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4月9日:桜舞う坂の上で
 放課後の昇降口を出ると、辺りは何やら騒然としていた。
 『何か起きている』
 直感的に感じて校門の方に目を向けると、人だかりが出来いつもの流れが滞っている。
 校門付近で起こる事と言えば、そう多くは無い。
 「あっ、川上君。校門の所に他校の生徒が来てて、みんな怖くて出られないみたい」
 「ああ。今行くよ」
 見知った女子の言葉で予感が的中した事を知る。
 どうやら“番長”の仕事の様だ。
 まったく、マジで春原さんがやってくれても良かったんだが……。
 いやダメか。あの人じゃ治めるどころか、火に油を注いでその周りで踊りだしそうだ。
 てか、今回もあの人絡みじゃないだろうな?
 十二分にありえるから怖い……。
 そうで無くとも、この騒ぎを聞きつけて出てってしまうかもしれんし、さっさとあしらって、とっととお帰り願いますか。



 事態を傍観する帰宅部達を尻目に校門近くまで来ると、桜の舞う雅な景色にミスマッチな連中がたむろしていた。
 上は駅一つ先の学校の学ランを着崩し、下は複数タックの入ったダブダブのズボン。
 いわゆるヤンキースタイルに懐かしさを感じつつも、まずは遠目から観察する。
 人数はぱっと見八名。
 内五人が前衛として校門前で中の生徒を威嚇しながら、何かを喚いている。

 「髪の長いカチューシャの女を出せ!!この学校に居る事はわかってるんだ!!」

 台詞の内容と、五人の内三人が腕や足に大げさに巻かれた包帯やギブスという判り易い格好をしている事から、相手の目的は言うまでも無く“お礼参り”だろう。
 しかし、ウチの学校にそんなアホな事をしでかす奴が、それも女子でいただろうか?
 “髪の長いカチューシャの女”というのにも心当たりは無い。
 新入生だろうか?
 記憶を辿る……と、1件ヒットした。
 だがそれを「まさかな…」とすぐ否定する。
 噂に聞いたあの少女の出で立ちがそれだったが、残念ながらウチに居る筈がない。
 まあいい。誰がやらかしたかなんざ、俺にはどうでもいいことだ。
 前衛の五人は下っ端で、後ろでしゃがんで駄弁ってる三人の内一人がリーダー格だろう。
 さらに注視して、挙動や態度からそれを見極める。
 しゃがんでいながらアフロ…いや、頭一つデカイあの男で間違いあるまい。
 まずはセオリー通り、あのアフロ…いや、頭を抑えるとするか。
 背筋を伸ばし、胆に力を入れ、瞳を閉じ、深く息を吸い込む。

 黙想………。

 世界と自分の境いに結界を張るかの様に、周囲の景色と雑踏にフィルターをかける。
 
 俺の見立てに間違いが無ければ、特に問題はないだろう。
 
 いつもの様にたんたんと『鍵をかける』だけだ。
 
 

