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第二章 4月25日 覚醒

 強くなりたかった


 例え圧倒的な力の前に幾度倒れようとも


 凄まじい技の前にどんなに傷つこうとも


 諦めず


 怯まず


 何度でも立ち上がるヒーローの様になりたかった


 でも


 生身の身体はやわくて


 脆くて


 怪我も簡単には治らなくて


 無理をすればいつかツケが回ってくる物で


 やっぱり漫画やアニメのようにはいかなくて


 けれど


 それでも


 少しでも強くなりたかった 


 度重なる怪我で選手生命を危ぶまれようとも


 何度でも甦る“あの人”の様に






 スポーツに怪我は付き物だ


 俺は割りと怪我には強い方だったが


 それでも10年近くもやってれば、所々ガタがくる物だ


 特に左足首の捻挫は


 完治せぬまま騙し騙し使っていた所為もあり


 すっかり癖になっていた


 やめて一年以上経つ今でもたまに痛みがある


 まあ、やりたくない体育の授業をサボる言い訳には使えるが……


 完全なオーバーワークだったのだろう


 他にも足の小指がいつの間にか骨折していたり


 膝下が成長痛で痛んだり

 

 いつもどこかしか痛くて


 湿布をはっていない日は無いくらいで


 包帯やテープピングも巧くなった


 「このまま無理を続けると、身長が伸びなくなるよ」


 医者にそう脅されても


 身体を痛めつける事を止めなかった

 

 おかげで本当に止まったけど


 でも、別にそれが特別な事だとは思っていなかった


 俺はポンコツで才能無いから


 人の何倍も練習しなければ上達しなかったし


 無理をしていたのは俺だけではなかった


 みんな、自分がどれだけ無理をしているかを自慢しあい


 見栄を張ってやせ我慢しあった


 そんな気合の入った俺達だったけれど


 相変わらず試合には勝てなかった






 それは


 冬季大会も予選敗退で終り


 春季大会と進級を一月後に控えた


 真冬の事だった


 部活から帰り、夕食の後もう一汗と思った俺は


 “あの場所”に来ていた


 ほのかな月明かりと


 微かな遠くの灯りを頼りに、俺は手作りのゴールへボールを蹴り始める


 小学生からずっとディフェンダーだった俺だが


 いや、だからこそ、“必殺シュート”が欲しかった


 一番の理由はもちろん自分も点を取りたかったからだが


 ウチのチームの弱さは点が取れない事だった


 守備は俺やキャプテンを中心にそれなりに守れても


 攻撃陣が弱くてほとんどボールを支配出来ず


 いつもワンサイドゲーム


 これではいくら俺等が奮闘しようとも


 いつかは点を取られて負けるに決まっていた


 でも、ワンチャンスで点を取れるようなシュートが有れば


 凄いフリーキックとかでも蹴られれば


 それで勝てるんじゃないかと


 安易に思っていた


 おもいっきり漫画やアニメや


 至高のフリーキッカーでもあった“あの人”の影響だ


 この世に生を受けた瞬間に定められた


 俺とあの人との間に在る“絶対に越えられない壁”


 あの人の様にはなれない事なんて


 ずっと前からわかっていた


 それでも


 一生に一度だけでいい


 ほんの一瞬


 ただ一蹴りだけでも


 あの人の領域まで


 昂まれ


 俺の小宇宙コスモ


 目覚めよ


 セブンセンシズ!!


 ボーン!


 思いっきり力んで蹴ったボールは


 ネットのはるか上を飛んでいった


 必殺シュートどころか


 コントロールすらままならない


 悔しさに舌打ちしながらボールを捜しにいく


 鬱蒼と茂った森の中だ


 完全に見失うと、昼間でさえなかなか見つけられない事もよくある


 まして明かりもなしに見つかるハズもない


 どれだけ時間が経っただろう


 ウインドブレーカーはすっかり草まみれになり


 かいた汗が冷えて寒気を感じてきた


 もう明日の朝にでもするか……


 そう思い顔を上げた時


 ボールはみつかった

 

 一本の樹の傍らに


 どうして今まで気付かなかったのか疑問に思える程分かり易く


 転がっていた


 よかったとホッとしながら草を掻き分け


 正面が開けていたので


 森の中ボールを持って歩くのも邪魔なので、ひとまず広場に蹴り入れておこうと


 駆け寄る勢いをそのまま助走にして


 軸足を踏み出した瞬間


 世界が反転した





 

 やっちまった


 地面に大の字に倒れたまま


 今自分の身に起きたあまりの事態に


 愕然として動けなかった


 踏み込んだ所が丁度浮いた樹の根だったらしく


 滑って捻った足首に


 全体重と蹴る勢い全てが乗っかり


 左足首が90°以上ひん曲がったのがわかった


 痛みは無かった


 感覚が麻痺していて、膝から下が無くなった様だった


 ああっ……


 終わった……


 少なくとも捻挫


 最悪骨折や靭帯断裂って所だろう


 次の大会にはまず治らない


 下手するとこのまま引退も有り得る


 いや……


 上体だけでも起き上がろうとしたが


 それすらも金縛りにあったように出来なかった


 どうやら当分動けそうも無い


 それはつまり……


 下手すると、このまま動くこともできず


 森の中で独り、真冬の夜を過ごすと言うことだ


 “死”


 背筋に氷のように冷たい物が走る


 寒い……!!


 運動による身体の火照りは完全にクールダウンし


 なお、夜気と汗が体温を奪い続ける


 何だよ……?


 何だよこれ……?


 何なんだよ……?


 何でこんな事になるんだよ!?


