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王女交響楽団 橙の章
作:弐乃菜子



橙の章 14


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23:52
 竹と舘花の前に立ちふさがり、宣戦布告を掲げたルートヴィヒだったが、彼はその後動きをみせなかった。
 竹と舘花は、その不可思議に怪訝な表情を浮かべた。
 一向に動きのない状況に、竹がもしかしたら、このまま素通り出来るんじゃないか、なんて淡い希望を持ち始めた時、ルートヴィヒと目が合う。
 褐色の男は仁王立ちのまま、実に不愉快そうな顔をして竹に視線だけで語りかける。
 ――さっさと通れ。
 声に出さなかったのは、竹と会話をしたくないのか、それとも自分が道を譲る事実に納得していないのかのどちらか、――いや、その両方だろう。
 一歩も通さぬ、なんて言っておいて、なぜ竹だけ素通りを許してくれるのか、理由はわからなかったが、竹もアレクサンドラとの決闘に指定された時間まで時間がない。
なので、竹は理由は聞かずに舘花に、
「じゃあ、あとはよろしく。多分15分〜20分くらい。合図はするから」と告げて、ルートヴィヒの横を素通りした。
横を通る瞬間になんらかのアクションがあるのでは、と疑ったがそれもなかった。
だまし討ちを良しとしないのは、騎士団の性質か彼の性質か。そのどちらにせよ竹にとっては好都合だった。
舘花は小さくため息をつき、荷物を抱えて走り去る竹の後姿を見送る。
 その態度はのんびりとしたものだった。
 その態度に、不機嫌に顔をゆがめていた、ルートヴィヒの表情が更に険しいものとなる。
 もともと気の長い男ではない。騎士団の仇敵ともいえる竹を、素通りさせてしまった自分への怒りに加え、不遜ともいえる舘花の態度が相乗効果を発揮して、気分を害しているのだろう。
もはや彼の表情はヒマラヤ山脈に匹敵する、険しさを持ち合わせているといっても言い過ぎではない。
 そのあまりにわかりやすすぎる、空気の悪さに反比例して、舘花はすっきりとした顔をする。
 竹の頼みとはいえ、本来無関係だった為、あまり気が乗っていなかったのだが、ここまであからさまに嫌悪、敵意、殺意を向けられて黙っていられるような仏の精神は、舘花は持ち合わせていない。
 竹の後姿が完全に見えなくなったところで、褐色の男は再び口を開く。
「――一度だけ言っておいてやる。このまま立ち去れば見逃してもらえる、などとは思うなよ。『支配領域』」
 舘花はこの状況で、ぬけぬけとそんな台詞を言う、ルートヴィヒに対して呆れたような諦めたような感情を抱いて返答する。
「そんなこと思ってねえから」
「そうか。――ならば我が主の為に死ね」
 先手を取ったのは、ルートヴィヒだった。
 ルートヴィヒが片手を上げ、パチンと指を鳴らす。
 その音が舘花の耳に届き、間髪入れずに別の音が複数、彼の周りを取り囲むように360度円形に発生した。
 ルートヴィヒの部下の人数は100人。
 茂み、ゴミ箱の裏、アトラクションの中に隠れていた100人が全員同時に、舘花へ向けて各々の武器を発射したのだ。
 音の大部分が拳銃、ショットガン、ライフル、マシンガン、などの近代兵器が発生させた音だったが、中には弓矢、ボウガン、トマホーク、投げナイフ、吹き矢、ブーメラン、手裏剣、スリングショットなどのローテクノロジーが生み出した風切り音も混じっていた。
たった一人に対する100人による、多方向からの同時一斉射撃。
それは戦いですらない。
圧倒的な火力を傘にした、殲滅だった。
地面のコンクリートが粉々に吹き飛び、粉塵が舞い上がる。
『秩序を乱す者の前では騎士道など、捨て去るべき』。
 その言葉に相応しい、見事ともいえる究極の不意打ち。
