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第二章 4月18日勘違いから始まる恋

 「ちぃッス」

 「おう……てめぇか……」

 あやちゃんと別れてから、いつもの様に昼食を買いに古河パンに寄ると、秋生さんが神妙な面持ちで腕組みをしながらレジに立っていた。

 昨日来た時もこんな感じだったが、無理も無い。

 何でも、“あの”渚さんが、“男”を家に連れて来たらしいのだ。

 学校に俺ぐらいしか知り合いが居なかった渚さんに、友達が出来た事は嬉しいのだが……。

 いきなり“男”かよ……!

 正直、俺としても複雑な心境だ。

 子供の頃の話だが、責任を取る為とは言え、一度はプロポーズした身である。

 それに、もし早苗さんと結婚したら、渚さんは年上の娘になるのか……と、考えた事も無きにしも非ずだったりもしなくもない……あくまで“子供の頃に”だが。

 そんな人に彼氏が出来たのだから、もちろん祝ってあげたいのだが、まったく悔しくないと言えば嘘になる。

 秋生さんは『男友達だ!!』と強調してはいたが。

 しかし、それにしたって家に連れて来る程仲と言う事だろう。

 ……早過ぎないか?

 本来なら学年も違うし、元々そういう相手が居たって話は聞いた事が無い。

 つまり、渚さんが復学してここ数日の間に、そこまで親しくなったと言う事だ。

 ……まあ、俺も数日で智代の家行ったけど……。

 智代は兎も角、渚さんはおっとりしていて優しいから、変な男に騙されてるんじゃないか?とか、強引に迫られて断れなかったんじゃないか?とか、色々考えてしまう。

 俺ですらこうなんだから、渚さんを溺愛している秋生さんとしては気が気じゃないだろう。

 怒り狂って相手を追い出したんじゃないか?

 ……と、思ったのだが、話を聞く限りそうじゃないらしい。

 むしろ、普通にもてなして、普通に晩飯一緒に食って帰したとか。

 懸念を口にした俺に『他人を騙せる様な奴じゃねえ』とか言ったりとか。

 ひょっとして、結構気にいったのか?と思える様な事ばかりで。

 こちらとしては、何だか肩透かしを食った気分だった。

 今までの俺に対する数々の“脅し”は一体何だったんだ?

 そんなに俺が渚さんの相手じゃ嫌だったのか?

 まあ、別にいいけど……。

 それでもやはり気にはなっているらしく、こうして店番をしながらもどことなく落ち着かない様子で、時折遠くを見ては考え事をしている様だった。 

 「……何だよ?訊きてぇ事が有んなら言えよ」

 様子を窺いながらも、無言でパンを選んでいるだけの俺の態度に業を煮やしたのか、秋生さんが不機嫌そうに催促してくる。

 訊いて欲しいって事だろう。

 「昨日も何かあったんですか?」

 「いやな……昨日の晩、渚の帰りが遅いんで早苗と一緒に探しに出たんだが……何の事はねえ、公園であの野郎と話し込んでやがった……」

 「あの野郎って……例の……銀河?さんでしたっけ?」

 「銀河なんて壮大な名前じゃねえ。コスモだ!『小宇宙』と書いて『コスモ斉藤』と読ませるチンケな野郎だ……って、十分壮大じゃねえか!!」

 いや、コスモ斉藤とは読まないだろ……てか、斉藤って初耳なんだが……。

 「その、斉藤さんと渚さんが話してたと?」

 「斉藤じゃねえ!『大宇宙シャア』だ……って、スゲエ壮大でカッコ良い名前じゃねえか!!」

 いや、シャアって……昨日から気付いてはいたが、絶対適当に名前言ってるな……。

 ちなみに俺は、子供の頃に秋生さんから洗礼を受け、ファーストから00まで全て知っている。

 一番好きな作品はG。

 一番好きなキャラはハマーン・カーン。

 一番好きな主題歌はF91の『ETERNAL WIND』だ。

 「で、その赤い彗星が渚さんと逢引してたと」

 「“あ・い・び・き”だぁ!?誰がウチの渚と逢引してやがったんだコラァ!?」

 「うぐ!!」

 いきなり逆上したかと思うと、両腕で胸倉を掴まれ吊り上げられる。

 訳わからねえ!!

