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この作品は時系列的に前作品『鬼姫 紅の章』の後になりますので、設定等ご理解頂く為には、そちらを先に読まれた方が良いかもしれません。
とはいえこの作品だけでも完結しますので、その辺はお好みにお任せします。
ヒトツノハジマリ 01
 王女交響楽団 橙の章

騎士たちの祭りが後に三つの誓いを。
約束の時に、
剣と銃を手に取る事を誓いましょう。
終わりの時に、
我が背中を預ける事を誓いましょう。
最後の時に、
最高の音を奏でる事を誓いましょう。
それが、
私からあなたに捧げる、
橙色の交響曲。

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騎士の心得
 一、主を王として、最大の忠誠を示すこと。
 一、秩序を乱す者を許すまじきこと。
 一、騎士は秩序を乱すべからず。
 一、主の命は絶対である。
 一、騎士団内での闘争は許さず。
 一、騎士道に背くまじきこと。
右の条々に背いた者は斬首也。

 英国の穏やかな丘陵地帯の片田舎。
魔法使いの出てくる童話の中に紛れ込んでしまったかのような、はちみつ色の建造物が立ち並ぶ静寂な村。
その村に佇む、城とも形容出来るほどに一際大きなお屋敷で、ある契約が交わされようとしていた。
天はまだ高く、少し遠出をすれば今の季節は甘い香りの漂う、ブルーベリーの咲き乱れる森が広がっている。
しかし、屋敷の中はそのような甘い香りとは、全く別種の香りが広がっていた。
血と硝煙と戦場の香り。
常人であれば、吐き気を催すほどの死の香りを纏った者達が、この屋敷で一同に介していた。
その人数は10人。
ただし屋敷の外で待機している者を合わせれば、その人数は優に百を超す。
その彼らは物量的に屋敷に入れないのではなく、身分として屋敷には入れない。
今、この屋敷の中にいる者は、自らの屋敷の玉座に尊大に座する、秩序の護り手たる騎士団の主にして王であるヴィンセント・ワーナー伯爵。
そして、その彼に生涯の忠誠を誓い、玉座の左右に恭しく控える年齢・人種・性別バラバラの5人。
彼らは全員、この古城を思わせる屋敷に入ることを許されている、騎士団の隊長格であり、ある者は剣を、ある者は盾を、ある者は鎧を携えて、騎士の名に相応しい正装をしている。
彼らの格好、雰囲気だけ切り出せば、今この場が中世の王の間だと言われたとしても違和感が無い。
それはその6名の前につまらなそうに、あるいは疲れたように、面倒そうに立つ4人の少年を含めても同じだった。
少年たちは騎士の面々と同じく、古めかしい装いをしていた。
ただし彼らの格好はお世辞にも綺麗とは言えず、正装をしている騎士たちから見れば、小汚いものだったが、それは彼らがたった今戦場から帰ってきたばかりだったからだ。
少年たちの衣服は、所々が切り裂かれ、千切れ、穴が開き、血で染まり、焼け焦げていた。
彼らだけが激しい戦いだったのか、その衣服の上から纏う死臭は、同じ戦場に行ったはずの少年たちの前にいる6名よりも濃密だった。
重厚で濃厚なややもすると、殺伐とした雰囲気が6人と4人の間に流れていた。
「じゃあこれでオレ達と騎士団との協定は成立ですね」
4人の中でリーダー格なのだろう、刀を持った少年、天倉(あまくら)(たけ)がその空気を気にしていない風に言った。
「うむ。約束は守ろう」
玉座に座っていたヴィンセントが眉間に皺を寄せたまま、重々しく頷く。
「ちょっ……ちょっとお待ちをっ! 我が主!」
 横で控えていた騎士の一人が声を上げた。