 一手にして王手。
相手に付け入る隙を与えない、勝利への大攻勢。
卑怯、と言われてしまえばそれまでかもしれないが、ルートヴィヒは秩序の為ならばそんなものは気にしない。
秩序を乱すものへ勝利を与えず、自分が勝利すれば良い。
それが秩序を守ることへ直結し、秩序そのものになるのだから。
それが彼の戦い方だった。
とはいえ彼も、常にそんな戦い方をしているわけではない。
そんな事では、騎士団の三番隊隊長の地位など与えられるはずもない。
今の一手は、彼の中でも禁じ手中の禁じ手。
自身よりも格上だと判断し、全くの策が無い場合のみ苦汁をなめながら、苦肉の策として使用するものだ。
生涯で2度、今回ので都合三度目の手だった。
『支配領域』、舘花直人。
ルートヴィヒは彼に対し、それだけの価値があると判断したのだ。
『盾掌』として、苦渋の決断だった。
 それだけの決意に満ちた、一手。
 彼の功績、名誉、名前、全てに傷がつく一撃。
 故に最終手段。
 ルートヴィヒは初手で、最低にして最強の一手を打ったのである。
 その一手にかかって、生き延びたものは一人もいない。
 それは今宵も同じ。
 ――同じになるはずだった。
 飛び散ったコンクリート片が再び地面に落ち、粉塵と硝煙の香りが風に流される。
「――なっ?!」
 ルートヴィヒ、そして彼の100人の部下たちは、その予期せぬ光景に言葉を失う。
 そこには、肉塊と化した舘花の死体はなく、先ほどの体勢のまま突っ立ている舘花がいたからだ。
「不意打ちかよ。やっぱ騎士団って卑怯なんだ」
 言葉を失う騎士たちを尻目に、舘花は一人不満げにごちる。
 ルートヴィヒは、ありえない事態に混乱しながら、この状況の奇妙さを考える。
 先ほどの一斉射撃を舘花は、避けていない。
それは彼の立ち位置が変わっていないこと、避ける動作を一切しなかった事から間違いない。
にも関わらず舘花には、傷一つついていない。
そして、舘花の周囲の地面に空いた無数の弾痕と、コンクリートを削り、吹き飛ばした結果、虚しく転がっている武器の数々。
 なら考えられる結論は一つだけだ。
 自分たちの攻撃が、ことごとく外れたのだ。
 考えられないことだった。
 いや、考えたくないことだった。
 だからこそ彼らは言葉を失った。
三番隊隊長の合図より着弾の瞬間、血しぶきを吹き上げさせるはずだった銃弾、肉を飛び散らすはずだった投擲武器における赤とピンクの衝撃はなく、灰色の破片だけが舞い上がった事を、不可解に思ったものの瞬間的に否定してしまったのだ。
そんな事はありえないと。
 だが、これが事実。
 今、101人の騎士の目の前には、五体満足で威風堂々と生きている、舘花の姿がある。
 それが101人の誇りを犠牲にして、出来上がった結果。
「それでもその様子だと、今のが切り札だったっぽいな。それじゃあ、こっちからも攻めるぜ」
 舘花はそう言って、背負っていた馬鹿でかい鞄を下ろして、中にあるものを取り出そうとする。
 ルートヴィヒは一歩後ずさりして、殆ど無意識に「うっ……うてーーーーっ!!」と叫んだ。
 その声に反応して、半ば自失していた部下の騎士たちは我を取り戻し、狂ったように叫び、怒声を上げ、再び一斉射撃を開始する。
 その全力攻勢は、先ほどのように単発のものではなく、彼らの手持ちの銃弾、武器全てをつぎ込むものだった。
 際限なく舘花に降り注ぐ、銃弾と武器の雨あられ。
 その怒号飛び交う狂気の攻撃の中には、先ほどのありえない状況への脅えと恐怖、そしてまたも同じ状況になってしまうのではないか、という不安が混じっていた。
 やがて、壊れたような激しい音が止み、カラカラカラ、と回転式ライフルの弾奏が空回りする音だけになり、それが100人全てが、各々の撃ちつくしたのを告げる。
 そしてそれは同時に、彼らの中の不安が的中した音でもあった。
「――っっば……か、な」
