4月11日:強力!若本!!
「知識はあくまで道具でしかない。しかしそれを正しく理解し、使う為の心や精神を育てるシステムが、今のこの国には欠けているんだ。その一方で、ケータイやインターネットの普及によって、今の子供達はより早い時期から有象無象の情報に触れる機会が多くなってきている。それ一つとっても、憂慮すべき事だろう?国も、そして国民一人一人も“教育”についてもっと真剣に考え、省みるべき時にきているんだと思うんだ」
チャイムが鳴った事もあり、俺はそう結論付けて一先ず話を終えた。
「それが……お前が世界を変えたい理由なんだな……」
智代は遠くを向いたまま、どこか寂しそうに言った。
俺の話の何かが彼女の心に触れた事は確かだろう。
それが何なのかは、まだ朧気にしか見えてはこないが……。
「まあ、それだけじゃないけどな……でも、“教育”の先に“未来”が在る以上、まずすべきは、すでに時代遅れとなった“教育”の変革だろうな」
「“未来”……」
どこか心ここに在らずといった様につぶやく。
……大丈夫か?
少し不安になってきた。
「さて、そろそろ行くか」
そう促して、俺は歩き出す。
五限目の開始まで多少間があるとは言え、それなりに距離も有る。
もう戻った方が良いだろう。
「ど、どこにだ?」
智代が慌てて訊き返しきたので、立ち止まって振り返る。
どこにって……?
冗談かとも思ったが、俺を見つめる表情は真剣、と言うより必死その物だった。
まるで、親に置いて行かれそうな、子供の様に……。
「……ほら、いくぞ」
笑って見せて片手で促しながら背を向ける。
『未来へ』
なんて台詞も浮かんだが、さすがに気障だろう。
「あっ……授業か……」
智代は独り言の様に言って、小走りで距離を詰め、俺のすぐ後ろを付いて来た。
とりあえずは平気そうか……。
ホッとしつつ、彼女の存在を背に感じながら屋上を後にし、階段を下りていく。
「なあ……オーキ」
「ん?」
足を止める事無く、智代の呼びかけに短く答える。
すると、息を飲んで背後の気配が立ち止まった。
「……すまない……」
突然の謝辞に、俺も階段の途中で再び立ち止まり振り返る。
「何だよいきなり?」
「相談に乗ってやると言いながら、私はほとんど何も答えられなかった……正直、お前の話には、とてもついていけなかったんだ……」
横を向いて俯き、悔しそうに唇を噛む。
ひょっとして途中から様子がおかしかったのは、それを気に病んでたのか?
「……つまんなかったか?俺の話」
「そんな事は無い!むしろ、凄く興味深かったし、色々と納得出来る事も多かった。でも、だからこそ、尚更自分が情けなく思う。私は不満に思うことはあっても、お前の様にそこまで深く考えた事はなかったんだ……」
「……そっか……じゃあ、良かったらまた今度も聞いてくれ」
驚いた顔が上がる。
「良いのか?私ではちゃんとしたアドバイスは、出来そうも無いと言ってるんだぞ?」
「そんな物、期待して無いっての。こういう話をすると、大抵の奴は『それが現実なんだから仕方が無い』とか『こんな所で言ってても意味が無い』とか、体のいい事を言って逃げるんだ。でも、お前はちゃんと最後まで聞いてくれたし、自分なりの意見も言ってたじゃないか。それで十分だ。『悩みを人に話すだけでも楽になる』って、言ってたのはお前だろ?」
「……でも私は……お前の言う『心がちゃんと育っていない人間』だ……お前も知ってるだろ?……私がずっと荒れていた事を……」
ああ、なるほど。コイツが気にしていたのはソレか……。
どうやら俺が思っている以上に、昔の事を気にしている様だ。
“伝説”にまでなってるってのに……。
まあ、初めから望んでいた物じゃないから、誇る気も無いんだろうが、まったくの後悔しかないとしたら、それも寂しい気がした。
「お前、バカだろ?」
だからあえて鼻で笑って言ってやる。
これにはさすがに心外だったのだろう、智代はムッとして不貞腐れ始めた。
「バカって言う事ないだろ!?確かにお前程頭は良くは無いが、私だってこれでも頑張ってるんだ!」
「そうだ。お前はお前なりに頑張ってきたんだろ?荒れてた頃からずっと」
「いや、荒れてた頃は、ただ自分の嫌な事から逃げ回っていただけなんだ……」
