4月11日:智代来来
何とか智代を撒いてゲーセンに戻ると、井村は負けたのか、山崎と並んで話していた。
「ああ、なんだ。戻って来たんだ」
「何とかな……」
「よく帰ってきたねえ。絶対帰って来ないと思ってたのに」
俺を見るなり意外なそうな顔をする二人に、溜息混じりで辟易した様に言うと、井村が含みの有る言い方をする。
まあ、誤解されんのも無理ないか。
「悪かったな山ちゃん。アイツが水注さしちまって」
「ああ、気にして無いけど。それより、オーちゃん坂上と付き合ってたんだ」
なぬ?
誤解はともかく、山崎も智代の事を知っていたのが意外である。
「いや、まだ彼女って訳じゃないけど……アイツの事知ってんの?」
「知ってるって言うか、俺ら一応坂上と同じクラスだし」
何ですと!?
代わりに井村が衝撃の事実を語ってくれた。
井村と山崎は共にB組で、顔を出した事もあるんだが……。
まあ、その時は、まさかあの『坂上智代』が居るなんて思いもよらなかったし、顔も知らなかったんだから気付く筈も無いが。
「あ〜、そういやアイツもBとか言ってたな……」
「いや、彼女のクラスくらい覚えとこうよ……」
いや、彼女じゃないし!
とか、あまり過剰に否定しても返って怪しまれるので、ここはスルーしておく。
「てか、オーちゃんこそ、“あの坂上”といつの間に付き合いだしたの?」
「いや、だから、まだ付き合ってないし、知り会って三日だって」
「「三日!?」」
俺の語った、俺自身も衝撃の事実に二人が同時に驚く。
そう、まだ出会って三日しか経ってないんだよな……。
俺の方は昔から意識してた事もあってか、物凄く気安く接してしまっているが……。
本来の俺なら、そして相手が『坂上智代』でなかったら、有り得ない事だ。
「はやっ!!いや、まあ、編入して来たばっかだけど、“あの坂上”を三日で落としたの!?」
「やっぱ、オーちゃん只者じゃ無いや……」
「てか、何か妙に人懐っこかったけど……?」
「人懐っこい?“あの坂上”が?」
また目を丸くされる。
いや、確かに誰に対してもあんな感じだったら少々、いや、かなり不安だが……。
「アイツって、クラスとかでどうなんだ?」
井村が連呼している“あの坂上”というフレーズも気にかかり、前々から知りたかった事を訊いてみる。
「ん〜、つんつんまでいかないけど、余所余所しいと言うか、落ち着かないって感じかな?まあ、無理も無いけど。転校してきたばっかで、いっつも周り囲まれてれば」
「囲まれてる?何で?」
いや確かに、『美少女転校生』てだけで周囲に人が群がりそうではあるが、しかし、ウチは進学校だ。あまり他人に興味の無い連中が、ただ可愛いだけで群がるとも思えない。
「あれ?何?ひょっとして知らないで付き合ってんの?彼女スポーツ万能でさ。身体測定の50メートル走やら砲丸投げやらで、軒並み物凄い記録叩き出した事で有名になって、運動系の部活から引っ切り無しに勧誘されてるよ」
なるほどな。それは頷ける。
何か一つの事に打ち込めば、世界にだって通用するアスリートになれるだろう。
「ああ、身体能力が出鱈目なのは知ってる」
しかし……いきなり目立ってんのかアイツは……。
諸事情を考えるなら、悪戯に目立って欲しくはないのだが……。
まあ、そういう事を気にかける奴じゃ無いのは解っているけど……。
「おまけに成績の方も、この間の春の実力考査で学年4位だったし」
「4位!?アイツそんなに勉強してんのか……」
さすがにそれは予想外だ。
編入試験が難しい事は知っていたし、『頑張ったんだ!』とは聞いていたが……。
伊達に『勉強が好き』とか堂々と形の良い立派な胸張って言ってないな。
次に会ったら褒めてやるか。
今度こそ胸を、あっ、いや、頭を撫でてやって……。
「それであのルックスだし、“完璧超人”ぶりと編入生って物珍しさもあって、男女問わず常に4、5人は取り巻きがいる感じ。狙ってた奴は相当いるだろうな」
