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第二章 4月29日 おにいちゃんとは呼ばないで

 「貴様、何をしている!?」

 「落書きが目障りだったから、剥がしたまでですが?」

 狙い通り激昂しながら飛んで来た生活指導に、“当然”と言う貌で智代のポスターをつきつけて制する。

 教師は引っ手繰るようにそれを俺から奪うと、それと俺とを交互に藪睨みしながら、

 「落書きがあった物は、選挙管理委員に貼り替えさせたはずだが?」

 「新しいのに貼り替えてありましたが、昼休みの間にまた書かれたみたいです」

 「まさか、お前が書いた訳じゃないだろうな?」

 「僕の字はもっと汚いですよ。知ってるでしょ?先生なら……」

 高圧的な言葉と視線をとぼけた台詞と薄ら笑いで受け流し、互いの出方を探り合うように暫し無言で睨み合う。

 てか、自分で書いといて、それをわざわざ教師の前で剥がすとか、意味わからないだろ。

 「選挙委員でも無いお前が勝手な事を事をするな!今回は大目に見てやるから、直ぐに教室に戻れ」

 ポスターを丸めながらそれだけ言うと、生活指導は背を向けてしまう。

 普段はくだらない事でネチネチと執着してくるくせに……。

 まあ、授業始まってるし、当然の反応か。

 だが、こっちはこれで終わってもらっては困るんだ。

 「どう対処するつもりですか?」

 追い駆けながら食い下がる。

 「次の休み時間に、新しい物を貼っておくように伝えておく」

 「選挙妨害、いや、選挙違反に対しての対処はどうするんですか?と訊いてるんです」

 「何!?」

 挑発的な俺の物言いに、教師はついに多少苛立ちながら足を止め、こちらの心胆を見透かす閻魔の如き視線を向けてくる。

 だが、こちらとて半端な覚悟で絡んでいる訳じゃない。

 「何か事件が起きたら、まずそれで誰が一番得するかを考えるのが推理の基本では?」

 「勝手な憶測を口にするな。推理小説の読み過ぎだ」

 「一度目ならただの悪戯かもしれませんけどね……うちの生徒だって、馬鹿ばかりじゃないでしょ?」

 「……とにかく、お前は余計な事をするな。この件は他の先生方とも協議して対応する」

 「お願いします」

 “そちらが動かないなら、こっちは勝手にやらせてもらう”

 言外に含めた俺の意向は伝わったらしく、忌々しそうに教師は当たり障りの無い逃げ口上をのたまう。

 まあ、こんなもんか……。

 出来れば停学でも食らいたかったんだが、それなりの手応えは得られたので、これでよしとしよう。

 これで何の手も打ってこないなら、校長室にでも乗り込むまでだ。

 

 

 4月29日(火)


 ハア……ハア……ハア……


 荒い呼吸


 薄暗い世界に響く靴の音


 俺は走っていた


 何かから必死に逃げていた


 狭い通路の様な場所を


 何故?


 何から?


 そんな事はわからない


 とにかく逃げていた


 逃げなければならなかった


 誰かの手を引いて


 誰の?


 手にすっぽり収まる小さな手


 間違いなく少女の物だ


 この夢のヒロインの


 そう、これは夢だ


 俺は夢の中で逃げていた


 理由なんてわからない


 ヒロインが誰かもわからない


 これはそういう夢なのだ

 

 ならば走り続けるか


 覚める事を望むしかあるまい


 向かう先に光が見える


 あそこまで辿り着けば


 もう少しで


 あと少しで


 逃げ切れる!


 次第に視野が開ける


 出口だ!


 光だ!


 途端


 足場が


 天井が


 世界が音を立てて崩れ落ちた


 ……


 ……


 ……


 息苦しい


 シーンの暗転後


 俺は崩壊した世界に埋もれていた


 ああっ


 またか


 また俺は逃げ切れなかった


 そうだ


 あの子は?


 ヒロインはどうなった?


 腕の力で少しだけ上体を起こす


 そこには……


 「お兄……ちゃん……」


 あの日の彼女が居た



 


 


 プハッ……!ハア……ハア……。

 息苦しさを跳ね除け目を開けると、眼前には巨大な丸みしかなかった。

 離れたくとも、頭はガッチリと固定され、ほとんど身動きが取れない。

 祝日で休みだからニ度寝していたと言うのに……。

 どうしてくれようか?と膨らみを凝視する。

 「やっと起きたか。おはよう、オーキ。もうお昼過ぎだ」

 頭の上から声が聞こえ、両腕のロックが外された。

 真に惜しいが、これ以上は理性のタガが外れそうなので止めておこう。

 「何で隣で寝てる?」

 「折角来てやったと言うのに、お前がなかなか起きないからだろ」

 「それで、何でお前まで俺の布団で寝てる?」

 答えになってないので、もう一度問いただす。

 「お前の寝顔を近くで見てやろうと思ったんだ。そうしたら、お前がうなされだしたから……心配してやったんじゃないか!」

 そう言うと、智代は頬を赤らめながら口を尖らせる。

 いや、だからって……なあ?

 火照ってきた頭を切り替えるべく、むくりと起き上がる。

 大分寝汗をかいたらしく、特に下半身がグチョグチョで気持ち悪い。

 ……汗……だよな?