「でもそれが、お前なりの“足掻き”だったんだろ?確かに褒められた事じゃないし、とばっちり受けた連中からすりゃあイイ迷惑だったろうさ。でもお前は、どうしていいのか分からないなりに、何かを探してたんだろ?何かを変えたかったんだろ?だからずっと独りでも戦い続けて来たんじゃないのか?」
「……!!」
そうだ……ただ逃げ回っていただけだなんて言われたくない。
だって俺が最初に興味を持ったのは、荒れてた頃の『坂上智代』なんだ。
ずっと会いたいと思っていたのは、俺の見ている物と同じかもしれない世界の中で、足掻いていた『坂上智代』なんだ。
それが例え目をそむけ忘れてしまいたい程辛く苦い日々だったとしても。
ならば尚更、“無駄だった”で終わらせて欲しくはない。
「それにな。荒れるのは心が在る証拠だ」
「心が在る証拠?」
「そうだ。心の無い奴が荒れたりしないだろ?まず感じる心がなきゃ、荒れもしないんだ。でも、お前には感受性がある。ちゃんと色んな事を感じ取れる心がな。むしろ人よりずっと強いんじゃないか?」
「感受性……?う、うん。これでも繊細で、傷つきやすいんだ!」
そう言いながら何故か少し誇らし気だった。
まあ、可愛いので良しとしよう。
「そもそも俺が、まったく話の解らない人間に話すと思うか?“お前なら”って思ったからだ。例え今は解らなくとも、お前ならいつか解ってくれると見込んだから話したんだ。だからな、智代。もっともっと勉強しろ。学校の勉強だけでなく、色んな事を、見て、聴いて、感じて、考えて、学んでいけ。生徒会長になるんだしな」
「オーキ……」
俺を見つめる瞳が潤んでいく。
しかし一度閉じられ、再び開かれたそれには、いつも以上に強く気高い光が宿っていた。
「うん!そうだな!私はまだ、お前の言う学校の勉強すらやっと始めたばかりなんだ。今はついていけなくて当然だ。でもなオーキ、いつか必ずお前に追い着いてみせる!お前の居る“高み”にだ!!」
堂々と胸を張り、彼女はそう宣言した。
真っ直ぐに俺を見据え、挑む様に。
ゾクリと背筋に歓喜が走り、熱い想いと切なさがせめぎ合う。
あの坂上智代と『好敵手』になれた喜びと、その誇り高く健気な少女を抱きしめてやりたくなる衝動。
ああっ、本当に凄いな智代は……色々堪らなくなる。
女性として成熟しつつある均整のとれた容姿に、無限とも思える才能を秘めた身体。
素直で純真無垢で、でも負けず嫌いで強くあろうとする発展途上の精神。
憧憬、征服欲、保護欲、愛欲色んな感情が入り混じり、せめぎ合い、一度理性のタガが外れたら、自分でもどうなるか判らない。
だから俺は……。
「ああ……それでこそ、俺が見込んだ男だ」
心の平静を保つべく、そんな軽口をさりげなく言いながら、踵を返し歩きだす。
「うん……ん?待て!私は女だー!!」
そして数瞬の間を置いて、ようやく気付いた彼女が怒りだすのと同時に、ニヤニヤしながら逃げる様に階段を駆け下りる。
しかし、俺は失念していた。
クマとか猛獣の前からいきなり走って逃げるのは、タブーである事を。
「逃がさん!」
背後に目が有ったのなら、彼女の瞳が獲物を狙うハンターの如く光ったのを目撃した事だろう。
二年の教室が在る二階に俺が降り立つや否や、智代は階段の中頃から、樹上から獲物に襲い掛かる虎さながらにダイブして来たのだ。
「うおっとっと!!」
いきなり背中に圧し掛かられ、つんのめって危うく前に倒れそうになり、そのまま廊下まで踏鞴を踏んで何とか体勢を立て直す。
「何すんだよ!?」
おんぶの様なやや前傾姿勢で、背中に彼女を乗っけたまま抗議する。
「私は女だ!」
いや、普通の女の子は飛び掛って来ないからな……。
「ああ、そうだな。立派な物も付いてるしな」
“逆に意識させてやれば、自分から降りるだろう”。
そう高をくくての発言だったのだが、何故か首に回された両腕は更に深く肩まで差し込まれ、より一層ソレを強調するかの様に身体を密着させてきた。
「スケベ!お前はパンツだけでなく、オッパイも好きなのか?」
そしてとどめに、酷く挑発的な質問を耳元で囁かれる。
コイツの鈴の音の様な可憐な声で、“パンツ”とか“オッパイ”とか聴かされたら、もうそれだけで思考力大幅ダウンだ。
ここが人通りのある廊下でなければ、俺も野獣と化していたかもしれない。
てか、おもいっきり人に見られてるって!同級生が見てるって!