「そういや、中村君も坂上の事『萌え〜っ!!』って言ってた」
『中村』は周囲の目を欺く為にテニス部に所属している長身の眼鏡で、本人はオタである事が俺ら以外にはバレてないと思っているナイスガイだ。
一年の時は同じクラスだった事もあってよく四人で遊んでいたが、中村はE組で部活も二人と違うし、今後あまり顔を合わす機会が無いかもしれない。
「その“完璧超人坂上”に速攻彼氏出来たって知ったら、がっかりする奴はかなり多いと思うぞ」
「まあ、オーちゃんなら誰も文句言わないんじゃない?ちゃっかりいい女侍らしてそうだし」
「そうだな。少なくとも中村君とよりかはお似合いだな」
まあ、確かに中村君よりかは……そこは自信ある。
てかまあ……アイツはそこいらの人間にはまず手に負えないだろうけど……。
少なくとも、“完璧超人”だと思っている奴には……。
なるほどな。
何となく、アイツが俺に寄ってくる理由が判る気がした。
ぶっちゃけウザいんだろうな……表層だけしか見て無い輩にちやほやされんのが。
元々人と接する事自体、慣れてなさそうだし。
でもまあ、とりあえずは受け入れられてはいるのだから、善しとすべきか。
過去の事も今の所ばれてはいないんだろうし、一先ずは安心だろう。
しかし楽観は出来ない。
何しろアイツは有名人だ。ばれるのは時間の問題だと認識しておくべきだろう。
「「!!」」
それを如何に対処するかだな……。
「……オーちゃん……!」
過去を認めた上で、アイツの将来性を買って貰えれば……。
「……オーちゃん……!後ろ後ろ……!」
「ん?」
今後の事について物思いに耽っていると、何かに気付いた二人が小声で必死に俺にそれを伝えようとする。
ようやく二人の異変に気付いて振り返ると、そこには小さなクマの人形を抱きかかえた噂の完璧超人が青筋の浮かんだ笑顔で立っていた。
まさに中国の諺で言う所の『曹操の噂をすると、曹操がやってくる』だろう。
「オーキ、どうしてゲームセンターに居るんだ?」
力んだ眉をピクピクさせながら、芝居がかった無邪気さで尋ねてくる。
いかんな……返答次第では噴火してまた面倒な事になりそうだ……。
「お、お前こそどうしたんだ?」
店内で騒がれると、また注目を集めてしまう。
ここは慎重に行こう。
「嫌な予感がしたから戻って来たんだ。お前の事だ、私と別れた後再びゲームセンターに入ってしまうんじゃないかと思ってな。“女の勘”と言う奴だ!」
『どうだ?女らしいだろう!!』と得意気に張られた胸が雄弁に語っていた。
いやでも、それにしては来るのにラグが有ったよな……?
「どの辺で気付いたんだ?」
「うん。駅まで行ったな……でも、あまりに気になったから確かめに戻って来たんだ。そうしたら、案の定お前が居た。どうだ?これで解っただろ?お前の魂胆なんて、私には見え見えだ!」
そこまで行っておいて、わざわざ戻って来たのか……。
なるほど、走って戻ってきたのか、彼女の額にはうっすらと雫が輝いている。
それに感動と言うか、呆れつつも可愛くて仕方が無く思えてしまう。
ああっ、中村君よ。確かに智代は“萌え〜”だな。
いや最早、“萌え萌え〜〜〜きゅん!”だ!!
「それで、お前はどうしてここに居るんだ?」
「どうしてって……“マグネットパワー”?」
「マグネットパワー?」
智代が怪訝な表情をするのも無理は無い。
何故なら……言った俺ですら意味不明だからだ!!
萌え萌え〜とかトリップ気味な所に質問が来たから、何となく口から出てしまっただけだ。
いや、違うな……何か“大いなる意思”によって言わされた気がする……。
てか、大いなる意思はさておき、何かもっともらしい言い訳をせねば……。
「そうか!つまり“磁石の様に私とお前は引かれ合う”と言いたいんだな?」
えっ!?通じた!?
しかも好感触!?