 「ん!何だテメエ!?あっ、おい!!」
 前衛のど真ん中を堂々と素通りした所で、さすがに呼び止められる。
 だがそれを、まるで知り合いにでもする様な自然さで手で制すと、呆気にとられている雑魚を置き去りにして歩を進め、獲物であるアフロの前に立つ。
 「あん?何だテメエ?」
 のっそりと立ち上がったアフロは、台詞は雑魚と同じだが、やはりデカかった。
 目線の高さから視るに、アフロ抜きでも秋生さんよりデカそうだ。
 さらに残り二人が両脇に立ち、完全に囲まれる。
 どちらもアフロ程ではないが俺よりデカイ。
 囲まれて見下ろされる圧迫感と屈辱。
 それを一笑に付して、リーダーのみを見据え不敵に言ってやる。
 「デカイな。それになかなかファンキーな頭してるじゃないか」
 「テメエなめてんのか!?」
 安い挑発に乗ったアフロに胸倉を掴まれ、むさ苦しい顔を近づけられる。
 だが、これでいい。
 これで少なくともリーダーであるコイツが手を出さない限り周りは手を出してはこない。
 つまり、タイマンに持ち込めたということだ。
 そして同時に、これでコイツらの底が知れた。
 真っ先にデカイ体をさらに誇示し、威圧的な言動で相手を怯ませようとするのは、実はそこまで自分の実力に自信が無いからだ。
 そもそも動物が威嚇する時と言うのは、出来れば戦いを避けたい時にやる物だろう?
 それは人も同じだ。虚勢を張って臆病さを自他から誤魔化しているに過ぎない。
 まあ、それで誤魔化されてしまう人間が多いから、効果的ではあるんだが。
 その体勢のまま、至近距離で暫し無言でにらみ合う。
 だが、時間が経てば経つ程劣勢に立つのはコイツの方だ。
 数的には8対1。デカイアフロがチビな俺の胸倉を掴み三人で囲んでいる。
 どう見ても形勢はコチラの圧倒的不利。
 しかしだからこそ、屈するどころか平然と睨み返してくる俺に、相手は得体の知れない物への疑念を感じ始める。
 そして疑念は次第によりネガティブな物へと変貌し、一秒ごとにその脆弱な精神をすり減らしていく。
 “何だこのチビは?”
 “何なんだコイツは…?”
 “コイツ……ひょっとして……!?”
 「なめてんのはアンタ等の方だろ?人の学校の前で騒ぎやがって…」
 「ぐっ……!」
 頃合を見計らい、相手を見据えたままぼやくと、小さな呻きと共に一瞬目が泳いだ。
 舎弟の手前もあってか大きな動揺こそ見せなかった物の、アフロの額には汗が滲んでいる。
 そろそろ落し所か。
 「で、用件は何だ?」
 そう訊くと、無言のにらみ合いから解放された相手の目に安堵の色が浮かんだ。
 だが、これでいいのだ。追い詰めすぎて逆ギレされたら元も子も無いからな。
 「テメエんトコの奴に、ウチの舎弟が世話になってなあ。この落とし前、どう付ける気だよ?」
 「ひょっとして、あいつ等が出せっつってたウチの女子にやられたのか?アンタも大変だな。情けない舎弟を持って」
 「んなこたぁテメエには関係ねえんだよ!さっさと女を出しやがれ!」
 「会ってどうする?その子に謝罪でもすんのか?」
 「んな訳ねえだろ!こっちは三人も大怪我させられてんだよ!」
 「あんな滅茶苦茶な包帯の巻き方するなんて、どこのヤブ医者だよ?大した怪我じゃねえのはバレバレだからな。それよか何?お前ら女一人に今度は八人がかりでやる気かよ?」
 「こ、これは…だな……」
 「やめとけよ。そんなモン勝っても負けても、アンタの名前を下げるだけだろ」
 まるでダチでも諭す様に言ってやる。
 すでに胸倉を掴む手に力は無い。
 後は何か帰る理由を与えてやれば、これでこの件は円く治まる。
 筈だった……。

 その、少女が現れるまでは。



 「お前達、そこで何をしている!?」

 生命力に満ち溢れた声が、灰色の世界に鳴り響いた。
 その声に振り返ると、一陣の光が風となって吹き抜け、周囲を包む。
 少女は眩い光の中に立っていた。
 舞い散る桜の下で、長い髪をなびかせながら……。
 


 「「「さ、坂上……!?」」」
 囲んでいる三人が驚愕する声で、はっと我に返る。
 俺とした事が、思わず魅入っていた様だ。
 しかし…アイツがあの坂上智代なのか?
 腰まで伸びる長い髪に黒いカチューシャ、すらりと伸びた肢体に遠目からでも分かる端整な顔立ち。なるほど、噂に聞いた特徴と一致する。
 いや、そんな物はもはやどうでもいい。
 その圧倒的な存在感と、全身に漲る自信が、何よりも彼女が“伝説の少女”である事を雄弁に物語っていた。
 胸に熱い物がこみ上げ、全身に鳥肌が立つ。
 ああっ、坂上智代だよ…あの坂上智代が光坂の制服を着て目の前に居るよ……。
 「まさかとは思っていたが……何で坂上がここに居んだよ……!?」
 アフロの疑問は同感だが、同時にコイツがわざわざ大人数でゾロゾロやって来た理由がわかった気がした。
 こいつ等も坂上の転校を知っていたが、舎弟が語った特徴からもしやと思ったのだろう。
 デカイ図体の割りに、中々慎重じゃないか。
 「矢島さん、コイツです!俺達をやったのは、この女です!!」
 包帯の男達が矢島と呼んだアフロに泣き付こうとするも、リーダーが一番うろたえていた。
 坂上の顔を知っていたらしい両脇の二人も、明らかに怯えている。
 この三人は昔彼女が不良狩りをしていた頃に、狩られた口なのかもしれない。
 その坂上は一度ぐるりと男達を見渡すと、溜息をついてから口を開いた。

