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4月11日:クマとだんごとライオンさん

 「……嘘だ……いつもの冗談だと言ってくれオーキ!」

 「ああ。冗談だから本気にするな……ほら、立てよ。皆見てる」

 その血を吐くような悲痛な叫びに、さすがに可哀想になってすぐ様ネタをばらし手を差し伸べる。

 周囲の目も有る事だし、このまま四つん這いで居させる訳にもいくまい。

 「……」

 しかし智代は下を向いたまま動こうとはしなかった。

 長い髪で隠れてその表情は覗い知れないが……やっぱり怒ってるよな……。

 「ほら、とりあえず外出よう。な?坂上」

 俺もしゃがみこんでなるべく目線を近付け、その肩に手をかけ諭す。

 「……酷いじゃないか……男みたいな声だなんて……あんまりだ……!」

 ダメか……完全に拗ねてしまったらしく、一向に顔を上げてくれそうもない。

 正攻法では時間がかかりそうだ。

 止むを得ないか。

 俺は顔を寄せ、智代の耳元で囁く。

 「そんな格好してると、後ろからパンツ見えちゃうぞ」

 「うわあ!!」

 途端に上半身を跳ね上げながら、両手でスカートの上から尻を押さえ、そのまま隠す様に座り込んだ。

 そしてギラリと背後を鬼の形相で睨みつけ、男達をヒイと怯ませる。

 「冗談だ。さすがに見えてないから安心しろ」

 「お・ま・え・はぁ……!!」

 向き直った鬼が、怒りでプルプル震えだす。

 それに対し、俺も片膝になり、瞬時にあらゆる攻撃に備え構える。

 「どうして、いつもいつも私を苛めるんだーーー!!」

 ぽかぽかぽか!

 振り上げた両の拳から繰り出されたのは、もはや定番のぽかぽかパンチだった!

 だが、それへの対処法も、当然用意してある。

 俺は被弾覚悟で身体を寄せて距離を潰すと、左手で彼女の右手を掴みながら、右手を立て膝になった腰に回し、自分も立ち上がりながら引き寄せる。

 「!!」

 「行くぞ」

 驚いてる間に釣られて立ち上る形になった彼女の背を、そのまま押して促し、立てた左手と片目を瞑った頷く仕草で「ごめん。そういう訳だから」と山崎に伝え、一先ず二人並んで店を出た。




 「……苛めっ子め……」

 ずっとムスッとしていた智代は、店から出るや否やさっそくぼやいてくる。

 「だから悪かったって。でもな、お前だって皆がゲームやってるトコ邪魔したんだから悪いんだぞ」

 「そんな事は知らない……私はただ校則違反を注意しに来ただけだ」

 まったく悪びれた様子の無い智代に、ただただ嘆息するしかない。

 「お前なあ……てか、何でゲーセンに来たんだ?お前は見回りでもしてんのか?」

 「そんな訳ないだろ?偶然、前を歩いていたお前が、ここに入って行くのを見ていたんだ」

 またか……ここ最近、妙に遭遇率が高いが……。

 「だったら、すぐ声かけりゃあいいだろ?」

 店に入る前にでも。

 「遠目から見た後ろ姿だけじゃ、お前だと確信が持てなかったんだ……そのYシャツ姿は多分お前だとは思ったが、クラスの友達と一緒に帰っていたから、確かめにも行けなかった……」

 忘れている人の方が多いと思うが、俺はネクタイ嫌いなので基本冬服の時期でもYシャツで、ブレザーは寒い日のコートの下とかにしか着ない主義?だ。

 てか、それよりも、

 「はっ?何?友達待たせてんのか?」

 俺は彼女への問いと同時に、慌てて背中に当てたままだった手を離し、店の前の道に視線を向けた。

 しかし、それらしき人影は見当らず、少しホッとする。

 「いや、それも悪いから、先に帰ってもらった」

 「悪いって、わざわざ俺を注意する為に帰ってもらう事の方が悪いだろ?約束とか有ったんじゃないのか?そもそも、俺だと確信も無いのに……」

 「私だって迷ったんだ……でも、友達も多分アレはお前だと言っていたし、行っていいとも言ってくれた」

 う〜ん……つまり傍から見てて気を使う程後ろ髪引かれてたって事か……。

 「てか、俺の名前出したのか?」

 「うん。坂のトコでお前を見つけて、知り合いが居たと言ったら、誰かと訊かれたんだ。それで、お前だと答えたら彼女達もお前を知っていた。名取はお前と一年生の時同じクラスだったそうだな?」

 う〜ん……つまり俺に逢いに行きたそうだったから、気を使ったって事か……絶対誤解されたじゃん!!

