橙の章 13
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23:58
一方その頃、竹に事実上放置プレイをくらった深翠と蒼香は、二人とも不満げな表情を変えることなく、十数分前と同様にテーマパークの入口に立っていた。
既に二人の耳には明らかに、このテーマパークが発するとは思えない音が届いている。
銃声、爆音、破壊音、幾多の戦場音が混ざり合い、時に切り裂くように、時に圧迫するように奏でられている。
二人は自身の想い人への安否が気になり、気が気ではなかった。それとプラスして彼の友人の安否も、申し訳程度にだが気になってはいる。
しかし、やはり彼女たちの気持ちの90パーセントを占めているのは、竹の事である。
そして、残りの10パーセントで舘花の事と、自分たちが今どうすれば良いのか、という事を考えていた。
自分たちは、この場で大人しくしていれば良いのだろうか。
それが本当に、正解なのだろうか。
今、竹は決闘という命を賭けた戦いをしている。
もしかしたら、竹はその戦いに敗北し、死んでしまうかもしれない。
それが可能性として、まずあり得ない事ではある、というのは二人も重々承知している。
だが、もしもという事もある。
だからこそ、自分たちがここでただ待っているだけ、という状況を歯痒く思い、いっそ竹の元へ行ってしまおうか、とすら考えているのだ。
とはいえ、今自分たちがこの場に残る事ですら、竹は反対していた。
それを押し切って、自分たちは今この場に残っている。
それを考慮すると、もし自分たちが竹の元へ向かおうものなら、竹は本気で自分たちを見限るかもしれない。
竹は切るときは、誰であろうと容赦なく切る人物だ。
蒼香も深翠も、そんな歯痒さと、不安感が鬩ぎ合い、一向に答えが出せないでいた。
二人は無言で、その事ばかり考えている。
相談はしなかった。
相談したところで、相手が答えを持ち合わせていない事も、自分と同じ事しか考えていない事を二人はわかっていたからだ。
1をいくつ掛けても、答えは1にしかならない。
せめて、この掛けるを足すに変えてくれる、何かがなければ答えは出ない。
最良の解答ではなく、最高の解答でもない。
完全なる解答、完全無欠の正解、を今二人は求めていたのだ。
どうすれば良いのか。
時計の針は、この瞬間にも制限時間を容赦なく削り、答えを持ち合わせていない二人を焦らせる。
二人が解答を求めている今も、相変わらず園内での戦場音は絶え間なく鳴り響き、刻一刻と激しさを増しているようだった。
――ざっざっざ。
不意に近くで足音がした。
RPGのダンジョンをキャラクターが、歩いた時の音に似ていた。
二人は瞬時にその音が聞こえた方向へ、顔を向ける。
夜の暗黒に目を凝らすと、視線の先には、足音を立てた人間が、RPGのキャラクターのような鎧に身を包み、立っていた。
軽薄な笑みを浮かべ、完全なる解答を得た聖者は口を開いた。
「やあ、お困りのようですね、お嬢さん方。一つ、手を貸しましょうか?」
瞬間、二人は何が起きても大丈夫なように、全身を緊張させる。
初対面にも関わらず、目の前の人物が、二人にそうさせたのだ。
なぜなら、その話し方、その身に纏う雰囲気が、二人には二人の知っている人物、黒い魔法使い黒須蛍にダブって見えたからだ。
だが、同時に二人は内心で安堵の息をつく。
少なくとも目の前の人物は、似てはいるが全くの別人。
黒須蛍は眼を逸らしたくなるような、雰囲気を持っていたが、この人物はその逆。
その美麗な容姿だけでも、道行く人が恍惚の眼差しを浮かべるだろうが、更にこの男は親しみやすさを兼ね備えていた。
しかし男は、二人が安心した次の瞬間に、その安心をかき消すような台詞を吐く。
「すぐに警戒を解くのは感心しないな。もしかしたら僕は、君たちの想像している人物が変装しているのかもしれないんだから。あの魔法使いならその位、朝飯前だろ。まっ、僕はそんな風に素直な女の子は嫌いじゃないけど」
二人は再び全身を緊張させ、目の前の男を睨んだ。
「ありゃ、嫌われちまったか。まあいいさ、アマクラのガールフレンドに手を出すほど無粋じゃない。その辺はわきまえているんでね。それでお嬢さん方にまず聞きたいんだが、僕が誰かわかるかな? ああ、前もって言っておくが、勿論僕は、クロスホタルじゃあないぞ」
蒼香と深翠は、お互い確認しあうように男に返答をする。
「……エドワード・エルガーでしょ。騎士団の一番隊隊長にして、『剣手』という二つ名を持つ、聖剣の担い手だっけね」
