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4月15日全てを救う方法

※日付を入れました

 4月15日(火)

 

 いつもの様にバイトを終え、“あの場所”で夜が明けていくのを眺めていた。

 儚く瞬く星々が次第に白に飲み込まれていく。

 古代の人々が夜明けを星の死だと思ったとしても、なんら不思議は無い。

 星は夜明けと共に太陽に飲み込まれて死に絶え、落日と共に再び産み出される。

 昼と夜。

 陰と陽。

 生と死。

 俺が生まれる何億年も前から続く連環。

 俺の死後も続いていく、永遠とも思えるサイクル。

 でも、それにも終りはある。

 太陽の様な恒星は、次第に膨張して晩年には元の何百倍もの大きさになるらしい。

 ブラックホール化するには小さ過ぎるみたいだが、地球の軌道以上に膨張する事も有るらしく、そうなれば当然地球は飲み込まれる。

 そもそも地球の繁栄は太陽との絶妙な距離の上に成り立っているから、太陽にそんな大異変が起きれば、どの道地球上の生命は一溜まりも無いだろう。

 この地球(ほし)にもいつか終りの日が来るのだ。

 何十億年も先の事だが……。

 その事実を知った時、俺は震えが止まらなかった。

 地球がいつか無くなる事にでは無い。

 俺はそれを“以前から知っていた”からだ。

 『弥勒菩薩』

 釈迦入滅後、数十億年の後の世に現れ、一切衆生を救うという救世仏。

 その起源は、拝火教の主神、すなわち太陽神であるミトラだという。

 つまり“救い”とは…………。

 やはり全てを救うとは、そういう事なのだろうか?

 それしか術は無いのだろうか?

 



 軽くストレッチをした後、太極拳の真似事を始めてみる。

 これも昔道場を回ってかじった物の一つだ。

 全身で清々しい朝の気を感じて取り込みながら、ゆっくりゆったりと身体を動かしていく。

 想い描くは大いなる円、太陰太極図。

 万物は流転し、全てが一であり、一が全てであるならば、

 すなわち我は天地と一つである。

 「おはよう!」

 「!」

 振り返る事無く太極拳を続けながら言ってやると、すぐ後ろに居た白い羽の様なリボンの少女が“シェー!”のポーズで驚きを表現していた。

 大方、驚かせようと忍び足で近寄ってきていたのだろう。

 「凄い……!気配を消していた私に気付くなんて……やっぱりお兄ちゃん、タダ者じゃないわね……!!」

 「フフッ、まあ、あやちゃんが来るかもなとは思ってたから」

 「えっ……?ひょっとしてお兄ちゃん、私が来るの待ってたの?」

 両手を背中で組んで上目づかいでニヤリとしがらも、その頬がほんのり朱に染まっている。

 その大人ぶった所が微笑ましくて、可愛いなと素直に思う。

 「そりゃあね……遊び場所勧めた手前もあるし」

 「なあんだ。そう言う事……ごめんね。引っ越して来たばかりで、立て込んでたから……」

 「そう。それなら別にいいんだ……場所はわかる?大丈夫そう?」

 「うん。多分行けば分かると思う。方向感覚は良い方だし」

 「そっか」

 今まで少なからず気にしていただけに、胸のつかえが取れた思いがした。

 そこでふとある事に思い当たったので訊いてみる。

 「そういえば、あやちゃん家ってこの近くなの?」

 「ん~、近いと言えば近いかな……自転車ならそんなにかからないし」

 「そっか……」

 それは当たり障りの無い答えの筈だが、何故かその時妙に彼女の家の事が気にかかった。

 胸騒ぎがしたと言ってもいい。

 そもそも山間の森に囲まれたこの近くには、あまり民家が無いのだ。

 と言っても、彼女の乗るマウンテンバイクはしっかりした良い物だから多少の山道は苦にならないだろうし、別に少ない民家の内の一つに住んでいても何ら不思議は無いのだが……。

 どうする?つっこんで訊いてみるか?

 「お兄ちゃん家は、教えてくれた公園の近くなんでしょ?」

 などと迷ってる間に、逆に質問されてしまった。

 「ああ。割と近いけど」 

 「ふむふむ……そっかぁ……」

 「……て、知りたいなら住所教えるけど?」

 「ああ、いいから!いいから!」

 慌てて断ると、あやちゃんは妙にニマニマしながらボソボソと「こういうのは、こっそり突き止めて、いきなり押しかけるから面白いのよ……」と、はた迷惑な事を言っていたが、ここは大人としてあえて聞こえないフリをしておく。

 「それより、お兄ちゃんサッカーだけじゃなくて、カンフーもやってるの?」

 そして話題を逸らすべく、あからさまに別のネタを振ってくる。

 「まあ、かじった程度だけどね」

 「またまたぁ、達人はみんなそう言うのよね『アチョー!!』って」

 多分、拳法の達人の真似なんだろうが、そのポーズはどう見てもやはり“シェー!”だった。

 やべえ、この娘、お持ち帰りして本当の妹にしたいくらい楽しい……!

