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4月13日:義賊のすすめ

 待ち合わせ場所である駅前には約束の時間より30分以上前に着いた。

 何となく、あいつの性格的に時間よりかなり早く来るんじゃなかろうか?

 そんな気がして少し慌てて来たんだが……まだ来てはいないようだ。

 杞憂だったか……。

 まあ、遅れるよりいいだろう。

 これで実は時間にルーズな奴だったら目も当てられんが……それは無いと思いたい。

 むしろ生真面目ぶりを発揮して、約束の時間五分前からぴったりの線が濃厚だろう。

 さて、時間までどうする……?

 ゲーセン……は時間が半端になりそうだ。

 コンビにで立ち読み……は日曜で読みたい物が無いな。

 とすると……万一、あいつが待ち合わせ場所を間違えてるかもしれないから、駅の周りでも見て回るか?

 昔のドラマとかでは、そういった切ない擦れ違いネタがよくあったみたいだが、今は情緒もへったくれも無く携帯で連絡して解決だ。

 と言っても、今のあいつは携帯持って無いから有り得る事なのだが。

 正直、あまり携帯は好きじゃないし、ぶっちゃけ普通に生活する分には無くてもいいと思うのだが、例の活動を始めたら必要になるだろうし、だったらこの機会に買っておくのもいいだろう。

 さて、余裕の有る内に回ってみるか。

 一緒に昼飯を食うのにいい所が見付かるかもしれんし。

 例えその間にあいつが来たとしても、約束の時間までに戻れば問題無かろう。

 そう思い歩き始めた矢先の事だった。

 「お前達、カツアゲなんて真似をして恥ずかしくは無いのか!?」

 どこからか聞こえてきたその声音、その口上に足を止める。

 間違いようも無く智代の物だ。

 おいおい、まさか……!?

 悪い予感と言うか確信に、すぐさま声の主を探して走り出す。

 その腰より長い髪の少女の背中は、駅前通りから一つ入った狭い路地に在った。

 彼女の前には、お約束の様に見るからにガラの悪い私服の二人組と、その奥で壁に背にして座り込むウチの制服を着た男子。

 ああっ、なんて解り易い構図なんだ……。

 「あん?何だよ?だったら、アンタが相手してくれんのかい?」

 「なかなかイイ女じゃねえか。アンタならこっちから金出してもいいかもな」

 ゲラゲラと笑い合う二人には智代を警戒する素振りすらない。

 どうやら彼女の正体を知らない様だ。

 だとすれば無理も無い。

 見た目ただの小娘一人に負ける可能性なんぞ、微塵も考えはしないだろう。

 「くだらない事を言ってないで、みっとも無い真似は止めるんだ!そんなにお金が欲しいなら、自分で真面目に働いて稼げばいいだろ?人を脅してお金を奪う事は立派な犯罪だ。お前達は泥棒になりたいのか?」

 にも拘らず、智代は智代でこの調子である。

 初めからズレた認識。

 互いに互いを見下した価値観。

 話が通じる訳が無い。

 そしてその無意味な会話の結末は、

 「生意気な女だな。でも、気の強え女は嫌いじゃないぜ」

 「ああ。生意気な女を泣きながら謝らせるのは最高だな」

 「どうやら下衆共には日本語は通じない様だな。いいだろう。泣きながら謝まるのはどちらか教えてやる」

 いつでも不毛な物にしかならない。

 「じゃあ、たっぷりと教えてくれよ……その身体でな!」

 智代の度重なる挑発に男達の目の色が変わり、舌なめずりをしたパンチパーマの男の方が先に動く。

 だが、

 「おろ!?」

 覆い被さる様にして掴んだ物は智代の残像。

 「これで正当防衛だ」

 立ったままの体勢でスライドしたかの様にそれを避けた智代が、大義名分の宣言と共に必殺の右足がカウンターとして唸りを上げる!

 「うわああああああ〜〜〜っ!!」

 だが悲鳴を上げたのは、まくれかかったスカートの前を押さえる乙女の方だった。

 前に回っては間に合わない。

 そう判断した俺は、咄嗟に蹴りが出る寸前に背後から翻ったスカートの裾を掴んで引っ張ったのだ。

 かつてあまりの危険さに封印した伝説の奥義“スカートめくり”である!

 ああっ、今日も眩しいばかりの純白だな!