俺の戯言を、智代は勝手にロマンチックで恥ずかしい感じに解釈して納得してくれた様だ。
まあ、とりあえず結果オーライか。
狙い通り“俺を出し抜いた優越感”を巧く引き出せたし、機嫌も直せた。
後は、このまま外に連れ出そう。
などと俺は何とかなった気でいたのだが……甘かった……。
「ま、まあ、そんな感じだ。だから、とりあえず外出よう。な?」
「そうか。やっぱりお前も私とプリントシール機がしたくて、ここで待って居てくれたんだな!」
「はっ!?」
しまったぁぁぁっ!!俺とした事が忘れてたぁぁぁっ!!!
勝利を確信した満面の笑みと共に切られた“ジョーカー”に、今度は俺が頭を抱えその場に崩れ落ちそうになる。
しかし俺には、それすらも許されてはいなかった。
「よし!そういう事ならさっそくやりに行こう!」
「ちょ、まっ、おい……!!」
すかさず右腕を掴まれ、俺はそのまま引きずられる様に連行されて行く。
助けて!!
堪らず俺は成り行きを傍観している山崎と井村に視線で助けを求めた。
だが、あろう事か二人は揃って視線を逸らし見なかった振りをする。
なんて薄情な!
負けて因縁をつけてきた強面から何度も助けてやったじゃないか!!
「待て!あいつらもウチの生徒だぞ!ほら、同じクラスなんだろ!?」
「ん?」
失意の俺はプライドを捨て、ついに仲間を売った……!!
振り返り二人を見て智代は歩みを止め、睨む様に眉を寄せ目を細め凝視する。
完璧超人の美しき眼光。
そのあまりの凄みに、二人はおろか周囲の野次馬達までもが立ち竦み息を飲む。
「ああ、お前達は確か…………すまない。名前が出てこない」
その場に居た者が一斉にずっこけた!
ひでえ……まあ、まだ新学年が始まったばかりだし、俺もクラスの奴らの名前なんていちいち憶えちゃいないが……。
「そういえば、前もクラスでオーキと話していたな。友達か?すまないが、オーキを借りていくぞ」
ん?智代と出会ってから、アイツのクラスになんて行ったっけ?
智代の言葉に疑問を抱いた俺だったが、智代の申し出に対する二人の態度で、そんな瑣末な事は吹っ飛んだ。
「ええ。どうぞどうぞ!」
「そのままお持ち帰りでも全然構わないんで!」
この瞬間、俺と二人との友情は終わりを遂げた。
ああっ、しょせん男の友情も、儚い物だな……。
「それと、ゲームセンターへの立ち入りは校則違反だ。お前達もあまり来てはダメだぞ。判ったか?」
「「「はい!!」」」
智代のついでの様な説教に、何故か他校の生徒や一般客、さらに近くに居た店員までもが背筋を正し返事をしていた。
これが完璧超人の支配力だとでも言うのか!?
恐るべし完璧超人坂上智代……!!
「さ、行くぞ。オーキ」
「はい……」
もはや俺には抵抗する意思も無く、嬉しそうな智代に手を引かれるままに店を出た。
そして智代に妖しい個室に連れ込まれた俺は、陵辱の限りを尽くされていた……。
「なあオーキ、フレームはどれにする?」
「……じゃあ、これ……」
俺はほとんど無地のフレームを指差す。
「それは可愛くない……。うん、やっぱりこれにしよう!」
俺の意見を即却下して、智代は勝手にハートのフレームを選択して先に進めた!
決めてたんなら最初から訊くなよ……!!
そして彼女は、俺の右腕に自分の腕を絡め、抱き締める様にして身体を寄せてくる。
こ、これはまさかあの……『腕を組む』の体勢では!?
「Hなお前の為に、仕方が無いから腕を組んでやろう!特別だ!どうだ?嬉しいだろ?こんな美少女と腕が組めるなんて、お前にしてみれば滅多に無い事じゃないか?光栄に思え!」
「う、うん……」
失意と緊張で思考力が既に無いに等しい俺は、素で頷いてしまう。
だって、やわらかいんだ!!
だって、あたたかいんだ!!
だって、いいにおいなんだ!!
だって、ふにふになんだ!!
だって、たまらないんだ!!
だって、俺にはもう……智代しか居ないんだ……!!
……あっ、一応まだ秋生さんとなべがいたか……。
「『うん』て……そ、そこはつっこむ所だろ?冗談だ……頷かれたら、余計に恥ずかしいじゃないか……でも、本当にそう思ってくれているなら凄く嬉しい……」
そう言いながら、智代は頬を染めてはにかみ俯く。
照れるぐらいなら言わんでくれ……!!
