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4月15日裏切りの宿業

 強くなりたかった


 子供の頃に憧れたあのヒーローの様に


 格好良く生きたかった


 小学生の頃ハマッたつっぱり漫画の主人公の様に


 強さとは優しさだと誰かが言った


 だから俺は誰よりも優しい人になろうと思った


 涙の数だけ強くなれると誰かが歌っていた


 だったら俺は誰よりも強くなれると信じた




 あれは小学校高学年の頃だったか


 少しでも強くなりたかった俺は


 “あの場所”で自主トレに励む一方

 

 格闘技番組を視たり

 

 図書館や本屋で格闘技の本を読みあさった


 そして実際にも見てみたいと思い


 道場巡りを始めた


 破りでは無い


 巡りだ


 基本はあくまで見学


 温情で混ぜてもらえたとしても


 出しゃばらず消極的に


 けっして自分の強さを誇示したりせず


 受けに回って見る事に徹した


 入る金が無いから


 昔親に少年野球もやりたいと言ったら


「じゃあサッカーやめなさい」と言われたから


 だから見学


 ただの冷やかし


 暫く通って


 正式に入らないか?と言われたらアウト


 また他の道場に行くわけだ


 空手に柔道に少林寺


 さすがにボクシングのジムには小学生はダメだと断られたが


 見学したいと言えば大抵させてもらえた


 まあどこも大体の流れは同じで


 ストレッチの後に基本や型の練習だったが


 それで十分だった


 様々な技は基本からの派生であり


 基本の要諦さえ知っていれば知識からある程度は再現出来る


 そもそも細かい技は一定の技量達した個人に教える物だ


 習ったからって教えてもらえるとは限らない


 だから文字通りの見学


 見て盗むのだ




 心苦しさはもちろん有った


 同じ学校の知り合いが居たり


 そこで仲良くなった奴も居た


 親切にしてくれる師範代や先輩も居た


 でも俺は……彼等の好意には答えられないのだ


 だから尚更目立ちたくはなかった


 少しでも長く居る為にも


 なるべく放っておいて欲しかった


 けれど


 どんなに隅っこで大人しくしていても


 しょっちゅう来て熱心に見てればやる気が有るのかと思われるのも当たり前


 いつか必ず誘われてしまう日は来る


 中には俺の目的を見抜いた人も居た


 それは忘れもしない剣道の道場に通っていた時の事で


 とても厳格そうな道場主のじいさんだった


 しかもそのじいさんは


 俺と同じ歳の自分の孫娘と立ち合えと言ってきた


 剣道の試合ではなく


 ルール無用の決闘でだ


 もっともその孫娘と言うのも曲者で


 既に大人顔負けの技量を持っていて


 同年代に敵が居ない天才少女だと言うじゃないか


 素人である俺が試合で敵うはずも無く


 それでも俺にそれもルール無用でやれと言ったと言う事は


 俺の力量も何もかもを見透かしていたのだろう


 勝っても負けても断っても


 最早ここには居られない


 しかも相手は女で


 とても手を抜ける相手でも無いときた


 苦渋の選択


 苦悶の戦い


 その挙句入門してもいないのに破門され

 

 俺は道場巡りも最後となる場所に行き着く



 

 そこは空手や柔道と比べるとマイナーな合気道の道場で


 大人や中高生は居ても同年代の奴はほとんど居らず


 二つ年下のクセに俺を“下っ端”だの“下僕”呼ばわりする生意気なガキがいるだけだった


 「おい、見習い!どうせ暇してるんなら技の実験台になれ!」


 そんな事をいいやがるので渋々付き合ってやると


 「ちょっと足開いて」


 言われた通りにするとそいつは俺の背後に回り


 自分の左足を俺の腿の上にかけてくる


 「んで、身体左に倒して」

 