 何で俺が首絞められなきゃなんねんだ!?

 「だから、そいつと、渚さんが話してたんでしょ?」

 「何だとてめぇ!?誰が俺の渚と話していやがったんだ!?」

 「いや、だから、続きを!話進まないんで続き話して下さいよ!」

 「それもそうだな」

 爪先立ちで何とか耐えながらそう言うと、秋生さんはようやく俺を解放してくれた。

 まったく、この人との付き合いも長いが、いまだにどこまでが本気でどこまでが冗談なのか判らない時がある。

 「つっても、まあ、家に寄ってくか?って誘ってやったんだが、ソイツは俺達の顔見て直ぐに帰っちまったから、続きも何もねえんだが……」

 「そうですか……」

 「……それだけか?」

 「は?」

 マジ顔での予想外の切り返しに、思わず間抜け面で訊き返してしまう。

 すると、何故かチッと舌打ちしてから溜息をつかれた。

 「で、てめぇの方はどうなんだ?」

 「どうって?」

 「例の彼女の事に決まってんだろ?ちゃんと仲直りして、よりは戻したのか?」

 またその話か……。

 「だから、戻すも何も、別に付き合ってませんし」

 「まぁだそんな事言ってんのかてめぇは!?若い男と女が夜の公園に二人きりで居て、何もねえ訳ねえだろ!?って、それは渚の事じゃねえか~~~!!」

 「秋生さ~ん、そろそろ他のお客さんもお見えになる頃ですから、程々にして下さいね~~~」

 勝手に自爆して頭を抱えながら絶叫する秋生さんに対し、ついに店の奥から早苗さんのつっこみが入る。

 頃合か。

 これ以上詮索されたくないし、俺もこの隙に退散するとしよう。

 「じゃあ、俺もそろそろ……」

 「あん?チッ、兎に角、てめぇは人の心配するより、まず自分の事をもう少しマジに考えろ」

 「ええ……」

 秋生さんの説教に曖昧に答えながら金を払い、俺は古河パンを後にした。

 



 


 いつもの席でいつもの様に退屈な授業を寝て過ごす。

 変わり映えの無い平凡な日々の繰り返し。

 俺にはそれが不満で仕方がなかった。

 だから、あいつとの出会いには心が躍った。

 何も無い平穏な日々が終わる予感がしたからだ。

 でも……それはある意味正しく、ある意味間違いだった。

 こんな風に授業を受けられるのも、これが最後かもしれない。

 そう思うと、無意味で無駄な事に思えた授業にも、多少は感慨深い物があった。




 ホームルームが終り、放課後になる。

 「川上君、それじゃあ」

 今日も杉坂と一緒に、恐らく部活に向かうのであろう仁科を見送って、ゆっくりと席を立つ。

 昇降口に向かう途中、そこにあいつを見かけた。

 側には黒帯をつけた柔道着姿の長身のごつい男と、同じく茶帯の柔道着姿の女子が居て、何か言い争いをしている様にも見える。

 男の方は一年の時同じクラスだった奴だ。

 『稲葉徹也』……極太眉に坊主頭、学生の分際で顎の下にはヒゲを生やし、どう見ても教員の一人にしか見えない風貌のこの男は、男子柔道部の主将で、この春の県大会を征した強者である。

