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第二章 4月24日 最近は芳香剤も……
 智代が来た時に“だけ”わざわざ玄関まで来るお袋に見送られ、学校へと並んで歩き出す。
 「……それでな。岡崎が遅刻の常習犯だと聞いた私は、わざわざあいつの家まで迎えに行ってやったんだ」
 昨日の帰りもそうだったが、道すがら智代はずっと話通しだった。
 あの決別の日からこれまでの事を。
 まるでその空白の間を、埋めようとするかのように。
 まったく以前と変わらぬ、無邪気な笑顔で。
 あんだけきつく突き放したってのに……。
 絶交も覚悟して違えた道。
 それでも何だかんだと理由をつけて再び傍に居ようとしてくれる事は凄く嬉しい。
 でも同時に、このままでいいのか?と言う思いにもさいなまれる。
 最早俺も後には引けない所に足を踏み入れてるんだ。
 一歩間違えば、俺自身がこいつの障害になりかねない。
 それを避ける為にも、俺達は距離を置くべきなのに……。 
 「……だからな。春原に言ってやったんだ。『頭を下げれば、触らせてやらない事もない』って。そしたら、春原はどうしたと思う?ベッドの上で土下座しながら『お願いします』って言ったんだ。それまで人を男じゃないかと疑ったり、おっぱいを貸せとか言って奴がだ」
 「……触らせろ!」
 反射的に思わずボソッとつぶやいてしまった。
 やばっと思いながら智代を確認すると、俺の言った事が理解できなかったのかキョトンとして、次に少し困惑を浮かべたが、何か思いついたらしくにんまりと笑うと、
 「まったく、お前も本当にスケベだな。Hな所だけは、春原といい勝負だ」
 「はっ?って!?」
 春原さんと同レベル!?
 妙な屈辱感を覚えて何かを言おうとしたのだが、それは智代によって阻まれる。
 ポケットにつっこんだ俺の右腕に、いきなり抱きついてきたのだ。
 そして俺の肩に頭を乗せながら、悪戯っ子の笑みで言う。
 「ほら、触らせてあげたぞ。春原の時は手しか触らせなかったんだ。手も体の一部だからな。でも、お前には特別サービスだ。ありがたく思え」
 「これは俺が触ってるんじゃなくて、お前が俺に触ってるんじゃねえか!」
 「いいじゃないか。お互いの体が触れ合ってるんだ。触らせているのも同じ事だろ?」
 確かに二の腕に柔らかい物が当たってる……って、そうじゃねえだろ!
 墓穴った……。
 距離をとらなきゃと思ってた矢先に、逆に密着してるし。
 でも正直……先輩達に少し嫉妬した。
 俺と喧嘩してた間、随分先輩達と楽しそうにしてたんだなとムッとした。
 だから男の部屋にのこのこ行くな!とムカッとした。
 冗談でも触らせてやるなんて言うんじゃねえ!とプチンと切れた。
 ああっ、まったく俺もしょうもねえ……。
 「それでな。そうしたら春原の奴は怒りだして、私に飛びかかって来たんだ。だから……」
 智代は得意顔を急に曇らせ黙り込む。
 まあ、展開は予想出来るが……。
 ここまでの話では、春原さんに喧嘩を売られた所から始まって、度々酷い事を言われたとだけ聞かされている。
 しかしにもかかわらず、こいつは時折ムッとはしていても、終始得意気な笑顔だった。
 こいつの性格的に言われっぱなしな訳が無いし、何よりそんな悪口を言う相手を起こしには行かないだろう。
 つまりは……きっちりやられた以上の報復をしているんだろうとは思っていた。
 「どうしたんだ?」
 「……思わず蹴ってしまった……でも、襲ってきたのはあいつなんだ!正当防衛だろ?」
 いや、そもそもお前が男の純情を弄ぶからだろ。
 「……で、今まで何回くらい春原さんを蹴ったんだ?」
 「そんなの数えてない……」
 「つまり、数えきれない程蹴ったんだな」
 「あいつが懲りずに失礼な事ばかり言って向かって来るから、仕方が無かったんだ!」
 俺の誘導尋問にあっさりひっかかり、智代は必死にいつもの弁解をしはじめる。
 まったく……懲りない奴だ。
 「そ、それにな。あいつには変な趣味があって、蹴られるのが好きみたいなんだ。この前も私に蹴られている最中に『サイコー!』と言っていた。なっ?変態なんだあいつは」
 お前は、春原さんを喜ばせる為に蹴ってたのか?
 あきれて果てて臓腑を吐き出す程長い嘆息をする。
 人間、根っこの部分はそう簡単に変わらない物だ。
 それをわかっていても、俺が断腸の想いで諌めた事は何だったんだと虚しくなる。
 「怒って……いるのか?」
 何も言わず溜息をつくだけの俺に不安になったのだろう。しゅんとなって恐る恐る訊いてくる。
 まったく効果が無かった訳でもない……か。
 でも、俺が怒るからしおらしくなるって……子供かよ。
 まったく、身体の方は育ち過ぎなくらいに育ってるてのに……。
 「別にな。本当に身の危険を感じたなら、その時は全力で自分の身を守って構わない」
 「う、うん!正当防衛だったんだ」
 「春原さんが怖いのか?」
 「あんな奴、怖い訳が無いだろ?ああ、でも、蹴られるのが好きと言うのは、気持ち悪くはあるな……これからは少し蹴る時に躊躇ってしまうかもしれない」
 「正当防衛じゃ……ねえじゃんか!」
 悪びれもせず調子にのってるそのおでこにズビシとチョップを見舞おうとしたが、しかしそれは素早く離れてかわされる。
 おのれ、左手でキレが無かったとは言え、俺のつっこみをかわすとは小癪な。
 やはり、バレバレな頭に対する攻撃よりも、不意をつき易いスカートにすべきだったか?