 「ああ、居たな……あまり話した事無かったが……てか、そんな前から後ろに居たのか?」

 「うん。名取は一年生の時のお前の話を色々してくれた……お前はその頃から変わり者だったんだな」

 嬉しそうに人を変人呼ばわりしてくる。

 まったく、勝手ってに人を後ろでネタにしやがって……。

 「お前だって面白いネタはいくらでも有るじゃんか」

 「何の事だ?」

 「学校一つ潰したとか」

 「それのどこが面白いんだ!大体それは尾ひれが付き過ぎだ。学校一つ廃校になんて出来る筈無いだろ?たまたま色々な偶然が重なって、学級閉鎖になっただけだ」

 俺も眉唾な噂だと信じちゃいなかったが……。

 「学級閉鎖はマジなのかよ!やっぱ面白れえじゃん!」

 「だ、だから、これのどこが面白んだ!?」

 吹き出しながら感心した様に言ってやると、何故か智代は照れた様にそっぽを向いた。

 「いやあ、いくら不良ばっかの学校だからって、同じクラスの連中で仲良くつるみ過ぎだろ」

 「つっこむ所はソコなのか?……まったく、昨日の女剣士の時もそうだったが、普通は引く所だろ?」

 「何だよ?自分がそんなに凄え事したとでも、思ってんのか?」

 「お、思ってる訳無いだろ!自分でも馬鹿な事をしたと後悔しているんだ……」

 「バーカ。十分凄えよ」

 意地の悪い事を言って、自己否定させた所を、すかさず肯定してやる。

 そしてキョトンとして無防備になった心に、刷り込む様に言い聞かせた。

 「いくら雑魚とは言え、何十人もの男達を相手に負けなかったお前は十分凄い。でもな、世の中には上には上が居る。例えば、何十万って敵軍の中をたった一人で駆け抜けたり、その大軍をたった一人で橋の前で釘付けにしたりな」

 「そんな三国志の英雄みたいな事、出来る筈ないだろ!」

 「おっ、知ってたか」

 「うん。前に読んだ事がある」

 「そうか。でも仮にお前が趙雲や張飛並に凄かったとしても、心が躍りこそすれ、引くなんてありえない」

 「……」

 そう、智代は凄い。

 でもそれによって、こいつはずっと独りだった。

 その表裏一体の自負と負い目。

 それが恐らく無自覚な心の壁を作っている。

 自分を“特別”だと思い込んでいる。

 だからこそだ。

 だからこそ、俺は何度でも智代に思い知らせてやらなきゃならない。

 「智代、歴史を学べ。学校が教えてくれる年表じゃなく、先人達が成した数々の偉業と、その過程における苦悩と努力を知れ。それらと比べたら、お前がやってきた事なんて、全然大した事じゃ無い」

 “特別”なのは、お前だけじゃないと。

 「……当たり前だ。そんな偉人達と比べられても困る。私はただの女の子なんだからな」

 智代は拗ねた様に言って、最後に冗談ぽく笑って見せた。

 うん。それでいい。

 「その、ただの繊細でとても傷付き易い女の子に、お前はあんな酷い事を言ったんだ……」

 て、ここで蒸し返された!

 「……てか、今からでも友達追いかけたらどうだ?間に合うかもよ?」

 「誤魔化すな!凄くショックだったんだぞ……男みたいな、それもよりによってあんな悪者みたいな声だなんて言われて……本当にそうなのかと不安になったじゃないか」

 ええ。確かにあの方の声は最高の悪役声です。

 「だから悪かったって……。そうだ。何かゲームでもやるか?奢ってやるよ」

 「いらない。ゲームにはあまり興味が無いんだ。そもそも、注意しに来た私が中でゲームしていたら、ミイラ取りがミイラになるじゃないか。……なるほど。それが狙いか?」

 俺のあからさまな魂胆を看破してジト目を向けてくる。

 「可憐な少女を男声呼ばわりしたあげく、校則違反の共犯にしたてあげるつもりだったのか?本当に悪い男だ」

 さらに自分で可憐な少女とか言ったあげく、ここぞとばかりになじってくる。

 マズイな……何か突破口を見つけねば……。

 「可憐か?」

 「可憐だ!何か文句でもあるのか?」

 「いや、まあ、可憐だな。声も可憐な女の子らしい声だから安心しろ」

 「う、うん。可憐なんだ……!本当にそう思ってくれているのか?」

 智代は意地を張った様に押し通しながらも、それを素直に認めてやると、今度は急にしおらしくなって上目使いで訊いてくる。

 ああっ、本当に可憐だ……。

 「あ、ああ。お前は見た目も声も中身も可愛いから安心しろ」

 て、何言ってんだ俺は!?

