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4月14日擦れ違う想いと覚悟

 「別に食えないなら残してもいいぞ」

 正直もうネタが終わったので半分どうでも良く、軽い気持ちで言ったのだが、しかし智代は下唇を噛んで渋い顔をすると、ゆっくりと首を振った。

 「……そう言う訳にもいかないだろ?世の中には食べたくても食べられない子供達が大勢いるんだ……食べ物を粗末にする訳には……」

 智代はフルフルと振るえながらもよもぎパンを一口かじると、「ううっ……」と呻きながらもそれを噛んで飲み込む。

 しかし、それを見て俺は少しだけほっとしていた。

 俺にとって早苗さんのパンは、“パンダの笹”“コアラのユーカリ”の様な物だ。

 もし「こんな物食えるか!」と拒絶されていたら、俺自身を拒絶されたみたいな気分になっていたかもしれない。

 だが、一口毎にこれでは昼休みが終わってしまいそうだ。

 「そういう時はな。せんべいパンを使うんだ」

 「おせんべいパン?ああ、なるほど。交互に食べれば少しは味が紛れるか……」

 「それでもいいが、それよりまずこうやってせんべいパンのせんべいを取り出してな……」

 俺は智代から預かったせんべいパンをただのせんべいとパンに分解してみせる。

 次によもぎパンの中身も取り出し、それを先程のせんべいと入れ替えた。

 「さあ、これで少しはマシになった筈だ」

 「う、うん……」

 完成した“かつてせんべいパンだったパンに蓬ペーストを挟んだパン”を智代に渡すと、彼女は暫くそれを凝視して、目を瞑って勢い良くそれにかぶりつく。

 「……ハア……確かに、これなら何とか食べられる……」

 「ほら、口直しにせんべいも食え」

 「うん……」

 智代は辛そうにしながらも、テンポ良くせんべいとパンを交互に食べ始めた。

 これで時間内に食い終われるだろう。

 女の子らしい食べ方も何もあった物では無いが……。

 「お前は……いつもこんな風にして食べているのか?」

 「ん?まあ、家ならジャムとかマヨネーズかけたり、スープに浸すとかやってるけど」

 「そうか……色々工夫している訳だな……やっぱりお前は頭がいいんだな」

 「そうでもしないと、とても食い切れたモンじゃないからな」

 それを思えば、ある意味早苗さんのパンのおかげで自由な発想力が養えたとも言えなくも無い。

 人間、若い内の苦労はしておく物なのだろうか?

 でも、苦労した人間が必ず成功する訳でも、恵まれた人間が成功しない訳でも無いから、人生は不公平である。

 「頭がいいと言えば、お前の書いてくれたノートも良く出来ていた。休み時間に読んだが、たった数日であれだけの事を調べて今後の計画を練って来れるなんて、さすがオーキだと感心したぞ」

 「そうか?あれくらい、この学校の生徒なら誰だって考え付く戦略じゃないか?」

 「そうだろうか……?少なくとも私は、あそこまで具体的には考えていなかった」

 いや、考えておけよ……。

 まあ、リーダーは方向性を示せればそれでいいのかもしれんけど。

 「とりあえず、俺が知ってる事と考えてる戦略はあんな感じだ。もちろんより正確な情報と、それに基いた修正は必要だろうが、大まかにはアレでいいと思う」

 「そうだな……」

 そこで何故かそれまで笑顔だった智代の笑顔が翳る。

 よくわからんが、こいつにはこいつの考えが有ったという事なのだろうか?

 まあ、それはおいおい擦り合せていけばいい。

 「それで、今日の放課後なんだが、暇か?」

 「え?あ、いや、特に何も無いから平気だ。どこか行くのか?」

 途端にぱあっと翳りが消え、餌を期待する犬の様に身を乗り出し気味で食いついてきた!

 何だ?俺に不満が有ったんじゃ無いのか?

 「いや、仲間を増やす必要が有るだろ?とりあえず二人ほど声をかけといたから」

 「……一体何の事だ?」

 正直、俺は喜んでくれると思っていた。

 しかし智代は訝しげな表情で、そんなとぼけた事を訊いてくる。

 「いや、だから、俺らの仲間に決まってるだろ?」

 「……そんなの必要無い」

 「はあ!?」

 そっぽを向いて呟かれた言葉に、一瞬耳を疑う。

 「お前、何言ってんの?」

 「今は私とお前だけで十分だと言ってるんだ。もちろん、いつかは増やす必要が有るとは思うが、それは計画が動き出してからでいいじゃないか」

 「だから、動くのに人手が要るだろ?」

 「だからそれは、まずは生徒会選挙で当選しない事には始まらないじゃないか」

 「別に生徒会長になる前にだってやれる事はあるし、その選挙でも協力してもらえるだろ?それとも、会長になれなきゃ諦めるのか?」

 「そうは言ってないだろ?ただ……少し気が早過ぎるんじゃないか?あっ、いや、もちろんお前がやる気になってくれている事は凄く嬉しい……でも、出来れば桜並木の事は他の生徒には選挙まで内緒にしておきたいんだ」

 思わぬ智代の言い分に、今度は俺が眉を寄せる。

 選挙まで内緒にしておきたいって……?

