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 ・今更ですが、ちょこちょこ直しました。6/13
4月8日:伝説不在
 教室を追われた俺は旧校舎に来ていた。
 校舎が増築された際に主だった施設はほとんどそちらに移った為、今はマイナーな文化部の部室や物置として使われるのみの場所だ。
 空いている教室も多く、当然人気も少なく教師の目も届きにくい。
 つまり、あまり人に知られたくない事をしたい者にとって絶好の場所なのだ。
 と言っても、今日の俺はそういった事をするために来たわけではない。
 最近ここの一室を一部の生徒が占拠し、あまつさえ他校のガラの悪い生徒を招き入れ溜まり場にしているらしいのだ。
 それが事実であれば看過しておく訳にもいくまい。
 ただでさえ進学校の光坂は“おぼっちゃん校”と、なめられていると言うのに。
 目的地の旧校舎の一階にある『資料室』と書かれたプレートの前で立ち止まる。
 ここはかつて図書室だったらしく、今は本館に入りきらない書籍や古い資料等の置き場になっている。
 そしてここを占拠した人物は、表向きはここの管理人として公認されているらしいのだ。
 その為、旧校舎に頻繁に出入りしていたとしても教師から不審に思われる事も無い。
 なかなかの知能犯だ。これは気を引き締めていかねばなるまい。
 ドアを軽くノックしてみる。
 すると、
 「はーい。どうぞ」
 と可愛らしい声がした。どうやら首謀者はすでに来ているようだ。
 意を決し、ゆっくりとドアを開け中に入る。
 「いらっしゃいませ。あっ、川上くん」
 中に居た髪の長いたれ目がちな女生徒は、ほんわかとした笑顔で俺を迎えてくれた。
 彼女こそ資料室をのっとり、悪の軍団のアジトにした張本人『宮沢 有紀寧』である。
 「いつものでいいですか?」
 「ああ。すまない」
 そして彼女は、当たり前の様に自宅から持ってきたというカセットコンロで湯を沸かし始め、俺も一度周囲を見渡してから、当たり前の様に教室の中央に置かれている長机の椅子に座り、鞄からパンの入った袋を取り出し食い始める。
 まあ、ぶっちゃけると……俺はすでに懐柔されていた!
 それも“いつもの”で通じる程の仲だったりする。
 とは言っても、俺も一緒になって入り浸っているという訳ではない。
 週に一二度、情報収集と他所から来る輩に睨みを効かせる為に顔を出す程度だ。
 「今日は奴等は来るのか?」
 「どうでしょう?約束とかはありませんが……」
 「まあ、いつも勝手に押しかけてくるのか……」
 このほわわんとした如何にも育ちの良いお嬢さんという感じの彼女が、ガラの悪い連中と付き合いがあるというのは、まぎれもない事実である。
もちろん、これには理由がある。
 『宮沢 和人』
 この辺りでは名の知れた男である。
 腕っ節の強さと男気を併せ持った彼の元には多くの仲間が集い、数々の逸話が今も語り草となっている。
 彼女はその宮沢和人の妹であり、やってくる連中は兄貴の仲間という訳だ。
 もっとも、だからといって彼女が始めからすんなりと受け入れられていた訳ではない。
 それどころか、最初の頃は彼らとどう接していいかわからず悩んでいたぐらいだ。
 そして彼女がクラスメイトだった俺にその相談を持ちかけてきた事で、俺もこの件にかかわるハメになった。

