた片手を離す。
「……あなたは、何なの?」蒼香が白いナイフを握りなおして、戸惑いを押し殺したように聞いた。
「幻術の類……じゃあないですね。私たちに、そんなものは効きませんし」深翠の影が再び獣の唸り声を上げ始める。
二人の問いに、聖者が答える。
「ああ、幻術じゃない。僕は魔法は使えないし、神様に近い位置にいる者を、惑わせる程の魔法使いなんて、それこそこの世に5人もいないだろ」
神秘は、より高い神秘に打ち消される。
深翠と蒼香。
本物の『月読』の子孫と、天使の子供にして、怪物と言われた最後の『天照』の細胞を埋め込まれた、殆ど神と同一の神格を持つ存在。
そんな高位の神秘そのものである二人には、並大抵の魔術、神秘では効果がない。
ゆえに、二人はエドワード・エルガーという人物の見せた、異常に戸惑い、取り込まれそうになったのだ。
エドワードは、一度腕に巻かれた時計に視線を落として、時間を確認する。
そして、真実、聖者の微笑みで二人に語る。
「僕には、恐らく歴史上で最大級の働きをした聖人の血が流れている。そして僕に流れる聖なる血は、人類全ての争いを拒み、平和を望んでいる。だが、悲しい事に人と人との間には、絶えず争いが生まれてしまう。なら争わない為には、どうすれば良いか。それは簡単だ。その相手が、決して争いたくない物を見せてしまえば良い。君たちが見たのは、まさしくそれだ。君たちは初めにクロスを、そして次にアマクラの姿を僕に見た。その二人が君たちが決して争いたくない人物だからだ。いくら君たちが神に近い神秘を宿していようとも、あくまでも人の形をしている君たちも例外なく、僕の聖なる血は効力を発揮したってわけさ」
「……聖なる血ね。確かにそれなら、人の血が混じっている私たちにも、あんなものを見せられるかもね」蒼い瞳に聖者が映る。
「そう。最上位の神秘の血を引くという意味では、君らと僕は似ている」
「でも私たちとは、全く違いますね」翠の瞳が聖者を見抜く。
「その通りさ。君たちは、神の血。僕はあくまでも人の血。だからこそ、僕たちは敵対する」
「だから、騎士団なのね」蒼香が何かを納得したように言う。
「そういう事さ。人の秩序を守るのは神ではなく、どこまでもいっても人なんだ。神様じゃない。まあそうは言っても、それも異端として扱われたんだけどな。聖なる血を引く僕が、ただの人の下で働く事など許せない、だとさ。全く笑い話しにもなりゃしない。奴等は長い年月を経て、自分たちの本分を忘れ、まるで自分たちが神のように錯覚していた」エドワードが冷たい表情で続ける。
「これはまだ我が主にも秘密にしているんだが――」
「同じ血を引く人たちを、全て殺しましたね?」深翠が言った。
「ん? ああ。良くわかったな」エドワードが意外そうな顔を作った。
「そりゃ、わかるわよ」
「認めたくありませんが、あなたは、竹さんと似ています」
蒼香と深翠が言った。
「どうして? お嬢さん方は、まだ僕がアマクラに見えているのかい?」
エドワードの質問に二人は、まさか、と否定し首を振った。
「ん、ああそうか。規模は違うが、アマクラも同じような事をしたんだったな」
「ええ、でもだからこそ、あなたと竹とは決定的に違うところがある」
「違うところ? どこだい? 皆殺しにした人数かい? 確かに僕とアマクラでは、人数に大きく開きがあるな。少なくとも彼は僕の100倍は殺している」エドワードが、軽薄そうに笑って言った。
「違う」
「違います」
エドワードの言葉を、即座に二人が否定した。
そして、絶対的な自信を持って、聖者に告げる。
「竹とあなたとで、決定的に違うところ」
「それは、後悔の有無です」
「彼は自分のしたことを、今でも後悔している」
「だから同じ事を二度と繰り返さないように、苦しんでいるんです」
エドワードは二人の言葉を受けて、楽しそうに笑う。
「ははっ。てことは後悔していない僕は、間違っているって事かい?」
聖なる血を引く、殺人者の問いかけに二人は揃って答えた。
「そんなこと知るわけないじゃない」