 「しつこいぞ!私には柔道に興味なんて無いんだ!」

 「そう言わず、今日一日、今日一日だけでも体験入部してみない?」

 「男部主将の私からもお願いする」

 やはり部活の勧誘か。

 まあ、今の俺にはどうでもいい。

 そう思い、係わり合いになる事なく通り過ぎようと思ったのだが……こちらに気付いた智代と目が合ってしまった。

 「!!」

 彼女は一瞬目をそらして躊躇う素振りを見せる。

 だが、意を決した様に一度頷くと、必死の形相で俺の側に駆け寄り腕を掴んだ。

 「オーキ、助けてくれ!こいつらしつこいんだ!」

 それで柔道部の二人も俺に気付き、軽い驚きを見せる。

 しかし、稲葉はむしろ微苦笑を浮かべて俺に向かって言った。

 「川上、君からも頼んでくれないか?彼女の身体能力の高さは知っているだろう?部活にも入らず、このまま埋もれさすには惜しいとは思わないか?」

 「何だお前達、知り合いなのか?丁度いい。お前の口からはっきり言ってやってくれ!」

 智代もまた、俺の背にピッタリくっつく様にして二人から隠れながら懇願してくる。

 チョコンと髪の毛の一部をゴムで結んだ女子部主将もまた、不安気に俺をみつめていた。

 俺に結論を出せと?

 そんな物は、最初から決まっている。

 三人の視線を一斉に浴びながら、俺は淀む事無く答えた。

 「いいんじゃないか?試しにやってみれば」

 「え……!?」

 失意の表情で智代が後ずさる。

 それとは対照的に、柔道部の二人は破顔していた。

 「どうして……どうしてそんな事を言うんだ!?お前は私がこの学校に来た目的を、知っているハズじゃないか!!」

 唇を噛んでギロリと俺を睨み、智代が食って掛かって来る。

 「だからだ。お前、部活の経験無いだろ?一日だけつってるんだから、やらせて貰えばいい」

 「それでそのまま強引に入部させられたら、どうするんだ!?」

 「そんなモン知るかよ……いや、それも良いんじゃないか?お前が真剣に柔道をやれば、オリンピックで金メダルを取る事だって夢じゃない。そうすれば……」

 「誰がそんな物欲しいと言った!?もういい……お前なんかに助けを求めた私が馬鹿だった……」

 俺の言葉を怒声で遮り、智代は忌々しそうに呟いて俯く。

 やはりな……。

 何を言った所で無駄か。

 今のこいつに、俺の言葉は届かない。

 いや……初めから届いてなんていなかったんだ。

 俺は無言で踵を返すと、一度稲葉の肩に手を置いてからその場を去る。

 「岡崎!」

 背後で誰かを呼ぶ智代の声が聞こえた。

 岡崎?

 訝しく思い、一度振り返ってそれを確認すると、そこに居たのはやはり岡崎先輩だった。

 知り合いだったのか……。

 二人が一緒に居る姿を見て、何故か妙に胸がざわつくのを感じた。

 だが、直ぐにそれを両手と共にポケットにつっこみ、向き直って俺は再び歩き出す。

 まったく……秋生さんは勝手な事を言ってくれる。

 今更、元になんて戻れるかよ。

 後戻りなんて、もう出来る訳がない。

 やり直しなんて都合の良い事は、効かないんだ。

 だから……嫌われようと、憎まれようと構わない。

 いや……むしろ、その方が都合が良い。

 「あんな奴と私は無関係だ」

 はっきりとあいつの口から言ってもらえれば、それがベストだ。

 渚さんも、彼氏が出来たみたいだしな……。

 正直……ホッとしている。

 子供の頃の他愛の無い約束。

 恐らく渚さんは、憶えてすらいない約束。

 でも……何だかんだ言いながらも、俺は忘れた事はなかった。

 ずっと、彼女の事を気にしていた。

 それは……恋では無いと思う。

 むしろ……こんな事を言っては凄く失礼だが……ただの“責任感”なんだろう。

 控え目で……病弱で……。

 彼女が次第に学校を休みがちになった事で、その思いは益々強くなった。

 もしもの時は……他に居ないのなら……。

 あの時の約束を、果すべきじゃないのか……?

 でも……そんな大きなお世話は、もう必要無いだろう。

 もちろん、今回の相手と最後まで上手くいくかは判らないけど。

 きっと……大丈夫だろ……あの秋生さんが気に入ったみたいだし。

 例えダメでも……渚さんは俺が思ってるよりずっと強い人だ。

 可愛いくて、儚気で、ほっとけない人だから……。

 きっと……誰かが彼女を幸せにしてくれるだろう……。

 うん、それでいい。

 これで俺は……誰にも気兼ねする事無く、一人で己の道を歩んで行ける。

 後顧の憂いも、未練すらも無く……。

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