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第二章 4月18日ファイターズ・ヒステリー

 ボロボロの学ランに鉢巻、腹にはさらしを巻き足には下駄……このいかにも昭和のコテコテ番長ルックな男の名は『溝口誠次みぞぐちせいじ』数年前にふらりとこの町に現れ、当時名の通っていた男達を次々と倒し名を上げたが、宮沢和人との壮絶な死闘の末に意気投合し、そのままこの町に居ついた宮沢グループの重鎮の一人だ。

 対峙しただけで今までの相手とは格が違うとわかる圧倒的な威圧感。

 学ランを脱ぎ捨て露わになった筋骨隆々の体躯からは、オーラの様な物すら立ち昇っている。

 こんなに早くラスボス級のこいつが出てくるとはな……。

 俺のたくらみに気付いたか、それとも仲間の不甲斐無さに痺れを切らしたか。

 どちらにしろ、やはり一筋縄ではいかない連中の様だ。

 こっから先は相手も本気で来る。文字通りの死闘となるだろう。

 「ほな……いくでぇ!!」

 自らの掛け声を合図に溝口が闘牛さながらに猛然と突進してくる。

 そして一気に間合いを詰めてきたかと思うと、腰の辺りに構えていた豪腕を振り上げて来た。

 「虎流砕!!」

 ボッ!!と拳圧が大気を貫く音が鳴った。

 突進から大砲の如き右のアッパー。

 辛うじて上体を反らしてかわせたが、下手にガードしていたらガードごと吹っ飛んでいただろう。

 「うらぁ!!」

 突き上げた拳をそのまま横薙ぎの裏拳の様にして払って来たので、後退してそれをかわす。

 だが、それも溝口の手の内だった。

 「チェスト!」

 距離が空いたと見るや、すかさず強烈な右の蹴りを放ってくる。

 ブロック越しに衝撃が身体を突きぬけ、身体がふわりと宙に浮く。

 流石に重い……!

 智代の蹴りが日本刀のそれなら、こいつの蹴りはまるで鎧の上から敵を粉砕する鉄槌だ。

 これが重量級の蹴りと言うやつか。

 しかも、溝口の攻撃はそれでは終わらない。

 「チェスト!チェスト!チェスト!」

 右足を下ろした反動を利用して続けざまに左の蹴り、更にその反動で再び右と、振り子の様に左右交互に連続で蹴りを放ってくる。

 「チェストォォォォォォ!!」

 五連撃目の一際強烈な一撃に、俺は踏鞴を踏みながら後退して距離をとった。

 すると、溝口はいきなりその場で腰を落として片膝をつき、腹の前で“何か”を溜める様なモーションに入る。

 「終いじゃ!!ごぉっっっっっっつい……」

 な、何だ!?この距離で何を……!?

 奴の次の挙動が読めず面食らう。

 いや正しくは、溝口の動作から連想した物によって、余計に迷いが生じたと言うべきか。

 そう、“かめ〇め波”や“波〇拳”……まさか、本当に“氣”を撃てるとでも言うのか!?

 「タイガーバズーカじゃぁぁぁっ!!」

 「!!」

 雄叫びと共に溝口は、溜めていた何かを放出するかの様に左手を突き出す。

 俺は思わず反射的に両腕で顔をガードした。

 だが…………訪れたのはただの静寂。

 溝口は左手を突き出したモーションのまま動かず、氣はおろか別段何か起きた様子も無い。

 ただのフェイントかよ!

 そう思いガードを下げたその時だった。

 「もろたでぇ!!下駄時雨!!」

 バチンと網膜に火花が散った。

 溝口がその場で蹴りを放ったかと思うと、飛来してきた物体が俺の顔面を直撃したのだ。

 しまった……まさか下駄……か!?

 焼ける様な痛みに思わず被弾した所を押さえると、ドロリとした物が手についた。

 運よく眼球はそれたが、今ので左眉の辺りが切れたらしい。

 「亀がようやく顔を出しよったなぁ!今度こそホンマに終いじゃ!通天砕ぃ!!」

 バキッ!!

 俺の身体は鮮血を撒き散らしながら宙を舞い、ズザァァァと砂利の上に仰向けに転がった。

 地面をかすめる程の超低空から突き上げる様に放たれたジャンピングアッパー。

 それは咄嗟のガードおもぶち破り、俺の身体を数メートル後方に吹き飛ばしたのだった。

 強ぇ……!

