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4月13日:ポンコツの歌

※細部修正しました

 俺は小学校の少年サッカークラブに入った

 

 難色を示した親を説得し


 一ヶ月家の手伝いをして


 これからもするという条件付きで


 あの人の様になりたかった


 あの人の様になれたらいいなと思っていた


 あの人までとはいかなくとも


 プロで活躍出来たらなと思った


 プロに成れなくとも


 チームのピンチを救う様なエースになりたかった


 チームは正直弱かった


 ぶっちゃけ弱小だった


 試合をすればいつも負けた


 いつもいいように攻められて


 常にワンサイドゲームで


 ボールの占有率なんてほとんど無くて


 シュート練習かってくらいシュートを打たれて


 大差で負けることもザラだった


 そんなチームで


 レギュラーにすらなれない自分がいた


 ここでも俺は味噌っかすだった


 温情采配で途中から出られても


 ポジションはいつもバックだった


 


 俺は足があまり速くなかった


 すぐに息が上がって


 酷い時には喘息が出た


 ドリブルも巧く出来なかった


 ボールを蹴ればノーコンで


 リフティングは一番苦手で下級生より出来なかった


 あの人のファンタジックなプレイとは


 天と地程の差があった


 背も高くないし


 ガタイも良くない


 ボールを必死に追い駆けるだけで


 敵のマークもろくに出来ず


 簡単にフェイントに引っかかって抜かれる


 それでも諦めずに追い駆けた


 最後の最後まで


 でもムキになればなる程一人空回り


 監督やコーチはそんな俺を


 “ポンコツ”と呼んだ




 試合には必ず誰かしらの父兄が同伴していた


 他校でやる時は車での移動も必要なので仕方がなかった


 車を使わ無くても誰かしら来ていた


 子供の試合だ


 暇なら観に来くる物なのだろう


 そして普通の子供なら


 自分の親に観て貰いたい物なのだろう


 でも俺は……あまり観られたくなかった


 チームは弱いし


 俺も下手だし


 恥をかくだけじゃないか


 だから親にはなるべく来るなと言っていた


 順番で車を出す時以外見に来るなと


 ウチの小学校で試合があった


 いつもより観戦者が多くて


 あれ程来るなと言ったのにお袋も来て居て


 その隣には


 あのお姉さんと渚ちゃんが居た


 目の前が真っ暗になった


 何で……!?


 どうして……!?


 まさか……わざわざ呼んだのか!?


 何て事しやがるんだあのババア!!


 よりにもよって


 一番見られたくない人達を連れてくるなんて……!!


 「オーキ君、ファイト!ですよ〜!」


 他の観戦客の誰よりもとおる


 俺だけに向けられた声援が辛かった


 どの父兄よりも際立つその姿が


 にこやかで温かなその笑顔が


 見れなかった


 「オーちゃん、頑張って下さい!」


 お姉さんに促されて精一杯してくれた応援に


 聞こえないフリしか出来なかった


 そして……


 次第に小さくなっていく声が痛かった


 その笑顔が曇っていくのは見なくてもわかった


 せっかくわざわざ来てくれたのに……


 情けない姿しか見せられない自分が不甲斐無かった


 悲しませる事しか出来ない自分が嫌になった


 そしてお袋を恨んだ


 だから……観に来るなとあれほど言ったのに……!!


 こうなる事はわかっていたのに……!!

 

 ピッピーーーーーー!


 何度目かのゴールを告げる笛が吹かれる


 ああ……とこちらの父兄の落胆の声


 もはや相手チームは点を決めた奴ですら大して喜んでいない


 惨めだ


 悔しさと恥ずかしさで下を向いて動けなくなる


 こみ上げて来る物が今にも溢れそうになる


 もう嫌だ


 どうしてこんな目に遭うんだろう?


 俺は俺なりに頑張っているのに


 俺は俺なりに必死なのに


 弱小と言われても


 “ポンコツ”とバカにされても


 どんなに下手クソでも


 どんなに負けても


 頑張っているのに


 せめて心だけは負けたくないと


 頑張っているのに


 頑張っているのに


 「みなさ〜ん、ファイト!ですよ〜!」


 声が聞こえた


 まだ帰らず応援してくれている


 あのお姉さんの声

 

 大好きなのに


 普段ならその姿を見られただけで嬉しいのに


 今は聞きたくない声


 今は居て欲しくない姿


 こんな姿を見られたくは無かったのに

 

 公園で遊びの時ですら


 お姉さんが来ると緊張するのに


 自分が格好良く無いのは知っているから……


 活躍出来ないのはわかっているから……


 ヒーローになんてなれないから……


 ちくしょう……


 ちくしょう……!


 ちっくしょぉぉぉおおおおおおっ!!


