橙の章 11
*
23:33
長身褐色の男が、開幕宣言を挙げるより少し前。入場門では竹と舘花が丁度合流した頃。
王の間にヴィンセント以下、騎士団の主要人物3名が集まっていた。
彼らは皆、それぞれの武装で身を固め、戦の準備を整え終えている。
あとは王が一言、開戦の言葉を唱えれば、すぐにでも敵を討ち滅ぼしに向かうだろう。
だが、そう単純にならない事をヴィンセント、エドワード、アレクサンドラの三人は知っていた。
ルートヴィヒは、アレクサンドラと竹の決闘の事は教えられていたが、ヴィンセントの決闘については教えられていない。
これは、エドワードの提案である。
忠誠心の塊で、あまり融通の利かない彼に、王女どころか王までもが決闘をするなどと、教えれば必ず話は滞る。
現にアレクサンドラの決闘の話に対して、ルートヴィヒは未だ不満顔である。
一応納得したのも、主からの『奴は既に最大級の敵だ。騎士道には反するが、致し方無い。決闘場につくまでに、お前が始末すれば良いだろう』、という言葉があったからである。
しかし、その言葉もまた、エドワードの立てた作戦だった。
ヴィンセントもアレクサンドラも、彼の立てた作戦に乗っている。
表向きには、ルートヴィヒを完全に納得させる為に。
だがエドワードには、またそれとは別の思惑もあった。
それにはヴィンセントも、アレクサンドラも気付いていない。
しんと静まり返った王の間。
エドワードは、芝居を開始する合図にと小さく咳き込んだ。
それを合図に、ヴィンセントが重々しく口を開いた。
「……サンドラ、ここからの指揮権は、お前に譲る」
「なぜですか?」アレクサンドラが、やや驚いたような表情で聞き返す。
「我は、用事がある故――この場を、離れなければならん」
「……それは秩序の為に?」
一言一言を確認するように発する、大根役者なヴィンセントに対して、女優顔負けの演技力で台詞を言うアレクサンドラ。
そのアンバランスさにエドワードは、ルートヴィヒがいきなりのこの状況に、懐疑心を抱いていないか不安になったが、ルートヴィヒは目を丸くして、主とその娘の会話に聞き入っていた。
どうやら、彼に王と王女を疑うという言葉は無いようだった。
エドワードは、誰にも悟られぬように、苦笑いした。
大根と名優の演技は続く。
「愚問だな」
「ならば承知しました。それでは、さっさと用事とやらを済ませてきてください」
「うむ」
ヴィンセントは、最後にいつもの王としての威厳あふれる声で頷くと、玉座から立ち上がり呆気にとられているルートヴィヒを尻目に、王の間から出て行った。
毅然とした態度で、父親を見送ったアレクサンドラは、足元に置いていたケースを持ち上げ、今の今まで王の座していた椅子へ足を進める。
彼女の靴が大理石のタイルを叩く。
それだけがこの場に許された唯一の音であるかのように、静寂を揺らす。
アレクサンドラは玉座の前に立つと、ケースを再び地面に置き、彼女の言葉を黙して待つ二人の騎士を橙色の瞳で捉えながら、静かに言った。
「エドワード、ルートヴィヒ。聞いての通り、お父様はやることがあるそうです。ですので、今からあなたたち二人は私の指揮に従ってもらいます」
「わかりました」
「ちょっ……ちょっとお待ちをっ!!」
すぐに頷いたエドワードの横で、漸く我を取り戻したルートヴィヒが、声をあげた。
「何ですか?」
「我が主の事ですっ! 何故我が主は出て行かれたのですか?!」
「何故って、ルートヴィヒあなたも聞いていたでしょう? お父様はやることがあるそうよ」
「やることがある!? 正気ですか?! 今こそが秩序の敵、アマクラタケを殲滅する絶好の機会っ!! それを差し置いて、やることなどあるわけがありません!」ルートヴィヒは猛然とまくし立てる。
アレクサンドラは一つ溜息をついてから、鼻息荒いルートヴィヒに向けて言う。
今の溜息はルートヴィヒに呆れたわけではなく、彼の行動の全てが、エドワードの立てた筋書き通りだった為である。
「なら何故、お父様が出て行った時に言わないのですか……まあ良いけど。『盾掌』、あなたの問いに私はこう答えましょう。我が父、ヴィンセントが今この場にいない理由は簡単です。それは、あなたの言うアマクラタケの殲滅よりも、優先するべきことがあるからでしょう」