 不意打ち気味なその仕草と、思わず口走ってしまった本音に照れて視線をそむける。

 「そ、そうか……例え私の機嫌を取る為のお世辞だったとしても、そう言って貰えるのはやはり嬉しいな……」

 智代もはにかみながら頬を染めて俯いた。

 甘ったるくも気まずい雰囲気。

 何とか機嫌は直った様だが、今度はこの空気を何とかしたい……。

 そう思いながら俺の目に入ったのは、店頭のクレーンゲームだった。

 「じゃあ、クレーンゲームなんかどうだ?これなら女の子も結構やってるし、店の外にあるからセーフだろ?ほら、動物のヌイグルミとかあるぞ」

 わざとらしく言いながら台の前に立ち、早速取りやすそうな物に目星をつけ始める。

 「クレーンゲームか……確かに女の子もやっているが、欲しい物がなかなか取れないじゃないか……お店で買う方が、ずっと安く済むと思う」

 しかし智代は、脈はありそうだがイマイチ気が乗らない様だった。

 確かにクレーンゲームは取りやすい物を狙っていくのがセオリーであり、いくら欲しいからと言って取り辛い物や物理的に無理な物に手を出せば、たちまち散財に繋がる。

 恐らく彼女も、それを経験した口なのだろう。

 「それよりも、私はアレをやってみたいんだが……」

 どこか恥ずかしそうに言いながら、彼女はクレーンゲームとは反対側を見つめていた。

 「うっ……!」

 その視線を辿って思わず唸る。

 そこに置いてあったのは、いわゆる“プリクラ”だったのだ。

 そして、それをやってみたいとはつまり……。

 ピロリーン

 「……どうしてクレーンゲームにお金を入れるんだ?」

 問答無用でコインを投入した俺に、再び眉を寄せ抑揚の無い声で訊ねてくる。

 「何となくだ。ほら、このライオンとかゾウとか取りやすそうだぞ?」

 「私はプリントシール機がやってみたいんだ……女の子達がやっているのをよく見かけていて、前から一度やってみたいと思っていたんだ……」

 「……やった事無いのか?」

 「無い……」

 まあ、ずっと友達居なかったみたいだしな……。

 「じ、じゃあ、クラスの友達とやったらいいんじゃないか?名取とか」

 「お前は、私とやるのがそんなに嫌なのか?さっき可愛いって言ってくれたじゃないか……アレは嘘だったのか?」

 「いや、お前とやるのが嫌なんじゃなくて、プリクラ自体やるのが恥ずいんだ!前に一度やってから、もう懲り懲りなんだよ……」

 すっかり拗ねてしまった智代に、何とか分かって貰おうと弁明を試みる。

 しかしそれは、薮蛇だった。

 「前に一度って事は、お前はやった事があるのか?」

 「あ、ああ。だからもう嫌なんだ」

 「誰とだ……?それだけ恥ずかしがるって事は、男同士でじゃ無いだろ?」

 うっ、鋭い!

 いや、男同士でプリクラと言うのも十分恥ずいが、確かにネタとして話せなくもない。

 「別にいいだろ誰とでも?中学の頃の話だし……」

 「……ひょっとして……恋人か?」

 何故そっちに行く!?

 コイツも一応女の子だから、そういう話に興味があっても変ではないが……。

 「違うって……彼女なんか居た事ねえし……」

 「と言う事は、今も居ないんだな?なら、別に私とやっても構わないじゃないか」

 どこかホッとした様子で智代は、嬉しそうに話を振り出しに戻す。

 「だから、恥ずかしいんだって……」

 「どうして?あっ、さてはHな事でもしたんだろ?だから恥ずかしいんだな」

 「んな訳ねえだろ?言っておくが、俺は人前ではそういう事はしないんだって」

 「“俺は”って事は、まさかHな事をされたって事か?」

 くっ!