 少し心配になって、トランクスの中に手を突っ込んでみる。

 「寝汗が凄いな。私が拭いてやる。パジャマを脱いでくれ」

 「うえっ!?わかってるからいいって!!」

 同じく起き上がった智代がハンカチを取り出して汗を拭きに来たので、それをもう片方で制しながら慌てて手を引っこ抜いた。

 「どうして?そのままにしていたら、風邪をひいてしまうぞ?先週も風邪気味だったじゃないか」

 「シャワー浴びて下着も替えてくるから、いい!」

 丁重に断りながら立ち上がり、そそくさと部屋を出る。

 あのまま部屋に居たら、そのうち強制的に脱がされかねない。

 湿ってるのは汗だったが、形状がマジヤバイって!

 「随分うなされていたが、悪い夢でも見たのか?」

 「……忘れた。てか、何で……」

 ピンポーン

 ところが後からついてくるクマ娘につっこもうとしたが、チャイムの音で遮られる。

 誰だろう?

 まあ、お袋が応対するだろう。 

 「お客さんみたいだが、出ないのか?」

 かまわず風呂場に向かおうとする俺を呼び止める様に、智代が訊いてくる。

 「お袋が出るだろ」

 「ああ、お母さんとお父さんなら、私と入れ違いで買い物に出かけたぞ。少し遅くなるから、昼食は私に任せるとも言っていた」

 「はあ?」

 それを早く言えよ。

 あまりパジャマ姿で出たくは無いが、まあ、仕方無い。

 再び鳴った催促のチャイムに、俺をやむなくUターンして扉の縁に手をつきながら玄関を開けた。

 「こんにちわ、オーちゃん」

 渚さんだった。

 後ろには岡崎さんや藤林先輩達の姿も見える。

 大勢で何だろう?俺に用だとは思うが……。

 「丁度よかったぜ。川上、智代から話は聞いてるか?」

 「話?」

 上体だけ捻り、背後の智代に目で問う。

 すると智代は、わざわざ俺の背中にかぶさる様に寄りかかり、肩の上から顔を出した。

 ちょっ!先輩達に変に思われたらどうする!?

 てか、当たってる!!当たってるって!!

 「ああ、すまない岡崎。まだ話して無いんだ」

 「何だよ。頼むぜ?ダメなら他を当たらなきゃならねえんだし」

 「ああ、わかってる。実はな、オーキ。お前に頼みが有るんだ」

 智代はそのまま首だけ捻って耳元で囁く。

 いや、だから……わざとやってんのか!?

 「私と一緒に、サッカーの試合に出てくれないか?」

 「はあ!?」

 とりあえず、大仰に驚いた振りをしながら直立して背中の荷を落とす。

 「試合って、どこと?」

 「サッカー部だ」

 「サッカー部……?」

 俺は首を傾げながら外に目を向け、春原さんの姿を探した。

 先輩とサッカー部との因縁は俺も聞いているが……今更係わり合いになりたいとは思えない。

 案の定、春原さんは一番後ろで不貞腐れているようだった。

 となると……

 「お前、今度は何やらかした?」

 「何もしてない。私はただ、こいつらがサッカー部と揉めていたから、仲裁しただけだ」

 「それで何で試合する事になるんだよ?」

 「サッカーの決着は、サッカーでつけるべきだろう?」

 「……」

 面白カッコ良すぎる少年誌的発想に、ただただ閉口する他無い。

 「えっと……」

 「全部わたしが悪いんです!」

 困惑して岡崎さんにでも説明を求めようとした所、渚さんの影から女の子が現れた。

 一瞬、その姿が夢と重なり、目眩を覚える。

 そういえば……昨日もこんな事があったな……。

 いかん……切り替えろ。

 見覚えの無い子だった。 

 まだまだ幼い顔立ちだが、小学生高学年から中学生くらいだろうか?高校生には見えない。

 この場の誰よりも思い詰めた表情をしているが……わたしが悪いとは?

 「わたし、春原陽平の妹で、芽衣って言います」

 春原さんの妹!?この可愛らしい子が!?

 是非、ウチの弟とチェンジしてもらいたい……。

 「そうなんだ。で、何があったの?」

 「実は……」

 妹さんの話はこういう事だった。

 自堕落な生活を送るお兄さんを心配した彼女は、春原さんがサッカー部に復帰出来るよう頼みに行ったらしい。

 だが、サッカー部の連中は顧問含めかつての遺恨を引きずっており、取り合おうともしなかった。

 それでも、熱意を認めてもらおうと、岡崎さんや渚さんと共に球拾いをしたりしたが、結局話は聞き入れてもらえず、部員が妹さんに手荒な事をしようとした事に春原さんがブチ切れ乱闘になった所に、

 「お前がしゃしゃり出たのか」 

 乱闘中の部室に颯爽と登場した場面が目に浮かび、溜息が洩れる。

 「仕方が無かったんだ。サッカー部の奴等は、芽衣ちゃんや古河さんにわざとボールをぶつけたりしていたんだ。私も遠目から見ていたが、奴等の所業はあまりにも目に余った。でも、暴力で解決するのもよくないだろう?だから、試合で決着をつけろと言ったんだ」

 「……」

 ここは、暴力で解決しなかっただけ成長したと褒めるべきなのか?

 大体の事情はわかった。

 正直、俺もサッカー部の連中は好きじゃない。

 いまだに悪しき体育会系のノリを引きずっており、おかげでサッカーをやめる決心がきっぱりついたくらいだ。

 そんな奴等に一泡吹かせてやるのも一興だろう。

 だが、だからこそサッカー部がただで試合を飲むとは思えない。

 「それで……サッカー部の連中はどんな条件を出してきたんだ?」

 「それが……」

 芽衣ちゃんが俯いて口篭る。

 やはり俺の嫌な予想は的中したようだ。

 隣の智代を“言え”と睨みつける。

 「もし私達が負けたら、私が選挙を降りる事が条件だ」

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