凶悪な可愛さに、右腕を包む快楽に、低く狭い天井を仰ぎながらこれに耐える。
恥ずかし過ぎる……でも気持ちいい……!!
ずっとこうしていたい……いや、でも……!!
羞恥と欲望が、欲望と理性が、脳内で果てしない激戦を繰り広げる。
落ち着け!
まずは落ち着こう俺!
このまま敗北を引きずり主導権を握られたままでは、どこに流されて行き着くか判らない。
そうだ!黙想だ!
こんな時の為に、アレを編み出した様な物じゃないか!
俺はいつもの様に右手に意識を集中させ瞳を閉じる。
黙想……
ああっ……やっぱりやわらかいな……何で女の子の身体はこうも柔らかくて心地良いんだろ……?それになんか……触れてるだけで癒される気がするな……
ああっ……ドキドキしてるな……やっぱコイツも、何だかんだで緊張してんのかな……?俺の方も凄い事になってるけどな……
ああっ……ホント良い匂いだな……シャンプーとか香水の匂いなのかな……?疎いからよくわかんねえや……でも昨日、俺の匂いも嫌いじゃないって言ってくれてたな……安心するとも……別になにもつけてないんだが……
ああっ……智代……智代……ああっ智代……智代……智代……智代……
……って、右腕抱きしめられてて集中なんて出来るかーーーー!!!
ダメだ……この状況で心を平静に保つのはとても無理だ。
俺の“精神的固有結界”が、こんな形で破られるとは……。
いや、ある意味凄い集中してる!!
今下見られたら、マジヤバイくらいに!!
もう、何か別の事を考えてないと、頭が智代で一杯になって理性が飛びそうだ!!
一先ず、“精神的固有結界”について考え気を紛らわせよう。
『集中するだけなら左手でもいいんじゃないか?』と思う人も居ると思うが、俺の場合は右手でなければダメなのだ。
そう、あの時光を掴んだ右手でなければ……。
“ある一連の儀式をトリガーにして、集中力を高める”つまり一種の自己催眠、自己暗示をかけ能力を高める方法は、割と知られている。
例を挙げるなら、やはり『イチロー』だろう。
彼は打席に立つ時、毎回同じ動作をしている事は有名である。
それによって精神と肉体のスイッチを入れ、集中力を極限まで高めている訳だ。
俗に言う『ゾーン』の領域にまで。
野球で言う所の『ボールが止まって見える』だとか、サッカーで言う所の『その場所にボールが来る事がわかる』だとか、人によってはオカルトの類と思っているかもしれないが、それは本当の事だと思う。
俺の“精神的固有結界”もまた、“多分”それに近く、実際に似た様な経験をしているからだ。
“多分”なのは、何分超感覚的、精神的な物なので証明のし様が無いからである。
でもまあ、元々“ぽんこつ”とか“屑鉄”と評された才能しか持たない俺が、“ダイヤ”か“プラチナ”の智代の動きに着いていけるのだから“本物”と自負してもバチは当たるまい。
人間の能力に集中力が密接に関わっている事は、誰にだって解るだろう。
俺の場合、発動させるとまず感覚が研ぎ澄まされ、余分な物や音が聞こえなくなる。
代わりに洞察力が増し、身体的能力も多分底上げされている筈だ。
そして何より大きいのは、精神面の安定だろう。
どんな事にも動じず、どんな時にでも沈着冷静な判断が下せる事。
万事において、それに優る優位性は無く、またそれが揺るがぬ自信となる。
ただし、決して万能では無いのが悲しい所だ。
自己暗示をかけたとしても、集中力の深度はその時々で違うし、それはやっぱり“気分”に大きく左右されるっぽい。
つまり、ぶっちゃけやりたくない事を頑張ろうとしても続かないのだ。
てか、そもそも俺の奥の手なので、あまり普段からほいほい使いたくない。
まあ、気持ちを落ち着かせたり、切り替えたりする時にも軽く使うが……。
「オーキ、いつまで天井を見ているんだ?笑ってくれないと写せないじゃないか……」
やば、智代からクレームが来た。
よし!大分気持ちは落ち着いたな。
まあ、いくら相手が智代だからって、あんまテンパルな俺よ。
てか、一応可愛い女の子と腕組んだ事なら、結構あるじゃん。
相手がアイツだが……。
そういや、前の時も腕組まされたな……。
でもって、最後に……。
ちらりと智代の薄紅色の可憐な唇を意識する。
「ん?どうしたんだ?」
「ああ、いや……」
さすがにコイツは……例え冗談でもして来ないよな……?
