表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/159

第二章 4月23日 浪漫非行

 俺等の子供の頃にも“ガンダム”はあった


 といってもそれはパロディー色の強い“SD”で


 話もわかり易い子供向けの物だった


 あんな物ガンダムじゃねえ!!


 そう言った秋生さんが開いた劇場版ファーストの上映会


 しかし子供達には「画が汚くて古い」と不評で


 それを聞いた秋生さんは当然ブチ切れ


 続きをみせてくれる事はなかった




 それから数年経って


 新しいガンダムシリーズがTVで始まった


 特にGは後半面白くなって


 仲間内でも結構評判が良かった


 ある雨の土曜日


 少年サッカーの練習も休みとなり暇をもて余していた俺は


 古河パンに行って「ガンダムがみたい」と言った


 みんなはつまらないと言ってたが


 俺はずっと続きが気になってた


 確かに古くさかったが


 “シャア”はカッコいいと思ってた


 秋生さんは喜んで部屋に通してくれた


 前みんなでみた時は居間だったから


 初めての秋生さんの部屋だった


 開けた瞬間タバコくさくて


 棚には沢山のプラモデルが並べられていた


 そしてビデオを用意してくれると


 秋生さんは店番に戻っていった


 タバコくさい部屋に一人取り残され


 リモコンを操作してガンダムをみはじめる


 部屋を見渡すと無数のガンプラと漫画本


 物珍しいものばかりだった


 正直ガンダムよかそっちが気になって


 アッキーの部屋なんだからあさっちゃダメだと自分に言い聞かせ


 下手に触っちゃダメと伸ばした手を引っ込め


 元に戻せば平気だろうと思った所で


 カチャリとドアが開いた


 ビクッとなって慌てて元の位置に座る


 「オーちゃん、こんにちは」


 渚ちゃんだった


 「こ、こんにちは」


 「私も一緒にみてもいいですか?」


 「えっ?……うん」


 頷くと渚ちゃんはニコニコしながらやってきて


 わざわざ俺の隣に座った


 姿勢ただしく正座だった


 滅茶苦茶真剣にみていた

 

 こっちは緊張して気まずくて


 汗だくになりながらTVの画面に集中するしかなかった 


   


 秋生さんに揺り動かされて気がつく


 どうやらいつの間にか寝てしまってたらしい


 画面をみるととうに消されていて


 キュルキュルとビデオが巻き戻される音だけがなっていた


 秋生さんは当然不機嫌で


 クドクドとなじられたが


 晩飯に誘ってくれた


 恐縮して一度は断ったが


 「困ったわ。オーキ君の分も作ってしまいました」


 と早苗さんに困った顔をされては


 断れるはずも無かった


 しかし食卓について気がついた


 早苗さんの料理?


 血の気が引いていく


 やばいんじゃないか?


 早苗パンには慣れてはきたが


 笑顔で食いきる自信はまったくない


 それでも今更逃げる訳にもいかず

 

 決死の覚悟で「いただきます」をして


 震える手でおかずをつまみ口にいれ


 失礼に思われないようかんだふりをしながらご飯をかきこんだ


 んん?


 まずく……ない……?


 てかむしろ……


 一度飲みこんで今度はおかずだけを口に入れる


 驚きだった


 うまいじゃん


 あれ?早苗さんが作ったんだよな……?

  

 秋生さん店番だったんだよな……?


 え!?なんで!?


 「オーキ君、おいしいですか?」


 「は、はい」


 軽くパニックになりながらも素直に頷く


 嬉しそうに微笑む早苗さんの視線が照れくさくて


 食う事に夢中になってるふりをした


 

 

 食べ終わると早苗さんから風呂を勧められた


 寝汗が凄いからと


 当然帰って入ると断った


 しかし風邪をひいてしまうといけないからと目をうるうるさせて言われ


 思わず頷いてしまった


 「じゃあ、私も一緒に入りますね」


 「え……ええっ!?」


 「ぬあにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!?」


 物凄い形相で秋生さんが立ち上がり


 「てんめえぇ……俺の早苗と一緒に風呂に入るだあっ!?」


 大の大人が小学生の胸倉を掴んで脅迫してきた!


 「は、入らない!入りませんよ!!」


 「でも、オーキ君はまだ小さいですから……」


 「小せえデケエの問題じゃねえ!!小さくたって硬くはなるだろうが!!」


 何の話だ!


 「じゃあ、お父さんがオーちゃんと一緒に入ればいいと思います。わたしはお母さんと入ります」


 「それもいいですね」


 「な、何を言ってる渚!?風呂はいつも父さんと一緒に入ると決めてるじゃねえか!!」


 まるで世界の終りの様な取り乱し方だった


 「渚ももう小学四年生ですから、丁度良いかもしれませんね」


 「いい訳ねえだろ!渚、お前からも言ってやれ!『わたしお父さんと一緒がいいですぅ。一生お父さんと一緒にお風呂はいりますぅ』て」


 「でも、そうするとオーちゃんとわたしとお父さんの三人で一緒に入る事になります。それはちょっと恥ずかしいです」


 「渚と一緒に風呂だとぉ!?てめえ、まだ渚の事を狙ってやがったのか!!」


 「狙ってない!てか、一人で……入れる」

 

 「ん?そうか」


 ようやく開放されて軽く咳き込む


 「大丈夫ですか?やっぱり私と入った方が……」


 「いや、平気です!幼稚園の頃からほとんど一人で入ってますから!」

 

