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第二章 4月17日春の夜の夢の如し

 訳が解らなかった。

 オーキが何を言っているのか。

 言っている意味が理解出来なかった。

 いつもの様に小言を言ってくるだろうと、そう予想していたんだ。

 怒られる事は覚悟していた。

 でも、きっと、ちゃんと説明すればわかってくれると思っていたんだ。

 何だかんだ言いながらも、あいつは優しい奴だからな。

 許してくれると、信じていたんだ。

 なのに待っていたのは、唐突な別れの言葉。

 冗談だと思いたかった。

 でも……氷の様に冷たい感情のこもらない声が、眼差しがそうでは無いと告げていた。

 何だそれは?

 それじゃあ、まるで……かつての“あいつら”の様じゃないか。

 そうか……。

 そういう事か……。

 ようやく理解出来たのは、既にあいつの姿が見えなくなった後だった。

 彼は私に、興味が無くなったのだと。




 CLANNAD 〜Light colors〜 第二章



 

 4月17日(木)

 あんな事があった後でも、いや、前より一層、私の周りは騒がしくなった。

 「坂上さん!バスケに興味無い?坂上さんなら、ダンクだって出来るかも!」

 「ダンク?ああ、直接ゴールに入れるアレか。それなら中学の頃にやった事があるな」

 「マジで!?是非バスケ部に入ってよ!いや、入るべきよ!」

 「待ちなさいよ!坂上さん、バレー部で一緒に全国を目指しましょ!」

 「あ、いや……」

 「身体測定の時の記録見たけど、本気で陸上やってみない?」

 「いやいや、坂上さんはソフト部に入るのよ!エースで4番の席は貴女の為に空けてあるわ!」

 「いやいやいや、不良達を一瞬でのしたあの動き、あれは格闘技経験者の動きよ。空手部はいつでも貴女を歓迎するわ」

 「柔道をやってみませんか?試しに体験入部だけでもいいから」

 「弱小剣道部に、愛の手を~」

 校門の所で待ち伏せされたのを皮切りに、部活動の勧誘が目に見えて激しくなった。

 今までは同じクラスか、せいぜい体育授業の時に一緒になる隣のクラスの女子くらいだったが、まったく顔の知らない連中までもが引切り無しに勧誘してくる。

 それも、かなりしつこくだ。

 私にはやる事が有ると何度も言っているのに。

 それとも、私の断り方が悪いのか?

 好意で誘ってくれているのだろうから、あまりこういう事は言いたくは無いが……正直、鬱陶しくて仕方が無い。

 「坂上さん、モテモテだね」

 「ああ、騒がしくて済まない」

 一緒に昼食を食べていた同じクラスの女子『望月』の何気無い言葉に、つい恐縮して謝ってしまった。

 こうも次から次へと勧誘が現れたんじゃ、さぞクラスの皆にも迷惑をかけている事だろう。

 まったく、こんな事になるならあんな事……。

 そこまで考えそうになって、慌てて首を振ってそれを否定する。

 今更後悔した所で、後の祭りでしかない。

 そう……もう全て終わった事。

 あいつとの日々が、戻る訳では無いんだ。

 「そう言えば坂上さん、川上君とはその後どうなの?」

 「えっ!?」

 そんな事を考えていると、唐突に同じく昼食を一緒に食べていた『桑野』の口からあいつの名前が出て来た事に驚いて、思わず上ずった声を上げてしまう。

 「一緒に帰ったりしてたでしょ?C組の子にも、最近坂上さんがよく来てるって聞いたぞ~」

 「ひょっとして、ここ数日お昼に居なかったのも、川上君と一緒に食べてたからとか?」

 興味深々と言った様子で、望月も話に加わってくる。

 この二人は、本当にこの手の話が好きだ。

 ……やっぱり、こういった話に興味を持った方が、“女の子らしい”のだろうか?

 「別に、あいつとは何も無い……」

 「え~、ホントに~!?」

 「隠さなくてもいいじゃん!本当の事、言っちゃいなよ~!」

 「本当に!あいつとはもう、何も無いんだ……」

 しつこい二人の追求につい大声を出してしまい、しまったと思いながら目を伏せる。

 いくらあいつの事を話題にして欲しくなかったとは言え、今の失敗だった。

 案の定、二人も言葉が見つからず、苦笑しながら顔を見合わせている。

 「まあ、それならそれで良かったんじゃない?」

 気まずい雰囲気を破ってくれたのは、それまで黙っていた名取だった。

 「あんな奴、早い内に別れて正解よ」

 「そ、そうそう、坂上さんなら、絶対もっと素敵な人見つかるって!」

 「ああ……そうだな……」

 そうだったな。あいつは飽きっぽい無責任な男だと言っていたのは、名取だったな。

 つまり、私は飽きられたんだ。

 ただ、それだけの事。

 名取達の話に曖昧な返事をしながら、私は自嘲的な笑みを浮かべるしかなかった。




 そういえばもう一人、かなり鬱陶しいのが居たな。

 金髪の変な頭の男と、背の高い連れの男……こいつは見ているだけだが、度々教室まで呼び出しに来ては、私に凄く失礼な事を言って挑発してくる様になった。

 その度に蹴ってやったが、懲りもせず、休み時間になると二人組はやってくる。

 それも、髭剃りやおっぱいを貸せだのと言って、私が本当に女か確かめようとしていたんだ。

 今まで色々な暴言を浴びせられて来たが、そんな屈辱的な事を言われたのは初めてだぞ……。

 まったく、本当に失礼な奴だ。

 でも……あの二人を見ていると、何か懐かしい感じがする。

 つい数日前までは、私にもあんな風に一緒に馬鹿な事をして笑い合える仲間が居たんだ。

 それはまるで、全てが私の見ていた夢だったかの様に脆く儚い、ほんのわずかな期間に過ぎなかったけれど。

 こんな私にも、確かに在ったんだ……心から今が楽しいと思えた時が。

 それを思うと、ほんの少しだけ、あいつらが羨ましく思えた。 

 