 「は?不良と付き合うにはどうしたらいいかって?つってもピンキリだからな……まあ、基本的に普通にしてればいいんじゃない?」
 「普通に……ですか?」
 「別に変に気負ったりしないで、今俺と話してる感じでいいと思うけど」
 「川上君は優しい人だってわかってますから」
 「いや、まあ……てか事情がわからないとこれ以上言いようがないんだけど」
 「そうですね…………実は……私には兄がいるんです……」
 「へえ……ひょっとして宮沢和人?」
 「兄をご存知なんですか!?」
 「マジ!?……会った事はないけど名前はな」
 「やはり有名なんですね……」
 「まあな。でも、そんなに悪い噂じゃないよ。多少ヤンチャはしても、半端な事や人としてやっちゃいけない事はしないし、させない人だ……て聞いてる」
 「そうですか……」
 「まあ、実際会ったわけじゃないし、兄弟だからこそうまくいかない事もあるだろうけど……大丈夫じゃないか?可愛い妹の方から仲良くしたいって言えば、邪険にする兄貴は居ないと思うけどな」
 「いえ、違うんです……仲良くなりたいのは、兄とではなく、兄の友人達となんです」
 「ダチと……?それなら兄貴に相談してみれば?」
 「それは……無理なんです……」
 「ああ、個人的にって事か……そりゃあ兄貴には言い辛いわな……」
 「そうではなくて、兄は……もう居ないんです……」
 「いないって……まさか……!?」

 彼女が兄貴の仲間と仲良くなりたかった理由、それは両親とうまくいかず家を出ていった為に、疎遠になってしまった兄の事を知る為だった。
 彼がその最後の時まで共に過ごした仲間達の中に、彼が何を見て、何を感じていたのかを見出そうとしていたのだ。
 当然、やめておけと反対した。
 あの宮沢和人の仲間達だ。悪い奴らじゃないだろう。
 だが、そういった世界に触れれば、やはり様々なリスクが生じる可能性が大きくなる。
 身の危険にさらされるかもしれないし、それが両親や教師の耳に入れば問題になるはずだ。
 だからこそ、兄貴は優等生の妹と距離を置いたのかもしれない。
 しかし、亡き兄を想う宮沢の意思は固く、最後は「何かあったら俺に連絡しろ」と言うしかなかった。
 
 それからもたまに相談にのったが、最初の内こそ彼らから拒絶されていた物の、結局受け入れられたようだ。
 それどころか、彼女の周囲の人間を和ませる雰囲気と、分け隔てない思いやりを慕ってか、何やらソッチ系の友人がどんどん増えているらしい。
 まあ、大切にされているようだし、それ自体さほど問題だとは思っていなかったのだが……さすがの俺にも予想外の問題が起きた。
 
 それは去年の三学期が始まってすぐの、ある休み時間に起こった。
 「ゆきねー!ゆきねぇはいるか!?」
 「何だアンタは?ウチの生徒じゃねえだろ?どういうつもりだ?」
 「あん?テメエには関係ねえんだよ!」
 「部外者はアンタだろうが・・・筋が通ってねえのはどっちだよ?」
 突然俺達の教室に乱入してきたガラの悪い学ランとのメンチのきり合いは、宮沢が血相を変えて割って入った後もしばらく続いた。
 その時は宮沢の仲裁もあり事無きをえたのだが、それは始まりにすぎなかった。
 その後も奴らは、何だかんだ口実を作っては校内に侵入して来たのだ。
 それもだんだんと調子にのってきて、リピーターやら団体まで現れる始末。
 そして起こるべくしてそれは起こった。
 間抜けな奴がついに教師にみつかったのだ。
 咄嗟にその場は俺のダチだと言って何とか誤魔化したが、当然その事を宮沢はひどく気に病んでいた。
 まあ、でも、宮沢には悪いが、半分はそれがねらいだったのだ。
 宮沢と奴らに貸しを作り、これで奴らも来なくなるだろうと高をくくっていたのだが・・・俺はすぐに宮沢の行動力を見誤っていた事を思い知らされる。
 彼女がクラスの連中にこれ以上迷惑をかけない為に打った手、それがここ資料室の管理人就任だった。
 遮蔽物の多い校舎裏と中庭に面した人気の無い旧校舎の一階は、忍び込むには最適な場所であり、元々図書室であったその内部には、大きな本棚が多数あり死角だらけ。
 つまりここは……宮沢有紀寧と愉快な仲間達の秘密基地になる為に存在していた様な場所だったのだ。
 これにはさすがの俺も堪えきれず、初めて案内された時に思わず

 「みー・やー・ざー・わー……!」
 「えっ!?かっ、川上君!?きゃあ!!痛いっ!!痛いですぅ!!」
 「当たり前だ。お仕置きだからな」
 「あん!ごめんなさい!許してぇ!!」

