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橙の章 16

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 いける。
 最初の射撃。
自身の武器である、サブマシンガン内蔵のヴァイオリンでの不意打ちは、避けられてしまったが、それでもその後の戦闘の中、アレクサンドラは獲物を両手に、そう確信した。
左手には、サブマシンガン内蔵のヴァイオリン。
右手には、触れただけで肉を切り裂く、極細超硬度の金属繊維を張った弓。
銃と剣。
それがアレクサンドラ・ワーナーの武器だった。
常識外れというよりは、いっそ馬鹿馬鹿しくすらある彼女の武器に対して、距離を空けてみていた竹は驚きはしなかった。
竹が以前属していた世界。
常識外が常識内。
規格外が規格内。
人外の化け物しかいなかった、血と力の世界では、ヴァイオリン本体が銃で、その弓が剣程度の常識外は、まだ可愛い方だったからだ。
むしろ、そんな到底楽器とは言えないもの、ヴァイオリンとして音を奏でられるわけがないもので、どうやって先ほど、あれだけの演奏が出来たのか、その点に興味すら湧いたくらいだ。
アレクサンドラは、この戦闘中に竹がそんな事を思っているとは露知らず、イケイケの状態で銃を撃ち、剣をもって斬りこんで来る。
 竹はこの日、都合10度目になる、アレクサンドラの打ち込みを夜月で受けた。
金属が擦れあう音が、王の間に反響する。
竹は、彼女の剣との鍔迫り合いから、一度後方に跳躍して距離を取ることにした。
「よっと」
 二人の間に、たった3メートルばかり距離が開く。
 開いたと同時に、間髪入れず、アレクサンドラの左手から銃声が鳴り響く。
 薄暗い室内に、連続で火花が散る。
「うわっとっ」
 竹はその銃弾を間一髪で、避け続ける。
 それはただ回避する為だけの動作。
不恰好に、無様に竹はヴァイオリンから放たれる銃弾から、王の間内を逃げ回る。
「逃がさないっ」
 アレクサンドラは、竹の逃げる方向を予測して、ただ当てる為だけでなく、部屋の隅に追い込む為の銃弾を撒き散らす。
 竹はそのアレクサンドラの意図に気付き、追い込まれないような軌跡を描いて、室内を縦横無尽に逃げ惑う。
 その動きはどこかぎこちなく、不可解なほどに悪かった。
 戦況は誰の眼から見ても、竹の圧倒的不利だった。
 前評判を覆す結果に、アレクサンドラ自身が驚いているほどに。
 それでも竹は逃げながらも、たまに生じる一瞬の隙を見逃さない。
 いくら優れた銃であっても、永遠に撃ち続けることは出来ない。
 いつか撃ちつくす時が来る。
 無尽蔵というわけではない。
 ぱすん、ぱすん、とアレクサンドラの持つ凶器が空腹の音を立てるのを聞くと、竹は逃げの体勢を一気に攻撃へ反転させて、開いた数メートルの距離を詰める。
 刃の届く距離まで近づくと、ぎくしゃくと夜月を振りかぶり、避けてくださいといわんばかりの速度で、それを振り下ろす。
 アレクサンドラは、その欠伸が出るような一閃を、ヴァイオリンの本体で軽く受け止める。
「噂通りね。その刀じゃ、斬れないわ」
 そんなアレクサンドラの言葉通り、刃を受け止めたはずのヴァイオリンは、僅かな軋み声をあげただけで刀傷一つつけずに、木の美しい光沢を放ったままだった。
 自身でも分かっていた結果、むしろ夜月の『神殺し』としての、性能を人一倍知っている竹だからこそ、諦めたような表情を作って、未だヴァイオリンの表面に密着する夜月を見る。
「ふっ」アレクサンドラが、再び弓剣を振るう。
 竹はその一閃を避けるのに数歩後ろに下がった後、見切りをつけるように、今の状況では役立たずが証明されてしまった夜月を、ぞんざいに放り投げた。
 それは、その価値を知っている者が見れば、卒倒するような行為だった。
 投げられた夜月は、くるくると回転しながら王の間の扉付近に落ちた。