 「何をするんだ?」
 「正当防衛と過剰防衛は違うっつったろ?まったく……あんまり足癖悪いと、しまいにゃその長い脚なめるぞ!」
 「なっ……!?お前まで変な趣味があるのか!?」
 やべえ……つい日頃常々やってみたいと思っていた願望を口走ってしまった。
 さすがに引かれて智代はうっと後ずさる。
 言った瞬間後悔したが、最早後戻りは出来ない。
 ならば……死中に活を求めるのみ!
 「趣味じゃねえ!罰ゲームだっての。じゃあ、“脚をなめられる”のと、“プリクラでパンチラを撮られる”のと、“おしりペンペン”と、“ぱふぱふ”どれがいい?」
 「どれも嫌に決まってるだろう!?それに、“ぱふぱふ”って何だ?何だか凄くHな事の気がするんだが……」
 助かった……!
 どうやら智代はあれを知らなかったらしい。
 いや、まてよ……知らないとなるとむしろチャンスか?
 悪戯心に火の点いた俺は、よせばいいのに少し悪乗りする事にした。
 「いや……昔子供に大人気だった漫画やゲームでもやってたネタだから、そんなでも無いぞ」
 「その漫画やゲームって何だ?漫画やゲームには、Hなやつもあるらしいからな」
 とぼけつつも隙あらばと思っていたが、智代は『お前の考えはお見通しだ』と言わんばかりの笑顔で疑念の視線を向けてくる。
 だが、残念ながらここは俺の勝ちだ!
 「ドラOンボールとか、ドラOンクエストだ。聞いた事くらいあるだろ?」
 「ああ、それならあるな……確か子供の頃、鷹文もやっていたと思う」
 「だろ?小さい子でもやれる物なんだから、大した事じゃない」
 「そうなのか……?なら、具体的どんな事か教えて欲しい」
 だが俺が勝利を確信したのも束の間、智代も痛い所をついてくる。
 「それは選んでからのお楽しみだ。まあ、マッサージみたいな物だ」
 「怪しいな……Hなお前が提案する事だ。ただのマッサージで済むとは思えない……」
 「てか、そういう事じゃなくてだな……とにかく、罰ゲームが嫌なら気をつけろって言ってんだ」
 「う、うん。すまない……」
 俺は智代の追及を振り切るべく、ぶっきらぼうにそうまとめた。
 それで俺も少し冷静になり、俺は何言ってんだと崩れ落ちそうになる。
 叱るつもりが、ついまたアホな話を……。
 いかんな……ただでさえ色々と悩ましいのに、嫉妬からくる妙な対抗意識までからんでちょっとおかしくなっている様だ。
 「それで……選挙の方はどうなんだ?協力してくれる奴とか居るのか?」
 このままでは自己嫌悪でどうにかなりそうだったので、話題を変える事にする。
 すると智代は一瞬寂しそうな目をしたが、すぐに普段の調子で淡々と話しはじめた。
 「うん。クラスメートの何人かが手伝ってくれると言ってくれた。実理は報道部としての立場上、宮沢は資料室から離れられないから直接は協力出来ないが、応援はしてくれると言ってくれた。まあ、これは仕方が無いな。後は……そうだ。古河さんと岡崎からも頑張ってくれと言われたぞ」
 「古河先輩からか?」
 「うん。何でも一度廃部になった演劇部をもう一度創設したいそうなんだ。でも、今の生徒会にはダメだと言われたらしい。だから、私には是非生徒会長になって欲しいと言われた」
 「ああ……そうか。先輩から話を聞いてたのか」
 「やっぱりお前も知っていたのか」
 「昨日、合唱部から相談受けてたって言ったろ?」
 「うん。そういえば、その部も似た様な状況みたいだな」
 「ああ。そこと顧問の取り合いで揉めてるのが、演劇部だ」
 「そうだったのか……!お前も大変だな」
 お前が一番の悩みの種なんだけどな。
 ありがたいねぎらいの言葉に、苦笑で応える。
 「俺に出来るのは、互いの仲がこじれないない様にする事だけだ。結局どうにか出来るのは……」
 「私が生徒会長になるしかないって事だな?」
 「そういう事だ」
 「古河さんと約束したんだ。『お互いに頑張ろう』って。だから彼女の為にも、選挙が始まったら全力を尽くすつもりだ」
 「ああ、よく肝に命じておけ。お前はもう、色んな人間の想いを背負ってるんだ」
 「だから、軽率な事はするなと言うんだろ?お前の言いたい事はわかってる」
 不貞腐れた様に口を尖らせながら言って、すぐに笑顔に戻って身体をすり寄せてくる。
 まったく……わかってると言いながらどうしてくっつくかなこの娘は?
 じゃあ、アホな事したら“ぱふぱふ”な!
 そう口まで出かかったが、縁起でも無いし、何よりあまり意識すると視線でバレそうなので唾と共に飲み込んだ。


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