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第二章 4月26日 無情

 朝のHRが終り、一限目の古文の授業に向けて机に入れっぱなしの教科書を取り出す。

 「はくちゅっ」

 それで埃でも舞ったか、鼻の粘膜を刺激されくしゃみが出た。

 スンッと出そうになった鼻水を軽くすすって引き戻しながら、鼻と口を被った手の甲でさりげなく鼻の下を拭う。

 鼻風邪だなこりゃ……。

 鼻をかみたい所だが……どこかにポケットティッシュでも入れてなかったか?

 思い返しながらブレザーのポケットを探っていると、

 「クス」

 と、小さな吹出し笑いが聞こえた気がした。

 「あっ、ごめんなさい。川上君のくしゃみが可愛かったから、つい……」

 俺の視線に気付くと、お隣の仁科さんまでがそんな事を言う。

 どうして女子はすぐ何でも『可愛い』なんだ!?

 「別にいいけど……トイレ行ってくる」

 「ああ、うん」

 居た堪れなくなって、わざわざ断りを入れながら席を立つ。

 ついでにトイレットペーパーで鼻をかんで来よう。

 

 


 「オーキくんヤッホ~」

 男子トイレの入り口にある角を曲がった所で、間の抜けた声に呼び止められる。

 身体を弓形に反らせて首だけ廊下に出すと、こちらに向かってくる女子の一団から眼鏡っ子が手を振っていた。

 ネタになる所には何処にでも現れ、時に自らネタの種をふり蒔く報道部の期待の星、門倉だ。

 普段なら面倒な奴に見つかったと思う所だが、今日ばかりは丁度いい。

 「ああ、門倉。後でちょっと話がある」

 「うん、いいよ~。でもぉ、私達これから体育だからぁ、二限目の後でいいかなぁ?」

 「ああ」

 「じゃあ、着替えあるからまたねぇ。他の子も居るから覗いちゃだめだよぉ」

 「覗くか!」

 歩きながら俺との簡潔で他愛ないやり取りを済ませ、そのままクスクスと笑い合う女子達と共に門倉は通り過ぎていった。

 それを見送ってから、改めてトイレに入ろうとすると、

 「覗くなよ」

 「……」

 門倉とのやりとりを聞いていたのか、やはり数人の取り巻きを引き連れながら後から来ていた智代に、擦れ違い様同じ事を言われる。

 おのれ……二人して人前でいらん事を……!

 苦々しく思いながらも、笑い声に囲まれた長い髪を睨む事しか出来ない。

 「くしゅん!」

 まだネタにされてるのか、またくしゃみが出てきた。

 まったく……勘弁してくれ。

 とっとと鼻かんで戻るとしよう。




 二限目が終わると、約束通り門倉と合流して人気の無い所に連れて行く。

 余計なおまけが一人付いて来たが……。

 「お前まで何で居る?」

 「いいじゃないか。今朝のアンケートについての話なんだろ?なら、私にだって関係が有る事だ」

 どういう訳だか智代までが一緒に来ていた。

 門倉と二人だけの方が話が早いんだが……。

 まあ、来ちまったもんは仕方ないか。

 「それで、あのアンケートはどういう意図でやったんだ?」

 気を取り直して、単刀直入に話を切り出す。

 昨日からずっと腑に落ちないでいた。

 ただの選挙前人気投票でしかないあんな物は、ネタにはなっても正直何の意味も無い。

 そして、結果次第では智代に不利に働く物であり、実際危惧していた通りになっている。

 その程度の事を、俺が知る中では屈指の切れ者である門倉がわからないはずも無い。

 と思っていたのだが……、

 「ああ、あれは先輩達の発案だからぁ」

 門倉があっけらかんと告げた真実は、実にシンプルな物であった。

 そうだよな……報道部は門倉だけがやってる訳じゃないよな……。

 「それにしたって、あのやりかたは無いだろ?答えたい奴だけが答えたんじゃ、偏るに決まってんじゃん」

 「うん……私も今回の企画は失敗だったと思ってるよぉ。正確な標本調査にならない事は部長も指摘してたんだけどぉ、ランダムで答えてもらうにしても無理強いは出来ないし、目安にはなるから無効票ばかりより良いんじゃないかって多数決でやる事に決まっちゃって……まさか智代ちゃんが一位になっちゃうとは思わなかったし……ごめんねぇ」