 首を絞められる前に速攻で答えた


 しかし俺の言葉を聞いて渚さんは目を丸くする


 「幼稚園の頃からですかっ?オーちゃんとっても偉いですっ。わたしなんか二つもお姉さんなのに恥ずかしいです……」


 「き、気にすんな渚!他所は他所!家は家って言うじゃねえか!」


 「それちょっと違うと思います……クラスの女の子達も、ほとんど一人かお母さんや姉妹と一緒で、お父さんとは入らないって言ってました……」


 「な、なんだとぉ!?そんな馬鹿な事があってたまるか!娘と一緒に風呂に入るのは、父親のロマンだろうが!!」


 秋生さんは膝をつき頭を抱えて天を仰いでいた。


 渚ちゃんが心底可哀相に思えた


 「あの……やっぱり悪いんで帰ります」


 「そうですか?じゃあ、気をつけて帰って下さいね」


 秋生さんが落ち込んでる間にと


 俺はそそくさと古河家を後にした



 

 

 

 4月23日(水)


 今日もバイトは休みを貰っていたので、起きて軽く汗をながした後直接古河パンに向かう。

 「ちぃっス」

 「おう。来たか……」

 店に入ると、秋生さんは腕組みしながら神妙な面持ちで俺を待っていた様だった。

 何だ?

 また渚さんに何かあったのか?

 「おーい、渚!オーキの奴が来たぞ!」

 そう思っていると、秋生さんは振り返って大声で渚さんを呼んだ。

 ややあって、「はーい」と返事をしながらパジャマ姿の渚さんが現れる。

 「おはようございます、オーちゃん」

 「おはようございます」

 「オーちゃんは昔から早起きさんですね。わたしは今さっき起きた所で、寝癖を直すだけで手一杯で着替えられませんでした」

 「ああ、いや……」

 物凄いのが2本出てますよと言いたくなったが、多分それは遺伝なのでやめておく。

 しかし、わざわざこんな時間に俺に会いに来るなんて何の用件だろう?

 まさか、昨日仁科に会いに来た事も関係有るのか?

 「えっと……オーちゃんにお話したい事があります」

 シリアスな話を予想していたのだが、渚さんは恥ずかしそうにもじもじしていた。

 少し顔も赤い。

 何だろう?

 これじゃまるで……。

 「渚、みなまで言うな」

 と、そこで秋生さんが口を挟む。

 「えっ?」

 「お前の気持ちなら、わざわざ口に出さずとも俺には伝わってる。『お父さん大好きですぅ。オーキや岡崎より100倍カッコイイですぅ』だろ?」

 「違いますっ」

 「違うのかぁ!?」

 話の腰を折った挙句自爆していた。

 でも、今岡崎つったな……秋生さんが知ってるって事は、前渚さんが連れて来た男って、やっぱ岡崎さんなのか?

 「あ、でも、お父さんの事は大好きです」

 「だろ?娘よ、俺も大好きだぜ!」

 すぐに立ち直ってグッと親指を立ててみせる親父。

 幸せな人だなぁ……。

 「けど、今オーちゃんに訊きたいのはそういう事じゃないです」

 「えっと、なんでしょ?」

 「その……オーちゃん、演劇に興味はありませんか?」

 演劇?

 ああ、そういえばと昨日見たポスターの事を思い出す。

 「ん~、それなりにありますよ」

 「本当ですかっ?」

 無難な答えを返すと、渚さんは破顔して少し詰め寄ってきた。

 「じゃ、じゃあ、演劇部に入ってくれませんかっ?」

 「それはちょっと……」

 やはりそう来たかと、苦笑しながらやんわりと断る。

 「そうですか……とても残念です……」

 消沈してしゅんとなる渚さん。

 ぬか喜びさせちゃったかと心が痛んだが、人前で芝居なんて死んでも御免だ。

 「昨日一緒だった人達は、部員なんですか?岡崎さんとか」

 「岡崎さんや杏ちゃん達は部員集めを手伝ってくれてるだけで、部員じゃないです」

 「そうなんですか……じゃあ、部員は……?」

 「今の所わたしだけです」

 あれだけ居てみんな手伝いって……。

 う~ん、そういう事なら……。

 「なら、もし頭数が足りないようなら、名前だけでも貸しましょうか?幽霊部員て事で」

 「出来ればそういうズルはしたくないです……仁科さんは頑張ってちゃんと部員を集めてましたし……」

 「そうですね……」

 その言い分はとても渚さんらしいなと思いつつも、それが少し切なかった。

 「わかりました。それじゃあ、わたしは戻りますね。お時間とらせてしまって申し訳無いです」

 「ああ、いや……力になれなくてすみません」

 「そんな事ないです。オーちゃんは真面目に答えてくれましたし、名前だけならとも言ってくれました。とても嬉しかったです。ありがとうございます」

 「あっ、いえいえ、すみません」

 深々と頭を下げられ、こちらも何となくまた謝ってしまう。

 俺と彼女はいつもこんな感じだ。

 「それじゃあ、またですオーちゃん」

 「はい。また」

 もう一度ペコリと礼儀正しく会釈して、渚さんは奥に戻っていった。

 途中から無口になった秋生さんは、複雑な表情でその背を見送っている。

 それで秋生さんが、渚さんが部活をやる事をけして手放しでは喜んでいないのだと感じた。

 そしてそれは俺も同じだ。

 出来るだけ彼女の望みを叶えてあげたいと思う反面、やはり身体の事を心配してしまう。

 「じゃあ、これで」

 「ああ」

 淡々と会計を済ませ、俺達は言葉少な気に別れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