 「気が早いって、ノートにも書いておいただろ?今年いっぱいが勝負だって。それと言っておくが、選挙には俺はあまり協力出来ないぞ」

 「どうして!?」

 余程ショックだったのか、智代は今にも飛び掛って来そうな勢いで膝立ちになって声を荒げた。

 「俺はこの学校じゃ有名な不良であり、真っ向から学校や生徒会を批判してきた反体制の人間だ。当然、教師はもちろん生徒にも俺を嫌ってる奴は多い。そんな奴が側に居たら、お前まで同類に思われちまう事くらい判るだろ?」

 「そんなの関係無い」

 「無い訳ねえだろ?」

 「そもそも、お前は自分が思っている程嫌われている訳では無いと思う」

 「だとしても、お前のクラスの……名取だったか?そいつみたいのも居るし、教師の多くは俺を警戒している。選挙ってのは、要は人気投票だ。ただでさえお前は、転校して来たばかりで知名度も低いし、小中で生徒会だったって実績も無い。その上俺の仲間だと思われて敵を作ってたら、勝ち目なんて無くなるぞ」

 「そんなの、やってみなければ判らないじゃないか」

 不貞腐れた様に言う智代に、だんだんと俺もムカムカしてくる。

 「そうかよ?なら、ますます俺が居る意味はねえな」

 「だから、どうしてそうなるんだ!?」

 「“やってみなければ判らない”でいいなら、俺が策を立てる必要もねえだろと言ってるんだ。最初に訊いたよな?お前に何かを犠牲にしてでも目標を成し遂げる“覚悟”は有るのかって」

 「私はそういう意味で言ったんじゃない!ただ、そんな事おかしいじゃないか!お前は誰が何と言おうと私の仲間なんだ。その事で誰かに敵視されたとしても、私は一向に構わないし、そんな事で生徒会長になれるかどうかが変わる訳が無い!」

 「変わるんだよ!例え実際に変わらなくても、もしお前が落ちたら“俺の所為”って事になるだろうが?」

 「そんな事、私が思う訳無いだろ!」

 「俺が思うんだよ!お前の足を引っ張りたくないっつってんだ」

 「だったら、私が生徒会長になればいいだけの話じゃないか!」

 そのあまりにもポジティブ過ぎる言い分に、俺は溜息しか出ない。

 どうすれば解ってもらえるんだ?

 片手で髪を掻き揚げる仕草で頭を抱える俺に、智代は熱の籠もった視線を向けてくる。

 「私にとって、お前が助けになりこそすれ、足を引っ張るなんて事はありえない!だからオーキ、私の傍に居てくれ。お前が居てくれるなら、それだけで私は戦い抜いてみせる」

 智代の決意と想いに、心を揺さぶられない訳じゃなかった。

 だが、それじゃあダメだ。

 そんなの、俺である意味が無い。

 今度は、俺の想いをぶつける番だ。

 「別に俺は、選挙中さぼるっつってんじゃないんだ。むしろ、さっきも言った様に生徒会長にならなくてもやれる事は多い。主に学校外の事でな。だから、俺はそっちを担当すると言ってるんだ。お前はまず“内”を、生徒会長になってこの学校をまとめる事に専念しろ。その間に俺が“外”の事を進めておいてやるから」

 「……私の傍には居られないと言うのか?」

 「もちろん相談くらいはのる。だが、ゆくゆくはお前にも選挙を共に戦ってくれる俺以外の仲間が出来るだろうし、生徒会長になれば、ブレーンとなるのは生徒会のメンバーだ。まずお前が頼るのはそいつらでなくちゃダメだ」

 「どうして!?」

 「俺にばっか頼ってたらお前の為にならないし、周りだって面白くないだろ?特に生徒会に入ろうって人間は大なり小なり自己顕示欲が強く、プライドも高い。生徒会長が外部の人間ばかり頼っていたら、捻くれて協力してくれなくなるぞ」

 「そんな奴ら、放っておけばいい」

 「だ・か・らぁ、一人でも多くの人間の支持が要るっつってんのに、どうしてお前は二言目には『関係ない』なんだ?」

 「お前の方こそ、さっきから人の顔色を気にし過ぎなんじゃないか?」

 「だから民主主義は人気取りだっつってんだろ!なら、やっぱりクーデターにするか!?ついでに国会議事堂も武力制圧して、日本を征服するか!?」

 「する訳無いだろ!!どうしてお前は直ぐにそう極端な事を言うんだ!!」

 互いに膝で立って怒鳴り合い、睨み合ったままハアハアと荒い息をつく。

 ああっ、本当に、どうやったらこの世間知らずなお姫様に解ってもらえるんだろう?

 「俺だって、ご機嫌取りみたいな事はしたくもさせたくもねえよ。でもな。今は喧嘩が、戦争が強ければ人がついて来た戦国時代とは違うんだ。金も権力も無い以上、一人でも多くの人間を味方にして、共に声を挙げてもらうしか無い。それがお前が選んだ戦いだろ?どんなに辛くとも、やり遂げるんじゃなかったのか?」

 「……」

 「それに、常に一緒にいるだけが“仲間”じゃないだろ?むしろ、例え離れていても、同じ目的に邁進出来る。それが“同志”ってもんだ。それとも、俺じゃ信用出来ないか?」

 「そんな事……ある訳無いだろ……?でも……」

 その時、昼休みの終りを告げるチャイムが智代の言葉を遮る。

 丁度いい。潮時だろう。

 「まあ、とりあえず放課後、二人と会ってくれ。前からお前に会いたがってた奴がいるんだ」

 ひとまず話をまとめるべく、俺は立ち上がりながら諭す様に穏やかに言った。

 「……私にか……?」

 「それと、もう一人は門倉だ」

 「ああ、みのりか……」

 門倉の名を出すと少しだけホッとした様な顔をした智代も、思い出した様に上のゴミを片付けてからビニールシートをたたみ始める。

 「仲間にするしないは別として、会って少し話すくらいいいだろ?」

 「う、うん……会うのは別に構わない……」

 シートをたたみ終えたのを待って、俺は彼女を首で促して歩き出す。

 智代は俺の直ぐ後ろをついて来ながらも、教室の前で別れるまでずっと無言だった。

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