 俺はただ……


 憧れただけじゃないか


 夢みただけじゃないか


 望んだだけじゃないか


 目指しただけじゃないか


 少しでも強くなりたいと


 一歩でも理想に近付きたいと


 自分なりに考えて


 工夫して


 頑張ってただけじゃないか


 つっぱってただけじゃないか


 努力してただけじゃないか


 そりゃあ、人にも沢山迷惑もかけてきたかもしれないけど


 こんな危険な所で独りでやってたからかもしれないけど


 ポンコツのクセに身の程知らずなのかもしれないけど


 仕方ないじゃないか


 俺には何も無いから


 不器っちょで人が簡単に出来る事も出来なくて


 空中戦に有利な上背も、相手を置き去りに出来るようなスピードも無い


 気持ちだけは負ける気はないけどさ


 それだけじゃプロどころか中学レベルですら並程度だ


 家も貧乏だしさ


 親は仏教徒だからサンタも来た事無いしさ


 みんなが持っている物を、いつも俺だけ持っていなかった


 幸い親もあの人の事は知っていたおかげで


 サッカーだけはやらせてくれたけどさ


 スパイクもあまり高い物をねだる訳にもいかず


 あの人のユニフォームのレプリカとかも欲しかったけど買えなかった


 サッカー以外でも、やってみたい事はあった


 野球は……バッティングは秋生さんから筋がいいと言われたんだ


 サッカーではいきなり才能無いって言われてたのにな


 でも、どっちか選べと言われれば、好きなサッカーを


 夢だったサッカーを選ぶしかないじゃないか


 格闘技も何か本格的にやっておきたかった……


 剣道は……師範のじいさんに追い出されちまったけど


 合気道は続けたかったな


 公子さんには本当に悪い事をした……


 カナコの奴は……今頃どうしてんのかな?


 まあ、あいつの事だ……相変わらず無茶苦茶やってんだろう


 練習そっちのけでプロレスごっこをやっていたのを思い出し


 ふふっと少しだけ笑えた


 ああ、なんか色々思い出してきた……


 ひょっとしてこれが……走馬灯ってやつなんだろうか?

 

 まったく楽しい事が無かった訳でもないけどさ


 やっぱり……辛い事の方が多かった


 悔しい事ばかりだった


 俺は何も持っていないから


 力が欲しかった


 強くなりたかった


 上手くなりたかった


 そしてこのどん底から……這い上がりたかった


 ポンコツだけど


 貧乏だけど


 それでも俺は負け犬なんかじゃないって


 証明したかった


 だから


 俺は俺なりに必死でやってきたのに


 何一つ報われず


 何も得られず


 何も出来ないまま


 終わるのか……?


 こんな所で?


 こんな形で?


 ふざけるな……


 ふざけるな……!!


 こんな……惨めなだけの人生をおくる為だけに


 誰かに馬鹿にされる為だけに


 誰かの噛ませ狗になる為だけに


 俺は生まれてきたってのか!?


 こんな不条理があるか!?


 こんな……


 こんな……!!


 俺はこみ上げて来る感情のままに


 声を張り上げて泣いた


 悔しさ


 悲しさ


 惨めさ


 虚しさ


 憤り


 恐怖


 今まで溜め込まれた全ての感情が一気に噴出したかのような


 激情のままに


 泣いて


 わめいて

 

 泣いて


 吼えて


 泣いて


 泣きはらしたその目に飛び込んできたのは


 吸い込まれる様な星空だった




 

 

 綺麗だ……


 素直にそう思った


 こんな状況に陥って尚


 俺がこんな目にあっていると言うのに


 世界はこんなにも広く


 変わらず美しい……


 枯れたと思っていた涙が溢れてくる


 ふざけるなよ


 こんな理不尽な世界は、こっちから願い下げだ


 俺を必要としていないこんな世界……


 こんな……不幸と悲しみに満ちた世界


 憎い


 俺はずっと……心のどこかで世界を呪ってきた


 何一つ思い通りにならないこの世界を


 非情で非道なこの世界を


 でも


 始めは違ったんだ


 ヒーローになりたかった


 どんな強敵にも立ち向かう


 そして


 この世界を守るヒーローを


 そんなスケールのデッカイヒーローを


 カッコいいと思った


 なのに


 リアルの俺はたまらなくちっぽけで


 何をやってもダメで


 それに負けたくないって


 足掻いて


 足掻いて


 足掻いて


 足掻き続けてきたけど……


 ああっ……そうか……


 こんな時になってようやく気付いた


 俺はずっと……自分自身と戦ってきた


 足枷の多い、不自由な自分と


 でもそれじゃあ……俺は俺自身の限界を超える事は永遠に出来ないだろう


 世界はこんなにも広大で深遠なのに……


 大の字のまま瞳を閉じ


 周囲の音に耳を傾ける


 不思議と恐怖も憤りも消え


 心は穏やかだった


 このまま自然に抱かれて逝くのも一興とすら思えてきた


 でももし、俺に“明日”があるのなら


 ヒーローになりたい


 この世界の美しさを……守れるような






 ゆっくりと目を開けると


 異変に気付いて目を見開く


 それまでの漆黒の世界が一変していた


 まるで空の星が落ちてきたかの様に


 無数の光が頭上にただよっていた


 雪……?


 一瞬そう思ったが、直ぐに違うと気付く


 光は落ちてくる訳でもなく、蛍の様に空中を漂っていたのだ


 でも当然、真冬の今に蛍が居るハズがない


 じゃあ、この光はいったい……?


 不思議に思いながらも力をこめ


 最も近いそれに向けて、懸命に右手を伸ばす


 そして、その光を掴んだ瞬間


 強烈な光があふれ出して俺を包んだ 

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