 「そこのモジャモジャは見覚えがあるな。それから、そっちの三人は昨日の奴らか。やはりな…。他校の生徒が私を探して騒いでいると聞いて来てみたが、大方、昨日の事を逆恨みして、仕返しに来たんだろ?」

 これだけの大人数を前にしながら、まったく意に介した様子も無く堂々と言ってのける。
 「坂上、お前が何でここにいんだよ!?転校したんじゃ無かったのかよ!?」

 「ああ、したぞ。この春からこの学校に編入したんだ」

 「「「なっ、何だとぉ!?」」」
 アフロのナイスな質問で、本人の口からチョット自慢げに事実が語られた。
 ああっ、本当にウチに来たんだな……。
 しかし何故わざわざ編入なんて?
 まさか……本当に『自分より強い奴』=『俺』に会う為に!?
 まあ、んな訳無いだろうが……。

 「それより、お前達の用が有るのは私だろ?いいだろう。相手をしてやる。だから、その男は離してやれ。無関係な生徒を巻き込みたくは無い」

 その大胆不敵な発言で「あれ!?」と気付く。
 俺、やられてると思われてないか?
 確かにガラの悪い他校の生徒達に囲まれ、形だけとは言え胸倉を掴まれたままだ。
 うわ……誰でもそう思うわな……。

 「それとも、こんな馬鹿な真似はもう終わりにして、このまま大人しく立ち去るか?どうやら私だとは知らずに来たようだしな。なら、悪い事は言わない。もう止めておけ。私としても、そちらの方が助かる。編入早々、こんな事で目立ちたくは無いからな」

 坂上の啖呵に野次馬から「キャー、智代さーん!!」と黄色い声援が上がった。
 もう十分過ぎる程目立っている。
 それにどう考えても挑発している様にしか聞こえなかった。
 なるほど。これが伝説を作ってしまう少女の正体か……。
 「くっ…!」
 案の定、ギリギリの所で踏みとどまったプライドが、男達の奥歯を噛み締めさせる。
 まとまりかけていた状況が、たちまち一触即発の状態に。
 アフロが一声発すれば、乱闘が始まるだろう。
 正直、“伝説となった強さ”という物を見てみたい気はする。
 だが、そうもいくまい。
 ウチの学校は進学校だけあって、こういった揉め事に対してかなり厳しい。
 時間的にも、そろそろ腰の重い教師達が来る頃だろうし。 
 こんな衆目の前でやらかせば、一発退学だって有りうる。
 まあそれに、このままじゃ本当に助けられた事になっちまうからな。
 「言わせておけば…!!」
 「矢島、こうなったらやるしかねえよ!」
 「やめとけよ。女相手にみっともねえ」
 いきり立つ男達を、まるで自分の子分達を制止する様な親しみを込めてたしなめる。
 「ざけんな!こんだけなめられて、黙ってられっかよ!」
 「てかお前、あの女が何者だか知らねえのか!?」
 「知ってるよ。よくな……。悪かったな。あいつは物の言い方知らないだけで、アレでも悪気はねえんだよ。許してやってくれ」
 あえて坂上に代わって謝辞を述べる事で、相手をなだめすかすと同時に先程抱かせた疑念を呼び戻し、気をこちらに向けさせる。
 “そういや、何なんだコイツは?”
 “あの坂上智代を知っていて、その上で女子供扱い。しかもかなり親しげだ”
 “さっきも囲まれて、矢島に胸倉を掴まれながらも、まったく怯んでいなかった”
 “ひょっとしてコイツ……やっぱりとんでもなく強いのか……!?”
 そう、ポイントは、あまり多くを語らず、相手に想像させる事だ。
 それは同時に、破れかぶれになっていた相手に、思考力を取り戻させる事でもある。
 所詮は想像。だが、彼らにとっては捨て置けない疑惑。
 坂上一人でも一か八か。そこに得体の知れない奴まで加わるとしたら……。
 「とりあえず、智代は俺が抑えといてやるよ。アイツには俺の方から言っておくから、それで今回の事は手打ちにしてくれ」
 だからこそ、彼らは俺の用意した助け舟に乗る他無い。
 誰だって、出来るなら勝ち目の無い戦いなんてしたくは無いのだ。
 掴まれていた手をそっと外しながら言って、ポケットに手を入れ踵を返して歩き出す。
 「…お前…何者だ!?」
 よくぞ訊いてくれた。
 一度立ち止まると、リクエストに応え背中越しに名乗ってやる。
 「俺は川上央己。この学校の番格だ」
 