 こんな技合気道にあるのか?と疑問に思いながらも身体を傾けると


 そいつは俺の右手を持ち上げて自分の身体を通し


 互いに肩を組んでる様な状態から無理矢理俺の首に手を回して締めてくる


 「コブラツイスト~!!」


 「やっぱりプロレス技かよ!!」


 「わっしゃっしゃっしゃ~!」


 その後も変な笑い声?を発しながらそいつは俺に次々と技をかけてきた


 だがプロレスなら俺も得意だ


 “受けの達人”として仲間内では知られる妙技でそのことごとくを破ってみせる


 「オラ、どうした?次来いや!」


 「おのれ~、小癪な真似を……!」


 すっかり俺もテンションが上がっていた


 正直少し楽しかった


 だから当初の目的をすっかり忘れていた


 「コラッ!ここはプロレス道場じゃありません!」


 ついに怒られて我に返る


 「いやいや師匠、この新人をいっちょもんでやろうとですねえ……」


 「あれ?新しく入った子?」


 「あっ、いえ……まだ見学です……」


 思わず眼を逸らしたのは後ろめたいからだけじゃない


 師匠と呼ばれたその人は


 ショートカットがよく似合う綺麗なお姉さんだった




 面倒見の良いその人は何かと俺を気にかけてくれた


 積極的に練習に混ぜてくれて


 ストレッチや組み手をやったり色々教えてくれた 


 「オーキ君、お姉ちゃんと一緒にやろうよ」


 「えっ!?いや、でも……」


 「ほらほら、立って」  


 その綺麗な笑顔で腕を掴まれ強引に誘われると


 最早俺には断る術も無く


 なし崩し的に参加する羽目に


 ちなみに“師匠”と呼んでいたのはクソガキだけで


 別に師範代だったりする訳では無かったが


 お姉さんの実力は本物で


 大人の男を相手に軽々と投げていた


 ガキが尊敬するのも無理も無い


 そういやプロレス技を破ってる時にちょっとした拍子で気付いたんだが


 男にしては華奢だし可愛い顔して女みたいだなとは思っていたが


 どうやら本当に髪の短い女の子だったらしく


 名前も“カナコ”だった





 「オーキ君はどうして合気道に興味を持ったの?」


 ある時ストレッチをしながらお姉さんに訊かれた


 「君くらいの年頃の男の子は、もっと空手とか派手な格闘技の方が好きなんじゃないかな?」


 「いえ、その……空手とかもかじったんですけど、性に合わなかったと言うか……」


 「ああ、それ解る気がする。オーキ君優しいもんね」


 そんな事をにっこり笑って言われてしまって


 ズキリと胸が痛んだ




 道場が終わる時間は結構遅く


 お姉さんは小学生である俺とカナコを帰りに送ってくれた


 俺的には勘弁して欲しかったのだが


 ああっ、つくづく俺は年上の女性に弱い


 “お姉ちゃん”と言う絶対者の前には膝を屈するしかなかった


 「オーキ君は彼女とか居るのかな?」


 先にカナコを送り届けた帰りにそんな事を突然訊かれる


 「居る訳ないじゃないですか……」


 「本当に?最近の子は早いって言うし、別に隠さなくても……」


 「居ませんて」


 「そっかぁ……でも、好きな子くらい居るよね?」


 「居ません」


 「またまた~、気になる子くらい居るでしょ?ひょっとしてカナちゃんとか?」


 「いや、あいつは弟と言うか……子分です」


 「あははっ、それカナちゃんも同じ事言ってた。『あいつは奴隷だ!』って」


 いや、子分よかもっと酷いじゃん!


 「じゃあ、年上なんてどうかな?」


 「えッ!?」


 思わぬ展開にドキリと心臓が跳ねた


 それって……


 「やっぱり、年上の女の子は嫌?」


 「別に……気にしませんけど……」


 ドキドキしながら当たり障り無い答えを返す


 緊張でとてもお姉さんの顔が見れない


 「そっか……実はね……」


 まさか……!?


 「私……」

 

 本当に……!?


 「……には歳の離れた妹が居るんだけどね」


 妹かよ!


 「オーキ君より一つ年上なんだけど、人見知りでね……」


 お姉さんは友達の居ない妹さんの友達になってくれないか?と俺に言った


 軽い落胆とまあそんなもんかと納得


 そして新たな疑問


 何故俺に!?


 「いや、それならまだ一応女のカナの方がいいんじゃ?」


 「うん……それも考えたんだけどね……」


 誰に対しても物怖じしないカナは友達多そうだから妹さんの相手は出来無そうとの事


 それは同感だが……


 「いや、俺もそれなりにダチはいますし……」


 「でも、友達と彼女は別でしょ?」


 「いや、だからって……」


 「それにその……私が甘やかしてる所為もあるんだろうけど、あの子結構我が儘な所があるの」


 「ああ、だから我が儘大王のアイツとは衝突するかもと?」


 「大王って、そこまで言ったら悪いよ」


 あいつが我が儘なのは認めるんですね


 「でも、その点オーキ君なら大人っぽいし、合うんじゃないかなって」


 つまりお守り役と言う訳か……


 正直まったく興味が無い訳じゃない


 きっとお姉さんの妹なら可愛いに違いない


 一度くらい顔を合わせてみたい気はする


 でも……


 「すいません。信頼してくれるのは嬉しいんですが……」


 「興味無い?」


 「今の所は……あまり……」


 「そっかぁ……残念」


 そんなに残念そうにしないで下さい


 俺にはその信頼に応える術も


 資格も無いんです……




 そこに通う事は本当に楽しかった


 しかしタイムリミットは必然的にやってくる


 道場に顔を出すと控え室に呼ばれ


 師範からついにあの言葉を言われてしまったのだ


 「すいません……」


 それだけしか言えず


 俺はそのまま足早に去る事にした


 カナやお姉さんと顔を合わせない内に……


 「あれ?オーキ君。どうしたの?」


 そう思っていたのに


 チャリに乗ろうとした所で少し遅れて来たお姉さんとばったり会ってしまった


 一番会いたくなかったのに……まったく間が悪い

 

 「今までお世話になりました」


 「えっ!?」


 それだけ言って頭を下げ


 そのまま下を向いたまま


 お姉さんが驚いている間にチャリをこいで擦れ違った


 心の中で何度も謝りながら……


 


 こうして俺の道場巡りは終わった


 結局の所


 多くの時間を浪費し


 多くの人に迷惑をかけておきながら


 得る物はほとんど無いと言う最悪の結末


 今思えば


 これが“若さ故の過ち”と言うやつなのだろう


 中学の時のある休日


 古河パンの近くでお姉さんを遠目に見かけた事があった


 思わず物陰に隠れた事は


 言うまでも無い

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