 倒れたまま、ゆっくりと痺れの残る顎をかみ締め、舌で口の中の状況を確かめる。

 幸い歯はガタついていない。切れたりもしていない様だ。

 だが、ガードした瞬間、踏ん張らず半ば自分から飛んでこの威力。

 まともに食らっていれば、どうなっていた事か……。

 それよりも、問題は左目か。

 攻撃を食らってから今までつぶったままなので血は入ってはいないが、血が止まるまでは開ける事が出来ない。

 その血も興奮している今は、直ぐには止まらないだろう。

 当然、止血するからタイムとかも無理だよな……。

 そうなると、当分片目で、半分の視界で戦う事になる。

 どう見ても『相手の弱点は狙わない』なんてうそぶく紳士には見えないし、むしろ容赦なく狙って来るだろう。

 きついな……。

 溝口はマジで強い。

 爆発的な攻撃力に加え、あれだけの巨体と重量だ。生半可な打撃ではまず倒れないし、あの太い手足では関節も取り辛い。こちらの虚を突く狡猾さも持ち合わせている。

 そして奴の後には、まだ半分以上敵が残っているのだ。

 まったく……あまりの劣勢に笑えてくる。

 ふと、見えている右目が、眼前の空に瞬く淡い光を捉えた。

 明日の荒れ模様を予感させる漆黒の雲間から、僅かに覗く星々。

 闇の光明……か。

 瞳を閉じる。

 黙想……。

 



 劣勢か……。

 そんな物、俺にとって珍しい事でも何でも無いだろ?

 ガキの頃から、ずっとそうだった。

 てか、こっちが有利だった事なんざ、一度だってねえし。

 どうしようも無い程の圧倒的な戦力差。

 覆す事の出来ない絶望的な状況。

 初めから勝ち目の無い戦い。

 そもそも勝つ事が許されてすらいない事もあった。

 勝ち目があるだけマシってもんだろ。

 サッカーと比べたら、喧嘩なんて簡単な物だ。

 取られた点を取り返す必要も無い。

 敵を潰せばそれだけ戦力を削れるし、反則を取られる事も無い。

 難しい技術なんて必要無い。

 才能なんて関係無い。

 要は……ただ最後まで立っていさえすればいいんだ。

 楽勝じゃねえか。

 思い浮かべるのは“あの日”の光景。

 蛍の様に漂う無数の光球。

 その一つに右手を伸ばす。

 そして天に輝く淡い光を、この手に掴んだ。




 「喧嘩十段、どんなもんじゃあ!」

 「おお、やりやがった!」

 「さすが溝口さん!!相変わらず豪快だぜ!!」

 右手を突き上げ勝鬨をあげる溝口に、仲間達も沸き立つ。

 だが、唐突にその声がピタリとやんで、男達は息を呑む。

 まあ、無理も無い。

 立ち上がった俺の姿は、額の傷から流れる血で左目は塞がり、Tシャツも赤黒く染まっている。

 普通なら、とても闘える状態では無いだろう。

 「ほう、立ちよったか……根性だけは有る様じゃのう……!」

 余裕の表れか、はたまた久々に骨の有る敵を得た喜びか、立ち上がった俺を見て溝口は不敵に笑いながら感心してみせる。

 さすがにこいつは流血くらいじゃ動揺してはくれない様だ。

 「さあ……第二ラウンドといこうか」

 「ええじゃろう。その根性に免じて、一思いに引導を渡したらぁ!!」

 溝口が先に動く。

 それに対し、俺がとった行動は……まだ近くに落ちていた溝口の下駄を素早く拾って距離を取る事だった。

 「むう!?」

 下駄を右手に持って構えた俺を警戒してか、溝口の突進が一瞬止まった。

 下駄とは言え、先程俺の額を割った様に十分凶器に成り得る。

 だがしかし、あくまで攻撃に拘ってか、溝口は再び加速して来た。

 「!!」

 そして溝口の間合いに入った瞬間、奴の巨体が突如視界から消えた。

 「チェスト!」

 「ぐうっ!!」

 一足飛びに俺の左方の死角に入った溝口の蹴りが、俺の背中にクリーンヒットする。

 奴が止まらなかった理由がこれか。

 そして当然、溝口の攻撃はこれでは終わらない。

 「チェスト!チェスト!チェスト!チェストォォォ!!」

 途切れる事無く怒涛の連続蹴りが俺を襲う。

 しかし、死角をつかれる事はある程度予想していた事もあり、背中から突き抜ける衝撃に耐えながらも何とか身を捻って、右目で辛うじて見える腰の動きから蹴りの軌道を予測して後続を防いだ。