 今日の智代はいつにも増して鋭かった。

 そしてこちらの動揺を見てとったか、疑惑の視線を向けたまま、ジリジリと詰め寄ってくる。

 「どうなんだ?女の子に何をされたんだ?」

 「別に大した事じゃないって」

 「なら、話してくれてもいいじゃないか。お前は女の子に、一体何をさせたんだ?」

 いつの間にか“させた”になってるし!

 俺の身体はすでにクレーンゲームの台に密着していて、仰け反った上半身もガラス面に張り付いてこれ以上の逃げ場は無い。

 にも拘らずらず、智代は少しずつその可憐な顔を近づけてくる。

 マズイ……!

 「腕でも組んだのか?」

 このままでは……!

 「それとも……キス……されたとか?」

 前方に活路を見出したくなる!!

 「わかった!Hな事でも何でもしてやるから」

 「だ、誰がHな事をして欲しいなんて言った!!私がやりたいのは、あくまでプリントゲーム機であって、お前とHな事をしたい訳じゃないんだ!……でも、お前がどうしてもと言うなら、腕を組むくらいなら考えてやってもいい……」

 いいんだ……。

 「と、とにかく、クレーンをやってからにしよう。金もったいないし」

 「まったく……仕方の無い奴だな」

 それはお前だって……。

 俺は動揺を抑えるべく、台の方に向き直って気持ちを切り替え様とした。

 しかし智代は何を考えているのか、わざわざ俺の肩に手を置き、真後ろから覗き込む様にして俺のプレイを見ようとしてくる。

 当然もう集中どころではない。

 てか当たってるって!

 背中にふにふにした物が当たっていて、そこに全神経が持ってかれるって!!

 「……お、お前やってみろよ。これはやった事あるんだろ?」

 凶悪なそのプレッシャーに敗北した俺は、攻守交替を申し出た。

 「ん?やった事はあるが、あまり巧くは無いんだ。それに、お前のお金じゃないか。私がやるのも悪いだろ?」

 「まあまあ、元々奢るつもりだったし」

 俺がレバーから手を離して上体を起こすと、彼女は自然と一歩下がって離れる。

 その瞬間にすばやく身体の位置を入れ替え、背中を押して促す。

 「すぐ近くのライオンとか、真ん中のゾウとかが取りやすそうだぞ」

 「うん……」

 生返事で頷きながら智代はクレーンを横軸に動かしていく。

 だがそれは、ライオンの位置を通り過ぎ、ゾウの座標でも止まる事無く、そのまま恐らく稼動域限界まで行って止まる。

 「……一番端までいかないじゃないか……」

 「いや、そりゃあな……」

 ぼやきながら智代は縦軸にクレーンを進めて中頃で止め、下がったアームは折り重なった人形の上をかすめて空を掴んだ。

 「……やっぱりダメか……」

 「……」

 ピロリーン

 落胆した彼女を尻目に、俺は無言で次の百円玉を投入する。

 「どうしてお金を入れるんだ?続けるとは言って無いだろ?」

 「まあ、いいから。やってみ」

 「……」

 渋々言った風に智代は再びクレーンを操作していく。

 そして一度目とまったく変わらない所で空を切り、クレーンは戻って行く。

 それで彼女が狙っている物が何なのか確信を得た。

 「……ほらな……ダメなんだ……」

 「どうしてもクマが欲しいのか?」

 「う、うん!」

 やはり智代が狙っていたのは、アームの下にあった人形では無く、そのすぐ横の壁際に置いてあった茶色いクマだった。

 残念だが、アレは恐らくディスプレイ用で取るのは無理だ。

 意外と人気なのか、単に初めから数が少ないのか、ざっと見た所他にクマは無い。

 さすがにこりゃ無理か……?

 いや、待てよ……。

 「でも、かすりもしないから、諦めるしか無さそうだな……」

 「アレ、クマじゃないか?ゾウとか何か赤い奴の下にある茶色いの」

 「えっ?どこだ!?」

 食い付く様に俺の指に顔を寄せ、その先に視線を向ける。

 「ん〜?クマ……なのか?」

 眉を寄せ目を細めながらも、智代にはやや奥にあるそれを判別出来ない様だった。

 無理もない。動物の人形は色と頭と尻尾以外、ほぼ同じ形をしている。

 その肝心の頭が他の人形によって埋れてしまっていて、見えている足先の色で判別するしかないのだ。

 一応、黄色いライオン、水色のゾウ、ピンクのウサギ、赤い謎の丸い物体といった風に色別になってはいるが、色が絶対被っていないという保障は無い。

 ……てか、あの目だけ付いてる赤いスライムみたいのはなんだ!?

