4月14日こんな事もあろうかと、そこには兵を伏せておきました
「資料室?旧校舎にこんな所があるのか」
ドアの上のプレートを見上げながら智代が呟く。
放課後、約束した通り俺は智代と門倉と共に宮沢のアジトである資料室の前に来ていた。
正直、また智代の奴が「会いたくない」とか言い出したらどうしようかと思っていたが、帰りのHRが終わるなり門倉と共に突入してきたからその心配だけは無さそうだ。
もっとも、乗り気かどうかまでは微妙な所だが……。
まあ、いい。
ここで二人を会わせるだけでも意味はある。
気を取り直してノックをしようと構えた所で、ふとある重大な事に気付く。
まさか……居ないよな?
無論、宮沢が、では無い。
宮沢の友人達である。
ゆくゆくは知られる事にはなるだろうが、いきなり他校の生徒が堂々と侵入していたら、智代でなくともこじれそうだ。
「そういや、宮沢はもう来てるのか?」
「ん~どうだろぉ?私も終わってから直ぐオーキ君のクラスの前に来たからぁ」
「そうか……」
万一奴等が来ていたとしても、宮沢が居たならうまく立ち回ってくれるだろう。
そう思い、何でも知ってそうな隣の門倉に一応確認するも、残念ながら知らないらしい。
とりあえず叩いてみるか。
どの道、宮沢が来ていなかったら鍵がかかっていて中には入れないだろうし。
「はーい……どうぞ」
ノックの後に聞こえてきた「はーい」と「どうぞ」までの若干の間。
やべえ……居そうだ……てか、居るなコリャ……。
どうする?今日はやめておくか?
「どうした?入らないのか?」
「あ、ああ……」
だが智代に促され、つい教室のドアを開けてしまった。
「いらっしゃいませー」
中をざっと見渡して、笑顔の宮沢の姿だけしかない事に少しほっとする。
まあ、何とかなるだろう。
宮沢も平気だと判断したから返事したんだろうし、奴等も宮沢と俺以外の奴が居たら隠れて出ては来ない筈。
むしろ二人が知己になった証人になると思えば……。
そう楽観的に考えようとしていたのだが……甘かった。
「初めまして。宮沢有紀寧です」
「坂上智代だ」
「坂上さんとは、前から一度お会いしたいと思っていたんです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくたの……」
「げえぇっ!!坂上!!」
こちらに寄ってきた宮沢が智代と握手を交わそうとしたまさにその時、それを妨害するかの様にどこからともなく上がった男の声。
うっわ……最悪だ……!
「誰だ!?」
瞬時に智代は表情を険しくして身構え、声のした本棚の方向を睨みつける。
シンと静まり返る世界。
ピリピリと空気が張り詰め、最早仲良く談笑して親睦を深められる様な雰囲気ではない。
『奴等に伝えて無かったのか!?』
そう宮沢に目で問うと、返って来たのは冷や汗交じりの苦笑のみ。
このほんわか天然娘が……!
「そこに誰か居る事はわかっている!早く出て来い!」
今にも自分から“狩り”に行きそうな気迫で、尚も智代の追及は続く。
完全にモードが切り替わった様だ。
今更“気のせい”では誤魔化せないだろう。
仕方あるまい。
「いいだろう……出てこないのなら、こちらから……」
「待て智代!」
俺は痺れを切らした智代の腕を掴んで制す。
「どうして!?今おかしな声がしたのは、お前にも聞こえただろ?この部屋に誰か怪しい奴が隠れている筈だ!」
「ああ、わかってる……出て来いよお前達」
そして俺はさも配下に命令するかの様に呼びかけた。
ややあって、ゴソゴソと音がしたかと思うと、本棚の影から学ラン姿いかつい男が姿を現す。
「何だお前は!?その制服、光坂の生徒じゃ……!!」
すかさず智代が放とうとした詰問の台詞は、しかし驚きによって絶句へと変わる。
その学ランの男の影からもう一人、恐らく同じ学校の学ランの男が顔を出し、更にバンと勢い良く開けられた用具入れの中から一人、本棚の上から颯爽と降り立った奴が一人、中央に置かれたテーブルの下から一人、おまけに外から窓を乗り越えて来る輩が三人……総勢八名のいずれも厳ついナリをした男共が隠れていたのだ。
てか、一人じゃないとは思っていたが、これは居過ぎだろ!!
「なっ……他校の生徒がこんなに……!!お前達、一体どういうつもりだ!?」
「それはこっちの台詞だ!!坂上、テメエが何でここにいやがる!?」
「この学校の生徒だからに決まっているだろ!」
「「「なっ、何い!?」」」
智代の答えに今度は男共に動揺が走る。
やはりまだ智代がウチに居る事を知らない奴が多いという事か……。
思ったより情報が広まるのは遅いのか?