 「な、何やエライ器用なやっちゃのう!?」

 左からの攻撃まで防ぎきった事で、初めて溝口が驚きの表情を見せる。

 人が長い修練の果てに会得した物を、器用さや勘で防いだみたいに思われるのは心外だ。

 などとちょっとムッとしていると、

 「せいっ!!」

 「!!」

 一瞬の隙をつかれ、左手で右手の下駄を払われてしまった。

 その刹那、再び溝口の姿が掻き消える。

 「虎流砕!!」

 「ぐっ!!」

 左目の死角から放たれた低空アッパーを左脇腹に受け、身体をくの字にしながら踏鞴を踏む。

 右手を払って注意を右に向けての、死角の左からの攻撃。

 巧いな……喧嘩十段は伊達じゃねえようだ。

 「逝っとけやぁぁぁ!」

 ゾクリと全身に悪寒が走る。

 よろけている俺の懐に入りこみ、しゃがみこむ巨体。

 この構えは……さっきの超強力なジャンピングアッパーか!

 終わった。

 この闘いを見ていた誰もがそう思っただろう。

 だが、まさにその一瞬にこそ、俺は勝機を見出す。

 「通・天・さっひげっ!?」

 右手を突き上げたポーズのまま、溝口の巨体がもんどりうって砂利の上に倒れた。

 難しい事は何もしていない。

 ただ飛び上がろうとした所に、膝を合わせてやっただけだ。

 一撃目を食らった時に、足元でしゃがんでくれるので頭を蹴り易いと最初から狙っていた。

 圧倒的に攻め続け勝利を確信して決めに来た所に、思いもよらぬ反撃。

 ここまで完璧なカウンターだ。さすがの溝口であっても今のは効いたハズ。

 と言っても、これで終わるとは俺も思ってはいない。

 距離をとって額の傷と目元の血を右手で拭い、肩でしていた息を息吹で整える。

 「くう……超必殺技の出がかりは、無敵なんを知らんのか?」

 額を押さえて頭を振り、訳のわからない事をぼやきながら巨体がむくりと起き上がる。

 押さえた手の下から、赤い筋が垂れていた。

 どうやら奴も額が割れたらしい。

 しかし傷は中央付近で、俺の様に視界は潰れていない様だ。

 「今のは効いたわ……じゃが、所詮ただのラッキーパンチじゃい!」

 パンパンと両手で自分の頬をはたいて気合を入れると、溝口は再び向かってくる。

 あくまで自分のスタイルを貫き攻めの姿勢を崩さない。

 その一貫したブレ無い姿は敵ながら天晴れだ。

 だが……俺とて伊達に守っていた訳では無い。

 「チェスト!ッ!?」

 左の死角に回っての攻撃を、同時に俺も一歩左足を引いて正面で捉え完全にブロックする。

 一瞬驚きの表情を見せた溝口だったが、やはり構わず連撃を繰り出してきた。

 まあ、そうだろう。

 こいつの連撃は自分でも止められないのだから。

 「チェスト!チェスト!チェスト!チェスッ!?」

 連続蹴りの4発を防ぎ、最後の一撃をブロックすると同時に相手の軸足にローキックを見舞う。

 たまらず左足を引きずりながらケンケンで後退する溝口。

 息もつかせぬ連撃の要諦とは、“リズム”である。

 自分の攻撃の反動を利用するからこそ、素早く次の攻撃が出せるのだ。

 逆を言えば、そのテンポは常に一定であり、それが崩れると続かなくなる。

 溝口の連撃は確かに一撃一撃が重く疾い。

 だが、その分犠牲にしている物が在る。

 精度だ。

 恐らく一撃目の後はほぼ反射的に出している為、例えば相手のブロックを見て上下に蹴り分ける様な融通が利かない。

 それは俺の左目が見えないにも係わらず、二撃目以降の蹴りのパターンが一度目とほぼ同じだった事や、俺が右手に持っていた下駄を連撃中に狙えなかった事からも明らかだ。

 後から下駄を払って次の技への布石にしてきたが、攻撃が当たったのは偶然であり、連撃中に狙えるのなら、そちらの方がより確実のはず。

 「悪いが……聖闘士セイントに一度見た技は通用しない」