アレクサンドラはゆっくりと、そしてはっきりした口調で言った。
「なっ、そんな事があるというのですか?! あるというのなら何なのですかっ!? お答え下さい、我が王女!!」理解出来ない状況に顔を紅潮させて、問いただすルートヴィヒに対して、アレクサンドラは短く、
「さあ? なんなのでしょうね?」と実に適当な声色で返した。
返された言葉にルートヴィヒが、声にならない声をあげる。そして、憤怒の表情で今しがた出て行った王の後を追おうと、ずんずんと長身を揺らして扉の方へ歩きだした。
ルートヴィヒの横にいたエドワードは、それを止めようとはせず、ただその後姿を退屈そうに眺めている。
ルートヴィヒが扉に手をかけた時、アレクサンドラが口を開いた。
「ですが、ルートヴィヒ。あなたは聞いていたはずです。我が父、ヴィンセントがこの場を離れると言った時、私が騎士団の主に問うた言葉とその答えを」
扉に手をかけていたルートヴィヒが、玉座の前に立つアレクサンドラの方に振り返った。
アレクサンドラは静かに、穏やかなオレンジ色の瞳をルートヴィヒに向ける。
「騎士団の王は秩序の為に、この場を去るのだと言いました。私はそれで十分だと思いましたが、騎士団三番隊隊長は、違うのかしら?」
大した役者だ。
エドワードが頬を緩め、頭の中で呟く。
アレクサンドラの言葉に、ルートヴィヒは硬直する。
「どうなの? ルートヴィヒ」微笑みながらもう一度、アレクサンドラが問うと、固まってたルートヴィヒは一瞬にして硬直状態を解除し、慌しく駆け出して、アレクサンドラの足元へ跪いた。
「しっ失礼致しましたっ! 我が主を信用出来ぬとは、何たる失態!! この罰はなんなりとお申し付け下さいっ!」
自身の行為の愚かさに、汗をだらだらと流しながら、真っ青になっているルートヴィヒ。
その態度にアレクサンドラは、「今後、同じような事をしなければ別に良い。説明もせずに出て行った、お父様にも問題はあったでしょうし、あなたの行動も忠誠心の現れでしょう」と言った。
「いっいえ、それでは気が済みません! どうか、愚かな自分に罰を……」
「気が済みません、と言われても困ったわね……じゃあこうしましょう。ルートヴィヒ、顔を上げなさい」
「はっ……」ルートヴィヒは、後悔と絶望に苛まれ虚ろな表情で顔を上げる。
その凄まじい忠誠心にアレクサンドラは、刹那の恐怖を覚えつつもそれを振り払って言う。
「あなたの罪に対する罰は、我が父ヴィンセントが下しますから、それまでは一時保留にします。良いですね?」
「……承知致しました、我が王女」
そう言ってルートヴィヒは、なおも悲壮な表情のまま立ち上がり、エドワードの隣へと戻る。
それを不安げに見ていたアレクサンドラの視界に、エドワードの顔が入った。
エドワードは、ルートヴィヒを横目に含み笑いをしていた。
彼の行為を、言動を、存在を、忠誠心を否定するように、嘲笑していた。
アレクサンドラは、エドワードのその在り方に、先ほどルートヴィヒに抱いたものよりも明確な恐怖を覚えた。
確かにルートヴィヒの行動や忠誠心は、普通に考えれば異常といっても良い。
だがアレクサンドラは、それを異端だとは思わない。
何故なら騎士団に属する殆どの者、特に隊長格の者はほぼ全てが、ルートヴィヒと同程度の忠誠心を備えているからである。
ほぼ全て。
つまりこの場でルートヴィヒを嘲笑っている、エドワード以外である。
エドワードこそが異端なのだ。
そんな男が名誉ある一番隊の隊長をしている。
それこそが異常なのだ。
何故、父親はこんな男を常に傍に置き、ましてや一番隊の隊長として任命しているのか。
常々思っていた疑問にアレクサンドラは、首を傾げる。
そうすることで、彼に対する恐怖と疑念を胸の内に押し込めるように。
アレクサンドラの視線に気付いたのか、エドワードと目が合った。
その濁った泥水のような聖なる瞳は、今はそんな事を考えている場合ではない、とでも言いたげだった。
とはいえエドワードが、本当にそんな事を言いたかったのかはわからないが、実際そんな事を考えている場合ではない。
そもそも、ここからが本題である。
アレクサンドラは、見透かしたような表情をするエドワードを一睨みしてから、口を開いた。
