4月15日Light close
5限目は音楽で移動教室だった。
頬杖をつきながら適当に教科書をめくり、神経質そうな女教師の話を聞き流す。
子供の頃から歌は好きだったが、音楽の授業はあまり好きではない。
何故なら……『音楽性が違う』からだ!
半分冗談だが、人前で歌う事は好きじゃないし、何より楽器が苦手だ。
幼稚園のピアニカの頃から、まともに一曲吹けた事が無い。
縦笛にいたってはドレミファあたりが危うく、すぐに音が割れる始末。
しかし、音楽の実技試験は大抵縦笛だ。
俺に言わせれば、あんな物音楽では無い。
手先の器用さの試験だろ。
そもそも、社会人になって縦笛なんか吹く機会ねえよ!
それなら、まだイントロクイズとかの方がよくね?
その方が、音楽に触れる機会も知識も増えるだろ。
そんな事を思っている人間の成績が良い筈も無く、筆記はそこそこマシなのに苦手な教科の一つになっている。
まあ、正直今は何の教科だろうと関係無いが……。
「……思った様にはいかねえな……」
溜息と共に声にならない声で呟く。
頭にあるのは、ここ数日の智代とのやりとりと、この先どうするかと言う事だけだ。
まさか仲間を増やす事にダメ出しされるなんて、思ってもみなかったからな……。
あれこれ注意した所で素直に聞きやしないし……。
先行きが不安と言うか、何と言うか……本当に成し遂げられるのか?と自信が無くなってくる。
いや、まあ、始めからわかっていた事ではあるが……。
あいつは今までずっと独りだった。
親の愛も知らず、仲間をつくる事も無く、自分の力のみを信じて戦ってきた。
周りは全て敵だと思ってきたんだ。
急に人の話を聞けと言った所で、直ぐには無理だろう。
元より、あの手の自信家の天才肌は謙虚さに欠ける物だし。
あるいは……例えワンマンでも、あいつならやれてしまうのかもしれない。
選挙は来週には始まる。
それを考えれば、下手に悪い面を矯正しようとするよりも、その行動力やバカ高いポテンシャルをアピールした方が良いんだろう。
だが、それじゃあ……そのままでは、あいつはずっと独りのままだ。
腰巾着は増えたとしても、本当の意味であいつと対等に付き合える人間はますます居なくなる。
……なるんだが……どうしたって、やはり時間が足り無すぎる……。
俺は…………一体どうすればいいんだ?
机につっぷして煮詰まった頭を掻きむしる。
そもそも、俺だって選挙に出た事が無い。
友達だって……今はもう秋生さんと山崎達3オタくらいだ。
つうか、素行不良で人見知りな俺が、あれこれ言った所で説得力なんて無いのかもしれない。
だったら……俺は一体何をすべき何だろう?
あいつの為に……一体何が出来るんだろう?
5限目が終わり、途中トイレに寄ってから教室に戻ると、クラスメイト達がそろって窓から外を眺めているという異様な光景に出くわす。
何だ?また何か起きてるのか?
訝しく思いながら空いていた窓の端から顔を出した俺は、グラウンドを見て愕然となる。
そこに居たのは、それぞれバイクにまたがった二人の男と、長い髪の女生徒……智代だった。
「あのバカ……!!」
止めなければ!!
駆け出そうとした矢先、背後でドッと歓声が上がる。
そして再び窓から身を乗り出した俺が見た物は……バイクに乗って突進してくる二人の男を瞬く間に倒し、割れんばかりの歓声の中、悠々と戻ってくる智代の姿だった。
すげえ……!!
