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4月11日:超時空要塞

 「それに私が『クマ代』なら、お前は『クマキ』じゃないか!」

 俺の決死の告白を「訳が解らない」とバッサリ斬っておきながら、智代も似たような事を言い始める。

 ひょっとして……“そこ”が不満だったのか?

 いや、まあ、多分俺の真意は伝わってないんだろうけど……。

 やはり、どんなに“気持ち”を込めても、あまりに遠回し過ぎるとダメな様だ。

 そして俺は、伝わらなかった事にむしろホッとしている。

 いや、“気持ち”は“本気”だった。

 彼女が言ってくれた事、してくれた事は、それぐらい嬉しかったんだ。

 でもだからこそ、その場の雰囲気に流されて迂闊な事を言うべきではなかろう。

 それに……彼女に“その気”があるかまでは判らないし。

 いや、好意を持ってくれているのは間違い無いだろう。

 が……それはただの“友情”で、さっきの言動もただの同情や雰囲気に流されての、あまり深い意味の無い物だったのかもしれない。

 そう、“アイツ”の様に……。

 もちろん、例え友情であったとしても、それが愛情に昇華する可能性は十分有り得るだろうし、ちゃんとした告白がそのトリガーになる事もあるだろう。

 しかし、告白によって男女の友情が壊れてしまう事もよくある話だ。

 確かに智代と付き合えたら最高だろう。

 ぶっちゃけ、色々凄い妄想をしたりも当然している。

 でも俺はそれ以上に……見てみたいのだ。

 彼女の行く末を。

 行き着く未来を。

 その為にも、未だ原石のコイツを磨いてみたい。

 育ててみたいのだ。

 まだまだ教えてやりたい事、伝えてやりたい事は山程ある。

 出来得るのなら、俺の覚えた全てを……。

 それにこいつは、『生徒会長』になるんだ。

 恋人なんて作ってる場合では無かろう。

 何より、俺自身の問題も有るしな……。

 そういった諸々の状況を考えれば、やはり今は告白なんて出来るハズもないのだ……。

 「うん……『クマキ』か……よし!この子の名前は『クマキ』にしよう!」

 どうやら『クマキ』の響きを気に入ったらしく、智代は先程取ったヌイグルミの両脇を抱えて命名していた。

 って、アレ?

 「じゃあ、俺は……?」

 「ん?何がだ?」

 もう俺の事はどうでもいいらしい……。

 さっきはあんなに強く抱きしめ合ったのに……。

 今は離れてしまった身体がとても冷たく寂しい……。

 「ああ、すまない……さあ、撮ろう!」

 所在無さ気にしていると、ようやく思い出した様に再び腕を絡めてくる。

 くっつかれたらくっつかれたで、やはり恥ずかしい。

 さっきはあんなに強く抱きしめ合ったのに……。

 そうだよ……抱きしめたんだ……あの坂上智代を……。

 今更になって恥ずかしさが込み上げ、堪らず天井を睨む。

 「オーキ、ほら、笑うんだ。どうしてまたソッポを向いてしまうんだ?」

 「だから、やっぱこういうのは苦手なんだって……」

 「もう、本当にオーキは照れ屋さんだな……あんなにHなクセに……」

 「H言うな!」

 まったく、そうやってからかうから余計恥ずかしくなるんだってのに……。

 大体、そのHな男を個室に連れ込み、嬉しそうに腕を絡め抱きついてきたのは誰だ?

 そんな可愛い顔をして、そんな悩ましい身体で……。

 ああっ……何もかも考えずに抱き合えたなら、どんなにいいか……。

 「ほぅら、いつもの様に笑ってくれ。でないと……こうだ!」

 そう言いながら智代はクマキを左手に持ち替え、右手で俺の頬をつまんできた。

 自然とより身体が密着し、彼女のとても女らしい部分が押し当てられる。

 「ふふふっ、変な顔〜」

 そして目を瞑り唇を噛んでジッと耐える俺の頬を、子供の様に無邪気に笑いながら上下左右にみよ〜んと引っ張り玩ぶ。

 まったく……人がこんなにも苦悩していると言うのに!