「……さて、それでは今から、二人に今夜の指示を与えます。敵はアマクラのみ。勝利条件はアマクラの殺害。決闘ですからアマクラは私が一人で相手します。エドワードとルートヴィヒは、もし私とアマクラの決闘を、邪魔するような者がいるのなら、梅雨払いをお願いします。その場合、相手の生死は問いませんが、最低でも私とアマクラの決着がつくまでは足止めをしてください。――何か質問はありますか?」
「僕からは何も。ですが、ルートヴィヒがまた何か言いたそうですね」
しかし、エドワードに話を振られても、ルートヴィヒは口を開こうとしない。
先ほどの事があった手前、発言しにくいのだろう。
だが時間もそろそろ無くなってきている。
なのでアレクサンドラは、「言いなさい」と発言を促した。
ルートヴィヒはたどたどしく口を開いた。
「……お言葉ですが我が王女。自分があなたとアマクラの決闘を了承したのは、『奴は既に最大級の敵だ。騎士道には反するが、致し方無い。決闘場につくまでに、お前が始末すれば良いだろう』、という我が主の言葉があったからこそなのです――」何かその続きがありそうだったが、ルートヴィヒは俯いてしまい何も言わない。
だが、その横でエドワードが、したり顔で言った。
「ははぁ。もしかしてお前さん、アマクラがここに来る前に、自分が相手をしようってだけじゃなくて、そんな風に言った我が主も、自分と同じ考えだと勘違いしてたな?」
ビクリと肩を揺らすルートヴィヒ。
どうやらエドワードの言葉は当たっているようだ。
「自分と同じ考えって何? 説明して、エドワード」アレクサンドラが問う。
「ルートヴィヒの考え、いや、ルートヴィヒが我が主の言葉から読み取った、我が主の考えはこうです。アマクラが決闘の場に辿り着く前に、我が王女を抜かした今いる総戦力でもって、アマクラを始末する。ルートヴィヒはそう思っていたんですよ。恐らくさっき取り乱したのも、その考えがあったからこそなんだと思いますね」
「そうなの? ルートヴィヒ?」
アレクサンドラの問いかけに、ルートヴィヒは「……はい」と小さく答える。
「まっ、確かにアレクサンドラお嬢様では、アマクラの相手は務まらないのは明らかですから、そんな風に考えるのは仕方ないといえば仕方ないですね。このままじゃ、愛しのお姫様が無駄死しちまうわけですし」エドワードがからかうような口調で言って、肩をすくめた。
普段であれば、今のエドワードの言葉に食って掛かるルートヴィヒであったが、彼は俯いたまま、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「……せめて我ら二人、いえ自分だけにでも、アマクラとの戦闘の許可を戴きたい。あなたとアマクラが決闘など馬鹿げています。力の差がありすぎる……」
アレクサンドラは、苦笑いしてから言う。
「二人して、はっきり言ってくれるじゃない。まあでも確かにその通りね。私とアマクラでは勝負にすらならいでしょう。ですがそれは出来ません。私は一人でアマクラと戦います」
「なぜですか!? 自分には、我が王女が殺されるのが分かっていて、それを見過ごすことは出来ません! 決闘という形に拘る必要などありはしません!! 秩序を乱す者の前では騎士道など、捨て去るべきです! それは我が主も言っている事です! どうか戦闘の許可をっ!! ……正直なところ、自分でもアマクラには敵わないでしょう。ですが、アマクラをあなたと戦う前に、消耗させる事くらいは出来るはずです! 無力な自分ですが、奴があなたに辿り着く前に、あなたを守る盾になる事くらいは出来ます!!」ルートヴィヒは顔を上げ、悲壮な表情で必死になって懇願する。
アレクサンドラは、顔を上げたルートヴィヒに一度微笑み、首を横に振る。
そして、顔を引き締め、背筋を伸ばし大きな胸を張って、高らかに宣言する。
「指揮権は私に移り、今だけの事とは言え、今は私が騎士団の主。
先陣に立てずして何が王か。
私は王だからこそ、戦に身を投じるのです。
秩序の為に、そしてあなたたちの上に立つものとして、
その誇りを胸に、私は命を賭して戦わなければならない!
敵の力は確かに強大で、私の力は彼から比べれば微々たるものでしかない。
それでも私は戦う。
我は騎士団の征服王ヴィンセント・ワーナー伯爵が娘、
秩序と人民の守護者アレクサンドラ・ワーナー!!