別の意味で堪らないだろ!
「嫌いな男なんて居無いだろ……それより、早く降りろよ。皆見てる」
「別にいいじゃないか……おんぶしてもらっているだけにしか見えない筈だ。お前が女の子をおんぶする事なんて、滅多にないんじゃないか?」
そりゃあ、小さな妹でも居なきゃ、女の子をしょっちゅうおんぶしてる奴なんて居ないだろうけどな。
「いやいや、俺が両足を抱えてないから、おんぶは成立してない。お前がぶら下ってるだけだ」
てか、男女が理由も無くおんぶしてる時点で十分注目の的だからな。
「じゃあ、私の脚も抱えるか?」
何!?いいのか!?
芸術的なまでの美しさと、“死”すら予感させる破壊力を秘めた、まさに“人類の至宝”とも言うべきお御脚を、堂々と抱えていい!?
それは俺の欲望的にはたいへん嬉しい申し出だが……。
「いや、そんな短いスカートで脚広げたら、後ろからパンツ見えちゃうんじゃないか?」
「H!さっきアレだけ見たのに、お前はまだパンツが見たいのか?」
「いや、俺は忠告してやっただけだろうが……」
もちろん何度だって見たいが……。
「冗談だ。オーキはHだけど、すごく優しい奴だからな。すごくHだけどな」
頼むから、嬉しそうに耳元でHを連呼しないでくれ……。
てか、そのHな男に後ろから抱き着いて身体を密着させてるお前は何なんだ?
ああっ、いや、まず落ち着け俺!
パニクッて心の声と、口に出してる言葉の区別がよくついて無い。
「なあ、オーキ……オーキの背中は広いな……」
などと酷く動揺している俺に対し、智代はきゅっと更に腕を力を込め、俺の首筋に自分の顔を埋めるようにしながら、うっとりとした声でつぶやいてきた。
すでに早鐘の様だった心拍数が更に跳ね上がり、内心悲鳴を挙げそうになる。
しかし背中越しに絶対ソレを聴いている筈の智代は、まったくお構いなしだ。
「オーキの背中は温かくて、広くて、大きいな……ん?オーキの背中が大きい?フフッ、オーキの背中はオーキいなぁ!」
俺の名前ネタに気付き、ツボに入ったらしい。
いたくご満悦のようだ。
まったく……本当に可愛くて仕方無い奴だ……。
……って、ヤベッ!俺まで“二人の世界”に浸ってた!!
てか、もうウチのクラスの前じゃん!!
「お、おい、智代。そろそろ……」
「チョット、何よその子?」
俺が智代を促そうとしたのとほぼ同時に、後ろから聞き覚えのある声に尋問される。
恐る恐るやや半身になって後方を確認すると、そこには腰に手を当て白眼を向けてくる杉坂と、その横で不安そうに俺と智代を見ている仁科の姿があった。
うわっ……最悪の“お約束”だ……!