「どうした?」片目を瞑ったヴィンセントが怪訝そうに、一人の騎士の方を向いた。
「本当に彼らと、そのような協定を結ぶ気ですか?!」
「そのつもりだが? 何か問題でもあるのか?」
「まあありあり、でしょうね。現に僕と我が主以外の騎士たちは、今の状況を快く思っていないようですし」声を上げた騎士とは別の騎士が、刀を持った少年に向けて薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ふん。確かに問題はあるな。秩序を護るべき我ら騎士団が、この世で最も秩序を破壊する可能性がある者たちと休戦協定を結ぶのだから。しかし一度約束したことだ。我は嘘は付けぬ。騎士の王たるもの誠実でなければならぬからな」
「しっしかしっ……!!」
「これは約束を果たした彼らとの等価交換だ。この言葉はお前には馴染み深いだろう? 二番隊隊長『炎脳』よ」『炎脳』と呼ばれた女騎士が、熱くなるのを抑えつけるような冷重とした声でヴィンセントが言った。
「……でっですが」ヴィンセントの声に赤い髪の女騎士の言葉尻が小さくなる。
 そのタイミングで別の騎士が会話に入ってきた。
「かっかっか。今の言葉を言われては辛いのう『炎脳』」小柄で矍鑠(かくしゃく)とした褐色の肌の老騎士は言う。
「しかし我が主、『炎脳』殿が申し上げた通り、今回の協定は大勢の者が納得しておりませんぞ。それは今外で待機しているもの達も、この場に来ていない隊長たちもしかりでございます」
「そうなのか? エドワード」ヴィンセントが薄ら笑いを浮かべていた騎士に問いかける。
「ええ、まあそのようですね。それはこの場の空気を読んでいただければわかるかと」
「むむ。確かに殺伐としているとは思っていたが、戦帰りの為かと思っておったわ」
 何が面白かったのか、わーはっはっと豪快に笑うヴィンセント。
 今この場で笑っているのは、ヴィンセントとエドワードと呼ばれた騎士、そして今の状況についていけず苦笑いしている少年たち4人だけだった。
「笑いごとではありませんぞ、我が主っ。今この協定を結べば最悪、騎士団内部での反乱が起こる可能性すらあるのですぞっ!」老騎士が硬い表情で言った。
「その通りです」とエドワード以外の騎士たちが口々に言い、老騎士の言葉に頷く。
 エドワードがやれやれと肩を竦めるのと、ヴィンセントが笑うのをやめるのは一緒だった。
「――貴様ら、少し言葉が過ぎるぞ?」
 威厳と力が重なったような怒声が、王の間に響いた。
「まさか貴様ら、騎士としての心得を忘れたわけではあるまい?」
 ヴィンセントが冷ややかな眼差しで、騎士たちを見回す。
 その声と仕草に、めいめい異論の声を上げていた騎士たちの声がピタリと止まった。
 先ほどの蜜のようなべったりとして、濃厚な戦場の死の空気とは別種の、幾本もの刃を突きつけられているような鋭利な死の空気が広がり、王の間にいる者たちだけでなく、表にいる騎士たちにも伝わり、ピリピリとチリチリと張り詰め、騎士たちに重く圧し掛かる。
 だが、そんな空気を全く意に介さない人物が5人いた。
 騎士団の一番隊隊長たるエドワード・エルガーと4人の少年だった。
 エドワードは今の状況にだるそうにしている4人の少年にウィンクを贈ってから、口を開いた。
「いやいや、そんな事はありませんよ我が主。僕ら騎士が心得を忘れるわけがありません。しかし今、我が主が結ぼうとしている協定は、騎士の心得に矛盾するものですからね。我が主に対する忠誠心の塊であり、秩序を護る騎士としてはその矛盾を簡単には、受け入れられないんですよ」
「どこが矛盾しているというのだ?」