 「あん!!」

 突然、色っぽい声を上げたかと思うと、智代は身体を“く”の字にさせながら俺から逃れる様に離れた。

 「な、何をするんだお前は!?H!!いきなり変な所をつっつくな!」

 「悪かったな変な顔で……お前が人の顔で遊んでるからだ」

 そう、俺が掴れ完全に彼女から死角になっていた右手で、彼女の脇腹を突いて反撃してやったのだ。

 それこそスカートの中に手を入れたり、本当に変な所を突いてやりたかったのだが、これでもかなり自重し妥協したのである。

 「誤解をするな。“変な顔”と言ったのは、ほっぺたを引っ張った時の顔の事であって、元々の顔が変と言う意味じゃない」

 俺の皮肉を間に受けたのか、申し訳無さそうにそう言うと、再び右手を伸ばし俺の頬にそっと当て、微笑みながら真っ直ぐに見つめてくる。

 「それにな。お前は自分で言う程変な顔じゃないぞ。確かに美形って感じじゃないが、精悍で男らしい顔付きだと思う。そして何より、その“目”だ。切れ長で奥二重のその目は、一見鋭くて怖そうなんだが、近くに寄って話しかけると、途端に険が取れて凄く優しい目でお前は微笑んでくれる。でも、本気になった時のお前の目は、誰よりも強い光を放つんだ……」

 触れている彼女の手に、諭す様な彼女の言葉に、真夏の青空の如く澄んだ眼差しに、俺は息をする事も忘れて魅入っていた。

 そして智代は一度瞳を閉じてタメをつくると、天上の笑みを浮かべこう言った。

 「私はお前の目が好きだ。お前の笑顔が好きだ。だからなオーキ。いつもの様に笑って欲しい。お前の笑顔を、記念に撮っておきたいんだ。それに初めて撮るプリントシールなんだ。一緒に写っている相手が仏頂面でソッポを向いてるなんて嫌だぞ……」

 「!!!!!!!!」

 呼吸どころか、心臓までも止まりかける。

 それ程の衝撃。

 それ程の驚き。

 それ程の感激。

 智代に“好き”と言われた歓喜!

 「智代……!」

 想いが溢れ出しそうになるのを、何とか横を向いて視線を逸らし堪える。

 落ち着け……“目が”好きなんだ。“笑顔が”好きなんだ。

 “異性”としてではなく“人として”、好きかもしれないんだ。

 ただたんに、プリクラをやってみたいだけなんだ……。

 だとしたら……今彼女の心に応える術はこれしかるまい……。

 「……そういやお前、春の実力考査で学年4位だったんだってな?」

 「何だいきなり?まあ、その通りだが……」

 「いや、マジで頑張ったんだなって……だからこれは、そのご褒美な」

 「うん!」

 何の脈絡も無い話に訝しみながらも頷く彼女に、望み通りクスリと笑いかけてやる。

 いつもの、ポーカーフェイスの微笑みで…………。

 

 


 「次で最後だ」

 「ああ」

 二人仲良く腕を組み何枚か撮った後、智代にそう告げられた。

 顔に出ない様に注意しつつ、この羞恥プレイもようやく終りかと内心ほっとする。

 まあ、撮る事自体は恥ずかしいが耐えられない事もない。

 その後の事を考えると、今すぐこの機械ごと破壊して逃げ出したくなるが……。

 そう、プリクラがたんに個人で観賞して楽しむだけの物であるなら、ここまで嫌がったりはしない。

 問題は……不特定多数の目に晒される可能性が有る事だ。

 生徒手帳やら、専用のシール帳を女子が見せ合っているのを見た事がある。

 つまりコイツとのこの仲良さ気なツーショット写真も、事情もろくに知らない赤の他人に見られてしまうと思って間違いあるまい……。

 こんな事なら、初めから素直にヤンキー座りでガンタレてた方が良かったか?

 まあ、多分それも「嫌だ」とこの我侭なお嬢様は言うだろうが……。

 「撮るぞ」

 「ああ」

 なにはともあれ、一先ずこれで最後だ。

 腕組んでるくらいじゃ、勘繰られても“公認バカップッル”とまではいかないだろ。

 などと、出来るだけ楽観的に考えようと油断していたその時だった。

 「なあ、オーキ」

 「ん?」

 「ありがとう」

 チュッ

 カシャッ

 頬に温かく柔らかい感触が触れたと同時にシャッターが下りた……。

 「さ、さて、上手く撮れているかな?楽しみだ」

 そして硬直している俺をよそに、真っ赤な顔でわざとらしくそんな事を言いながら、智代は逃げるように個室から出て行く。

 ズーーーーーーーーーーーーン!!