 どうやら、坂上が前の学校からの去り際に言ったとされる台詞『私より、強い奴に会いに行く』は、意外と広まっていた様だ。
 「お、おい、確か坂上が転校した理由って!?」
 「じゃあ、アイツが!?」
 「うおっ!マジか!?」
 そんなアホな会話が後ろから聞こえてきた。
 これで奴等の件は片付いたと見ていいだろう。
 しかしまあ、問題はこの後である。
 すなわち、“伝説の少女坂上智代”を、どうやりこめるかだ。
 聞き分けの良い子だと助かるんだが……。
 溜息と笑いが同時にこみ上げてくる。
 頭を悩ませながらも、血が騒いで仕方が無い。
 久しぶりだな。この感覚。
 まるで消えかけ燻っていた炉に、煌々と火が灯った様な……。

 ああっ、俺……、まだ“生きて”たんだな……。

 アイツの事を知ったのは、“あの頃”なのだから、これも道理か。
 一度はもう叶うことは無いと諦めた、三年越しの片想い。
 ぶつけてやろうじゃないか!
 
 近付くにつれ、より鮮明となる坂上の姿はゾクゾクする程凛々しく、バックの舞散る桜と相まって、まるで映画のワンシーンの様だった。
 てか、髪もなげえが足もなげえー!
 彼女は蹴りが得意だと聞くが、あの足で数々の男達を葬ってきたのか。
 なるほど。『あの足になら蹴られてもいい!!いや、むしろ蹴ってくれ!!』
 そう思わせる程の魔性を秘めている魅惑的な足だ。
 何しろ相手の方から当たりに行くのだから、そりゃあ“無敵”だわな。
 顔は思っていたよりも少女の面影を残し、“綺麗”“美人”“可愛い”全て当てはまる。
 なんだ…容姿まで“無敵”か?
 胸も結構在るし、腰も細いし……。
 確かに洒落で済ましてくれるのなら、男なら思わず飛び掛ってみたくなるかもしれん。
 だからか?だからコイツにやられに行くリピーターが後を絶たないのか?
 つまり、今までの情報を総合すると……、
 コイツは人の形をした『ヤンキーホイホイ』だな。
 「大丈夫か?殴られたりしなかったか?」
 などとアホな分析をしていると、向こうから声をかけてきた。
 清流の様な素直そうな声で、少し眉を寄せ本気で心配している様に。
 しかし俺は、何も応えずにそのまま歩を進め、右手を出しながら彼女のすぐ目の前でようやく立ち止まる。
 「ん?どうした?お礼ならいいから下がっていろ。邪魔になる」
 俺の不可解な行動にいぶかしみながらも、完全に他校生とのバトルモードに入っていた坂上は、俺の肩をつかんで押しのける様にしながら、自分から一歩前に出た。
 その一瞬の隙をついて、
 背後からの一撃を、
 脳天に叩き込む!
 「喧嘩売る様な真似すんなって」
 