「ええと『一、秩序を乱す者を許すまじきこと』の部分ですね。彼らと協定を結ぶのはその部分に反すると他の騎士たちは思っているわけです」
「ふむ。その部分か。しかし先ほど我は言ったぞ? 一度約束したことは守るとな。だがそれだけでは納得いかぬというのなら、良く聞け我が騎士たちよ」
 ヴィンセントは玉座から立ち上がり、声高らかに言った。
「一、我の命は絶対である。貴様らは我が命に従いそして死ね。もし我に反旗を翻したいのならば受けて立とう。いつでも我を殺しに来い。完膚なきまでに殲滅し、完璧なまでの敗北を与えてやろう」
 その声は再び屋敷の外まで轟き、次に波を打ったような一瞬の静寂。
 そしてその後、大歓声と大喝采が屋敷の内、外から響いた。
 4人の少年はその光景を「なんなんだこの茶番劇は」と苦笑いというか、引きつった顔で眺めていた。
 戦場から帰ったばかりの彼らは、さっさとこんな所を離れてホテルで爆睡したいのである。
 それに気付いたエドワード・エルガーが、未だに喝采を浴びる王に向けて言った。
「……我が主、騎士たちの賛同も得られた事ですし、そろそろ協定のお話しに戻りませんか?」
「む、そうだな。そうしよう」気分良く、歓声を聞き入れていたヴィンセントが玉座に座りなおす。
 それに伴い、騎士たちの歓声も止んだ。
 天倉竹は再び同じ台詞を言った。
「じゃあこれでオレ達と騎士団との協定は成立ですね」
「うむ」騎士団の王、ヴィンセントが頷く。
 今度は誰も横槍を入れなかった。
 その瞬間、『十三夜』と『騎士団』との間で、無期限不可侵協定が結ばれたのである。
 歴史の中の出来事に大小があるとするのなら、この瞬間は大きなものだっただろう。
 7つの物語に匹敵するほどに。
 しかし当の本人たちにそんな意識は皆無だった。
 所詮、登場人物では自分が出ている物語の大きさは測れないのである。
 なので天倉竹、他3名は今この大いなる瞬間に立ち会ったところで、いつもとなんら変わらない様子だった。
「この借りてた服はどうします?」竹は自分の着ている服の襟元を掴んで、ヴィンセントに聞いた。
「好きにせよ。さすがにそんな状態で返されても困るからな」
 ヴィンセントの答えに、竹以外の3人が口々に言った。
「りょーかいです。まあ言っちゃうとー、こんな服着ないからねー」
「じゃあゴミ箱行きなんだっぜー」
「こんなボロボロじゃ土産にならないつって」
 その発言に幾人かの騎士が気分を害したようだったが、既に不可侵協定が結ばれた今、彼らに手出しは出来なかった。
 竹はそんな騎士たちの心の変化にいち早く気付いたが、疲れの為フォローする気力がなかった。竹は今いる4人の中で体力的には一番劣っている。
そんな微妙な空気を読んだエドワードがフォローに入った。
「はいはい、じゃあアマクラ達はお疲れだろう? 今日はどうするんだ? ホテルに戻るのか?」
 竹はエドワードの心遣いを察して、感謝しつつ応対を取った。しかしウィンクされたのは無視した。
「ええ、そろそろお(いとま)します。さすがに疲れましたから」
「暫く滞在するのか?」ヴィンセントが顎を触りながら聞く。
「そうですね、休養と観光に何日か。まあ長くとも1週間くらいで帰るつもりです」
「そうか。それではお前と会うのが最後になる事を祈ろう」
「全くですね。同じ台詞をお返ししますよ。騎士の王、征服のヴィンセント」
 その台詞を合図に、騎士たちも竹たちも互いに、相手がその場にいない、まるで透明人間になってしまったかのように振舞った。
 竹たち4人は、騎士たちを意識の外に外して、騎士王の屋敷から外に出た。
 外に出ると、微かに春の甘い香りが4人の少年の鼻腔をくすぐった。

