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第二章 4月22日 負けられない理由

 すっかり葉桜になってしまったな……。

 学校へと続く坂の途中、私は今日も感慨で足を止めてしまう。

 これは、弟や家族で見た思い出の桜ではないけれど、代わりに守ると決めた桜だ。

 そして……あいつとの誓いの桜だ。

 あの日の誓いを、私だけでも守り抜いてみせる。

 『言葉より、行動で示すのが一番』

 みのりや宮沢にそう励まされ、私は改めて決意した。

 軽率な行動で招いた失態は、やはり行動で挽回する他無いだろう。

 そうすれば、あいつもきっと……。

 今はそう信じる他無かった。

 そう言えば、あいつは大丈夫なのだろうか?

 昨日のニュースでは、病院のベッドでインタビューを受ける青年の姿が度々放映されていた。

 大規模な地滑り事故から女の子を救助した、勇敢な青年として。

 本人の希望により、顔には目元にモザイクがかけられ、声も変えられていた。

 でも、鷹文も言っていた様に、あれはあいつだ。

 電話をしてみたがつながらなかったので確認出来てはいないが、私はそう確信している。

 あんな事をする人間、出来る人間は、私の知る限りあいつだけだ。

 『これは不慮の天災では無く、起こるべくして起きた人災です』

 インタビューでそんな事を答えるのも、実にあいつらしい。

 何より、昨日あいつは学校を休んでいた。

 状況的証拠からも、あいつしか居ない様に思える。

 鷹文はメールで直接本人に訊いてくれると言ってはいたが、私も自分で調べてみるつもりだ。

 こういう事は、やはりみのりが一番詳しいだろうか?

 「智代っ」

 「ん……」

 不意に名前を呼ばれてそちらを向き視線を少し上げると、そこには見知った顔があった。

 岡崎じゃないか……今日はちゃんと遅刻せず登校して来たんだな。

 感心感心。

 それでこそ、昨日迎えに行ってやった甲斐があったと言う物だ。 

 「岡崎か。おはよう」

 「頼みがあるんだ。ぜひとも、おまえの力を借りたい」

 何だこいつは?会った早々藪から棒に?

 まあ、それは何時もの事か。

 そして、こいつの方から話しかけてくる時は、大抵ろくでもないあの男絡みだったな。

 周囲を見渡したが、隠れているのかあいつの姿は見当たらない。

 「またあいつが、良からぬことを考えているんじゃないのか?」

 「違う。あの馬鹿は関係ない」

 「本当か?」

 「ああ」

 「おまえの頼みなのか?」

 「ああ、俺の頼みだ」

 「そうか……仕方のない奴だな。おまえの頼みだったら、聞いてやらないこともない。言ってみろ」

 「生徒会を変えてくれ」

 朝からあの不愉快な黄色い頭を見ずに済んだ事に、内心ほっとして気をよくした私だったが、この男が言う事はやはり突拍子も無かった。

 「よくわからないな……まだ私は、生徒会の人間じゃない。目指しているだけだ。そんな私に何をしろと言うんだ?」

 「じゃ、まず、入ってくれ。今直ぐにだ」

 「おまえは……」

 あまりに無茶な言い分に、怒るよりあきれてしまう。

 生徒会に入る順序を知らないのか?

 私は岡崎に大まかな順序と日程を説明してやった。

 「そうか……結構待たないといけないんだな……」

 「後ひとつ付け加えてやろう。私が当選するとは限らない」

 落胆している所に悪いが、私は一番肝心な事をはっきりと告げた。

 もちろん、初めからダメだなんて思ってはいない。

 ただ、厳しい戦いになる事は確かだ。

 軽々しく約束出来る事では無いだろう。

 「いや、おまえなら当選するって」

 しかし岡崎は、事も無げにそう言った。

 「根拠でもあるのか?」

 「ない」

 「だろ」

 なんだ……何となくで言っただけか。

 「でも、当選して生徒会入りしたら、変えられるんだろ?」

 「そんなの事による。何を変えろと言うんだ?」

 「この時期の部員募集を認めて欲しいんだよ」

 「なんだ、部活を作るのか?」

 「作るんじゃない。再建だよ、演劇部。昔あったんだ、この学校に」

 「……演劇部?」

 なんだ?役者にでもなりたいのか?

 改めて岡崎の全身を値踏みしてみる。

 「まあ、おまえは背も高いし、それなりに男前だからな……舞台映えはするかもしれないな。うん……とてもいいことだと思う。是非支援しよう」

 どんな目的にせよ、それに向かって努力する事は大切だからな。

 「いや、俺じゃない」

 「え?違うのか?じゃ、誰なんだ?」

 「あいつ」

 振り返った岡崎が指差した方向に立っていたのは、意外な事に私にも面識のある女生徒だった。

 「古河、来いよ」

 「はい」

 岡崎に呼ばれて駆け寄って来るなり、その人は私に向かって深々と頭を下げる。

 「おはようございます。坂上さん」

 「ああ、おはよう……ございます。古河さん」

 「って、知り合いかよ!」

 岡崎がつっこんでいたが、それはこちらの台詞だ。

 「はい。坂上さんとは先週お会いしました」

 「いや、知り合いだったんなら、最初から話に加わればいいだろ?」

 「でも、岡崎さんに、『ここで待ってろ』と言われたので……」

 岡崎は複雑な表情でうろたえていた。

 相変わらず可愛らしい人だ。

 「何だ。古河さんは岡崎とも知り合いなのか?あっ、いや、お知り合いなんですか?」

 「はい。岡崎さんにはとてもお世話になってます」

 「そうか……」

 岡崎にもそういう人が居たのか……。

 そしてそれが古河さんだったなんて、人の縁とは妙な物だな……って、しまった!

