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番外編 新春クイズ・ペンタゴン

 12月24日クリスマスイブ。

 私はホテルのおしゃれなレストランに居た。

 店内は照明が抑えられキャンドルがムードを演出し、テーブルには豪華な料理がのっている。

 そして目の前に座るタキシード姿の“あいつ”。

 まるで、クラスの女の子達に勧められて、乙女の嗜みとして最近読みはじめた少女マンガやドラマに出てくる様なシチュエーション。

 私も女の子だからな。こういうのに憧れていなかったと言えば嘘になる。

 でも正直、イブの日にこんな高そうなレストランで食事なんて、かなり無理してるんじゃないかと心配だ。

 私はただ、“あいつ”がそばに居てくれさえすればそれでいい。

 “あいつ”と一緒にクリスマスを過ごせる。私にとっては、それが何より嬉しい事なんだ。

 「さてと、じゃあそろそろお披露目といくか」

 そう言うと、“あいつ”はおもむろにテーブルの影から何かを取り出す。

 それは、今まで一体どこに隠していたんだ?と疑問に思う程大きなクマのみいぐるみだった。

 「これ何だか知ってるか?」

 「もちろんだ!『でとっくま』だろ?可愛いな」

 『でとっくま』とは、誰もが思わず毒気を抜かれてしまう程間の抜けた表情や仕草をしたクマのキャラクター、いわゆる“ゆるキャラ”と言うやつで、そのグッズは女の子の間でとても人気がある。

 私もかなりの数を集めてはいるが、こんなに大きいのは見た事も無かった。

 「ありがとう!とても嬉しい」

 感激して、当然の様に私は礼を言いながら手を伸ばす。

 だが私の手が届くより一瞬早く、“あいつ”はおあずけをする様に『でとっくま』を引っ込めてしまった。

 そして、イブの日にはとても似つかわしくない、いつもの意地の悪い笑みを浮かべる。

 「なんだ?くれるんじゃないのか?」

 「フッ、ただじゃやれないな」

 「どういう意味だ?まさか、また何かHな事を要求するつもりなのか?」

 「失礼な。俺がいつそんな物要求した?」

 「いつもしてるじゃないか」

 「うん。してるな」

 「あっさり認めるな!そ、それで……今度は一体何をさせるつもりだ?」

 「そうだな……なあ、俺達、そろそろいいんじゃないか?」

 “あいつ”は急に真顔になって、真剣な眼差しで言った。

 それに思わずドキリとしてしまう。

 何しろ今日は『クリスマスイブ』なんだ。

 私にだってそれなりの知識はあるし、覚悟もしてきた。

 してきたはず……なんだが、やっぱり面と向かって言われると、恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 「そ、それってやっぱり……その……アレか?」

 「ああ……新春恒例クイズ大会~!!」

 「ええっ!?」

 思いもよらぬ言葉に驚いた瞬間、突然どこからかパチパチと拍手が鳴り響き、周囲がパアッと明るくなって一瞬目が眩む。

 それに目が慣れた私は……いつの間にかTVでよくある回答席の一つに座らされていた。

 「な、何だ!?一体何が起きて……!?」

 「新春クイズ『ペンタゴン』では、解答者の紹介です。まずは、一ノ瀬ことみさ~ん」

 「一ノ瀬ことみです。趣味は読書です。私もクマさん欲しいの」

 何が起きたか理解出来ず動揺する私と違い、一ノ瀬さんはまったく普段と変わらぬ調子だった。

 そして、他の解答者もまた、私がよく知る人達ばかりだった。

 「続いて、藤林杏さ~ん」

 「何だかよくわからないけど、まっ、面白そうだから付き合ってあげるわ」

 「伊吹風子さ~ん」

 「風子はもう大人なので、子供っぽいクマのぬいぐるみよりヒトデが欲しいです!」

 「古河渚さ~ん」

 「ふ、古河渚です!わたしもどちらかと言うとだんご大家族の方が欲しいです」

 「そして、坂上智代さん。以上の五人で、賞品の『でとっくま』を目指して争っていただきます!」

 「待て!一ノ瀬さんはともかく、他の人は別にクマを欲しそうじゃないじゃないか!!」

 「それでは早速第一問、『クイズ、五人くらいに聞きました』~!」

 私のつっこみを完全に無視して、あいつは司会を進める。

 「まずはVTRをご覧ください!」

 司会の背後の大きな画面に、一人の人物が映しだされる。

 くわえタバコにエプロンというちぐはぐな格好をした、どこかで見た様な男だった。

 「あっ、お父さんです」

 どうやら古河さんのお父さんらしい。

 その脇には、テロップで『ファーストガンダム以外で、あなたの一番好きなガンダムは?』と書かれていた。

 恐らくこれが質問なのだろう。

 「あん?ファースト以外で一番好きなガンダムだぁ?そうだな……ファースト以外となるとドングリの背比べって所だが、『ウイング』や『シード』はなかなか良かったんじゃないか?」