と、こめかみをグリグリしてしまった。 
女の子に手を上げる事は本来俺の主義に反するのだが、おかげで益々侵入者は多くなり、俺もいちいち見回りせにゃならなくなったのだから、むしろ寛大すぎるぐらいだろう。
 「お待たせしました。カフェオレです」
 「ああ、サンキュ」
 宮沢が“いつもの”コーヒーにたっぷりミルクをいれたカフェオレを作ってくれた。
 口にあったパンを飲み込んでから、まだ少し湯気のたつそれを流し込む。
 美味い!そして温度も丁度いい。
 俺はカフェ・オ・レ党で猫舌だ。 
 別にブラックでも飲めなくはないが、やはりミルクが入ってマイルドかつ温めになった方が飲みやすくて好きなのだ。
 宮沢はコーヒーを煎れるのが巧く、ちゃんとこちらの好みを覚えていて、細やかな気づかいでいつも最高の持て成しをしてくれる。
 まあ、とどのつまり、こうやって懐柔された訳だが……。
 「そういや新学期始まったけど、何か変わった事とかある?」
 一息ついたところで俺は真向かいに座る彼女に本題を切り出した。
 今や彼女も相当な事情通なのだ。
 中学の頃にはソッチ系の事情に強いダチも居たが、今の俺にはそういったネットワークが無いに等しい。だから宮沢から得られる情報は貴重である。
 光坂は進学校で一見そういった事とは無縁なようだが、進学校だからこそ反感を買いやすく舐められやすい。
 宮沢のダチがいい例だ。悪気は無いのかもしれんが、我が物顔で他校に入ってくるか普通?
 他にも、単車で校庭に乗り入れてきた輩もいたし、かつあげのカモにもされやすい。
 三年には火種を持ち込みそうな先輩もいるし・・・。
 そういった被害を少しでも減らす為にも、情報は必要だろう。
 だから、二年になって宮沢とクラスが分かれた事もあり、ここの様子見兼ね定期的に彼女から話を聴くことにしている訳だ。
 「そうですね……あっ、そういえば、坂上さんが転校されたって聞きました」
 「坂上……?坂上智代がか!?」
 「はい」
 あまりの衝撃に思わず立ち上がり身を乗り出す。
 『坂上 智代』
 もはや懐かしさすら憶える名前だった。
 俺が中学の頃、女の身でありながらこの町で最強とまで噂され、誰ともつるまず、ただ一人夜ごと町を徘徊しては気に入らない不良共を狩り続けた、都市伝説にまでなっているタメ歳の少女の名だ。
 しかし、ある頃を境に彼女の姿は夜の町から消え、次第に名前も聴かなくなっていった。
 「不良狩りをやめて、大分落ち着いたらしい」という噂を最後に……。
 「それで……どこに行ったか分かるか?」
 「そこまでは……でも、前に通っていた学校にはもう居ない事は確かみたいですよ。それと、去り際にこう言ったとか……『私より、強い奴に会いに行く』」
 「……そうか……」
 宮沢の考えたネタなのか、そういう噂があるのかわからないが、それっぽくシリアスに演じてくれた宮沢の台詞にかえって脱力して座りなおす。
 ああっ、そうなのか……アイツももう居ないのか……。
 一度も会った事はなっかったが、何か昔からの友人が遠くへ行ってしまった様な寂しさを覚えた。