実はさっき問い詰められた時、内心冷や冷や物だった。
てか、まさかアイツから既に聞かされてるってオチは無いよな?
証拠のシールは握られたままだし……クソッ、やはりあの時、多少無茶してでも取り返すべきだったか?
あの時の忘れられない記憶が蘇る。
アレは中三の卒業遠足、つまり学校行事として遊園地に行った時の事だった。
今にして思えば、最初から仕組まれていたのだろう。
行きのバスの中でやったゲームの罰ゲームで、前々から噂になっていた女子とプリクラを取る羽目になったのだ。
なんたって、高校入試も終わり、中学最後のクラスでの遠足である。
普段からテンション高目のアイツは、もう凄い事になっていた。
俺に抱きついてくるのは、別に普段からの事だったし。
最後に“不意打ち”を食らった時も、まあコイツなら有り得ると思っただけだった。
ホッペに軽くだったしさ。
それだけなら、別に嬉し恥ずかしいだけの良い思い出だったと思う。
それがクラス中に公開され、その噂が学校中に広まるまでは……。
「オーキ、ちゃんと前を向いて笑ってくれ。それとも、ソッポを向いたまま写りたいのか?」
「別に俺は構わないから、さっさと撮って終わらせてくれ」
嫌な事を思い出した事もあり、智代の再三のクレームについ苛立ちぞんざいに答えてしまった。
「そんな言い方は無いだろ?……それとも、やっぱり私の様な可愛くない女と、一緒に撮るのは嫌なのか……?」
さすがにこれにムッとした智代は、俯いていじけはじめる。
まったく、俺も俺かもしれんが、コイツもしょうがない駄々っ子ぶりだな。
「だから……恥ずいんだって……それに元々俺は写真とか好きじゃ無いし……」
「写真が好きじゃない?どうして?お前は本当に変わってるな……大概の人はむしろ喜んで写りたがるのに……」
俺の言葉に、腑に落ちないって顔をされる。
まあ、そうだろう。一般的にはむしろ我先にと写りたがる輩の方が多いし、どんなに大人し目の子でも、写真にすら写りたくないって子は俺も聞いた事が無い。
でもなあ……俺はガキの頃から苦手だった。
いや、そもそも俺は……人に見られる事自体あまり好きでは無かったのだ。
「俺はお前みたいに、顔もスタイルも良くないからな……」
「えっ!?あ、いや、褒めてくれるのは嬉しいが……お前だって、見てくれが悪いと言う程じゃないだろ?」
「気を使わなくていいって……チビなのは俺が一番よく分かってる……」
いじけにはいじけで対抗してみた!
てか、完璧超人がいじけても、厭味にしか見えないと言う事を解らせてやる!!
「チビ?お前がか?そんな事は無いだろ?私とそう変わらないか、むしろ少しお前の方が高いくらいじゃないか?」
しかし智代は、本気で気付いていない様子でとぼけた事を言う。
「いや、だから、女のお前と同じくらいじゃ、男にしちゃ小さい方だろ?」
「ああ……そう言えばそうだな……」
ようやく納得した智代だったが、だがしかし、彼女はすぐに俺を見つめて優しく微笑むとこう言った。
「いいじゃないか。目線が近い方が、それだけすぐお前の顔を見られる」
「!!」
「それに、お前が小さいなんて、言われるまで本当に気にした事なんて無かったんだ。それは多分、普段のお前が堂々と胸を張って生きているからじゃないか?お前は見た目よりもずっと大きくて頼り甲斐のある男だ」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!
心の中で歓喜の雄叫びをあげる。
この感動を、何と表現したらいい!?
俺の語彙には最早『智代、結婚してくれ!!』しか残っていない。
あっ、いや、まだだ!俺のコンプレックスはまだまだこんな物じゃない!!
「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどな……実はな。身体測定あったろ?」
「ああ、先週あったな」
「去年測った時の俺の身長は165あったんだ。で、今年何センチだったと思う?」
さあ、驚愕の事実に恐れおののけ……!