 うん。私も子供の頃にシードは視ていたな。

 特にヒロインのポニーテールの女の子は可愛かったと記憶している。

 続いて、古河さんのお父さんの後ろから、一人の女性が顔を出した。

 「お母さんです」

 あれが古河さんのお母さんなのか……それにしては随分若くて綺麗ひとだ。

 「え?ガンダム、ですか?そうですね……OVAでもよければ、『第08MS小隊』が私は好きです」

 古河さん家は夫婦そろってガンダムが好きなのか。

 次いで画面が切り替わり、今度は学校近くの見慣れた風景に、見たくもない金髪の男がしまりの無い顔で立っていた。

 「ガンダム?そりゃあもちろん、『Vガン』でしょ!!光の翼!!ヴイ~~~ン!!」

 春原は訳のわからない事を叫ぶと、両手を翼の様に広げジグザグに走りながらフェードアウトしていった。

 まあ、春原の事などわかりたくもないが……。

 その次に映し出されたのは、作業服にヘルメットをかぶった若い男だった。

 「あっ……祐介さんです」

 どうやら風子ちゃんの知り合いの様だ。

 「そうだな。どれも甲乙付け難いが、やはり『W』が一番だろう。特に主人公でもある……」

 腕組みをしながら語り始めた作業服の男だったが、音声は途中で絞られ彼の口だけが永延と動いていた。

 これで『W』が二票……と言う事だろうか?

 次が五人目だ

 パッと画面が切り替わり、五人目が現れる。

 そこに映っていたのは、幼稚園生の制服を着たとても可愛らしい小さな女の子だった。

 「え~とねえ~……」

 「はい、では問題です。この後、この女の子は何と答えたでしょうか?」

 ピンポン!

 私が女の子に見とれている隙に、風子ちゃんに解答ボタンを押されてしまった。

 「伊吹さん」

 「ヒトデです!!」

 ブー!

 勢いよく立ち上がって答えた物の、不正解のブザー。

 「惜しいけどヒトデじゃありません。問題をよく読んで下さい。では」

 ピンポン!

 続け様に風子ちゃんがボタン連打する。

 「はい、伊吹さん」

 「惜しいなら、やっぱりヒトデです!!」

 ブー!

 「いや、だから、ヒトデじゃないです」

 ピンポン!

 「はい、藤林さん」

 「あの子幼稚園生よね?じゃあ、知ってても『OOダブルオー』とかじゃない?」

 ブー!

 「常識的な良い答えですが違います。でも、さすが保母さんを目指すだけあって、着眼点は凄くいい!」

 ピンポン!

 「はい、坂上さん」

 「えっと、あれだ。『ケロロ軍曹』の後にやってる三国志みたいなヤツじゃないか?」

 「おお、それは何?」

 「やはり正式名称を答えなければダメか……う~ん、何だったかな……?ケロロ軍曹のついでにたまに視てるだけだから……」

 ブー!

 ここまで出掛かってると言うのに、無情にも不正解ブザーが鳴らされる。

 軍曹の事なら私もそれなりにわかるのだが……。

 「今考えてる所じゃないか!」

 「時間切れです。でも、惜しい所まで来ている!」

 ピンポン!

 「はい、一ノ瀬さん」

 マズイ!思い出す前に一ノ瀬さんに押されてしまった!

 「『ケロロ軍曹・乙』って言うかぁ、深夜放送?」

 ブー!

 「深夜放送は子供はみません!」

 ピンポン!

 「はい、藤林さん」

 「後のは知らないけど、ケロロ軍曹は面白いわよね。特にくの一の子とか」

 ブー!

 「ケロロの感想は聞いてません!でも、ケロロくらい幅広い年齢層から支持されてる番組です」

 ピンポン!

 「はい、古河さん」

 「はい。幅広い年齢層から支持されてると言えば……だんご大家族です!」

 ブー!

 「えっと……あれはアニメじゃないですし、今ブームの物です」

 ピンポン!

 「はい、伊吹さん」

 「なら、ヒトデです!!」

 ブー!

 「だからヒトデじゃ無いってばよ!」

 ピンポン!

 「伊吹さん、ヒトデじゃないですよ?」

 「それはNARUTOです!」

 ブー!

 「いや、今のは別にナルトの真似でも、クイズでも無いから。でも、かなり惜しい所まで来てます。あくまで幼稚園くらいの女の子が好きそうなアニメです」

 ピンポン!

 「はい、藤林さん」

 「小っちゃい子が好きそうなアニメと言ったら……えっと、プリキュア?だっけ?」

 「おおっ!プリキュアの何?」

 「えっ?プリキュアって一つじゃないの?」

 「ああ、残念!」

 ブー!

 「正確な番組名でお願いします!」

 ピンポン!

 「はい、坂上さん」

 「ハートキャッチプリキュア!」

 ピンポンピンポーン!