 夜月の価値を正しく知っているアレクサンドラだったが、決してそれを見届けることはせずに、流れるような動作で腹を空かせたヴァイオリンの本体に、銃弾を補充する。
 命のやり取りの最中に、そんな事で気を取られるほど、彼女は素人ではない。
 アレクサンドラは、銃口を倒すべきターゲットに向け、鉛玉を連射する。
 竹は複数の凶弾を逃げながら、逐一避ける。
 その光景は、先ほどの再現をしているようだった。
 ゆえにその結果が、またもや同じものになることは明白――かと思われたのだが、逃げ続けているだけだった、竹の動きが更に悪くなっていく。
 そして、あと少しで竹がアレクサンドラの銃弾を避けれなくなるだろう、というところまで竹の動きが落ちた時に、
「待ったっ! ちょっとタイム、タイム!!」と竹が大声で叫んだ。
 するとその叫びの直後に、アレクサンドラからの攻撃が止んだ。
 命のやり取りの最中、ましてや決闘という誇りをかけたものの最中の、空気を読まないその発言にわざわざ付き合う事などないのだが、アレクサンドラは今自分が確実に、竹を圧倒しているという事実に興が乗り、攻撃を止めたのだった。
「何か?」
 つまらない事なら、すぐにでも攻撃を開始する。
 そんな感情を隠しもせずに、王女が聞く。
 一方、竹は肩で息をしながら、
「……いや、ちょっと待ってくれ。……聞きたい事が、あるんだけど」と途切れ途切れに言った。
 竹はアレクサンドラから、一度も攻撃をくらっていない。にも関わらずその姿は、先ほど彼女を上から見下ろすようにしていたとは思えないほど、情けない有様だった。
 それは天倉竹を知っているものが見れば、一目でその異常に気付いただろう。
 だが、アレクサンドラは竹を良く知らない。
 今目の前にいる竹に、以前、石間山の客室で殺されかけた時のような、本物の圧倒感というのが皆無であると、気付いていても、それを疑問に覚えるほどの知識が無い。
 だから、アレクサンドラは竹の異常には全く気付かず、気にも留めず優越感に浸りながら再び聞く。
「何を聞きたいの?」
 竹は一度息を整えるように、深呼吸してからアレクサンドラの言葉を発した。
「そのヴァイオリン、何で演奏できたんだ?」
「はあ?」
 もっとマシな質問だと思っていた、アレクサンドラは表情を崩した。
「いや、その左手の弓って、本来の馬の尻尾じゃなくて、人を斬る為の材質に変わっているだろ。だから何で演奏できるのかな、と思って」
なんとも緊迫感のない発言。
 アレクサンドラは、頬をひくつかせながら、無言で射撃する。
 その銃弾は竹の足元に、ばら撒かれるように撃ち込まれた。
「おおうっ?!」
 竹は驚きの声を上げて、ばたばたと足元に放たれた銃弾を避ける。
 その眼も当てられない、酷く滑稽な姿にアレクサンドラは、さすがに不信感を覚える。
今の竹は、昼間に見た彼と比べて、全くの別人のようにしか見えない。
例え断ったとはいえ、正直こんなにも情けない人物にプロポーズされて、不覚にも動揺してしまったのだと思いたくなかった。
女性ゆえの勘か、異常には気付かずとも、不信は抱ける。
そこでアレクサンドラは、その不信感を拭う為、そして自分の名誉の為にも、一度射撃を止め、ほんの少しだけ竹と話を再開してみることにした。
射撃が止んだことで、竹は心からほっとしたように溜息をついた。
「……音が鳴る仕組みは企業秘密よ。そもそも話したところで、わからないでしょうしね」
「ああ、それもそうか」
「ええ、でも一つだけわかることがあるでしょう?」
「まあな。少なくとも、その楽器……いや、武器かな? まあどっちでも良いけど、それが神秘の一つも宿していない、ただの物だってことはわかった」
 竹の愛刀、神具『夜月』。
宝具よりも更に一段階上の神秘を宿した、その武器の能力は、斬り付けた対象の神性を奪い取るというもの。
故に神殺しなどと呼ばれ、神性を宿したものに対しては、反則的といえるぐらいに最強の武器となるのだが、この神具には一つの欠点、制限があった。