              *

 ホテルに戻った4人は汚れた服をゴミ箱へ捨て、順番でシャワーを浴びた後、半裸の状態でそれぞれベッドの上で、まどろみながらゴロゴロしていた。
「そういえばさー、さっきのあれどう思った?」竹が殆ど目蓋が落ちた状態で、他の3人に今日の感想を聞いた。
 竹の問いかけに4人の中で一番大柄な少年、(たて)(はな)直人(なおと)が最初に反応した。
「んぁ? 酷いっちゃあ、酷いんじゃねぇの?」
 舘花の眠たそうな声に、半裸どころか全裸の松田聡也(まつだとしや)が続いた。
「完璧演劇でしょー、どう考えても」
「騎士団による茶番劇をどうぞご覧下さいつって。竹はどう思った……って寝てるーっ?! 話振った本人が寝てるーっ! こらっ起きなさいっ!!」
疲れているにも関わらず、ややテンションの高めの少年、佐藤(さとう)(けん)()が横で眠りに落ちそうになっていた竹の肩をぺちりと叩いた。
「ぬおっ……いいところだったのに」竹が夢の入り口を名残惜しそうにしながら、目を開いた。直後にジト目で顕志をねめつけるも、完全に逆恨みだと自覚してすぐに止めた。
 そして仕方なさそうに半身を起こす。そうでもしないと、今度こそ夢の入り口から帰ってこられない、と判断しての事だった。
 3人の視線が体を起こした竹に集まる。
「……さっきの一連の流れは全部ポーズ、演技だろ。納得のいっていない騎士たちを諌める意味でな」
「じゃあうちらはダシに使われたってこと?」
竹は舘花の目が『うざくねぇ?』と訴えているのに苦笑いして、どう答えたものか迷っていると、竹の代わりに松田が舘花に言った。
「うざいけど、おいちゃんアレは仕方なかったでしょー。ああでもしなきゃ協定結べなかったかもしれないし」松田の発言に「まあそうだけど」と、舘花が引き下がる。
「じゃあさじゃあさ、あの筋書きって誰が考えたのか知ってる?」佐藤が竹に聞いた。
「さあ? 知らんけど。多分あの筋書きは一番目だと思う。あいつだけがあの状況に動じていなかったし、あいつの好きそうな筋書きだろ」竹が肩をすくめて答えた。
「動じてなかったのは、一番目の性格なんじゃないの?」
「確かに、そっち系だわ」
「どっちやねんっ!」
 竹の意見に舘花と松田が、異論を唱えて佐藤がそれに突っ込んだ。
4人はあまりの会話の流れの良さに噴出した。
ひとしきり笑った後、竹はニヤつきながら、溜息混じりに言った。
「どっちでも良いだろ。終わったことだし。それよりもお前ら、今日結んだ協定の内容もう一度確認しとけよ。面倒な戦いは起こしたくないからな。他の奴にはオレが言っておくから」
「了解なんだっぜ!」
「りょーかいです」
「ういよー、わかった」
 3人は三様の答え方をして、竹を不安にさせた。
 竹はやれやれと、苦笑いしつつまあ大丈夫か、と適当に不安感に折り合いをつけた。
まあ協定違反なんて、そうそうしないだろ。
 3人を信用しているというよりは、睡魔によって考えるのが面倒になっていただけだった。
 竹は松田が返事をした後すぐに、全裸のままペタペタと洗面所の方に行ったのを見て、自分で振った話にピリオドが付いたと判断して、半身をベッドに帰還させ、今度こそ眠りにつくのだった。

 今は一時の安らぎを。
 騎士に背後を狙われながら、戦場を駆けた4日間にお別れを。
 それでは、おやすみなさい。

           *

 十三夜が騎士団と交わした協定内容。
 一、双方、敵対するような行動は行わぬこと。
 一、十三夜側から騎士団には接触しないこと。これは騎士団側からも同じ。
 一、但し例外として伯爵家は除く。
 一、一ヶ月に二名以上の賞金首を捕らえ、騎士団に受け渡すこと。
 一、但し下位ランカーは不可とする。
 一、彼の国での騎士団の行動に口を出さず、騎士団も十三夜の行動に口は出さない。
 右の条々に背いた場合、それを開戦の合図とする。
お読み頂きありがとうございます。
今章は『紅の章』の次の物語になります。
どうにか今月中に開始する事ができました。『紅の章』のような更新ペースにはならないかもしれませんが、出来るだけ早くお届けできるようにしたいと思います。
まだまだ未熟な文章ではありますが、それではどうか最後までお付き合い下さい。
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