「甘いマスクと、フランクな物腰からは想像できない強さで、歴代一番の若さで一番隊隊長まで上り詰めた強者ですね。それと――騎士団の掟を他の騎士団員より重視していないようで、その事から一部の騎士団員からは、慕われていないとか」
「あと、フランクと言えば聞こえは良いが、中身はただの女好き」
「……最後のは、自分から頷きたくないところだが、まあ大筋で正解さ。アマクラから聞いていたのかい?」
二人が首を縦に動かす。
「うーん。アマクラとは昔、一度だけしか会ったことなかったんだが、まさかそんな評価を貰っていたとはね。いや、的確すぎて笑えないな」エドワードは小さく笑った。
「……それで、その一番隊隊長がわざわざ何しに来たの?」蒼香が訊く。
「おっと、いきなりその質問とは、随分と直球で来るねお嬢さん。でもその質問は果てしなく意味がない。最初に言っただろ? 僕は君たちに手を貸しに来たんだ」
「手を貸しに?」今度は深翠が訊く。
その通り、とエドワードが頷く。
「お嬢さん方は、今自分たちがどうしたら良いのか、わからないんだろう? だから僕がそれを教えてやるさ。聖なる血を引く者として、迷える美女たちに完全な解答を提示しよう」
エドワードは優美な動きで、両手を二人に差し出した。
――刹那、二人の全身を先ほどまでの、柔らかい緊張を凌駕する、鮮烈な恐怖が駆け巡った。
日常の外に足を踏み入れた事があり、なおかつ一つステージの高い場所にいる、二人だからこそわかる。
この聖者のような男の存在は、正しく邪なものなのだと。
善も悪も持たない黒須蛍よりも、数段性質が悪い。
そう理解した次の瞬間には、蒼香は腰元から純白のナイフを抜き、深翠の影が獣の呻りを上げ始めていた。
正邪はその様子を楽しげに眺める。
「いや、さすがに聞いていた通り話が早いな。ここまで順調だと、逆にこっちが不安になっちまいそうだけど……これは勘繰りか」
彼の長剣を収めた腰元の鞘から、仄かな明かりが、妖しく滲んでいる。
「まっ、多少説明不足な感は否めないが、仕方ない。既にお嬢さん方はやる気になっているようだし、さっさと始めるか。ああ、でもこれは言っておかなきゃな、そうしなければ、まだ辻褄が合わない」
あちこちで巻き起こる、戦場音を耳にしながら、エドワードは、長剣の柄に手を添えながら言う。
「騎士団の一番目として、僕は秩序を乱す者を許すわけにはいかない。――だから今、お嬢さん方がやるべきこと、それは僕から生き残ることだ」
その挑発とも取れる言葉によって、二人は目の前の男を倒すべき敵と、完全に認識した。
闇に溶け込む艶やかな黒髪に、緑翠の瞳をした『月読の巫女』。
闇を切り裂く鮮やかな金髪に、青蒼の瞳をした『殺戮天使』。
二つの神が眼を覚ます。
正邪は翠と蒼の神を目の前にして、尊いものを見るように儚げに笑う。
「正当防衛は怒られないよね」
「そりゃそうでしょう。そうしなきゃ死にますし。まだ死ぬ気はありません」
「あ、何か今の竹っぽい言い方」
「ちょっと真似てみました」
「そう。中々やるわね。今度教えて」
「勿論」
爛々と瞳を輝かせ、神々しくすらある二人は、どこか見当はずれな会話をした。
だが、その会話の内容はその年頃の少女からすれば、普通のものなのかもしれない。
好きな人に関する会話。
それが彼女たちなりの、戦闘準備なのだとエドワードは看破し、ここまで思われる人物の悲運を羨んだ。
そして、朧げに光る聖剣の柄に添えた手を握り締める。
「――さて、それじゃあ、せっかくの祭りだ。派手にいこうじゃないの」
聖者が長剣を鞘から抜いたと思った、瞬間。
――あらゆる音が、失われた。
4番目の始まりは、完全なる無音だった。
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0:00
戦場と化した夢の国の外は、静寂に包まれていた。
それは、ありえないことだった。
今、テーマパーク内は大地を削り、建物が吹き飛び、爆音を鳴らし、閃光が瞬き、鮮血が舞い散っているはずである。
にも関わらず、園外は深海の闇のように静かな暗黒に染まり、中の惨状が一切伝わってきていない。
そんな暗黒の上から、更に一層深い黒い影を落としている人物が二人。
片方はつまらなそうに。
片方は楽しそうに。
刻々と破壊されていく、夢の国全体を、とりあえず一望出来る、ビルの屋上から眺めていた。
つまらなそうにしていた女が、タバコに火をつけながら、
「つまらん仕事だな」と言った。
どうやらその表情に嘘偽りはなく、本当につまらなかったようだ。
「まあまあ、そう言わないで下さい」
楽しそうにしていた男が、笑顔のまま返す。
「……ふん。まあ良いさ。私は報酬さえ貰えればな」