「どうしたの川上くん?その子、具合でも悪いの?」
「あ、ああ。なんか調子悪いみたいで、おぶってたんだ……なあ?」
心配そうな仁科の問いに、やや引きつりながら答え智代に同意を求める。
「うん!オーキにおんぶしてもらってたんだ!」
具合が悪いどころか、むしろ元気ハツラツで答えていた!
しかも、『オーキ』とか呼び捨てにしちゃうし……空気を読んでくれ……。
「おんぶって、さっきから見てたけど、その子が背中にぶら下ってる様にしか見えないんだけど?ちっとも具合悪そうじゃないし」
さすが杉坂だ。容赦なく痛い所を衝いてくる。
「いや、それは……あれだ。スカート短いから後ろから見えると思って、廊下に出てからは脚を下ろしてたんだ。俺程になると背中に乗っけてバランス取るだけで落ちない様にする事も可能だからな。なんなら、杉坂も試しにおんぶしてやろうか?」
「ど、どうして私がアンタにおんぶされなきゃなんないのよ!いやらしい!」
意外?と純情なのか、流石の杉坂も頬を赤らめそっぽを向いた。
う〜ん、意外と効果大なら、今後コイツにもこっち方面で迎撃していくか?
……やめておこう。エロネタは諸刃の刃だという事は痛感している筈だ。
これ以上せっかく築いてきた俺の紳士なイメージが崩れるのは好ましくない。
「とにかく『坂上』、元気になったんなら降りろ。ウチのクラス着いたし、もう時期チャイムなるぞ」
「え……!?ああ、うん、すまない。お前のクラスはCだったのか。私はB組だ。お隣だな」
何故か一瞬智代は驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直した様に回した手を解いて俺の背中から降り、他愛無い偶然に無邪気な笑顔を見せた。
いや、俺と智代は大して背は変わらないから、真っ直ぐ立てばいつでも降ろせたんだろうが、彼女を乗せたままでは“大人の事情”でそれは不可能だった訳である。
「でも、どうせなら一緒のクラスが良かったな……そうしたら、もっと早くお前と出会えたし、何かと一緒に居られる時間も多かったのにな……」
「あ、ああ、まあな……んじゃな」
「うん、またな。オーキ」
頼む!頼むからそういう嬉しい事は、人の居ない所で言ってくれ!!
とことん空気を読まない智代の台詞に曖昧に返事をしつつ、俺は逃げ込むように教室に入って彼女と別れた。
その後、何となく隣の席の仁科とは目を合わせられず、互いにギクシャクした空気の中で授業を受けた事は言うまでも無いだろう。
放課後、俺は最寄の駅前商店街に在るゲームセンターに足を運んだ。
「お!」
店に入ってすぐの所にある新作の格ゲーの列に、よく知っている顔を見つける。
「なんだよ。良いのかよ部活サボって」
「おお、オーちゃん。いやあ、説明会終わって一段落ついたから来ちゃった」
寄っていき話しかけると、憎めない人のよさそうな笑みを浮かべ応えてくる。
コイツの名は『山崎パン』……いや『山崎 勤』
中肉中背の眼鏡で、一見平均的な“光坂男子高校生”に見えるこの男だが、実際は数多くの“伝説”を持つ侮れない男である。
『ネットゲームにハマリ、何日も仮病で学校を休んだあげく、ついに親にブチ切れられてP○2を二階の窓から投げ捨てられ、そのショックからか「旅に出る」と言って家出をし、一週間くらいネットカフェを転々としながらネトゲをし続け、気がついたら新しいゲーム機買えるくらい浪費していた』と言う熱い逸話こそ、その最たる物だろう。
他にも、『出席日数がマジでヤバク、三学期酷い風邪をひいても休めなかった』とか『自習中突然、「や〜まざき一番♪で〜んわは二番♪」と歌いだした』とか、とてもとても危険な香りのする男なのだ。
ちなみに『山崎パン』はただの仇名で、親御さんは普通のサラリーマンだ。
「『イムラー』と『ナカムー』も来てんのか?」
「いや、井村君は一緒だけど、中村君は部活あるって」
「ふうん……ああ、あっちイムラーがやってんのか」
画面に目を移すと、使用キャラとそのキャラの動きだけで誰がやっているか判ってしまった。
「よっ!」
「おう、オーちゃんも来たんか」
せっかくなので、対面に向かい対戦の合間に声をかけると、やはり眼鏡の山崎よりちょっとだけ知的っぽい男が顔をあげた。
『イムラー』こと『井村 祥弘』
彼もまた数々の武勇伝を持つ“生ける伝説”である。
……“ゲーマー”として!!