 や、やられた……またやられちまった……!!

 その場に崩れ落ちた俺の脳裏に、あの日の悪夢が蘇る。

 あの毎日の様に冷やかされ続けた、この上なくウザイ日々が……。

 まったく、どうして女って奴は、プリクラでキスしたがるんだ……!?




 「ほら、オーキ。出てきたぞ。一緒に……どうしたんだ?そんな所で四つん這いになって……?もしかしてクマさんの真似か?」

 いや、普段貴女がよくやってるポーズですよ。

 暫くして出てきたシールを持った智代が、個室を覗くなり無邪気に言った。

 おのれこの恨み……如何に晴らしてくれよう……!?

 「智代……もう一回やらないか?」

 俺は下を向いたままそう提案し、片手で手招きをする。

 「えっ!!いいのか!?」

 狙い通り、智代は主人に呼ばれた子犬の様に、無防備にすぐ傍まで近寄ってきた。

 かかったな!!

 そして俺は首だけ捻って彼女をローアングルから見上げながら、薄暗い個室の中で純白に輝くそれに向かって言い放つ!!

 「ああ。記念にお前のそのパンチラ写真を撮りたいんだ!」

 「一体何の記念だーーーっ!!」

 「グッ!!」

 つっこみの雄叫びと共に蹴りが放たれ、それを四つん這いの体勢のまま横っ腹にモロに食らい、個室の壁まで吹っ飛びボロ雑巾の様にズルリと落ちる。

 「お前が馬鹿な事を言うから、思わず本気で蹴ってしまったじゃないか……大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だ……絶対他の誰にも見せないから」

 「当たり前だ!!あっ、いやっ、誰もパンチラ写真の事など心配してはいない。お前の身体の事を心配してるんだ」

 「ああ、平気だ……若いからな……!」

 「変態だ……本物の変態が居る……!!」

 上体を起こしてその場に座り込み、親指をグッと立てながら男臭く言ってやると、智代は俺の言葉の意味を理解したのか怯えながら後ずさった。

 どうやら、一応そういった知識は持っているらしい。

 それならそれで、嬲り甲斐が有ると言う物だ。

 「なあ、二人でプリクラを撮った記念に、いいだろ?」

 「な、何を言ってるんだ変態!!い、いくら記念だからって……花も恥らう乙女に向かって何て事を言うんだ!!それも、その……そんな事に使われるって解っていて、尚更撮られたいなんて思う訳ないだろ!?」

 「じゃあ、使わない。ならいいだろ?」

 「良い訳あるか!!お前は絶対に使うに決まっている!!」

 「てか、そもそも使うって、一体俺がお前の写真を何に使うと思ってるんだ?」

 「だ、だから……男はその……あ、あまり溜まってしまうと、その……生理的にHな夢を見てしまったりするから……定期的に自分で処理しないといけないんじゃないのか?って、乙女に何を言わせるんだーーーー!!」

 結局自分で言っておきながら、逆ギレして俺の前にしゃがみこみ定番のぽかぽかぱんちをしてくる。

 だが、まだだ。

 俺が受けた屈辱は、こんな物では済まない。

 「処理って、何の事だよ?お前の写真を見ながら、俺が何をするんだ?」

 「と、とぼけるな!そうやってまた私に恥ずかしい事を言わせようとしているんだろ?」

 「だから、何の事だ?俺はたんに『若いから平気だ』って言っただけだろ?それを勝手にお前が変な妄想しただけじゃないか」

 「や、やっぱり解っているじゃないか!!それに私は変な妄想なんてしていない!!Hなお前の考えている事はバレバレだと言ってるだけだ!!」

 「俺がHだったら、お前の写真を見ながら一体何をするってんだよ?」

 「だ、だから何度も言わせるな!もう、お前の手には乗らないと言ってるんだ!!」

 「俺が何をするんだ智代?」

 「だ、だから……」

 「智代?」

 「も、もう、いい加減、この話は止めてくれ……!」

 「と・も・よ?」

 「一人Hだ!!オーキは私のパンチラ写真を見ながら、一人Hをするんだ!!」

 ひ、開き直った!!