 「くうっ、死ね!!」

 「ぐっ!!」

 スカートを放したと同時に殺気と共に放たれた振り向きざまの左回し蹴り。

 食らう訳にはと辛うじてブロックした物の、そのまま軽く後方に吹っ飛ばされる。

 久々の、初めて戦った時以来の本気の蹴りだった。

 「オーキ……!?お前は何を考えているんだ!?いきなり後ろから女の子のスカートをめくる奴があるか!!」

 蹴った後でようやく俺に気付きキョトンとした物の、智代は殺気こそ消えたが怒りと羞恥で真っ赤になりながら噛み付かんばかりに詰め寄ってくる。

 よしよし、ひとまずこれで智代の意識はこちらに向いた。

 相手の男達は一瞬見せた智代の動きと、突然の乱入者の登場に面食らっている様だ。

 そして肝心の被害者であるウチの生徒もまた、ボケっと成り行きを見ている。

 校章の色から一年の様だが、制服を着てるのは部活か何かの行き帰りだろうか。

 「ッッ……いいだろ?パンツくらい毎日見てるんだし」

 「なっ……!!?」

 「何だテメエは!?」

 「コイツの“連れ”だよ。悪いがレンタルはしていないんでな。ナンパとかなら他を当たってくれ」

 痺れた腕をブラブラさせながら、わざと男達にも聞こえる様に過激な事を言って、絶句したその肩を抱いて男達に関係者である事を見せ付けてやる。

 「い、いくら毎日見ているからと言って、いきなり後ろからスカートをめくって良い訳がないだろ!?それにナンパじゃなくてカツアゲだ。早めに待ち合わせ場所に着いてお前を待っていたら、そこのウチの生徒を路地裏に連れて行くこいつ等を見かけたんだ」

 俺に抱き寄せられて恥ずかしそうに文句を言いながらも、智代は嫌がる素振りも見せず事の経緯を説明してくれた。

 やっぱり俺より早く来ていたのか……急いで来て大正解だったな。

 「ほう、カツアゲねえ」

 「何だコラ!?」

 「テメエも文句あんのか!?」

 関心した様に呟いて男達に目を向けると、パンチとボーズの二人は仲良く並んでにじり寄りながら威圧してきた。

 二人とも俺よりデカク、それなりにガタイもイイ。

 こうやって寄ってこられると、壁が迫って来る様な圧迫感がある。

 しかしまあ、智代のあの動きと蹴りを見て尚驕りが消えていない事からも、こいつらが大した事は無いのは明白だ。

 それでも、結構厄介な状況ではあるが……。

 「あん!?」

 「「!!」」

 まずは牽制の一睨みでその歩みを止めさせる。

 あんまり距離を詰められると、智代がまた戦闘モードに入ってしまいかねない。

 そしてそのまま暫しメンチを切り合う。

 重苦しい空気。

 ムサイヤロー共。

 柔らかい智代の身体。

 芳しい智代の匂い。

 熱い智代の吐息。

 マズイな……気を抜くと顔がにやけそうだ。

 やはりこの場での最大の敵は智代か。

 だから俺は、自身の理性の限界と相手の“焦れ”を見極め、にやけた顔で言った。

 「そう言う事なら手伝おうか?」

 「「「「……はあ!?」」」

 智代を含めた三人の一瞬の呆けの後の驚き。

 その思考の空白に、俺は智代から離れ動き出す。

 「なっ!?」

 慌てて構えた二人を片手で制してその横をするりと抜け、同じく呆けて座り込んでいる如何にもウチの生徒らしい眼鏡の男子生徒の前に立ち見下ろす。

 「テメエ、何座ったまま見物してんだよ?」

 「えっ……!?いや……あの……」

 「そうやってりゃあ、誰かが助けてくれるとでも思ってんのか?」

 「それは……その……」

 「見ず知らずの女が一人で助けに来て、それでもお前は逃げようとも、一緒に立ち向かおうとも、携帯でダチや警察に助けを呼ぼうともせず、ただ成り行き任せかよ?甘ったれてんじゃねえぞコラ!!」