 つい数十秒前よりも、一層無残に破壊しつくされたコンクリートの地面の中心に、舘花は相変わらず傷一つなく突っ立ていた。
 その右手に、先ほどはなかった、昔話に出てくる鬼が持つような巨大な金棒を持って。
「それで終わりっすか?」
 不敵に、そして蔑むように笑う舘花。
 自分たちの常識を逸脱した結果に自失し、誇りを捨ててまで望んだ結末を嘲笑された、彼らが逆上するにはそれだけで十分だった。
 いや、彼らは憤怒の情を掻き立てる事で、信じられない、信じたくない現在の状況を拒絶し、辛うじて自我を保ったのだ。
 それだけの精神力があることは、さすがに秩序を守る騎士たちだけのことはある。
 だが、舘花から言わせてみれば、所詮それだけの精神力しか持ち合わせていなかった。
 自分たちの最強の一手をもってして、打ち滅ぼせなかった敵を前に、感情に身を任せてしまう事がどれだけ危険なことか。
 それを彼らは、その身をもって知ることとなった。
 逆上した騎士たちは、崩れ、穴が掘れた地面をものともせず疾走し、我先にと舘花へと駆け寄る。
 そのうちの一人、舘花に一番近い位置にいた騎士が、空手のまま舘花の2メートル圏内に足を踏み入れた。
瞬間、ひしゃげたような音を発して、その騎士は視界の届かない夜の彼方に消えた。
 次の瞬間には5人の騎士が、消えた騎士と同じく舘花の2メートル圏内に進入し、同じくひしゃげた音とともに彼方へと吹き飛んだ。
 更に次の瞬間、仲間が手品のように消えた、マジックの種を理解できずに2人の騎士が飛び、3人の騎士が手品の種に気付いたと同時に、夜空に高々と舞い上がった。
 残った他の騎士は、その様を逆上していた頭の中に収めると、自身たちが武器を有していない事に気付き、舘花に駆け寄りながら周囲に落ちている武器を拾おうとする。
 3人が落ちているナイフを、斧を、あるいは矢を拾おうとした間に、鎧を砕かれピンポン玉のように跳ね飛ばされ、4人が落ちている武器に手をかけるも、それを拾い上げる事が出来ずに吹っ飛び、後続の6人が何故、その間に跳ね飛ばされたのか、理解した時に打ち飛ばされた。
 そこで漸く、自身たちの愚かさを知り、ただ砂糖に群がる蟻のようだった騎士たちは、それを止める。
 向かう相手は砂糖ではなく、荒ぶる巨象だと知ったのだ。
 他の騎士たちはその場に停止したのだが、勢いがつきすぎていた、一人がそのまま突っ込み、情け容赦なく放物線を描く。
 時間にしてわずか数秒。
 全体の4分の1にも上る、二十五人の犠牲を出したところで、騎士たちは皆、足を止め、逆上した頭と胆をマイナスのところまで一気に、冷却させたのである。
 向かってくる者が一端いなくなったので、舘花はいつの間にか両手で持っていた、巨大な金棒を片手に持ち替える。
 その金棒こそ、舘花が披露した手品の種。
 舘花はただ単純に力任せに、その巨大な金棒を振るい、向かってきた騎士たちを、ことごとく打ち返したのだ。
 それが手品に見えたのは、スイングスピードがあまりにも早すぎた為。
 そして、あまりにも簡単に人が軽々と吹き飛んだ為だ。
「ホームラン12本、スリーベース3本、ツーベース6本、シングルヒット4本てとこか。打率十割、中々に絶好調だわ」
 舘花は満足そうな表情で、彫像のように凍り付いた蟻たちを見渡し、蟻の親玉に言う。
「逆上しながらも、動かなかったのはさすがだぜ、三番目。それとも恐くて、動けなかったんすか?」
「なっ……馬鹿なことを言うなっ! そんなわけがないだろうっ!!」
「じゃああんたは、吹き飛ばされる部下を見殺しにしたってわけだ?」
「ちっ違う!!」
 ルートヴィヒは、わなわなと唇――全身を震わせて、舘花の返答を否定した。
「あ、そすか。それで、まだやるの?」舘花は、どうでも良さそうに言った。
 当たり前だ。
 その言葉が出掛かったが、喉で痞えてしまった。