 「じゃなくて、そうですか」

 「……おまえさっきから変だぞ?」

 岡崎が訝しな視線を向けてくる。

 迂闊だった……やはり同年代の人を相手にすると、気を抜くと敬語が出てこない。

 「坂上さん、普通に喋ってもらっていいですよ。私は別に気にしてません」

 「いや、そういう訳には……いかないんです。先輩には敬語を使えと言われているから……」

 「はぁ?俺等にはモロにタメ口じゃんか」

 「無理を言うな。おまえ達の一体何を敬えと言うんだ?」

 「くっ、反論出来ねえが、あの馬鹿と一緒なのが屈辱だ」

 抗議に白眼で返してやると、岡崎が本当に悔しそうに呻く。

 まあ、でも、こいつも悪いヤツではないからな。

 「ふむ、確かに春原と一緒は可哀想か。私が柔道部に勧誘されていた時も助けてもらったしな……よし!じゃあこれからは、名前だけ『岡崎さん』と呼んでやろう」

 「名前だけさん付けかよ!いいよ、岡崎で……落ち着かねえから」

 「あの、それなら私も岡崎とお呼びした方が良いですか?」

 「ああ。呼び捨てにしてくれ。おまえの方が年上だしな」

 「えっと……じゃあ……岡崎!」

 古河さんは恥ずかしそうに少しもじもじした後、意を決し多た様に目をつぶって拳を握り、力一杯岡崎の名を叫んだ。

 何事かと、周囲の生徒達の目が一斉にこちらに向けられる。

 「あの……やっぱり、悪い気がします……」

 「ああっ、もう、さん付けでいいから!普通に呼んでくれ」

 慌てて岡崎の泣きが入る。

 ふふっ、あの岡崎が形無しか。

 「古河さん……岡崎と居て、楽しい……ですか?」

 「え?」

 少々唐突な質問だったか、古河さんは私の問いにきょとんとする。

 でも、私の答えは既に出ていたから、これはあくまで確認に過ぎない。

 「楽しいですか、と訊いたんです」

 「ええ……はいっ。それは、もちろんですっ。毎日、楽しい事ばかりですっ」

 「そうか……なら、頑張りましょう」

 「え?」

 「私は生徒会を目指す。貴女は、演劇部の再建を目指す。お互いの目標に向けて、邁進しましょう。それでいいですか?」

 「坂上さんは、生徒会を目指していらっしゃるんですね。是非とも、頑張ってくださいっ。わたしも、がんばりますからっ」

 「うん……やはり貴女は、いい人だ」

 「そんなことないですっ……坂上さんのほうが立派です」

 「いや……あいつが、オーキが貴女を実の姉の様に慕っているのも、わかる気がします」

 「ええっ!?オーちゃんがですか?こんな頼りないわたしなんかを、本当のお姉さんだと思ってくれてるなんて……とっても感激でずっ」

 古河さんは本当に感激しているらしく、顔を真っ赤にしながら少し涙ぐんでいた。

 本当に何にでも一生懸命な人だ。

 「さ、坂上さんも、とっても綺麗ですし、生徒会なんて、すごいところを目指してるんですから……オーちゃんととってもお似合いだと思いますっ」

 「そうだろうか……?」

 「もちろんですっ」

 「……うん。ありがとう。お互い頑張りましょう」

 「はいっ」

 「じゃあ」

 あいつとお似合いか……。

 そう言われた嬉しさと、現状への虚しさをおぼえて、私は二人と別れた。

 いや……あいつとも、きっとやりなおせる。

 そしてまた、あの二人の様に、楽しい日々に戻るんだ。

 今はそう信じて全力を尽くす。

 古河さんは子供の頃から病弱で、学校も休みがちだとあいつから聞いている。

 そんな彼女が、部活を再建しようと頑張っているんだ。

 そしてそれを後押し出来るのは、私だけかもしれない。

 「また一つ、負けられない理由が出来たな」

 見上げた葉桜に、笑顔で呟いた。


 


 「古河さん!」

 「坂上さん?どうかしたんですかっ?」

 一度校門の前まで行った私は、ある事に気付いて来た道を走って戻った。

 「オーキの事、何か知りませんか?」

 あいつと親しい彼女なら、何か知っているかもしれないと思ったんだ。

 「オーちゃんの事ですか……?えっと、ガンダムが好きです。昔はよく、うちのお父さんとガンダムごっこしてました」

 「……ガンダム?」

 訳がわからなかった。

 「……いや、そういう事ではなく、オーキが学校を休んでいる理由を知りたいんです」

 「え?オーちゃん、お休みしてるんですか?」

 しかし、残念ながら問いには問いが返ってきた。

 「そうか……古河さんも知らないのか……ですか……」

 「ごめんなさいです。わたしは何も聞いてないです」

 「いや、謝らないで下さい。わかりました。それじゃあ」

 「家に帰ったら、家のお父さんやお母さんに訊いてみますっ」

 「ありがとう」

 恐縮する彼女に何か悪い気がして、彼女の好意に手を振って答えながら、私は足早にその場を後にした。

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