 汗を拭う仕草で目元を払い


 顔を上げてボールを睨む


 もうポジションも何も関係ねえ


 ただ我武者羅に


 ボールを追って


 追って


 追い続ける


 俺にはそれしか出来ないから


 例えみっともなくとも


 誰かに笑われようとも


 先にある物は敗北しかなくとも


 最後まで諦めず


 足掻く事しか出来ないから


 俺にはそれしか無いから


 華麗なプレーなんて出来なくとも


 ヒーローになんてなれなくとも


 せめて心だけは負けないと


 せめて心だけはあの人の様にありたいと


 

 



 4月13日(日)


 あの後部屋に戻ってきた智代が俺達の話しているのを見るなり、

 「“にぃちゃん”?お前達、もうそんなに仲が良くなったのか?でもな。私はオーキと兄弟になった覚えは無いぞ。花見の席でのあの義兄弟の契は無効だ。それとも、その……“正式な意味”でって事なのか?確かに将来的にそうなるかもしれないが、だとしても気が早すぎだ……」

 「いや、たんに同じ学校でも無いから“先輩”と呼ぶのも変だし、さん付けも硬い感じするからこう呼ぶことにしただけだけど?」

 などと何が“正式”なのかよくわからない事を言い出し、呆れ顔の鷹文につっこまれ、そこから何故か智代の大暴露大会が始まった。

 睡眠薬を飲ませられただの、パンツを見られただの、パンチラ写真を撮らされそうになっただの……。

 その度に「凄いねにぃちゃん……!」と驚愕する鷹文。

 彼の中で俺は完全に“凄い人”となった事だろう。

 ……色々な意味で……。

 そして最後に鷹文とメールのアドレスを交換し合い、そこでまた智代が

 「私はオーキの電話番号も教えて貰ってないのに……」

 と不貞腐れだし、

 「ねぇちゃん携帯もメアドも持ってないじゃん。ああ、これを期にねぇちゃんも持ったら?やっぱり有ると便利だよ」

 「校内での携帯電話の使用は禁止されているんだ」

 「持ってる分には問題無いでしょ?今時の女子高生で携帯持って無いのって、ねぇちゃんくらいじゃない?」

 「何!?そうなのか!?」

 「早速明日にでも買いに行ったら?にぃちゃんと二人でさ」

 などと新しく出来た弟分に出汁に使われ、そっち方面に疎い智代の買い物に付いて行く破目になった。

 ぶっちゃけ、“デート”と言うヤツだろう。

 記念すべき人生初のデートだ。

 いや、今までだって二人っきりで飯食ったり、花見したり、登下校したり、プリクラ撮ったり、バトルしたり、パンツ見たり、散々してきた訳だが……。

 それでも改めてデートとなると……妙に緊張してしまう。

 おかげで帰ってからも明日の事が……と言うかもう今日だが、気になって昨晩はほとんど寝付けず、ついでに色々調べ物を始めてしまい、今の朝刊配りのバイトに至る。 

 まあ、待ち合わせは午後からだから、帰ったら仮眠すればいいか。

 いつものルートを回り、ある表札のポストの前でその家を見上げる。

 「鷹文の奴……まだ起きてんのか?」

 昨日上がった家の間取りから、明かりが漏れていた部屋の見当をつけ呟く。

 と言うか、あそこの部屋の明かりがよく点いている事は前々から気付いていた。

 流石に毎日配っていればな。

 毎日という訳では無いが、週末はほぼ必ず点いている。

 パソコンにかなりハマッていると聞いたが……今度ウチのパソコン部の連中の逸話でも話してやるとするか。

 智代の部屋の明かりは点いていた事は無い。

 まあ、普通の人間は寝ている時間だからな。

 夜更かししても良い事はあまり無いし。

 背だって伸びなくなるし……。

 ……今度その事も話してやろう。




 


 バイトを終えいつもの場所に向かうと、こんな早朝だと言うのに先客が来ていた。

 樹と樹の間に張ったゴールネットの裏側の茂み。

 ガサガサと草を掻き分ける音がしたので、何かの動物かと目を向けると、白い羽を思わせる対になった大き目のリボンが草むらの間に揺れていた。

 「おっかしいなあ……この辺りの筈なのになあ……?」

 「何か探し物?」

 「うん……サッカーボールなんだけどね……この辺に入ったんだけど見つからなくて……んん?」

 近寄って声をかけてみると、その小学校高学年くらいのスカートをはいた女の子は何気なく理由を答えてくれてから俺の存在に気付き、小さなお尻を向けたまま首だけで振り返る。

 「あっ、ハーイ……じゃない!えと、おはようございます。お散歩ですか?」

 「ああ、おはよう。まあ、そんなトコ」

 その女の子は急いで顔を上げてこちらに向き直ると、あたふたと慌てながらも何とか体裁を取り繕い礼儀正しくペコリと頭を下げた。

 澄ました態度が微笑ましい。

 つり目がちで利発そうな、とても可愛らしい子である。

 初めて見る子だが、この辺の子だろうか?