 「別に気にするなと、さっきから言ってるだろ?実里に悪気が有った訳じゃないんだ」

 すまなそうに頭を下げる門倉を、智代は本当に何も気にしていないとわかる不敵な笑顔で慰める。

 門倉を責めないのはいいのだが、もう少し気にはして欲しい……。

 「まあ、俺も一位になる確率は低いと思ってたからな……」

 「そうなのか?」

 何故か少し不満そうな顔をされた。

 「当たり前だろ?何で編入したてのお前が一位になるんだよ?」

 「そんなの、私に訊かれたってわからない」

 「ん~、智代ちゃんはぁ、下級生や運動部の子達に人気が有るみたい」

 「……あのアンケートって、朝練始まる頃からやってたのか?」

 「うん。かなり早い時間からやってたよぉ」

 「それも関係ありそうだな……」 

 思わず溜息が出てくる。

 まったく、意図的かと思える程ピンポイントじゃないか。

 「どういう事だ?」

 「要するに、アンケートに答えた奴が丁度お前の支持層ばっかだったって事だ。部活の勧誘とかされてたろ?」

 「ああ。さすがに立候補してからは減ったが、今でもたまに来るな」

 選挙に落ちたら入部してくれって事か?

 嫌過ぎる奴らだ……。

 「体動かすのが好きな奴は、やっぱりガリ勉よか運動出来る奴に親近感を覚える物だろ?お前の運動神経の良さは既に有名だからな。で、朝練が有る部活はほとんどが運動部だ」

 「つまり、朝の部活練習に来ていた連中が、私に入れてくれたと言う事か?」

 「今さっき門倉がそう言ったろ?」

 「ああ、なるほど」

 智代が本当に理解したのかは疑問だったが、門倉の話を聞いて俺の方はようやく半分納得した。

 たまたま偶然が重なって、結果智代にとって不利に働いたと言う事なのだろう。

 ……本当に偶然か?

 何か出来すぎてやしないか?

 アンケート結果の改竄や、組織的な票の操作は無かったか?

 「そろそろ戻るか。次の授業も有るし」

 「そうだな」

 「だねぇ」

 疑念を残しつつも、俺はここらで話を締める事にした。

 それを門倉に訊くべきか、そしてそれを智代に聞かせるべきか迷う。

 門倉の事は信用しているが……生き馬の目を抜く進学校だ。どこに悪意が潜んでいるかわからない。

 報道部に智代の敵が居る可能性も有り得る。

 そして仮に不正があったとすれば、その首謀者は十中八九あの男だろう。

 ……と言うのは、俺の考え過ぎだろうか?

 正直、優等生のお坊ちゃんである事と、直感的に気に食わないと感じた事以外、山下がどういう男なのか俺もよく知らない。

 とにかく、もう少し自分なりに情報を集めて、考えをまとめる必要がありそうだ。

 



 学校が終わると、栄養ドリンク等を買い、家で安静にしていた。

 と言っても、布団に寝転がりながらゲームをしてたんだが……。

 バイトも始まるし、来週から益々忙しくなりそうだ。

 風邪なんてひいている場合じゃない。

 ぐだぐだと土曜の午後を満喫し、バラエティー番組も終わったのでそろそろバイトに備えて寝ようとTVを消そうとした所、短いニュース番組が始まったのでリモコンを持ったままそれを聴く。

 「……の工事現場で起きた大規模地すべりによる被害者の捜索が、本日をもって打ち切られました。事件から一週間が経ち、土砂に埋まった被害者の生存は絶望的とされ……」

 リモコンが、握力を失った手から滑り落ちた。 

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