映画のアクションシーンさながらのその動きには、ただただ驚嘆する他無い。
しかしその感動はすぐに冷め、次の瞬間には喪失感と無力感へと変わってゆく。
「……そうか……!」
そして、俺は悟った。
自分が酷い勘違いをしていた事を……。
俺がまずしなければならなかった事を……。
俺だけにしか出来無い、ただ唯一の事を……。
先程の喧騒がまるで嘘の様に、六限目の古文はたんたんと進められ、何事もなく終わった。
終りを告げるチャイムがなり、幸村先生が教室を出た後、暫くしていつもより遅めに担任が現れる。
大方、さっきの事で何か教師達の間で通達があったのだろう。
「ああいった事態への対応は我々教師に任せ、くれぐれも危険な真似はしないように」
案の定HRの始めに語られたそれは、半ば俺個人への注意だったのだろうが、ポケットに両手をつっこんだまま俯き加減で聞き流す。
その対応が遅いから、危険な真似をするバカが現れるんだろ……。
そう、あんな危険な……。
だがもう、それも終らせる。
あんなバカはもう二度とこの学校に現れる事は無い。
もう、二度とだ……。
日直の号令でHRが締められ、今日も放免となる。
しかし再び席に座り直した俺は、次々と教室を後にするクラスメイト達をよそに、ポケットの両手を入れたままその場に留まっていた。
「りえちゃん、行こ」
「あ、うん。川上くん、それじゃあ」
「ああ」
暫くこちらをちらちらと気にしていた仁科だったが、ついに杉坂に促されて教室を出て行った。
そして、それと入れ違う様にして、智代が小走りで駆け寄ってくる。
「オーキ!済まない。HRの後、少し担任と話していたんだ。待ったか?」
「いや……」
言葉少な気に答えながら立ち上がり、俺もまた決意と共に家路につく。
「……怒っているのか……?」
ずっと黙っていたからか、校門を出た辺りで智代が恐る恐る訊いてくる。
「……別に……」
「やっぱり怒っているじゃないか……もしかして、6限目が始まる前に来た奴等の事か?あれは仕方がなかったんだ」
素っ気無く答えると、智代は不本意だとばかりに言い訳を始めた。
たむろして通行の邪魔になっていた奴等を注意しただけだと。
そうしたら、逆恨みされて、制服を憶えられ、押しかけられたんだと。
成り行きとは言え、奴等が来たのは自分の所為だから、それ以上他の生徒に迷惑がかからないように自分が出て行って、手早く片付けたのだと。
「な?仕方が無かっただろ?」
悪びれた様子も無く、むしろどこか誇らし気に同意を求めてくる。
だから俺は……つとめて抑揚の無い声で彼女を肯定してやった。
「そうだな……お前は悪くない」
「うん!そうなんだ!悪いのは全部……」
「ああ、俺だな」
我が意を得たりと、嬉しそうに責任転嫁しようとした言葉を遮って言った。
たちまち智代の笑顔が困惑へと変わる。
「な、何を言ってるんだ?この件にお前は一切関係無いじゃないか」
「だから、俺の所為だろ……?今まで奴等を野放しにしてきた事も……そして、お前の信を得られなかった事も」
「どうしてそうなる!?お前は関係無いって言ってるじゃないか!」
「だからそれが……お前が俺を本当の仲間と認めていないって事だ」
「違う!!訳の解らない事を言うな!!」
「じゃあ、訊くが……奴等が押しかけて来た時、少しでも俺に頼る事を考えたのか?」
「それは……!」
俺の鋭い問いに、半ば感情的になっていた智代の言葉が詰る。
「……だって、これは私の問題じゃないか……!」
「そうだな……つまりお前は、ハナから俺に頼る気が無い。俺を必要とはしていないって事だ」
「違う!!そうじゃないんだ!!私は、お前に……」
「さよならだ」
「!!」
智代の瞳がこれ以上無い程見開き、言葉を失った唇が戦慄く。
「な、何を言ってるんだ……?性質の悪い冗談はよしてくれ……」
「これ以上お前とつるんでも、意味が無いだろ?俺は勝手にやらしてもらう。お前はお前で好きにしろ」
言いながら茫然として立ち尽くす智代に背を向けて、俺は歩き始める。
返事も恨み言も聞くことなく……。
俺はあいつの“騎士”では無い。
あいつの傍で、あいつを守る“盾”じゃないんだ。
俺は閂。
俺は城門。
俺は城壁。
俺は堀。
ただそこに在るだけで、人知れず、外敵を威圧し、侵入を防ぎ、守りぬく防衛線。
そう、初めから俺は、そう在りたいと願っていたんじゃないか。
だからこれは、振り出しに戻ったに過ぎない。
桜の花がまた、春風で舞い、散ってゆく。
俺はこの儚く切ない景色を忘れはしない。
この胸の痛みと苦しみと共に心に刻んで……。
<第一章 完>
九ヶ月に渡って続けて来たこの小説も、遅筆ながらようやく一区切りつく所まで来れました。
これも読者の方々が居てくれるからこそです。
本当にありがとうございます。
いや、まだ終わった訳じゃないですよw
第二章開始は、リニューアル作業を挟んで、一月後半か、二月に入ってからの予定です。
それまで忘れないでいただけると幸いですw