 「ひいいいっ!!」

 ガンと壁を足の裏で蹴り、派手な音を立ててビビらせる。

 状況を把握出来ず困惑していた表情が、恐怖と絶望の色に染まった。

 まあ、無理も無いか。

 助けに来てくれたと思った人間に、いきなり脅されているのだから。

 「テメエ、光坂の生徒だろ?出来るのは勉強だけか?いざと言う時に自分じゃ何も考えられねえのか?だったら、とっとと金だせや!せめて他人様に迷惑かけるんじゃねえ!!」

 「ひいっ!!ご、ごめんなさい!!」

 堪らず一年は慌てて財布を取り出すと俺に差し出した。

 それを受け取り、中を確認する。

 「ほう、一万とちょっとか……結構持ってんじゃん」

 「お前がカツアゲをしてどうするんだ〜〜〜!!」

 やはり疾風となって男二人の横をすり抜けてきた智代が突っ込んできた。

 「一体何をやってるんだお前は!?コイツは絡まれた被害者じゃないか!!」

 「じょ、冗談だ。ほら」

 あまり粘っていると武力行使されそうなので、鼻が触れ合いそうな至近距離まで顔を近付けてくる智代をなだめつつ、さっさと財布を投げて一年に返してやる。

 「あ、ありがとうございます!」

 「「返すな〜〜〜!!」」

 今度はパンチとボーズのつっこみ。

 頃合か。

 「てか、お前等、ちまちまカツアゲなんてしてないで、どうせならドンと稼いだらどうだ?“一億”くらい」

 「「一億!?」」

 その魅惑の単語に男達は色めき立……ってはくれず、むしろ眉をひそめた。

 額が大き過ぎて現実味が無いのだろう。

 「テメエ、俺達をなめてねえか?」

 「そんな旨い話がある訳無いだろ?」

 「まあ、聞けよ。お前等、一応未成年だろ?」

 「一応ってどういう意味だよ!?」

 「だったらどうだってんだ?」

 「もし未成年がカツアゲで捕まったら、どれくらい少年院にブチ込まれか知ってるか?」

 俺の問いにパンチとボーズは互いに顔を見合わせた。

 その反応から二人が何も知らない事を確信して俺は話を続ける。

 「強盗恐喝罪で初犯なら半年から一年、もちろん余罪があればもっと伸びる事になる」

 「「!」」

 「何度もやっているのがばれたら、ムショの中で成人式を迎える事も有り得るだろうな」

 二人の表情に明らかに動揺の色が浮かぶ。

 別にカツアゲに限った事じゃないが、罪である事は知っていても、具体的にどれだけの刑罰が科せられるのかまで知っている人間は稀だろう。

 ぶっちゃけ、俺もよく知らないし……。

 そう、今までのは全てハッタリである。

 「じゃあ、仮に銀行強盗をして三億盗んで捕まったら、どれくらいだと思う?」

 「そりゃあ……そんだけ盗めば十年くらいは出て来れないんじゃねえか?」

 「フフッ、言ったろ?強盗は初犯なら半年だって」

 「「ええ!?」

 鼻で笑って断言してやると、驚く男達の瞳にそれ以外の物が見え始めた。

 この話への興味と、俺に対して『ただ者じゃねえ』と一目置き始めたと言った所か。

 そこで首だけ捻って背後の一年を確認すると、目が合い怯んで縮こまる。

 立ち上がってはいる物の、相変わらず一緒になって俺の話しに聞き入っている様だ。

 まったく、さっきアレだけ説教してやったと言うのに……。

 「つまり、カツアゲして一万盗ろうと、銀行から三億盗もうと、罪は同じって事だ。だったら、三億盗んだ方がいいだろ?」

 「銀行強盗が良い訳があるか!!何をバカな事を言ってるんだお前は!?」

 来るだろうと予想はしていたが、案の定智代が真っ先に食ってかかってくる。

 まったく、誰の為にやってると思ってるんだ?