 「中坊の、それも女が最強って、この町レベル低くね?どうよ、俺らで坂上倒して天下とらねえか?」
 中学の頃は、よくそんな事を焚きつけられた物だった。
 「女と戦えるかよ。てか、いくら負けなしと言っても、相手は半端モンの雑魚ばっかじゃねえか。坂上もたかが知れてる。それよか天下取りたきゃ宮沢和人に喧嘩売ってこいよ。ああ、俺は部活あるから行けないけどな。まあ葬式くらいは行ってやってもいいけど」
 そんな事を言って頭の悪い友人達をたしなめながらも、俺はずっとやきもきしていた。
 だって、あまりにもアホ過ぎるだろう。
 自分から危険に身を晒す様な真似をして。
 結構美人だとも聴いていたし……。
 自分は絶対に負けないとでも思っているのだろうか?
 だとしたら、あまりにも甘い。喧嘩を、実戦の怖さをわかっていない。
 それとも……自分なんて、どうなってもいいと思っているのだろうか?
 「……誰か止めてやれよ……」
 彼女の噂を聴くたびに、負けなかった事に安堵しつつ歯痒さを感じていた。
 何度か彼女を探し、町を徘徊た事もあった。
 だが、部活に打ち込んでいた頃はあまり派手に動く事も出来ず、引退した頃には彼女は町から消えてしまい、結局一度も会える事は無かった。
 でも、残念ではあったが、それでも大人しくなってくれた事に胸を撫で下ろしていたのだ。
 そしてこの転校で、ようやく坂上は自らの業から解き放たれるのだろう。
 また同じ過ちをしなければの話だが……。

 「少し残念ですね……私も一度お会いしたいと思っていましたから……」
 「そうだな……」
 感慨深げな宮沢の言葉に、俺も感傷のまま相槌をうった。
 すると彼女はクスリと笑い冗談ぽく言う。
 「とても綺麗な方だったみたいですしね」
 「いや、俺は見た事ないけど……そういうことでなくて、ここの所大人しかったとはいえ、あれだけのビックネームが居なくなったんだ。目の上のタンコブが消えて、張り切る馬鹿が出てこないとも限らない。お前のダチの中にも、喜んでお祭り騒ぎしている奴がいるんじゃないのか?」
 おかげで俺の正論も、どこか言い訳っぽく聞こえてしまう。
 宮沢は俺の問いに苦笑しながら「ほんの一部の方達ですけどね」と答えた。
 やっぱりいたのか……すげえな坂上智代。
 しかしこんな馬鹿な事に感心していられる状況ではない。
 宮沢和人が逝き、坂上智代が去った。
 実質これで、この町で最強と呼ばれていた人間が不在になったのだ。それを幸いと喜ぶ輩も多かろう。これを発端として有象無象の勢力が乱立するような事になれば、かなり厄介な事になるかもしれない。
 「まあ、とりあえずあいつ等だけでも、あんまヤンチャしないように見張っておいてくれ」
 俺はゴミ袋になったパンの入っていた袋をカバンと一緒に掴むと、出来るだけ明るく言いながら席を立った。昼休みはまだ少し残ってはいるが、宮沢は色々後片付けや準備があるだろうから、早目に切り上げた方がよかろう。
 「お帰りですか?」
 「ああ、ごちそうさん」
 「お粗末さまでした。またいつでもいらして下さい」
 「ああ、何か悪さしてないか見回りに来るから」
 「それは気をつけないといけませんねえ」
 「してたらお仕置きな」
 「またグリグリですか?」
 「別のでもいいけど?」
 「出来れば痛くない事がいいです」
 「痛くないお仕置きって……まあ、とにかく気をつけろよ。じゃあな」
 「はい」
 彼女の話術にハマって帰るタイミングを失い、危うく邪心が芽生えそうだったので、殺し文句で強引に話を締めて足早に資料室から退散する。
 危ない危ない。
 宮沢は聖女の皮をかぶった魔性の女だ。……と、俺は思っている。
 アットホームなムードの中、無防備な彼女と二人っきりで他愛の無い話をしていると、思わず「ちこうよれ」とか言ってしまいそうになる。
 しかしひとたび彼女に手を出せば、間違いなく待っているのはデスロード。彼女のファンを全て倒すまで終わらぬ戦いが続く事は明白だ。
 しかも、ちょっとそれも面白そうだと戦闘民族気質が首をもたげてるから怖い。
 いかんな。
 宮沢は俺を信用してくれているというのに不謹慎だろう。
 などと自分を律して浮ついた心を静める。
 これからの事を考えれば、浮ついている場合ではないのだ。
 この町で大規模な抗争が起きれば、他でもなくその宮沢が一番巻き込まれる可能性が高いのだから。
 「たく……勝手にいくなよ……」
 思わず会った事もない人間達に毒づく。
 また置いていかれてしまった様な寂寥感にさいなまれながら……。


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