 自棄になった様に開き直られ、驚いた次の瞬間、

 ズーーーーーーーーーーーーン!!

 今度は智代が俺の目の前で両手をつく。

 「……言ってしまった……!!」

 どうやら、言った事をおもいっきり後悔している様だ。

 追い込みすぎたか……てか、俺最低だな……。

 それで冷静さを取り戻し、途端に俺も自己嫌悪に陥る。

 度重なる屈辱と、果たせぬ智代への想いが募るあまり、つい変なスイッチが入って暴走してしまった。

 だからと言って、これはさすがにやり過ぎだったが……。

 「ごめん……智代……」

 慰める様に頭を撫でながら素直に謝る。

 「お前があんまり俺をからかうモンだからさ……つい俺も冗談が過ぎた」

 「いいんだ……私はどうせ男が自分の写真を見ながら一人Hをする事を認めるような、はしたない女なんだ……そしてどんどんエスカレートしていくお前の要求に答え、最後には『芸術だから』と乗せられて裸やもっとHな写真まで撮られてしまうんだ……!」

 うわ……いきなり妄想力豊かに……!

 まあ、俺がそう仕向けたんだが……。

 そして「ハァ……」と熱っぽい溜息をつくと、智代は顔だけ上げ潤んだ瞳で懇願する様に言った。

 「オーキ、お前は責任を取ってくれるつもりなのかもしれないが、やっぱり私はそれでもそういう事はしたくは無いんだ……例え恋人や夫婦の間柄であろうと、私は自分の裸や恥ずかしい写真を撮ったりしたくは無い。だから、どうか許して欲しい」

 恋人や夫婦って!?

 「いや、だから冗談だって……パンチラ写真なんて本気で撮る訳ないだろ?」

 いや、欲しくないと言えば嘘になるが、だからと言って本気で嫌がる事はしたく無いし、元より開けっ広げよりも身持ちが固い子の方が好みだ。

 「本当か?別にお前の事が嫌いと言う訳では無いんだ。むしろ、そういう目で見てくれる事は嬉しくもある。でもな、やはり人は“節度”って物が大切なんだ……」

 う、嬉しいの!?

 「ああ、解ってる。女の子はそれくらい恥じらいがある方が好いと思うしな」

 「そうだろ?恥じらいがある方が女の子らしい。だから、私はHな写真なんて撮りたく無いんだ」

 「ああ、そうだな……だから、そのキスの写真も無かった事にしよう。な?」

 智代は恥じらいのある女の子だ。

 だから俺は、当然この提案も解ってくれると思った。

 なのに智代は、上体を起こすと何故か憮然として言う。

 「どうして?それとこれとは別じゃないか」

 「は?いや、こんな写真、人に見せる物じゃないだろ?」

 「こんな写真て……お前はそんなに私にキスされた事が嫌なのか?」

 「いや、だから、キスが嫌なんじゃなくて、他人に見られる事が恥ずかしいと言ってるんだ!」

 「別にいいじゃないか。こんな可愛い子にキスしてもらってるんだ。むしろ男冥利に尽きるって物だろ?」

 「いや、だからな……」

 「恥じらいはどうしたんだ?」と言おうとしたが、もはや溜息しか出ない。

 自分を卑下したかと思うと、今度は自信満々だし、訳がわからん……。

 パンチラはNGだが、腕組んだりキスしてる所はOKとか……。

 本当に女心は訳が解らん。

 「とにかく、そのキスの写真は絶対人に見せるなよ」

 「どうして?」

 「ああ、もう!じゃあパンチラ撮らせろ!」

 「だからそれは嫌だと言ってるじゃないか!!」

 「だから、俺もそれと同じくらい嫌なんだ!!」

 「……まったく、本当にオーキは照れ屋さんだな。仕方の無い奴だ。わかった。この写真は人には見せないようにする。でも、他のならいいんだろ?」

 何故俺の方が呆れられた様に言われなきゃならん!?