「あなたの事なんて、どうでも良いですし」
そう言って、蒼香が天使の唄を口ずさみ、深翠が影を足で叩く。
青蒼と緑翠の瞳が再び輝き、戦闘態勢に入った。
それは、最初に見せた自分を守る為の瞳ではなく、相手を攻める意思を宿した瞳だった。
弛緩していた夜の空気が張り詰める。
「おっと、良い眼になったな」
「だって決着をつけなきゃ、賞品は受け取れないんでしょ?」
「その通り」そう言って、エドワードが聖剣の柄に手をかけた。
担い手の手が触れると、ぼんやりとしていた長剣の光りが、燦然と輝き始める。
それは神話の中の幻想。
しかし、その伝説上の神秘が目の前にあった。
聖なる剣は幾本あれど、聖剣はここに一つだけ。
聖杯伝説における、最上級の神秘を宿した宝具。
それは一人の王が、湖の乙女より譲り受けた剣。
聖剣エクスカリバー。
それが聖者の血を引く、『剣手』エドワード・エルガーの持つ宝具。
その最強の幻想が今にも牙を向こうとしているにも関わらず、蒼香と深翠は怯むことなく、軽口を叩くように、やり取りする。
「……どう思う?」
「……正直厳しいですね」
「だよね。死ぬかな?」
「まさか。蒼香にしては弱気ですね」
「聞いてみただけ。死ぬなんて、これっぽっちも思ってないわ」
「ええ、私たちは死にません」
「そうね。私たちには神がついているんだから」
「そうですね。かなり自分勝手な神様ですけど」
「女の子をこんな危ないところに放置するような、ね」
蒼香と深翠が小さく笑い、そして何かを信じるような顔になって言う。
「でも、彼がいるから……」
「……私たちは安心して、危険に飛び込めるんですけどね」
二人はそう確認するように、言うと互いに視線を交わす。
そして蒼香が深翠の前に立ち、手に持った白いナイフを天に翳し、
「一馬から九音へ」と力を込めて謡う。
すると、一枚だった白刃が、九枚に分かれて羽根のように、蒼香の周囲に展開された。
蒼い瞳をした天使に後ろから、声がかかる。
「名前、付けたんですか?」
「うん。さすがにただのナイフじゃあ格好悪いじゃない? だから考えたの。一枚の時が一馬、九枚になったら九音。あの時以来、九枚までしか羽根が出せなくなったから、ピタリと嵌ったわ。いい名前でしょ?」
深翠の問いかけに、蒼香が振り向かずに答えた。
金髪が夜風に靡く。
「そうですね」どうして、その名前が嵌るのか深翠にはわからなかったが、彼女は笑顔で頷いた。
そして黒曜石のような黒髪をざわめかせ、蒼香に言う。
「表に出せる影は三体が限界です。それ以外の影は、『神殿』の形成に費やします」
「了解。頑張って。あなたの影と私の羽根じゃ、正直1分が限界だと思う」
「1分……恐らく『門』を開くだけでギリギリですが、頑張りましょう。――出なさい」
深翠が翠の瞳で自身の影に命じると、影が千切れながら、暗緑色の狼が深翠を守護するように三体出現した。
緑影の狼。
夜の支配者、『月読』の血を引く大神家に伝わる、忠実なる影生物。
深翠は自分を取り巻くように現れた、狼の形をした影に対して再び命じる。
「あなたたちは、最前線で蒼香の守護を」
暗緑色の狼は、主の命令に頷くように獰猛に唸ると、深翠の傍から蒼香の前方に位置を変えた。
それを柄に手を添えたまま眺めていた、エドワードが腕時計の時間を見てから、漸く口を開いた。
「……さて、相談は終わったみたいだな。そろそろ終わりの時間も迫ってきた。準備は良いかい、お嬢さん方」
「ええ、時間をくれてありがとう」金髪青蒼の少女が口元を吊り上げる。
「なあに、気にしなさんな。正々堂々勝負する為さ」
「――では、決着を付けましょう」黒髪緑翠の少女が微笑を作る。
「ああ、そうだな。最後にもう一度、秩序の為に死んでもらうよ」
軽薄に笑う聖者の手により、再び光の剣が引き抜かる。
この数分間で二度目、日付が今日に変わってからは、一度目になる無音の時と光輝が、蒼と翠を包み込んだ。
お読み頂きありがとうございます。
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