 


 「ヤッホ~、智代ちゃん」

 体育の時間、グラウンドに向かう途中、後ろから呼ばれて振り返ると、小柄で大きな瞳に大き目の眼鏡がよく似合う少女・門倉実理が人懐っこい笑みを浮かべて手を振っていた。

 「なんだ……実理か……」

 「どうしたのぉ?そう言えばこの頃、元気無いねえ」

 そう言いながら前に回り込んで来たかと思うと、心配そうに下から覗き込んでくる。

 相変わらず鋭い奴だ。

 「べ、別に、そんな事は無い。私は元気だ」

 全てを見透かされそうな眼鏡の奥の瞳に耐えられず、思わず視線をそらしながら彼女をかわし、私はそのまま歩き続けた。

 正直今は、彼女とも顔を合わせ辛い。

 嫌でもあいつの事を思い出してしまうからだ。

 「そお?悩み事の相談なら、いつでも乗るよぉ?」

 悩み……か。

 あいつとも、そんな話をしたんだったな。

 その時は私を面白い奴だと言って大笑いしたクセに……たった数日で飽きるなんて、どれだけ飽きっぽいんだ?

 それとも……本当は私は、とてもつまらない人間なのだろうか?

 そう言えば、これと言って趣味も無いし、音楽を聴いたり、TVもほとんど視ていないから、正直クラスの女子の話についていけない事も多い。

 ……。

 「いや……本当に何でもないんだ……それより、他に用があるんじゃないのか?」

 これ以上この話題に触れられたくなくて、半ば強引に話を代える。

 心当たりは有ったからな。

 彼女には多分、私に訊きたい事が有るはずだ。

 「ん~?」

 しかし、予想に反して実理は人差し指を顎に当てた可愛らしい仕草で、きょとんと考え込む。

 「一昨日の事を記事にしていいか訊きに来たんじゃないのか?」

 「ああ!うん。しないから平気だよ~」

 「ええっ!!……どうして?」

 「ん~、確かに概ねの生徒にはウケてたけど、やっぱり先生や一部の生徒には『アレはどうか?』って人もやっぱりいるから……かな?」

 予想外の答えに訊き返すと、実理は曖昧な感じにそう答えた。

 「でも、だったら何故、先週の事はあんなに大きく取り上げられたんだ?」

 何故か私はそれに納得がいかず、更に実理を問い詰めていた。

 頭に血が上って、ムキになってしまっていたんだ。

 でも、実理は穏やかに微笑むと、その大きな瞳で私を真っ直ぐに見つめ、諭す様にこう言った。

 「正直な事を言えば、私が書きたくないからなんだ。智代ちゃんはきっと自信が有ってやったんだろうけど、見ている側からすれば、凄く心配して、ドキドキハラハラ物だったんだからね」

 ズキリとした。

 それは少しおちゃらけた、とても柔らかい言葉だったが、ジワリジワリと私の心に深く突き刺さっていく様で、何か気持ちの悪い。

 「でも、あれは……」

 「うん、別に攻めるつもりは無いよぉ。でも、バイクに向かって行くなんて危ない事、もうやって欲しく無いなぁ……事故ってね。起こしたいと思ってる人なんて居ないし、皆気をつけているつもりだけど、それでも起きちゃう物だから……」

 「!!」

 “事故”と言う単語を聞いた瞬間、私の脳裏に、弟の事故の時の事が鮮明に思い出された。

 走る車の前に鷹文が飛び出した時、どれだけのショックを受けた事か。

 そして鷹文が一命をとり留めた時、私はもう二度とこんな想いは御免だと、そう思ったんじゃなかったのか?

 それなのに私は、それと同じ心配を実理に……そして恐らくオーキにも、させていたんだ。

 「馬鹿だ……私は……飽きられて当然じゃないか……」

 自分の愚かさが悔しくて、唇を噛みしめる。

 私は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むんだ?

 そうだ。今回はたまたま運が良く受け入れてくれた生徒の方が多かった。

 でも、こんな事が続けば、いづれ一人、また一人と、私に背を向けていく事だろう。

 それではまた、前の学校に居た頃に逆戻りじゃないか。

 当然、生徒会長になる事も出来なければ、桜並木を守るどころでは無くなる。

 それは……オーキに何度も言われた事だ。

 初めて出会った時から、あいつはずっと私の事を心配してくれていた。

 それなのに私は……何一つとして、わかってはいなかったんだ。

 あいつが言ってくれた言葉の意味も。

 あいつが、どんな想いでそれを言ってくれていたのかも。

 「智代ちゃん?大丈夫?」

 気がつくと、心配そうに私を見つめる実理の顔が間近にあった。

 「実理……私は……」

 何かを言おうとした途端、色々な感情が入り混じって溢れて出し、後はもう実理の小さな身体に顔を埋める事しか出来なかった。

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