 甚だ疑問ではあったが、納得した様なので蒸し返すのは止そう……。

 「いや、他のだって恥ずいんだぞ……でも、それは特別に許すから、くれぐれもキスした事は“二人だけの秘密”にしておいてくれ」

 「うん。じゃあ、今日のキスは“二人だけの秘密”だな」

 どうやら“二人だけの秘密”が気に入ったらしく、智代は無垢な少女の様に笑った。




 散々いちゃついて、ようやく個室を出る。

 「さあ、もう満足したろ?帰るべ」

 「うん。じゃあ、一緒に帰ろう」

 当たり前の様に言って、智代は俺の左腕を掴んでくる。

 「なんで腕組むんだよ?」

 「さっき腕を組むのはいいって言ったじゃないか」

 「いや、だからアレは……て、そもそも一緒に帰るって何だよ!?お前の家逆だろ!?」

 数歩歩いた所で気付いて慌てて突っ込む。

 あぶねえ……毎回コイツは突込み所が多くて、大事な事を忘れそうになる。

 しかし智代は、やはり当たり前の様に言った。

 「うん。確かに私の家は逆方向だ。でも、お前は私が目を離すと、すぐまたゲームセンターに入ってしまうからな。だから家まで送って行ってやる」

 「はあ!?いや、いいって。遠くなるだろ?」

 「お前の家はここから遠いのか?」

 「いや、歩いて10分くらいだけど……」

 「それぐらいなら何の問題も無い。よし、行こう!」

 「いや、待てって」

 勝手に俺の腕を引いて歩き出そうとするのを、こっちも掴み返して引き止める。

 「どうした?遠慮なんかするな。私とお前の仲じゃないか」

 「……わかった。それなら俺がお前の家まで送って行く」

 「えっ!?」

 俺のカウンターをまったく予期していなかったのか、今度は智代が驚く。

 「私はお前を見張る為に家まで送るんだ……それじゃあ意味が無いじゃないか」

 「そんなの、俺ん家まで送ったって同じ事だろ?一度帰ってからもっかいくればいいんだし」

 「それはそうだが……」

 「それに、普通は男が女を送って行く物だろ?女に送ってもらったら情けないじゃんか」

 「確かに送ってもらう方が女の子らしいな……あっ、いや、そんな事は気にしなくていい。お前の家の方が近いんだ。それは仕方の無い事だろ?」

 やはりコイツは体面とか“女の子らしい”に弱いようだ。

 もう一押しか。

 あんな汚い家をコイツに見られたくはない。

 いつかは見られるかもしれないが、とにかくいきなりは時期早々だ。

 「距離は関係無いだろ。それこそ、お前が気にする事じゃない。女の子を送って行くのは男の義務だ」

 「ああっ……うん……そう言って貰えるのは嬉しい。でも、結構遠いんだ……」

 「問題無いっての。さあ、行くぞ」

 今度は俺が彼女の家の方に向かって手を引き促す。

 だが、智代はまだ迷っているらしく、そこから動こうとしない。

 「どうした?」

 振り向いて訊くも、すぐに返事は返って来なかった。

 仕方が無い。俺も彼女が決めるのを待つ事にする。

 それは、何だかんだで俺が送ると言う選択肢を選ぶだろうと、高をくくっていたからでもあった。

 しかし、ようやく長い逡巡を終えた彼女が出した答えは、意外な物だった。

 「じゃあ、こうしよう。明日は土曜日で授業は午前中で終りだ。だから、私を家まで送ってくれるのは、明日にしてくれないか?丁度お前に会わせたい人も居るしな」

 なんだそりゃ!?てか、

 「あ、会わせたい人?」

 「うん。誰だと思う?」

 嬉しそうに悪戯っ子の笑みで訊いてくる。

 それは送るって言うより、もはや“御呼ばれ”だよな?

 それで会わせたい人って言ったらもう……ええっ!?

 「か、家族……か?」

 「うん。弟だ」

 なんだ……弟か……。

 その答えにホッと胸を撫で下ろす。

 「と言っても、たった今決めた事だから、弟の都合が良ければだけどな。多分平気だとは思うが……。ああ、お前の都合をまだ訊いていなかったな。オーキは明日の放課後、何か予定はあるのか?」

 「いや、無いけど……」

 「じゃあ決まりだな!そう言う訳だ。今日は私が送って行く!」

 やっぱそうなんのか!