「そうだな……変わらなかった……とか?」
やや躊躇いがちだったのは、俺に気を使ってくれたのだろう。
だが、真実はもっと残酷だ!
「ブー。正解は163センチだ……」
「縮んでるじゃないか!」
ほら、驚いた!まあ、驚かなかった奴は居ないが……。
「成長が止まったのなら分かるが、お年寄りでもないのにそんな事が有り得るのか?」
「俺だって目を疑ったさ……でも、紛れも無い事実だ……」
「測り間違いや、2センチくらいなら誤差の範囲じゃないのか?ほら、足のサイズでも朝と夜とでは違うとよく言うじゃないか!」
智代は表情を曇らせ、必死に俺を励まそうとしてくれていた。
でもなあ……。
「お前身長何センチだ?」
「161センチだ。まだお前の方が高いから安心しろ」
「来年には同じか、下手すりゃ抜かれているかもな……」
「し、心配するな!男子に比べて女の子の方が第二次成長の時期が早い分、成長が止まるのも早いんだ。現に私の身長は一年生の頃とあまり変わっていない。そ、それにまだ、お前だってこれから伸びるかもしれないじゃないか!一年で10センチ以上伸びる男子も居る。お前だって、来年の今頃には180センチ近くまで伸びてるかもしれないぞ」
そう言ってくれた智代だったが、目が泳いでいた。
「……やっぱり背が高い男の方がいいのか……」
「そんな事は言ってないだろ?」
「それに、俺がまた2センチ縮むかもしれんし……」
「だ、だから、きっと何かの間違いだ!」
「……やっぱり、自分より背の低い男は嫌だよな……?」
「そ、それは……確かに恋人や夫より背が高いと女の子らしくないかもな……あっ、いや、そんな事は無いぞ!お、お前こそどうなんだ?やっぱり、自分より背の高い女の子は嫌か?」
ボソボソと本音を言った後、慌てて訊き返して誤魔化そうとする。
「ん〜、てか、恋人とか云々の話以前の問題だろうな……何しろ、このまま毎年2センチづつ縮んだら、5年後には10センチ、10年後には20センチ今より縮んでるんだ……26歳で143、36で123しか無くなるし、その後は……」
「こ、怖い事を言うな!そんなの、明らかに病気じゃないか……大丈夫だ!きっと色々な事が重なって、たまたま結果そうなっただけだ!悪い方に考えるな……でも、もし本当に心配なら、早めに病院に行って、調べた方がいいんじゃないか?」
「いいよ……どうせ奇病の類で不治の病だろうし……」
「だから、お前は絶対に大丈夫だって言ってるだろ!でもな。例え本当に病気だったとしても、私はお前を嫌いになったりはしないから安心しろ」
ああっ……!!!!
真っ暗闇の俺の心に光が差しこみ、彼女が背中に真っ白な翼の生えた天使に見えた。
思わずその場に座り込み、十字を切って祈りを捧げた後『智代、結婚してくれ!!』と叫びたくなる。
いや、しかしまだだ!本当の悪夢は、ここからなんだ!!