格ゲーではこの町最強かもしれない実力者で、去年流行した格ゲーでは、『ワンコインで2時間以上勝ち続け、ついには疲れて止めた』程である。
「……今日これやるの初めてか?」
「いや、部活帰りにちょこちょこやってたよ」
その言葉に少しだけ胸を撫で下ろす。
今チラッと見えた連勝数はすでに10を超えていた。
動きの方も、いくら定番の格ゲーで前シリーズと左程差異は無いとは言え、今回から導入された新システムまですでに完璧に使いこなせていたのだ。
バンッ!!
また一人、井村に手も足も出ず敗れた強面が、機体を叩いて去って行く。
まあ、無理も無い。気持ちは痛いほど解る。
俺も井村には百回に一回くらいしか勝てないしな……。
どうしてこう、俺の周りには“化け物”じみた奴が多いんだろう?
「部活の方はいいのか?」
山崎と井村はパソコン部に所属していて、テニス部の中村もだが、新年度が始まり、部活説明会やら、新入生への対応やら、更には五月に控える創立者祭での出し物やらで、暫くは忙しいと聞いていた。
「ん?ああ、今週いっぱいは割りと暇かな」
視線を画面から逸らす事無く、プレイを続けながら答える。
「今週って、今日明日しかねえじゃん……」
「ウチの部は普段堂々とゲームで遊んでるだけだから、こういう時に体裁を取り繕わんとマズイんじゃ!」
なるほど……物凄い説得力だ……。
「まっ、仕方ねえか……忙しそうな時期に、また部室に奇襲かけるから」
「来んでいい!」
ドガガガガガガーン!!
つっこみと共に放った超必殺技で、続く相手にも苦も無く一本先取。
こりゃあ、この対戦もすぐに終わりそうだ。
こっちの列に並んでも、順番が回ってくるのは当分先だろう。
俺は“この町最強の男”に挑むべく、山崎の居る対面の列に並ぶ事にした。
井村の強さに戦意を喪失したのか、観ている奴らは多いが、並んでいるのは次の山崎の他は一人だけだった。
『井村』VS『山崎』
井村が使用するのは“主人公こそが最強”もはや格ゲーの代名詞とも言える道着に鉢巻のあのキャラである。
飛び道具、対空技、あらゆる技を備え、オーソドックスで使いやすい。
対して山崎が選んだのは、赤き暴風の異名を取る屈強なプロレスラー。
投げ技主体で飛び道具こそ持たないが、とにかく一撃の威力が半端無い。
二人とも“らしい”チョイスだ。
“この町最強の男”と“最も危険な男”の戦いが、今始まる!
先制したのは意外にも山崎だった。
井村のキャラが飛び込んできた所を、心憎い“ただのチョップ”で打ち落としたのだ。
え〜?という井村の嫌そうな顔が目に浮かぶ。
いや、しかし、簡単そうにやってのけたが、一瞬でもタイミングがズレていたら、打ち負けて連続コンボを食らっていたのは山崎の方だ。
『山崎勤』アホだが、やはり侮れない男である。
元々、アホだが一度ハマルと妙な集中力を発揮する奴なのだ。
アホだがこのシリーズのやり込み度も半端無く、何よりこの一年、井村と最も多く戦ったのは間違いなく彼であろう。
二人が出会ったのは高校からと言うが、ゲーセンでも、部活中でも、そして互いの家でも、アホの様に対戦してきたのである。
身近にライバルが居て、常に切磋琢磨出来る環境と言う物は、どんなアホでも成長させると言う事だろう。
と、感心したのも束の間、一本目はあっさり井村が連続コンボで持っていった。
再び飛び込んで来た所を、調子に乗って再度打ち落とそうとして失敗し、「え〜!」とか言ってる間に一方的にボコボコである。
アホだ。
アホ故に迂闊だ。
あの井村がまったく同じタイミングで飛び込んで来る筈も無かろうに。
そうこうしてる間に、二本目が始まる。
この戦いは、一進一退の白熱した物となった。
互いに大きな隙が無く、まとまったダメージを食らう事無く互いに半分近くまで体力バーを削りあう。
しかし一瞬の隙をつき、井村の連続コンボが叩き込まれる。
終わったか?