 「いや、もちろん明日も送ってやるけど、今日も俺が送るって」

 「どうして?いいじゃないか。今日は私が送りたいんだ。それとも、私に家を知られたくない理由でも有るのか?」

 その何気ない問いで俺はもしやと気付く。

 ゲーセン云々は建前で、コイツは俺ん家を知りたがっているのでは?と……。

 なら、下手に言い訳しても、頑として聞かない事は目に見えている。

 正直に言う他無いだろう……何となくその応えも想像出来てしまうが……。

 「ボロくて汚いんだ……」

 「えっ?」 

 「俺ん家自営で、自宅兼仕事場だから荷物とか沢山在るし、両親も忙しくてろくに掃除もしていないから、見た目も中身もボロくて汚いんだ……」

 俯き加減で言い辛いそうに告白する。

 「そうなのか……でも、大丈夫だ。私はそんな事は気にしないぞ」

 やはり思った通りの事を、思った通りの笑顔で言ってくれる。

 だが……。

 「お前ならそう言ってくれると思ってた。だがな。俺が気にするんだ。俺が見られたくないんだ。だから例え男友達でも、今まで自宅に呼んだ事はほとんど無い……」

 「そうか……」

 さっきまでの甘いノリはどこかに消え、重い空気が流れる。

 頼むよ智代。諦めてくれ……。

 しかし、俺の儚い願いは彼女には届かず、けれど代わりに光の在る場所を指し示してくれた。

 「意外だな……私はお前はもっと自信家で、コンプレックスなんて無いんじゃないかと思ってたんだ……」

 「はぁ?むしろコンプレックスだらけだ……」

 「だって、お前はいつも堂々としていて偉そうだし、悩みを訊けば世界を変えたいだとか、教育を変えたいだとか言うじゃないか。だから、個人的な悩みなんて持っていないんじゃないかと思っていたんだ」

 妙に偉そうなのはお前もだって……。

 「別に俺の中に有る悩みの優先順位が、まず世界を変える事なだけだ。それと比べたら、個人的な悩みなんて取るに足らない事だし」

 「そうだな。世界を変える事と比べたら、背が低い事や家が多少汚い事なんて取る足らない事だ。だから、あまり気にするな。そんな事で、お前の凄さが変わる物でも無いだろ?」

 それは、俺の原点だった。

 ともすれば、劣等感に潰れてしまいそうな心を、より大きな物に目を向ける事で支えてきた。

 でも、それを他人から言われた事は初めてだった。

 ああっ、智代……まったく本当に凄いヤツだ。

 今日だけで、もう何度惚れ直したか判らない。

 「わかった……行くぞ」

 感極まる前に俺は、踵を返して自分の家に向かって歩き出す。

 「うん!」

 智代は元気に頷いて、腕を絡めてくる。

 もう一々突っ込むのも面倒か……。

 「でも、一つだけ約束しろ」

 「ん?何をだ?」

 「予想以上に酷くても……引くなよ」

 



 「ああ、見えてきた。ほら……」

 「もうなのか?本当に近いんだな」

 見えて来た自宅を指差して見せると、智代はやや爪先立ちになって背伸びをしながら、眉を寄せて目を細める。

 アレ?さすがにまだ我が家の凄さは判らないと思うんだが……。

 そういやクレーンの時も思ったが、ひょっとして……?

 「お前、ひょっとして目あんま良くない?」

 「うん。実はそうなんだ。よく分かったな?」

 「いや、たまにこうやって物見てるだろ?中学の時やってる奴居たから」

 智代の真似をして眉を寄せ目を細めて見せる。

 「私はそんな変な顔はしていない……」

 え〜?

 「まあ、もうちょい近付けば、嫌でもわかる……何しろ家は『超時空要塞』だからな……」

 それはかつて友人達に実際に付けられた我が家の異名である。

 山と積まれたダンボール、無数の在庫の入った箱や棚、荷物によって狭くなった人一人やっと通れる通路、そして荷物を風雨から守る為に家の周囲を囲うプラ板……俺の家を観た友人達、そして俺自身帰宅する度いつも思う。ここは『要塞』だと……。

 「超時空要塞?どういう意味だ?」

 「ん〜変形とかしそう?」

 「何だそれは?」

 「まあ、多分実際に銃火器を相手にしないなら、十分戦えそうな家だ」

 「何だかよく分からないが、凄そうじゃないか」

 「ああ、だから引くなよ……って、やばっ!!離れろ!!」

 そうだ!肝心のあの人の事を忘れていた!!