 「正解!」

 「よし!」

 嬉しさのあまり、私は思わずグッとガッツポーズをした。

 藤林さんのお陰で、たまたまどこかで聞いた覚えのあるタイトルを思い出せたんだ。

 いや、でもまてよ……。

 「ガンダムじゃないじゃないか!」

 「はい、では、正解のVTRをみてみましょう」

 やはり私のつっこみを無視して、止まっていた画面が動きだす。

 「え~とねえ~、ともね~、ハートキャッチプリキュアが好きだよぉ」

 うう……可愛い……!!

 あまりに無邪気なその笑顔に、細かい事なんてどうでもよくなってくる。

 しかも、あの子の名前も『とも』というのか。

 何か運命的な物を感じてしまうな。

 「それでは正解した坂上さんには、プリキュアの一人キュアサンシャインのコスプレをしてもらいましょう!」

 「ちょっと待て!それではまるで罰ゲーム……って、うわぁぁぁっ!!いつの間にか着替えさせられてる!!」

 気付いた時には、既に私はひまわりの様な黄色い衣装を着せられていた。

 かなり短めのギザギザなミニスカートに、飾りのついた上着も丈が短くおへそが出ている。

 おまけに髪まで頭の上で二つに結わえられ、いわゆるツインテールにさせられていた。

 「では、このまま次の問題です。次は最終問題なので100万点入ります。つまり、誰にも逆転優勝のチャンスはあります!」

 「一問目はなんだったんだ!?と言うか、まだ二問目じゃないか!!」

 「けっしてクイズネタを考えるのが面倒になった訳ではありません!兎に角、これに正解した人が優勝です!では問題、『この……」

 ピンポン!

 「はい、伊吹さん」

 「ヒトデです!!」

 風子ちゃんの答えに会場が凍りついた様に静まりかえった。

 まったく、風子ちゃんも仕方が無い子だな。

 一体何度ヒトデと答えれば気が……。

 「正解!!」

 ピンポンピンポンピンポーン

 「なっ……!?」

 割れんばかりの拍手と歓声が上がり、風子ちゃんの上から花吹雪、いや星、もといヒトデ吹雪が舞い散る。

 「正解がヒトデって、どういう事なんだ!?」

 「問題は『この番組のタイトルにもなっているペンタゴンと言えば……五角形の事ですが、ペンタゴンの通称で呼ばれる、テロの標的にもされたアメリカの施設と言えば……国防総省ですが、日本の函館にある、幕末に新撰組の土方等幕府方の人間が最後まで抵抗した地としても有名な五角形の建物と言えば……五稜郭ですが、主に海にいる五角形の生物と言えば?』という事で、答えは『ヒトデ』です」

 「そんな事を訊いてるんじゃない!」

 「それでは、優勝者の伊吹風子さんには賞品のでとっくまのぬいぐるみを差し上げます」

 「わあ……コホン、風子大人なので本当は要りませんが、どうしてもと言うのなら仕方ないので貰ってあげます」

 「ああっ……」

 大人ぶって気取った態度をとりながらも、ぬいぐるみを抱く風子ちゃんの顔はにやけていた。

 何か腑に落ちないが、これも仕方ないか……せめてその子を大切にしてくれ……。

 「続いて、準優勝の坂上さんにも記念品があります!」

 「私も何か貰えるのか?」

 ひょっとして、小さなクマか?

 勝手にそう思い込んで、私は胸を高鳴せたのだが……。

 「今コスプレしているプリキュアの衣装と、副賞としてヒトデ一年分をプレゼントです!!」

 「ええっ!?」

 そんな物要るか!!

 そうつっこもうとしたが、背後に気配を感じて振り返ると、そこには私の身の丈の倍以上にも積まれたヒトデの山が。

 嫌な予感がした。

 そしてそれはすぐさま現実の物となり、ヒトデはこちらに向かってガラガラと崩れだす。

 「う、うわあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 





 「うわっ!!」

 私はベッドから跳ね起きた。

 暫く頭の中がぐちゃぐちゃになっていたが、荒い息が整うにつれ思考も鮮明になってくる。

 夢……?

 そうか……夢か!そうだよな。あんな事、あってたまるか!

 脱力してベッドに倒れこむ。

 しかし、初夢がこんな悪夢なんて……最悪だ。

 「まったく……こんな夢を見たのも、お前の所為だぞ」

 枕元に置いてある人形を手に取り、布団の中でぎゅっと抱きしめる。

 “あいつ”がクリスマスイブの前日にクレーンゲームで取ってくれた『でとっくま』の人形だ。

 お互い付き合いもあるだろうから、二人っきりで過ごせないのも仕方無い。

 でも……、

 「レストランで食事とかは要らないから、来年こそは一緒に居てくれ。コラ、ちゃんと聞いているのか?」

 見るからにやる気の無さそうな人形に“あいつ”を重ね、私は再び眠りについた。

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