王女たる私はこの名の下に戦うのです!!」
強い意志の宿った、透き通った声が王の間に響き渡った。
その口上は威風堂々と、次期主としての器を感じさせる。
ルートヴィヒだけでなくエドワードも、聞き入っていた意識をすぐさま戻し、その場に跪いて、アレクサンドラの言葉を待つ。
「――それに、もし我が死のうとも後の秩序は我が騎士たちが守る。そうでしょう?」
先ほどまでの騎士団としての彼女ではなく、穏やかな少女の微笑みでアレクサンドラは二人に投げかける。
「今一度言います。エドワード、ルートヴィヒ。私の指揮に従いなさい」
「「御意に」」
二人の騎士は同時に、今は自身の主である少女に対して、忠誠を誓うように頭を垂れた。
「それでは、まずルートヴィヒ。あなたは城の正面の守備をお願いします。確か広場があったでしょう。その辺りで待機して、アマクラ以外の人物を通さないように。そろそろアマクラも動きだすでしょうから、すぐに行って下さい」
ルートヴィヒはその言葉を受けるとすぐに立ち上がり、王の間から退室する。
その表情は先ほどとは一変して、虚ろなものは微塵もなく。王の命令に従う、鉄の意志を宿した騎士のものであった。
ルートヴィヒが退室すると、エドワードが立ち上がって言った。
「……ルートヴィヒで良いんですか?」
「何が?」肩の力を抜いて、やや疲労したように玉座に座ったアレクサンドラが聞く。
「アマクラが呼んだのは、タテハナですよ?」
「タテハナ? ええっと……『支配領域』だっけ?」
「ええ、そうです。そしてこのままいけば、ルートヴィヒは『支配領域』と戦う事になる」
「それが何かまずいのかしら?」
アレクサンドラの質問に、エドワードは真面目な顔を作る。
「まずいです……両方を知っている僕だから言いますが、ルートヴィヒとの相性は最悪です。恐らく低くない可能性で、『盾掌』は命を散らすことになる。今だったらまだ交代出来ますから、僕が代わってきますか?」
エドワードの提案に、アレクサンドラは特に何の感情も浮かべずに、ゆっくりとした動作で足元に置いておいたケースを膝の上に上げる。
そしてケースを開き、中にあったものを取り出して、ケースを片付ける。
その行動の真意を汲み取れず、痺れを切らしたようにエドワードが問う。
「どうしますか、我が主。配置替えをするなら今しかないですよ」
アレクサンドラは、何かを吟味するように目を瞑った。
薄い雲が月を覆い、薄暗かった室内を更に暗くし、その雲が再び風に流され、王の間に淡い光が戻る。
閉じていた目蓋を開くと、琥珀色の眼が三日月をかたどり、口元を吊り上げた。
「私が代われと言ったら代わるのかしら?」
「勿論です」エドワードは即答する。
「そう……さて、そうするとどちらが正解かな?」アレクサンドラは、ケースから取り出したものを両手に持っている。
「どちらが……とは?」
「さあ、何のことかしらね? まあ良いわ。考えても正解はわからないし。全ては結果を見てみないと」アレクサンドラは、そう何か自分の中で結論を出して、持っていたものの本体の方を左肩に乗せる。
「……えっと、僕はどうすれば良いんで?」
「交代はなし。あとは好きにしたら(・・・・・)?」アレクサンドラはそう言って、くすりと笑った。
エドワードはその言葉に苦笑いしか出来ず、立ち上がって扉の方へ歩き出した。そして、扉の前で一度止まって、顔だけを振り向かせて言った。
「あ、そういえば、さっきはなかなかの口上でしたよ。思わず本気で跪いてしまいました」
「あら、ありがとう。じゃあ、あのあからさま過ぎるヒントは、忠誠心からかしら?」
その問いにエドワードは答えず、普段の軽薄な笑みを浮かべて、王の間から出て行った。
アレクサンドラはそれを見届けると、小さく溜息をつき、顎と左肩で本体をしっかりと挟み、弦に弓を当て、眼を瞑る。
遠くで、激しい衝突音が鳴り響いた。
あの音は誰の奏でた音だろうか。
外界での音色に耳を傾けながら、アレクサンドラは演奏を始める。
自身以外、誰もいなくなった王の間を、ヴァイオリンの旋律が埋め尽くす。
橙色の瞳をした王女は、たった一人の観客を待っている。
お読みいただきありがとうございます。
速度が一向に上がる気配無く、それどころか落ちている今日この頃。物語りも半分は消化しているのに、書きたい内容が頭の中で渦巻いて混沌としております。
どうにか整理しつつ執筆しておりますので、どうかお付き合い下さい。
ランキングに投票
ランキング参加中。投票お願いします。(月1回)やる気が出ます。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。