 コツン

 その一瞬に、その場の居た者全てが唖然とし、静寂が訪れた。



 「「「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」

 その静寂を破ったのは誰でもなく、背後から上がった女生徒達の声だった。
 さすがに予想外の事に驚き、思わず首をそちらに向ける。
 「あの人今、智代さんの事叩いたよ!」
 「やられそうな所を助けてもらったクセに叩いた!」
 え〜〜〜〜〜〜!?
 まさに俺の名声が地に墜ちた瞬間だった。
 「痛いじゃないか。いきなり何をするんだ?」
 ワンテンポ遅れて、ムッとして頭を擦りながら坂上もコチラを向く。
 烈火の如く怒り即反撃がくる事も覚悟していただけに、少々拍子抜けだ。
 まあ、ちゃんと話が出来るのはとてもありがたい。
 「だから、お前喧嘩したいのか、したくないのかどっちだ?」
 「したい訳がないだろ?」
 「そうか?相手をしてやるとか、大人しく立ち去れとか、どう聞いても相手を挑発してる様にしか聞こえなかったし、今だってやる気満々だったじゃんか」
 「それは仕方がないじゃないか。アイツラは私にお礼参りをしに来たんだ。それに、すでに一般の生徒にも迷惑をかけていたし、何よりお前がアイツラに捕まってしまっていた。あの場はああ言うより他に無いだろ?」
 ごもっともで……。
 それを言われると弱いので調子が狂う。
 いっそ認めてしまうか。
 「いや、助けようとしてくれた気持ちは嬉しいけどな。でも、遠目からはピンチに見えたかもしれないが、別にアイツラにやられてた訳じゃ無くて、話合ってただけだから」
 「でも、胸倉を掴まれてたじゃないか」
 「掴ませてやってたんだ。てか、お前が出てこなきゃ、今頃話合いで解決して、奴等も帰ってた筈だ」
 さすがにこれには坂上も更に眉を寄せ、不機嫌さを顕わにして睨んでくる。
 「せっかく助けてやったというのに、その言い草は何だ?そもそも、アイツラは私に用が有って来たんだ。その私が居ないのに、アイツラがそう易々と帰る訳が無いだろ」
 彼女の言葉に内心ほくそ笑むも、ここではあえて伏せて置き、事情を訊く事にする。
 「事の発端は?」
 「昨日、この学校の女子生徒が、他校の生徒にしつこく軟派されていたんだ。それを助ける為に私が相手をしてやった」
 「それで三人病院送りか?」
 「正当防衛だ。先に手をあげたのは、アイツラの方なんだ。それにあの包帯は、大げさに巻いているだけだ」
 「それはわかってる。お前が正しいな」
 「だろ?」
 あまりにも偉そうで得意気な正当防衛だったが、あえて肯定してやると更にその形の良い胸を張って見せてくる。
 「でも、やり方に問題が有ったから、こんな事になってるんだからな。どうせさっきみたいに挑発的な事でも言って怒らせたんだろ?で、向って来た所を叩きのめした。それは正当防衛じゃなくて、確信犯だからな」
 調子に乗っている様なので、一転核心を突いてやる。
 すると坂上はムッとしてつまらなそうに口を尖らせたが、多少の後ろめたさは感じていたのか、言い訳をはじめた。
 「……仕方がないだろ?私だって初めは何とか話合いで解決しようとしたんだ。でも、アイツラは自分勝手な事を言うばかりで、私の話なんて聞こうともしなかったんだ……」
 どうやら「仕方が無い」が彼女の口癖らしい。
 あと、勝手にクールなイメージを抱いていたが、意外と表情がコロコロ変わって面白い。
 「まあ、その気持ちもわかるけどな。でも、お前強いんだろ?だったら、なるべく力に頼らずに解決する方法を考えろよ。でないと、いつまでたってもこんな不毛な事を続ける破目になるぜ」
 「……!!」
 さりげなく、しかし三年分の想いを込めて、ずっと言ってやりたかった台詞で締める。
 坂上は俺の言葉にショックを受けたのか、目を見開いたまま無言で俺を見つめていた。

 ……とてもとても照れ臭い……。

 「おい、田嶋…だったか?」
 彼女の視線に耐え切れなくなった俺は、思い出した様にむさい男達に声をかけた。
 「矢島だ!」
 「ああ、わりい。何かコイツ誤解してるみたいだから、お前からも言ってやってくれ。違うよな?お前等はお礼参りに来たんじゃなくて、“ケジメ”をつけに来たんだよな?」
 「はぁ?」
 アフロの頭に疑問符が浮かんでいたが、かまわず続ける。
 これは衆人に聴かせるための物だからだ。
 「いくら舎弟思いのアンタでも、三人がかりで女一人に負けた奴等の逆恨みに付き合ったりしないよな?まして、女一人に八人がかりなんて恥ずかしい真似、する訳無いよな?」
 アフロ以下全員の顔が引きつる。
 コイツラも、頭では恥ずかしいとは思っている筈なのだ。
 だからまず、衆人にバラして恥を教えてやるのだ。
 「舎弟のしでかした不始末に、自分も一緒に頭下げに来るなんて、出来る奴はそう居ないよな。さすが矢島だ」
 ある意味これは脅迫である。
 だが、もはやコイツラの立つ瀬があるとすれば、これしか無いだろう。
 いくらアフロでも、それぐらいの事は解るはずだ。
 「あっ、ああ、その通りだ…ウチの舎弟が悪かったな。オラッ!お前等も謝れ!」
 「「「ええっ!?す、すいませんでしたーーー!!」」」
 「こっちもやり過ぎちまって悪かったな。まあ、いくら強くても女の子だからな。怖くて加減出来なかったんだ。許してくれ」
 「「「はっ、はいーーー!!」」」
 こうして、校門前を騒がせた他校の生徒達は、謝罪だけして足早に去って行った。
 「どういう事だ?」
 いつの間にか復活していた坂上が、不思議そうな顔で訊いて来る。
 「胸倉掴ませながら話し合った結果だ」
 「…ひょっとして…お前はアイツラと知り合いだったのか?」
 「いや、知り合いなら胸倉掴まれないだろ・・・。あんなのと一緒にするな」
 「じゃあ、一体何をしたら、あんな風に素直に言う事をきかせられるんだ?」
 「まっ、お前の知らないやり方も、色々在るって事だ」
 坂上はイマイチ腑に落ちないという顔をしていた。
 実際何もしていないのだから当然か。
 それとも暴れ足りないとか?
 まあ、俺の方はそれも含めての完全勝利だった訳だが。
 しばし勝利の余韻に浸る。
 春風に舞う桜達が、俺達の勝利を讃えていた。