 「まあ、とりあえず、上のをどかしてみよう」

 「う、うん。頼む」

 再び智代と位置を替わりつつ、俺は五百円を投入した。

 一回百円だが、五百円だと一回分増えて、六回出来るのだ。

 まずは一番上のゾウを狙ってアームを動かしていく。

 まあ、逆さになってはいるが、ほぼ正面を向いているので取り易いだろう。

 セオリーである首の辺りを狙い、狙い通りの場所をアームが掴んだ。

 が、

 「あっ……!」

 持ち上がる際にするりと身体が抜けて、智代の声と同時に元の所に落ちてしまった。

 どうやら思いの他身体が小さいのと、初めから重い頭を下にして傾いていたのが要因の様だ。

 これは予想以上に難度が高いかもしれない。

 もう一度ゾウを狙ってみる。

 今度はやや手前で止め、重心であろう鼻の辺りを狙ってみた。

 しかし、その長い鼻とデカイ耳に阻まれアームが下まで回らず、最後に鼻だけ掴んだが持ち上がる事もなくすり抜けてしまう。

 「惜しいな……でも取れそうで取れない」

 「……よし、ならこれだ」

 三度目の挑戦。

 「ん?少し行き過ぎてないか?」

 「まあ、見てろ」

 智代が疑問に思ったのも無理はない。

 俺が止めた所は、あきらかにゾウのある軸と少しズレていたからだ。

 だが、それも作戦の内である。

 縦軸を先程と同じ鼻の軸で止め、開いたアームが降りていく。

 「あっ!」

 智代が瞳を輝かせながら声をあげた。

 開いたアームの片側が、ギリギリ鼻と耳の間に降り、閉じて行く時に鼻の輪っかに引っ掛ったのだ。

 そのまま鼻でぶら下がる様にしてゾウは持ち上がり、ブラブラと揺れながらゴールに向かってくる。

 しかし、

 「ああっ……!」

 惜しくも手前で引っ掛りが取れて落ちてしまった。

 「今のは凄く惜しかったな……残念だ」

 「まあ、どかすのが目的だからな。よし、次だ」

 「うん!頑張れオーキ!」

 俺以上に落ち込む智代を励まし、その声援を受けながら次のターゲットに向かう。

 次はいよいよ謎の赤くて半円形の物体だ。

 実は先程から気になって仕方が無かった。

 「あの赤くて丸いのは何だ?あんな動物いるのか?」

 智代もさすがにこれには興味をそそられたらしい。

 「ん〜、ナマコ……?」

 「ナマコは動物じゃないんじゃないか?」

 「ラグビーボールっぽいのなら知ってるんだが……」

 「ラグビーボール?ああ、昨日の……確か猪の仔だったな?あれは可愛かったな……出来れば私も触ってみたかった……」

 「今度機会があったら色々試してみよう。餌付けとか」

 「餌付けかぁ……私に出来るだろうか?」 

 「大丈夫だろ?あの『坂上智代』ですらカツサンドで餌付け出来たし」

 「なっ!?人を食いしんぼうな動物みたいに言うなあーーー!!」

 ぽかぽかぽかぽか!

