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第二章 4月23日 路傍の道標

 「そういえば昨日、相良さんの所に行ってきたんだ」

 一緒に並木道を帰っていると、智代はおもむろにそんな話題をしてくる。

 「……誰?」

 「相良美佐枝さんだ。この学校で初めて女子で生徒会長となり、そして、伝説の『全校生徒無遅刻無欠席ウィーク』を達成した人だ。知らないのか?」

 「ふ~ん」

 「ふ~んって、興味が無いのか?経験者から話を聞けと言ったのはお前じゃないか」

 素っ気無い態度をとると、可愛く口を尖らせ抗議してくる。

 ああっ、そういう事か。

 「実理に相談したら紹介してくれたんだ。今は男子寮の寮母していてな。早速昨日の放課後訪ねてみた」

 「寮母?へえ~!」

 「……驚く所はそこなのか?」

 大仰にリアクションしてやると、今度は眉を寄せられる。

 どうすりゃええねん!とエセ関西弁でつっこもうかとも思ったが、ここはやめておく。

 「進学校のここで生徒会長までやった人なら、普通大手企業やら、弁護士やらって、それなりの職についてる物だと思うだろ?」

 「それはそうかもしれないが、寮母さんだって立派な仕事じゃないか」

 「いや、寮母さんを馬鹿にしてる訳じゃなくて、ただ、面白そうな人だと思ってな」

 「うん。そうなんだ。とても気さくで素敵な人だった」

 真面目に答えてやると、智代は我が事の様に誇らし気に胸を張ってみせる。

 どうやらその人を相当に敬愛しているようだ。

 あの坂上智代が一度会っただけでこれ程入れ込むとは、それだけでもただ者じゃないと判る。

 「それでな。どうやって全校生徒無遅刻無欠席ウィークを達成したのか聞いたんだ。そうしたら、彼女は何て答えたと思う?」

 「ん~……『運がよかっただけ』か?」

 「……正解だ」

 子供のような得意顔が一転、智代は子供のようにつまらなそうにそっぽを向いた。

 子供クイズよろしく正解しちゃマズかったらしい。

 「何だ……お前も美佐枝さんを知ってたのか?」

 「いや、今初めて聞いたけど」

 「なら、何でわかったんだ?相良さんは『たまたま』だと言ってたんだ」

 「実際そうなんだろ?元々遅刻や欠席はズル以外はイレギュラーな物なんだし、狙って出来る物じゃないだろ?まあ、うちは進学校だから、他所の学校よりかはやり易いかもしれんけど」

 「それはそうだが……じゃあ、他の生徒会長が同じように挑戦しながら出来なかったのも、たまたまか?」

 「それは違う。失敗した大多数の奴等には、“はじめから無理だった”んだよ」

 「はじめから無理だった?どういう事なんだ?美佐枝さんはみんな躍起になりすぎて反発されたからじゃないかと言っていたが……そんな、はじめから無理なんて事が有るのか?」

 仮にも先輩である歴代生徒会長達をまとめて斬って捨てた俺に、まるで自分が否定されたかのようにムキになって智代は食いついてくる。

 「それはその相模さん……」

 「相良さんだ」

 「相良さんが“やれる人”だったからで、確かに一理はあるが、あくまで成功者側の意見だな。本質的な失敗の理由は他にある」

 「それは……束縛や強要しようとしたからか?」

 「それに近いな」

 「近い……?」

 「要はな、やる前から誰かに嫌われてたら無理なんだよ」

 「ああっ!なるほど。そういう事か」

 「別にサボりとかでなくても、熱っぽいとか、軽い頭痛とか、気合で何とかなりそうだけど、出来れば休みたいなって時は誰だってある物だろ?病気や事故よりもずっと日常的にな」

 「つまり、そこで頑張って登校しようとしてくれるかどうかが、勝負の分かれ目って事だな」

 「そういう事だ。別に好きな人間が躍起になってても、協力しようと思うだけだろ?そこで反発するのは、そいつに対して前から何かしら不満があるからだ。例えば普段偉そうなのに、こういう時だけ下手に出たりとかな」

 「普段からみんなとどう接していたかが問われる訳か……」

 「相良さん?て人は、相当慕われていた……と言うか、敵が居なかったんだろうな。恐らく本人にはあまり自覚無いんだろうけど」

 「うん。そうだな……」

 そこまで言葉のキャッチボールを続けると、智代は急に押し黙って逡巡を始めた。

 こちらも無言で歩きながら、彼女の考えがまとまるのを待つ。

 正直、はじめは地味な伝説だなと思っていたが……なるほどこれは至難の業だ。

 よくもまあ、こんな無駄に大変な事をやろうと考えた物だと感心する。

 いや、実際その相良さん?は出来るかどうかなんて、考えてもいなかったんだろう。

 ただ、『やってみたら運よく出来た』くらいなもんなんだろうな……。

 男子寮の寮母か……。

 機会があったら、一度会ってみたい物だ。

 「はじめから難しい事だとは思っていたが……やはり今の私には無理そうだ……」

 あの智代が珍しく諦観を呟く。

 まあ、そうだろう。全校生徒全てから支持を集めるなんて、人間業じゃない。

 「でも、どうして他の生徒会長は、こんなに難しい事に挑戦したんだろうか?自分は全校生徒に慕われていると自信が有ったのか?」

 「別に、そこまで深く考えてなかったんだろ?ただ上辺だけ成功した人間の真似をしようとして、ボロが出て失敗しただけだ」

 「そういう物か?」

 「お前だって、失敗した人間の事までは考えてなかったろ?」

 「それは……」

 「成功した人間の真似は誰でもしようとするが、他人の失敗から何かを学ぼうとする人間は少ないからな。だから、歴代の盆暗はまったく同じ失敗を繰り返し続けて、相対的に成功者の名が上がって“伝説の生徒会長”なんて言われる様になったってトコだろうな」