 「おい、川上!」

 人が折角清々しい気分で居た所を、たった一声でぶち壊しにされる。
 生徒達を掻き分け物々しく現れたのは、十人もの男性教師軍団だった。
 ホント、いつもいつも今までどっかに隠れて観てたんじゃないかってくらい、絶妙に無駄なタイミングで現れてくれる人達だ。
 「何があった?」
 「いえ、他校の生徒が来てたんで、事情訊いて帰ってもらいました」
 「何の用だったんだ?」
 「ああ、何かウチの生徒に迷惑かけたとかで、謝ってましたよ」
 「ふむ、手を上げたりしてないだろうな?」
 「いや、謝りにきた奴と喧嘩する訳無いじゃないですか」
 教師の追及を回避し、これで大団円と気を抜いたその時、思わぬ伏兵が現れた。
 「先生、その人、坂上さんの事ぶちました」
 はひ!?
 見ると、坂上に黄色い声援を送っていた女子の一人だった。
 まったく余計な事を……。
 「ん?誰だ坂上というのは……?ああ、この春から編入してきた君か。川上に暴力を振るわれたというのは本当か?」
 「いや、ただチョット軽くコツンとしただけですよ?」
 「お前には訊いていない。坂上、本当なのか?」
 やば……これでは坂上に生殺与奪権を握られた様な物だ。
 不安気に彼女をみると、目と目が合ってニコリと笑ってくれる。
 坂上……。
 「ああ、本当だ」
 おい!!
 「だから、私がそいつを叩き返せば、それで“おあいこ”だ」
 何故そんな展開になる!?
 などと突っ込む暇も無く、拳を握りしめた坂上が迫る。
 顔は満面の笑みだ。が、額に青筋が見える気がする。
 さっきの事、やっぱ根に持っていやがったな!
 「コラ、逃げるな!大人しくしていれば、すぐに済む」
 「お前本気で殴る気だろ!!」
「そんな事はないぞ。ただ、そうやって逃げられると、加減が難しくなるな」
 今にも振りおろされそうな拳を両手で牽制しつつ、ずるずると後退する。
 それを坂上は、幾度もフェイントをしかけつつ機を窺いながら、追いかけてくる。
 多くの教師や生徒達が観ている前で、一体何をやっているんだ俺は!?
 「ふう、もういい。川上、くれぐれも危険な真似はするなよ」
 仲が良い者同士じゃれあっているとでも見てくれたのか、教師達はお決まりの捨て台詞を残して去って行った。
 「あ、はい。ウゴッ!!」
 迂闊だった。
 そちらに一瞬気を取られた刹那、死角から側頭部を狙い打たれたのだ。
 一瞬、意識が遠のく。
 先生すいません。早速危険な事をしてしまいました。
 てか今の、鈍器じゃなくて素手だよな?
 「…ッテェな!!俺じゃなきゃ死んでるぞ!!」
 ギリ意識を保ち、足を踏ん張り倒れそうになった身体を何とか支える。
 「大げさだな。でも、一回は一回だから、これで“おあいこ”だ」
 復讐をとげた坂上は、いたく御満悦だった。
 まったく……ひょっとして、一応かばってくれたのか?
 どちらにしろ、意外と人懐っこい奴なのかもしれないな。
 「坂上」
 「何だ?」
 「ウチの学校は喧嘩はご法度だ。気をつけろよ」
 「…うん…」
 「じゃあな」
 拍子抜けした様な顔に背を向け、軽く後手を挙げて別れを告げる。
 今日の所はこれで勘弁してやろう。
 正直もう胸がいっぱいだ。
 いつもと同じ坂道も、今日はいつもより鮮やかだった。


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