 「智代。後でたっぷり相手をしてやるから、ちょっと黙っていてくれ」

 「銀行強盗をやれとたぶらかそうとしている人間を、黙って見過ごせるか!!」

 「いいから、この場は俺に任せておけって」

 「バカかお前?いくら盗ろうと、警察に捕まったら没収されるんだから意味がねえだろ?」

 何とか智代をなだめすかしていると、驚いた事にボーズがまともな事を言った。

 だが、ナイスだ!ここからがこの話の“ミソ”である。

 「そう、そこだ。多くの人間がカツアゲはしても銀行強盗をしないのは、現行犯以外まず捕まらないカツアゲよりも、銀行強盗の方が捕まり易いからだ」

 「カツアゲする人間は多くは無いだろ……」

 智代がつっこんできたが、余計な事には答えない。

 「でもな。仮に三億使いきって捕まった犯人は、三億返さないといけないと思うか?答えはノーだ。返せない金は返さなくて済む」

 「つまり、捕まる前に使えって事か?でも、三億なんてとても直ぐには使えないだろ?それに使いきっちまったら、結局金に困るじゃねえか」

 「ああ。だからこうするんだ。まず一億を絶対に見つからない場所に隠しておいてだな、残りを出来るだけ高い所から町にばら撒け」

 「何い!?」

 「金をばら撒けだぁ!?」

 別にまだ実際にやると決まってもいない事に、男達は血相を変えた。

 自分達が喉から手が欲しい金をばら蒔く。

 その行為に抵抗があるのだろう。

 だが、だからこそ効果が期待出来ると言う物だ。

 「そんな事したら、他の奴等に拾われちまうだろ!?」

 「そう、それが狙いだ。ばら蒔かれた金は不特定多数に拾われ、また散り散りになって警察が総動員しても回収するのは不可能だろう。つまり、ばら蒔かれた正確な金額も判らないって事だ。これで例え捕まっても、手元に一億残る。使えない三億をケチるより、二億をばら蒔く事で警察の目を欺く訳だ」

 「おお、なるほど!!」

 「でもよ。いくら何でも流石にあやしまれるんじゃねえか?折角盗んだ金をばら蒔く奴なんて居ねえだろ?」

 「ああ。だからまず、金ばら蒔いたら直ぐに自首しろ」

 「何だよそれ!?」

 「自首してどうすんだよ!?」

 「だから、捕まってもいいように金をばら蒔いたんだろ?それに自首すれば刑はぐっと軽くなる事くらい知ってるだろ?うまくいきゃあ、罰金くらうだけで済むかもな」

 「マジか!?」

 「銀行強盗って、そんな罪軽いのかよ!?」

 「当然未成年で、殺しとかしていなければ、だ。そして、動機を聞かれたらこう言え。『義賊になりたくて五右衛門の真似をしました』ってな」

 「義賊!?」

 「五右衛門て斬鉄剣のか?」

 「元祖の方だ。まあ、『某三世』も似たような物だが。私利私欲の為ではなく、この世知辛い世の中だからこそ義賊に憧れ、こういう事をやってみたかったと言えば、お前等は犯罪者どころか町のヒーローになれる」

 「「ヒーロー……!!」」

 「そうだ。ちょっと銀行襲って少しの間臭い飯を食うだけで、一億の金を得て、しかも義賊としての名声まで得られる。どうだ?悪い話じゃあるまい?」

 破滅へと誘う悪魔さながらの笑みを浮かべ、富と名声をチラつかせてやる。

 しかし二人は俺の誘いに迂闊に乗ろうとはしてこない。

 そりゃあそうだ。

 そもそもこの話は銀行強盗が成功する事が前提だし、良く考えればつっこみ所は満載だろう。

 それに『やってやるぜ!!』と本気になられても困るし。

 言わばここまでのは長い前フリの様な物だ。

 そう、奴等からの“問い”を引き出す為の。

 「そんなに旨い話だってんなら、何で自分でやらねえんだよ?」

 待ち望んでいたボーズの問いに、内心ほくそ笑む。

 さて、オチといきますか。

 「決まってるだろ?俺にはコイツが居るからな」

 「あっ……!」

 そう言いながら、それまで蚊帳の外にされてつまらなそうにしていた智代の肩を再び抱き寄せる。

 「もし俺が銀行強盗なんてやろうとしたら、コイツが許しちゃくれないだろうからな」

 「あ、当たり前だ!お前にそんな事は絶対にさせない」

 「コイツは生真面目で多少融通が効かない所があるが、健気で甲斐甲斐しいイイ女だからな。俺は一億よりも、どんな名声よりも、真っ当な世界でコイツと生きたい。だから、例えコイツにばれなかったとしても、後ろめたい事をする訳にはいかねえんだ。コイツと真正面から向き合っていく為にな」

 「オーキ……!!」

 ひしっと感激で瞳を潤ませ抱きついてきた智代の頭を一撫でして、同じくイイ話に複雑な表情を浮べる男共から彼女を隠す様に向きを変え、そして何気なく、しかしそれと判る様にポケットから携帯を取り出して三桁のボタンを押す。

 「あ、警察ですか?何か学生がカツアゲされてるみたいなんで、急いで来て下さい」

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