 「痛っ!冗談だって!わかった!俺が悪かったから!ほら、取れたし」

 智代のぽかぽかぱんちを片手でガードしつつ、しゃがんで落ちてきた謎の物体を取り出して見せる。

 話してる間にガッチリ真ん中を掴んだら、あっさりと取れてしまったのだ。

 「どこかで見た気もするが……やはり手に取って見ても判らないな……こんな“お餅”みたいな生物居るんだろうか?」

 「お餅……?ああ、“ダンゴ”か!」

 「ダンゴ?お団子がどうかしたのか?」

 「あったろ昔、『だんご大家族』って?」

 『だんご大家族』俺が子供の頃に大ヒットした子供向けの歌である。

 すでにブームは過ぎ去って大分経つが、知り合いに一人未だに歌い続けている熱狂的大ファンが居る為、俺に取っては割と身近な曲である。

 「ああ……そういえば……そんな曲があったな……」

 しかし、感慨深げにそう言った智代は、どこか寂しそうだった。

 『誰もが知っていて、みんな笑顔になれる曲なんです』

 そんな風にあの人は言っていたけど……。

 「まあ、コイツは知り合いにでも渡すとしよう」

 俺は智代の手にあった赤いだんごを掴むと、早々にカバンに放り込んだ。

 「ほーら、ともちゃんの大好きなクマさんが出てきたぞー」

 「と、ともちゃんて……変な呼び方はやめてくれ!」

 そして妙な空気を払拭すべく、肩を抱いて台の方に促しながら、小さな子供に対して言う様に精一杯おどけてみせたのだが、おもいっきり引かれてしまった……。

 柄にも無い事をやった恥ずかしさと、それが失策に終わったショックでかなりブルーだ。

 そんな俺に、彼女は俯きながら恥ずかしそうに囁いた。

 「……お前には『智代』ってちゃんと呼んでもらいたいんだ……」

 後頭部を『智代のハイキック』で蹴られた様な衝撃が走る。

 別に引かれた訳じゃなかった……?

 てか、それって……!?

 まさか……!?

 「智代……!」

 彼女をみつめ、万感の想いを込めて名を呼ぶ。

 「なんだオーキ?」

 微笑みながら、彼女も名を呼んでくれる。

 「智代……」

 ジッとみつめ、感無量の想いを込めて名を呼ぶ。

 「だ、だから、何だオーキ?」

 彼女も頬を染めながら名を呼んでくれる。

 「智代……!」

 真剣な眼差しで、感極まりそうになりながら名を呼ぶ!

 「オ、オーキ……!?」

 彼女も熱い眼差しで、切な気に名を呼んでくれる!

 「……クマ、取ろう」

 「……何だそれは?」

 憮然とされた!!

 いや、でも仕方無いだろ!?

 そう、仕方無いんだ!!

 少なくとも、今はまだその時期ではない。

 雰囲気に流されて、取り返しのつかない事を口走る訳にいかないのだ。

 「と、取らないのか?折角、上のどけたのに」

 「それは取るつもりだが……バカ……」

 ぼやきながらも智代はクレーンに向かい、当初の予定であるクマの攻略に取り掛かる。

 その間に俺は、バクバクいってる心臓をなだめるべく、さりげなく後ろを向いて、こっそりと深呼吸をした。

 「……どうだ?」

 「うん……いけそうだ」

 振り向き様に訊くと、いつもの自信に満ちた声と答えだった。

 見るとアームがクマの頭と股の間にガッチリとハマッている。

 元々アームの向きとほぼ平行になっていて、さほど難しくはなかったが、巧くないと言うより、取れない物を無理に取ろうとしたのが、苦手意識の原因なのだろう。

 「よし!取れた!!」

 アームが開かれ、クマが無事落ちたのを確認すると、喜々として取り出し口に手をつっこみ、念願のクマと対面するや否や、愛おしそうに頬ずりをする。

 「ありがとう!!取れたのはお前のおかげだ!」

 「うん。意外と早く取れて良かった」

 さすがに何千円もかかったら洒落にならんからな……。

 「一回分余ってしまったな……よし、今度はお前の欲しいやつを取ってやるぞ。どれがいい?」

 いや、元々俺の金だし……まあ、ご機嫌みたいだからいいけど。

 「じゃ、そこのライオンでいいや」

 「ライオンさんだな!」

 取れたてのクマを大事そうに片手で胸に抱えながら、さっそく台に向き直り獲物に狙いを定める。

 そして見事にライオンの首根っこを掴み、一発で取ってのけた。

 「約束通り取れたぞ!ライオンさんだ!」

 得意気に胸を張り、取った獲物を差し出してくる。

 きっと雄に餌を獲ってきた雌ライオンは、こんな感じなんだろう。

 「ああ、サンキュ」

 「うん。こちらこそ!」

 ああっ、ダメだ!

 自然と顔がニヤけてくる。

 コイツと居ると、本当に楽しくて仕方が無い。

 全てを忘れてしまいそうな程に……。



 

 「じゃあ、そろそろ帰るか?」

 クマにすっかり夢中になって、猫っ可愛がりしている少女に、頃合を見て帰宅を促す。

 「えっ?そうだな……オーキの帰る道はどっちなんだ?」

 「あっちだけど」

 駅とは逆の、学校のある方を親指で指す。

 智代の家までは知らないが、出身の中学から推測しても駅より遠いだろう。

 「そうか……一緒なら途中まででもと思ったんだが、逆か……なら、仕方無い。ここでお別れだな……また明日な。オーキ」

 「ああ、またな」

 笑顔で別れ、智代は踵を返して歩き出す。

 その背を見送りながら、彼女が相変わらずクマに夢中で振り返らない事を確信し。

 俺は友の待つゲーセンへと還った。

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