そう思われたが、かろうじて山崎の体力バーは数ミリ残っていた。
それを削るべく、容赦なく井村の超必殺技が放たれる!
と、その時、信じられない事が起こった!
ドカン!ドカン!ドゴゴゴゴゴーーーン!!
ありえない距離から山崎の放った起死回生の超必殺投げが何故か決まり、しかもその一撃で半分以上あった井村の体力バーをもっていったのだ。
二本目は山崎の勝ちだ。
「うお!!勝ちゃったよ!!」
やった本人が一番驚いていた。
この妙にリアルラックが高い所が、このアホの真の恐ろしさだろう。
互いに一本づつ取り合い、勝負は最終ラウンドに持ち越された。
実力は井村の方が上。
しかし山崎には、一撃必殺の破壊力と、リアルラックがある。
ひょっとしたら、ひょっとするかも……。
手に汗握る注目の第三ラウンドの開始がコールされた、まさにその時だった!
「こら!ゲームセンターへの出入りは、校則で禁止されている筈だ!」
突然背後から上がった凛とした声音とその内容に、俺以外のその場に居た者全てがギョッとして一斉に振り返る。
「……ほら、山ちゃん、始まってるぞ」
「えっ、ああ、うん」
「校則違反だと言ってるんだ。オーキ」
その気配は『モーゼ』の如く左右に分かれた野次馬の間を威風堂々と通って、呆気に取られていた山崎に集中する様促した俺の真後に立つと、今度は名指しで注意してきた。
てか、他にもウチの制服着た奴居るの、見えて無いのか?
「すいません先生」
振り返りもせず、棒読みで応える。
「先生じゃない。私だ」
「ああ、菅原先生?」
「私だと言ってるだろ!そもそも菅原先生は男じゃないか!」
「じゃあ、大上先生?」
「大上先生も男だ」
「なんだ、幸村先生か」
「幸村先生はおじいさんじゃないか!私だと言ってるだろ!!」
「うおっ!!」
もはや幸村先生は男じゃないのかと思った刹那、強引に振り向かされ、鼻の先まで迫ってきた彼女の顔に、思わず仰け反る。
「何だよ……坂上だったのか」
「だから私だと何度も言った筈だ……声で判らなかったのか?」
俺の空々しいすっとぼけた答えに、智代は眉を寄せ不機嫌さを顕わにした。
「ああ。男性教師かと思った」
しかし俺も折角の名勝負に水を注され、少々ムカッ腹が立っていた事もあり、腹いせに結構酷い事を言ってやる。
ちなみに、結局山崎は呆気に取られてる間に先制コンボを食らい、動揺を立て直す暇も無くやられてしまった。
「……性質の悪い冗談はよせと言ってるだろ?いくら何でも、女の子の声と、男の先生とを間違える筈無いじゃないか……」
そう言いながらも確信が無いのか、智代は不安気な表情で俯く。
「何だよ?お前自分の声聞いた事無いのか?」
「だ、だから、不安にさせる様な物言いは止めてくれ。女の子に対して悪趣味だぞ」
その表情に悪戯心を刺激され、更にそれを煽る。
そして丁度山崎の後の井村の対戦相手が使用しているキャラを目にし、タイミングを見計らって言い放った!
「坂上、お前の声は……こんな声だ!」
「ザイ゛ゴグラ゛ジャー!!」
ズーーーーーーーーーーン!!
野太くも味の有る悪役声が響き、智代はその場に崩れ落ちた。