それは神性を持たないものを、決して斬ることも傷つける事も出来ない、というもの。
 例えば対象が全くの人間、ただの物であった場合、この神具はただの鉄の棒程度、もしくはそれ以下の威力しか、発揮しないのだ。
 そのような制限がついているのは、『夜月』の製造経緯によるものだ。
 夜月は神殺しの名の通り、『神を殺す』ただその一点の目的によって、製造されたものなのである。
 そして、先ほど夜月の斬撃を、アレクサンドラはヴァイオリンの本体で防御し、そのヴァイオリンには傷一つつかなかった。
 それは右手に持った、弓剣も同一である。
 つまり、彼女の持つヴァイオリン型の武器には、一切神性が宿っていない、本当の意味でただの道具であるということが正しく証明されたのだ。
 更に以前よりわかっていた事として、アレクサンドラ自身にも一切神性というものは宿っていない。
 だから竹は、現状では役立たずとなってしまったナマクラを、その時が来るまで、一時その手から離したのだ。
 竹の言葉にアレクサンドラが頷く。
 ブロンドの巻き毛が揺れる。
「聞きたいことは、それだけ?」
アレクサンドラは、まさかそれが竹が本当に聞きたい事ではないだろう、と思っていた。
今のは、あくまで動きの悪い竹の時間稼ぎだろう。――まあそれにしては、この状況に似つかわしくない発言だったが、それでも彼が本当に聞きたい事項は、また別にあるはずだ。
しかし竹は、「いや、それだけ」と、そんなアレクサンドラの予想を、ぶっちぎりで裏切る風にカクンと首を縦に振った。
「は?」
 全くの予想外の返答に、ぽかーん、と馬鹿っぽく口を開けてしまう。
 そのアレクサンドラの反応に、竹も予想外だったらしく、気の抜けた顔をした。
 あまつさえ、「……あれ? 何か聞いた方が良かったのか?」などと小さく呟いている。
 その発言がアレクサンドラの耳に届く。
竹は城外で巻き起こる戦闘音に紛らせるように、小声で言ったつもりだったのだろうが、それでもたった二人しかいない、王の間では大きく響く。
だが竹は、それに全く気付いていないように、アレクサンドラに言う。
「じゃあ、逆にそっちから聞きたい事はない?」
 あるかっ!
 アレクサンドラは、反射的に怒鳴りつけそうになったが、こうやって相手のペースに巻き込まれる事の不利を危惧して、あえて一つの質問を投げかけた。
 しかし、そのアレクサンドラの行動は、大いなるミスだった。
 本当に竹のペースに巻き込まれないようにするのなら、ここでの正解は『無視をする』である。
 感情も返答も不正解だ。
 だが、アレクサンドラはそれに気付かない。
 それは、彼女の経験の浅さゆえの愚行。
「それよりも今日はどうしたのかしら? 防戦一方じゃない。動きも悪いし。あの時、私を殺しかけた人とは思えないわね。――まるで別人(・・・・・)じゃない」アレクサンドラが探るように言った。
「別人は不正解だ」
 竹がギリギリと首を動かして否定する。
「?」
 そのロボットのような、動きにアレクサンドラが疑問を抱いたとき。
 瞬きをするよりも速く。
すうっと。
 まるで、摩擦ゼロの氷の上を走る硝子のような音を立て。
 天倉竹の胸部から、銀色の刃が生えた。
 刃を生やし、竹は壊れたように笑顔を作る。
 ぽたり、と赤茶色の雫が竹の胸部より滴る。
 アレクサンドラが、橙色の瞳を驚愕に広げる。
それは竹が、竹の背後で刃を突き立てた人物と、同一の声でユニゾンした時に最大限のものとなる。
「「――別物が正解だ」」
 天倉竹の背後に立った、天倉竹の瞳が、月明かりを取り込むように銀色に灯る。

 王の娘は、『神の複製品』の世界に飲み込まれる。
 驚愕の音が、王女の口から漏れた。
お読み頂きありがとうございます。
おっそい更新ですが、じわじわ進めていますので、どうかご容赦下さい。
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