 「ここにはよく来るんですか?」

 「うん。ほぼ毎日来てるかな」

 「そうなんですか!ここって凄いですよね!そこのゴールとか手作りなのに何気なく破けたりした所は直して補強してありますし、ベンチ代わりの木も元々朽木を持ってきて加工した物ですし、森のいたる所に暗号の様な物がありますし!」

 「暗号と言うか、たんなる目印だけどね」

 「ああ、なんだ……なるほど……!」

 暗号じゃなくて少しだけがっかりしながらも、納得した様に女の子は頷く。

 しかし、この子はやはり頭が良さそうだ。

 俺だけに解る様に付けておいた目印に気付くとは……なかなか良い観察眼を持っているじゃないか。

 将来が楽しみな子である。

 「それでボールだけど、どの辺から蹴ったの?」

 「えっと、ゴールのほぼ正面から……あっ、でも、ちゃんと端を狙って蹴ったら外れちゃったんですよ!」

 「じゃあ……もっとこっちの方かな……?」

 俺はこれまでの経験から、彼女が探していた場所よりもずっとゴールより外れた場所に見当をつけて探し始めた。

 「そんなに外れてないですよ!もっとゴール寄りですって!」

 だがそれは彼女にとって不服だったのだろう。

 俺が茂みに入った後も、仕切にそう主張し続ける。

 だが、

 「これかな?」

 「……あれぇ!?」

 そこで見つけた物を拾い上げ見せてやると、キョトンとして小さな口と大きめな目を全開にしたまま固まってしまった。

 「ほ、本当にあたしはそんなトコに蹴ってないんだからね!」

 そして現実を突きつけられて尚そんな事を言ってのけた!

 そうじゃないかと思っていたが、どうやらこの子はツンデレの素養もあるらしい。

 本当に将来が楽しみな子である。

 「ああ、草の生え方とか地形の高低によってか、どういう訳だかこっちの方に転がっていくみたいなんだよ。俺も今まで幾度と無く探してきたから」

 「ひょっとして、ここはお兄ちゃんの秘密のアジトなの?」

 一応フォローしておくと、女の子は期待に満ちた目でそんな事を訊いてきた。

 「アジトって……まあ、昔から人の少ない時間帯に来ては勝手に色々やってるけど……」

 「やっぱりそうなのね!うんうん、私の睨んだ通りだわ!昨日ここをみつけた時、『何かありそう!』って思ってわくわくしたもの!」

 女の子なのに、変わった子だな……。

 好奇心旺盛な彼女に相通じる物を感じ、親近感を覚える。

 まあ、類は友を呼ぶと言うか、俺は変わった奴が好きなのだろう。

 「サッカー、好きなの?」

 「うん。サッカーなら、どこに行っても友達が作れるから!」

 



 「あたしは『あや』よろしくねお兄ちゃん!」

 朝のトレーニングは中止にして、代わりに出会った女の子、あやちゃんと暫くサッカーをして遊んだ。

 彼女は数日前に近くに越してきたばかりで、その前は海外に長く居たらしく、その国での習慣やら時差ボケやらでこんなに朝早くから散策がてら遊んでいたらしい。

 「少しここから距離があるけど、そこの公園なら昼間は誰かしらいると思うから」

 「うん。ありがとうお兄ちゃん!おやすみなさ〜い!」

 流石に眠くなってきた事もあり、最後に俺の連絡先と古河パンの前の公園の場所を書いた地図を渡して、彼女と別れ“あの場所”を後にした。

 それにしても……鷹文にあやちゃんか。

 いきなり弟分妹分が二人も出来て、何だか面映い。 

 実の弟とはろくに口も利かないと言うのにな……。

 奴にあの子達の様な可愛気が百分の一でもあればな……。

 弟と一緒に遊んでいた頃も確かに在ったのに。

 いつの間にか疎遠になって、それでいつの間にかすっかり生意気になっていたアイツの態度にイラついて、一度切れて喧嘩してそれっきり……。

 今じゃ同じ空間に居るだけでイラつく存在だ。

 まあ、所詮兄弟なんて、たまたま親が一緒なだけだからな。

 今更関係を修復したいなんて気はさらさら無いし、おそらく奴も同じだろう。

 “近親憎悪”というやつか。

 他人なら気にならない事、我慢できる事でも、身内だと気に障る。

 別に珍しい事でも何でもないだろう。

 人類最初の殺人は“兄弟殺し”だしな。

 「なんて事が智代に知られたら面倒だな……」

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