「ええ、そこは勿論。蒐集家の貴女に相応しい、Aランクの宝具を1つ用意していますよ」
黒い外套を纏った男は、隣にいる蒐集家を見ずに言う。
「ああ、これだけ大掛かりの事を手伝わされたんだ、せいぜい期待しているさ。蛍」
蒐集家――黒澤怜も隣にいる黒い魔法使いを見ずに言った。
「そうして下さい。物語は滞りなく進行していますから、終わりまであと1時間もかかりません」
「そうか」怜がタバコの灰を落とす。
落ちた灰が風に運ばれて、見えなくなってゆく。
ビルの屋上は強めの風が吹きつける。
しかし、魔法使いの纏った黒い外套は、風にはためく事無く、微動だにしない。それは隣にいる女の肩口まで伸びた髪も同じだった。
二人の魔法使いを、風が避けているのかもしれない。
「――全ては記されるままに、か」怜がつまらなそうな表情のまま、呟くように言った。
「その通りです。全ては黒の書に書かれた物語。誰にも抗う事は出来ない」
「……変わっていないな」怜は平坦な声で言った。
「貴女は変わりました」黒須は嬉しそうに言う。
「はっ、私は何一つ変わっていないさ。変わったと思うのなら、それはお前の勘違いだ」
黒須の言葉に、怜は表情を変えずに、吐き捨てるように答えた。
だが、黒須は怜の言葉を否定する。
「いや、貴女は変わりましたよ。昔の貴女なら、今日僕を手伝う事はなかった」
「……宝具が欲しかっただけだ」
「天倉君の為にね」
黒須はにこやかな笑顔で頷いた。
「ちっ……」怜は、あからさまに不機嫌な顔で舌打ちをした。
だが反論はしなかった。
黒須に言われた事が図星だったし、それ以上の会話に意味がなかったからだ。
23時30分から5時間ほど、テーマパーク周辺10キロに渡り一切人を寄せ付けず、パーク全体を包み込む形で内部からの音と衝撃を遮断し、更に外部からの視覚映像を一日前の状態に摩り替える、広域に渡る複合魔術結界の作成。
それが黒須から受けた仕事だった。
最初は断るつもりだった。
それは前回、黒須からもたらされた赤き秘宝の情報が、宝具とはかけ離れたモノだったため。
そして、仕事の内容が気に喰わなかったためだ。
だが、結局昨日、怜はこの仕事の依頼を受けた。
それは報酬がAランクの宝具だった為ではなく、竹の為にだった。
運命を打倒すべく、奔走しているようで奔走していない、少年の保護者を名乗った手前、責任感のようなものが芽生えてしまったのだ。
だから、この仕事を請けた。
来る終焉に歯向かう、剣。
来る終焉を防ぐ、盾。
その両方が、今の竹には圧倒的に足りない。
このまま最後を迎えれば、竹は運命に刃向かう前に、倒れるだろう。
それが怜には目に見えていた。だから力になれるのならなってやりたかったのだ。
確かに自分は変わったのだろう、と怜は思う。
昔の自分では、ありえないことだった。
他者に興味を示さず、ただ魔術を極めんとしていたあの頃の自分では。
そんな事を考えながら、怜は変わらず微動だにしない、夢の国の白城を眺めている。
「それにしても、また腕を上げましたね」不意に黒須が言う。
そして、元から答えを求めていなかったのか、そのまま続ける。
「広域に渡る複合魔術結界の作成、前の時よりも規模は小さいですが、あの頃よりも断然にしなやかで綺麗な術法で組み上げられている。さしずめ天才は成長を止めない、と言ったところでしょうか」
「皮肉は止めろ。自分より上の人間にそんな事を言われても嬉しくない」
「いやいや、弟子の成長を嬉しく思うのは、師の特権ですよ」最強の魔法使いは弾んだ声で言った。
「……お前がやれば、もっと完全な物が組み上げられただろう」最高の魔法使いは、若干悔しそうな口調で返す。
それにあっさりと、黒須は頷く。
「そうですね。ですが、僕にも色々とやることがあるんですよ。騎士団の仕掛けた、盗聴器やカメラを壊して回ったり。ある人物に策を授けたりね」
「……ご苦労なことだ」怜は低く罵る。
「舞台を整える為に、必要なことですから苦労ではありませんよ」
「そんな張りぼての舞台だから、傷がつくんだろう」怜はつまらなそうに言う。
「その通りです。ですが、傷がつくだけです。壊れはしない」黒須は楽しそうに言う。
「……ふん」怜は鼻を鳴らした。
「全ては彼女の思いのままに」
黒須がそう言うと、黒い外套が初めて風にはためき、怜の髪が揺れた。
閉じていたはずの夢の国から、外界に干渉するほどの衝撃が放たれたのだろう。
それを合図に、演奏会はそれぞれの盛り上がりをみせる。
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