「ありがとな……マジで嬉しいよ……でもな……」
「な、なんだ?まだ何か有るのか?」
「ああ……俺さ……お前と違って……脚……短いだろ?」
自分で言ってて泣きそうになる。
「脚……?」
「お前の股下どこ?」
「H!どこを見てるんだ!」
俺の視線に、慌てて智代は絡めていない右手で抱えていたクマごとスカートを押さえた。
それは丁度、俺の腰くらいの高さだ。
ああっ、そのクマになりたい……。
「股下そこだろ?ほら、腰一つ分違う……」
「だ、だからどこを見ているんだ!……本当だ。短いな……」
もう一度怒ってから、間近に並ぶ俺の脚と自分の脚を見比べ本音をポロリ。
「あっ!いや、違うんだ!!だ、だから……べ、別にいいじゃないか。私はそんな事は気にしていないし、その事だってお前に言われなきゃ気がつかなかったんだ」
「でも……やっぱ、脚長い方が格好良いだろ?」
「だ、だから、私は気にしないって言ってるじゃないか!そうだ!クマさんだって、脚はあまり長くないじゃないか!ほら、見てみろ!」
そう言いながら、俺の前に先程取ったクマを持ってくる。
こ、こいつはさっき智代の……。
思わず左手を伸ばし、密着したであろう部分を何気なく撫でた後、自分の行為を恥じてあさってを向く。
「……いや、確かにたまにクマとかパンダみたいだと女子から言われた事はあるけど……」
自嘲を込めて何気なく言った事実だったのだが、智代は無垢な少女の様に瞳を輝かせた。
「うん!そうだ!似てるな!お前はクマさんみたいだ!クマさんみたいにカワイイ!」
「……いや、可愛いと言われてもな……せめて『マラドーナみたい』と言ってくれ」
「『マラドーナ』?どこかで聞いた事あるな……誰なんだ?」
「昔の世界最高のサッカー選手だ」
「ああ!なるほど。TVで視た記憶が有る」
「小学生の頃のサッカーのコーチに言われたんだ。『お前は、体形だけはマラドーナに似てるな』って……」
「ん?お前はサッカーをやっていたのか?」
「ああ、中学までな……言わなかったか?」
「うん。初耳だ」
「まあ、サッカーの話はいい。実は問題はここからなんだ」
彼女が俺の過去に興味を抱いて何かを訊いて来るより早く、すかさず話を本題に戻す。
「さっき身長が2センチ縮んだって言ったろ?」
「うん。言ってたな。それがどうかしたのか?」
「大有りだ。何しろ、座高は1センチ伸びていたんだからな……!!」
ズガガーン!!と落雷が落ちるイメージで言い放つ。
しかし、智代は事の重大さが解っていないのか、ただキョトンとするだけだった。
「……身長が縮んで座高が伸びたと言う事は……あっ!!」
ようやくあまりに残酷な現実に思い当たり、絶句したまま悲しそうに俺を見る。
「……俺の脚は……ただでさえ短い俺の脚は……」
「もういい!いいんだオーキ!解ったから!言ったらダメだ!!」
堪らず智代は俺の両肩を押さえる様にして、俺の言葉を止めようとする。
でも……俺はコイツに伝えなきゃならないんだ……!
俺の背負う、運命の過酷さを……!!
「3センチも縮んだんだーーー!!!」
ズガガーンと再び落雷が起こり、俺を直撃する。
「俺の脚は……10年で30センチ……20年後にはもう……ほとんど……!!」
「大丈夫だ!!大丈夫だから!!例え何があろうと……私はお前の味方だ!!」
智代は俺を強く抱きしめ、そう叫んだ。
それは……俺の心までも抱きしめてくれる様な、温かく力強い抱擁だった。
「智代……!!」
俺もまた、その背に手を回し、しかしそっと抱きしめる。
それはあまりに細くて華奢で、力を込めたら簡単に折れてしまいそうだったからだ。
なのに彼女は、まるで万力の様な力で俺の身体を締め付けてくる。
その痛みより、彼女自身の身体が壊れてしまうんじゃないかと心配で、俺は強く抱きしめ返す代わりに、頭や背中を優しく撫で愛しむ。
「ん……んん……オーキ……」
熱を帯び鼻にかかった吐息がもれる。
撫でてやったのが良かったのか、徐々に彼女の身体から強張りが消え、加減を覚えてきたのだろう、万力からゴムの様な弾力性のある締め付けへと変わる。
俺なら平気だが、普通の人間ならまだ痛いかもな。
まあ、もう少し経験を積めば、それもすぐに覚えるだろう。
「オーキ……やっぱりオーキは優しいな……」
智代は耳元で囁いてから、俺の肩に埋めていた顔を上げ潤んだ瞳で見つめてくる。
ああっ、ダメだもう……この気持ちを押さえ切れない。
いいじゃないかもう……きっと、どうにかなるさ……。
いや、きっと、どうにかしてみせる……!
だから……いいよな?
「智代……」
「オーキ……」
彼女を知ってから三年間想い続けた気持ち……。
彼女に出会ってから、育んだ今の気持ち……。
そして彼女の未来に対する想い……。
ありったけの想いを込めて……。
「俺が『クマ』なら……お前は『クマ代』だな」
「……訳がわからない……!!」
伝わらなかったぁぁぁぁぁぁぁ!!
実は2話くらいで終わるだろうと思ってた放課後編が、エライ膨らんでしまって……(お
次で長い11日は終わると思います。
そして12日には、ついにあのキャラが……!!