「それより、勝手に他校に上がりこんでるお前達の目的は何だ!?」
「そんなの決まっているだろう」
そこで俺は男達に代わって彼女の前に進み出た。
そして振り向き様に言い放つ!
「こいつらは俺が配置した伏兵だ……お前を呼び出し、倒す為のな!!」
「……何を言ってるんだ?私を倒すも何も、お前はすでに私に勝っているじゃないか」
一瞬で看破された!
だが、俺の真の狙いは智代に対する物ではない。
「お、おい、今なんつった?」
智代が何気なく言った言葉に、男達の血相が変わる。
そう、俺の狙いは初めから智代に俺が勝ったと言わせる事だったのだ。
「お前達の目的は何だと訊いてるんだ!」
「いや、そうじゃなくて、その後だよ……川上がお前に勝ったとか何とか……」
「そんな事、お前達には関係無い!それより、こちらの質問に答えるのが先だ!」
「だから、俺の配下だって」
「「「何時から俺等がテメエの舎弟になった!!」」」
見事にハモる空気の読めないアホ共。
「オーキ!一体どういう事なんだコレは!?」
だが、狙い通り智代の矛先はこちらに向いてくれた。
そのまま藪睨みで詰め寄ってくる。
「いや、だからひとまず落ち着け」
「奴等を見ても平気な顔をしているって事は、やっぱり何か知ってるんだな!」
更に息がかかりそうな距離まで詰め寄ってくる。
「どうなんだ?さあ、言うんだ!」
更に互いの体温が感じ取れる程の距離まで詰め寄ってくる。
近い!
近いよ!!
だがこの圧力に屈しては、アホ共に示しがつかない。
「バカ……人が見てるだろ?」
「えっ!?あっ……そ、そうだな……って、そうじゃない!」
目をそらしながら言ってやると、釣られて一瞬周囲を見渡して恥ずかしそうにしたが、直ぐに気付いてつっこんでくる。
いいノリツッコミだ。
「あの、坂上さん。この方達は私の……」
ようやくここで苦笑しながら事態を静観していた宮沢が口を開き始めた。
だが、
「うっ、ううっ……ゆ、ゆきねぇ……!」
窓際からドサッと何か大きな物が落ちた様な音がしたかと思うと、そこにはボロ雑巾の様に傷だらけで息も絶え絶えの男が呻いていた。
いつもやられて怪我をしては宮沢に介抱されてる奴で、確か名前は“須藤”だ。
「まだ仲間が居たのか……!?何だお前?血が出てるじゃないか!」
「クソッ……奴等待ち伏せしてやがったんだ……って、お前は……まさか坂上ぃ!?」
自分に近寄って来た少女の正体に気付き、ひいっと座ったままの姿勢で手足をばたつかせ凄い速さで後ずさる須藤。
結構元気じゃねえか。
「私だったら何なんだ?」
「お、お前、転校したんじゃなかったのか!?」
「ああ、したぞ。この学校にな」
須藤の反応にムッとしながらも、智代は誇らしげにその形の良い胸を張って答える。
「じゃ、じゃあ、お前が会いに行った自分より強い男ってのは……!?」
智代が前の学校を去った時の噂は知っているらしく、男達はひそひそと、そして時折驚嘆の声を上げながら、視線を俺と智代の間を右往左往させていた。
まあ、俺も宮沢から聞いたんだから当然か。
一時はどうなるかと思ったが……結果オーライかもな。
おかげで智代がウチに居て、そして俺がその智代に勝ったと言う事実を、他ならぬ智代自身の口から語らせる事が出来た。
これで眉唾の噂としてではなく、事実として俺が智代に勝った事が広まるだろう。
もっとも、智代をなだめるのには苦労しそうだが……。
「それで、結局お前達は何なんだ?」
「えっと、それはですね……」
「何だよオイ、今日はやけに多いな……おーい、ゆきねぇ居るか?って、うおっ!!ひょっとしてテメエは坂上か!?」
事態を収拾させようと宮沢が口を開こうとすると、またも窓から大柄な男が顔を出し、またまた智代の姿を見て驚く。
いや、いくら何でも来過ぎだろ?一度にこんだけ来たのは初めてじゃねえか?
「またか……一体何がどうなってるんだここはーーー!?」
もはや怒りを通り越し、頭を抱えた智代の叫びが木霊する。
風邪をひいた様です。みなさんも気をつけて下さい……。