 「プッ、ハハッ、まあ、どっちかって言うと、サッカーよりこっちの方が得意だけど」

 「うんうん!やっぱりいざって時には銃を持った相手に素手で勝てるくらいの強さはないとね!」

 それはどんな達人ですか!?

 いや、まあ、海外の暮らしが長いみたいだけど……やっぱ日本よか銃とか身近だったのか?

 「あやちゃんが前に居た国ってどこ?」

 軽い気持ちで訊いたのだが、しかし彼女が口にした国名を聴いて、俺は自分の耳を疑った。

 そこは、あまり耳慣れない小国……だがしかし、つい数日前にもニュースで聞いた憶えのある、“地域紛争の激しい国”と言う認識しかない国だったからだ。

 「あたしのお父さん、お医者さんなの」

 「……そうなんだ……」

 初めて見る、彼女の少し無理をした笑顔。

 その笑顔に胸が締め付けられ、言葉が見つからない。

 だから代わりに、彼女の頭にポンと手をのせた。

 撫でるでもなく、ただ手を置いて。

 同情の色が浮かばない様に、むしろ彼女を誇らしく思いながら。

 すると初めはキョトンとしていたあやちゃんだったが、にっこりと歳相応に笑らってくれる。

 「やっぱり、お兄ちゃん似てる」

 「ん?誰に?」

 「私の初めての友達に」

 「へえ……どんな奴?」

 「うん。お父さんの同僚だった黒人のおじさん!」

 小悪魔チックに落ちを言ったかと思うと、彼女は可笑しそうに笑いながら俺の手から逃れる様にして駆け出した。




 暫くあやちゃんとボールを蹴ってから別れた俺は、毎度の如く古河パンに顔を出す。

 「ちっす」

 「おう、お前か……」

 しかし何やら珍しく秋生さんのテンションが低い。

 何かあったのか?

 まさか……!?

 「渚さん調子悪いんですか?」

 「はあ?」

 どうやら的外れだったらしく怪訝な顔をされる。

 「いや、渚の調子は別に悪くねえ。今日も行くって言ってたしな」

 「そうですか……」

 昨日の朝の事もあって気になっていたので、放課後にも立ち寄って渚さんの事を訊いたが、多少遅刻はしたが授業は受けたと言っていたらしい。

 渚さんじゃ無いとすると……まさか!?

 ……っと思って今週の新作パンの定位置に眼を向けたのだが、幸か不幸かおせんべいパンは健在だった。

 「まあ、なんだ……女は別に一人じゃねえんだ。いつかお前も出会えるはずだ。一緒に早苗のパンを食ってくれる奴がな」

 「はあ?」

 男くさい爽やかな笑みで訳の解らない事を言われ、今度は俺が眉を寄せる。

 「早苗のパンを食わせて、機嫌を損ねちまったんだろ?例の彼女の」

 そう言われて、ああと思い出す。

 昨日の放課後に寄った時にその事を訊かれて、歯切れの悪い答え方をしたからどうやら誤解された様だ。

 「いや、だから、パンはちゃんと食べてくれたし、意見が食い違ったのは別件で、パンは関係無いですよ。それだって、別に喧嘩した訳じゃ無いですし」

 「わかってねえなぁ……いいか?女ってのは男以上に根に持つもんなんだよ。昔の事をいつまでも憶えててな。例えその時何も無くても、後になって何かの拍子にドカンと爆発しちまうん事があるんだよ」

 「まあ、そういう事もあるみたいですけど……今回のはそういうのじゃないと思います」

 「そうか?なら良いけどよ……自分のパンでお前が折角出来た彼女と別れたって知ったら、早苗も悲しむだろうしな」

 確かにそれは同感だ。

 「だからパンは関係ないです……ってか、まだ付き合ってもいませんし」

 「はあ!?まだそんな事言ってんのかテメエは!?カ~、さっさと告れっつってんだろうが!つか、むしろ彼女も、テメエのそのはっきりしねえ態度にイラついてんじゃないのか?」

 秋生さんの鋭い指摘に、俺は口を噤むしかなかった。

 実際の所は解らないが、智代は俺により確かな絆を求めている気がする。

 俺達は同じ目的を持つ“同志”だ。

 それは俺にとって、血の繋がりよりも固い絆なのだが……男と女ではやはり違うのだろう。

 でも、だからと言って俺には……。

 「とにかく、ちゃんと今日中に詫びて、ついでに告っちまえ!いいな!?」

 そんな事言われても、こっちにも都合ってもんが……。

 バイトや自主トレ以上の疲労感を覚えながら、俺は古河パンを後にした。

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