 「なるほど」

 「まあ、俺ならやらないし、やらせない」

 「どうしてだ?もちろんそれがどれだけ難しい事なのかはわかったが、挑戦するくらいイイんじゃないか?」

 どうやら智代は無理だと言いながらも挑戦したいようだった。

 こいつらしいと言えばこいつらしいが、もちろん理由はある。

 「もし実際にやって、残り最後の一日って所で急病で休んだ奴が居たらどうする?」

 「どうって……それは残念だが、急病じゃ仕方無いだろ?」

 「お前はな。でも、その休んだ奴はどう思う?自分の所為で達成出来なかったんだぞ」

 「そうか!その生徒は責任を感じて、気に病んでしまうかもしれないな……」

 「それに、『あいつの所為だ』って周りから非難されるかもしれないし、逆に無理に学校に出てきて病気を悪化させる事だって有り得る。そういったデメリットもあるのに、無理にやる程の物じゃねえだろ?」

 「お前の言うとおりだな……でも、それならどうして美佐枝さんはやったんだ?」

 「その人もそこまでは考えてなかったんじゃない?あ~、いや、むしろ言い出しっぺは教師かもな」

 「先生方がやらせたって事か?」

 「ほら、清掃強化週間とかよくあるだろ?あれのノリで」

 「ああ、なるほど……先生方から提案されたのなら、やるしかないな」

 何を聞いていたのか、やる気に満ちた挑戦者の瞳でそんな事言う。

 そんなにやりたいのか……。

 半ば呆れつつもそんなところも可愛く思えてきて、ふっと鼻から笑みが漏れる。

 「やってもいいが、目標を見誤るなよ?」

 「もちろん、私の目標は忘れてない。でもな、それとは別に、美佐枝さんに会って思ったんだ。どうせなら、彼女の様な生徒会長になりたいって。ダメだろうか?」

 目をつぶり豊な胸に手を当てながら智代は想いを語ると、懇願するような瞳を向けてくる。

 なるほどな。同じことをやりたがったのは、その人への対抗意識からか。

 これもまた、こいつの天佑なのだろう。

 そんな身近に最高の手本となる人物が居て、選挙を控えたこのタイミングで出会えるとは。

 「好きにやってみろ」

 「うん。やってみる」

 何故かとても自信有り気な笑みで頷く智代を見て、改めて確信を得る。

 こいつもまた、相良さんと同じく何かをやれる人間なのだと。

 「やっぱり凄いな」

 遥か先にある頂を見上げているかのように、智代が感嘆の声をあげた。

 「ああ、相良さんは大した人みたいだな」

 「そうじゃない。いや、もちろん美佐枝さんも凄いが、今凄いと思ったのはお前に対してだ」

 「俺?」

 「美佐枝さんから直接話を聞いて、確かに色々と感じる事は多かった。でも、それはあくまで感覚的な物で、漠然としていてはっきりと形が見えてはいなかった。私と美佐枝さんに差が有る事はわかっても、それがどれだけの物なのかまではわかっていなかった。それは深い霧のたちこめる山の中で、どちらにあるのかも分からない頂を目指す様な物だ」

 そこまで言って、智代はクルリと俺の前に回りこんだかと思うと俺の両手を掴み、真っ直ぐ俺をみつめて続ける。

 「でも、お前と話して意見を聞けた事で、それが晴れた気がする。オーキはやっぱり凄いな。いつだって私に、歩むべき道を指し示してくれる。今の私にとって、美佐枝さんは遥か先に見える頂の様な物だ。でも、目指すべき場所が見えたなら、必ず辿り着ける。いや、必ず辿り着いてみせる!だから……だからなオーキ……これからも、私の……」

 言いよどんだ智代の唇が振るえていた。

 どうする?

 どうする?

 どうする?

 その先の言葉を予感して返答を考えようとしたが、頭がうまく回らない。

 だが、

 「……何かあった時は、また相談させてくれ」

 智代は一度うるんだ瞳を閉じて昂ぶった感情を飲み込むと、下手な作り笑いでそう言った。

 思わず抱きしめたい衝動にかられ、唇を噛んでそれに耐える。

 折角智代が言わずにいてくれたのに、俺が流される訳にはいかないんだ。

 「ああ」

 「あっ、もちろんお前の悩みも聞いてやるからな。遠慮しないでいつでも言ってくれ」

 「そうだな」

 俺は路傍の道標。

 一時お前が迷わないように先を示すだけの存在だ。

 だから、あまり俺に構わず、己の道を行け。

 二人が共に歩める道は、今の俺にもわからないから……。

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