 ルートヴィヒは、部下を彼方へとことごとく吹き飛ばした、舘花の手品の種に気付いた。
 そして、落ちている武器を拾おうとした部下が、それを拾えなかったことで舘花の力がなんであるかにもたどり着いた。
 いや、本来であればその前の段階で、気付いているべきだったのだ。
 100人による一斉射撃。
 それが舘花には一切効果がなかった時に気付いていれば、少なくともここまでの犠牲は出さなかったはずだ。
――重力の支配。
それが『支配領域』の能力。
舘花直人の人ならざる、人外の異能。
舘花はその能力を持って、先ほどの100人からなる弾幕を全て、自分に衝突する前に地面に落としたのだ。
そして、その重力は半端な重さではない。
少なくとも、ナイフがコンクリートにめり込んで、騎士たちがすぐには拾えなくなるほどのものだ。それは銃弾も同じで、舘花の周囲を囲むように、綺麗な穴が無数に出来上がっている。
ルートヴィヒは、今更そんな事に気付いた自分の不甲斐無さに唇を噛む。
もっと早く気付いていれば、部下たちは血を流さずに済んだはずだ。
しかし、そうして自身の過ちを悔やむ、ルートヴィヒの心中を逆撫でするように、舘花が言う。
「あ、気付いたみたいだ。じゃあ正解した褒美って事で、一つ教えてやるよ。俺の能力は重力を操ることだけど、その限界は半径2メートル弱って感じ。あと自分には適用されないもんなんだ」
「……っ?!」
 まさか自分から、能力をバラすような事をするとは思っていなかった、ルートヴィヒは絶句し、そして今の舘花の発言で、自身の部下たちが流した血が、全くの無意味なものになってしまった事に、後ろを向いていた精神を褐色の肌を、真っ赤に染めるほどの怒りによって無理やりに前へと向けた。
 だが、前に向けたところで不安は付き纏う。
 現在の残存兵力は75、そして自分を入れて76人。
 その全てをもってしても、この化け物に敵うのか?
 こちらはあくまで、ノーマルな人間だ。
 人外の狂気が産んだ、化け物に対抗出来るのか?
 スペックで、上をいかれているだけならまだ良い。
だがこの相手は違う。
マシンが違う、ステージが違う、次元が違う。
そういう相手だ。
だが、一縷の望みがないわけではない。
だが、希望にかけるには失うものが多すぎる。
そして、それは恐らく二度と戻ってはこないものだ。
だからこそ悩む。
いや、答えは出ている。
しかし、それを口に出せない。
出したく無い。
感情と解答をぶつけている、ルートヴィヒに声がかかった。
「隊長、我々はまだ戦えます」
「隊長、私達は秩序の為に、あなたの為に死ぬ覚悟は出来ています」
「隊長、俺は仲間があんな目にあって、黙っていられない」
「隊長、指示を」
「隊長」
 複数の声は徒手空拳で舘花を囲む、彼の部下たちのものだった。
「お前たち……」
 ルートヴィヒはその後押しを受けて、勇気を得たように力強く頷く。
「おっと、まだやるんだ? よっしゃ、こい」
舘花はそう言って、その冗談みたいな金棒を両手に持ち直し、道端に落ちている木の枝のように軽々と振るう。
圧風が舞い起こる。
その力強い鬼神の如き、風体を睨みつけ、騎士団三番隊隊長。『盾掌』ルートヴィヒ・シュトライヒャーは涙を流しながら、自身の部下たちに言った。
「全騎、突げええぇぇぇーーきっっ!!」
 それは形を変えた死刑宣告だった。

蟻たちは勝つ為に、捨て身で象へと歯向かう。
骨を砕き、
鎧を壊し、
命を散らす打撃音が、
黒い金棒より生み出され、
一夜の祭りの交響曲を、華々しく高揚させる。
彩る色は、100からなる鮮血の赤と肉を突き破る白。
一足先に咲き乱れる、彼岸花。


お読み頂きありがとうございます。
ペースダウンしすぎで申し訳ありません。






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