 見えてきたガレージの中に人影が有るに気付いて、俺は慌てて智代を振り払おうとする。

 だが、智代は俺の腕を掴んだまま下がってそれをいなすと、“逃がさん!”とばかりに両手で抱き締める様にして尚更しっかりと掴んできた。

 「何をするんだ突然?」

 「いや、だからなって……!!」

 説明する間も無く、出てきたガレージの中の人間と目が合ってしまう……。

 最悪だ……!!

 しかも、遠目からでもそれと判る程目を丸くした後、にこにこしながらこっちに近付いて来やがった。

 「ん?ひょっとして、お前のお母さんか?」

 「ああ……だから離れてくれ……」

 「う、うん。そうだな」

 ようやく智代が俺から離れ、やや緊張した面持ちで背筋を伸ばしてシャンと立つ。

 もはや遅すぎだが……。

 「あらあら、お帰りなさい。お友達?」

 そのオバサンは、余所行きの普段よりやや高目の声ですっ惚ける。

 「ああ……」

 「坂上智代です。オーキには、いつもお世話になっています」

 智代は一歩前に出ると、お袋に向かって懸念していたよりずっと行儀良くに頭を下げた。

 でも、頼むからせめて『オーキくん』て……もう焼け石に水だろうけど……。

 「まあ〜、モデルさんみたいに可愛い子ねぇ。オーキの母です。これからも、息子をよろしくお願いしますね坂上さん」

 「はい!こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします。お母さん」

 にこやかに不穏な事を言い合いながらお互いに頭を下げあう。 

 最悪だ……!!マジでもう最悪だ!!

 と、とにかく何か口実を……。

 「それで、坂上さんは家に上がっていかれるのかしら?」

 「あ、えっと……?」

 どうするんだ?と目で訊いて来る。

 いや、訊くなと突っ込みたい。

 さすがに掃除もしていない部屋に、親公認で女の子を連れ込めるか……!!

 「ちょっと待ってろ坂上」

 「えっ!?あ、うん」

 俺はそれだけ言って荷物の間を通って玄関まで走り、勢い良くドアを開けると、そのまま階段を駆け上る。

 そして自室に着くと、目星を付けていた何冊かの本を手に取り、再び智代の待つ外へと急いで戻った。

 こうしている間にも、何か致命的な会話が為されているかもしれないからだ。

 「待たせたな。ほら」

 案の定、二人して話し込んでいる所に割り込む様にして本を差し出す。

 「ああ、オーキ。ん?本?」

 「俺のお勧めの本だ。約束通り貸してやる」

 「約束?そんな約束……」

 「とにかく、それ読んで勉強しろ!いいな?」

 「う、うん。それはわかったけど、どうしたんだ?そんなに慌てて……あっ!ちょっと!押すな!何をするんだ!?」

 よく事情の飲み込めていない彼女に有無を言わさず本を押し付け、そのまま背後に回って背中を押してお袋から遠ざけていく。

 「こ、こら、離せ!お母さんとまだ話しをしていた途中なんだ!」

 「いいだろ?もう目的は達成したんんだから……恥ずかしいからここでな」

 「どう言う意味だ?私をお前のお母さんに合わせるのが、恥ずかしいって事か?」

 やっぱり不機嫌になったが、ここでごねられても困る。

 「逆もだ。お前にお袋を見られるのも恥かしい」

 「どうして?優しそうな良いお母さんじゃないか」

 「いや、だから……照れ臭いんだ。女の子を家の前までとは言え、連れて来たのは初めてだからな……」

 あえて視線を逸らしながら言ってみる。

 すると智代はいつもの様に呆れながらも満足気に言った。

 「まったく、オーキは照れ屋さんだな。仕方の無い奴だ。わかった。今日はここでな。お母さんにもよろしく伝えておいてくれ」

 「ああ、わかった。じゃあな」

 「また明日な、オーキ。ああ、放課後の約束を忘れるなよ」

 「わかってる」

 名残惜しそうに何度か振り返る智代に、その都度手を挙げて応えながら、その背が見えなくなるまで見送った。

 戻ってこない事を警戒しながら……。

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