 「な、なんやてえ!?ワ、ワレはあの伝説のセイントなんか!?……って、んなアホな!!星座はなんじゃい!?」

 「六分儀座」

 「そんなけったいな星座、知らんわボケェ!!エエ加減にせい!!」

 芸人魂を刺激されたか、つっこみを入れるべく向かってくる溝口。

 いや、マイナーだが本当に存在するんだが……。

 ちなみにラテン名は小中学生男子が喜びそうだったりする。

 そう思いながら俺は……再び落ちている溝口の下駄に手を伸ばす。

 「それはワシの下駄じゃあ!!ッう!?」

 俺に下駄を奪わせまいと溝口の左足から放たれた下駄は、しかし直ぐに失速して地に転がった。

 さっきのローキックのダメージで左足に痛みが走ったのだろう。

 その隙にまんまと俺が下駄を拾い上げると、ついに溝口はその場に立ち止まった。

 それは、溝口の攻勢が終わった事を意味している。

 さあ、こっからは……ずっと俺のターンだ!

 「な、何さらすんじゃボケェ!!」

 溝口が血相を変えて怒鳴り声をあげる。

 俺が拾った下駄を、いきなり川に投げ捨てたからだ。

 しかし溝口は怒っていても動けない。

 折角の武器になる物を自ら手放す。

 俺のその不可解な行動に、疑念を抱いたからだ。

 そして俺はそこに漬け込むべく、握った右腕を顔の前に構え念じる様に唱える。

 「俺の右手が光って唸る……勝利を掴めと轟き叫ぶ!」

 「な、なんやと!?」

 「必殺!!シャァァァイニング……!!」

 そして右手を握ったまま俺は突進を開始する。

 俺の行動が読めない溝口はやや腰を落とし、腕を顔の前に構え防御体勢をとったまま動けない。

 もらった!

 俺は今までの借りを返すべく、渾身の一撃を放つ。

 「フィンガァァァァァァァァァ!!」

 「ンガ!!?」

 渾身の……右手を囮にしての金的蹴りが決まった!

 「フィ、フィンガーちゃうやんけぇぇぇ!!」

 だが、浅い。

 咄嗟に内股になって蹴りの威力を半減されたのだ。

 さすがに喧嘩慣れしてやがる。

 しかし、俺の本当の狙いはここからだ。

 「ダークネス・フィンガー!!」

 「ぶっ!!」

 たまらず前かがみになって両手で股間を押さえる溝口の鼻っ面に、すかさず右の掌底をブチ込みそのままアイアンクローの様に顔面を掴んで締め上げる。

 「クソがぁ!!」

 俺の手を払おうと、溝口が裏拳を振り回してきたので、俺も直ぐに手を離して後ろに飛び退く。

 だが、

 「何じゃこりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 俺が手を離した後も溝口は目元を押さえ続け、苦悶の声をあげた。

 「め、目が……目が見えん!!何をしおったワレェ!?」

 「言ったろ?ダークネスフィンガーだと。これが暗黒のフォースの力だ!」

 「あ、暗黒のフォースじゃとぉ!?」

 まあ、本当は右手についていた俺の血を、親指と人差し指で両目に塗りつけてやっただけだが。

 視界を急に失い、冷静さ欠いた今の溝口には、それに気付く余裕は無い。

 「チェストォ!!」

 「グフッ!!」

 縮こまって体の面積を小さくする事で少しでも身を守ろうとする溝口に対し、そのガードの隙間を狙って突き上げる様な右前蹴りを腹にぶち込む。

 「チェストォ!!」

 「ぐおぉぉぉぉぉぉ!!」

 そして再び右のローキックでダメージの残る左足を粉砕する。

 その巨体を支えきれず、遂に溝口が片膝をついた。

 これで……終りだ!!

 俺は数歩下がり、最後の大技を放つべく助走をつけて跳び上がる。

 「シャァァァイニング……!」

 そして溝口の片膝を踏み台にし、

 「ウィザァァァド!!」

 膝蹴りをその額に叩き込んだ。

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