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4月10日:無骨なラーンスロット
 「私が…私がどれだけ怖い思いをしたと思っているんだ!!」
 四つん這いで下を向いたまま俺を責める坂上の声は、少し鼻にかかっていた。
 少し泣かせてしまったかもしれない。
 冗談だったとは言え、さすがに悪質だったかと罪悪感を覚える。
 「ごめん……悪かったよ。でも、本来はそれが当たり前なんだ。普通の女の子は、いや、誰だって戦う事は怖い。何されるかわからないからな。だから争いや揉め事を避けようとするんだ。お前は怖い物知らず過ぎるだよ。それを教えたかったんだ」
 「だからって…これは酷過ぎるだろ…!?本当にお前に騙されたと…裏切られたと思ったんだ……!なのにお前は、守ってばかりで反撃する素振りも見せないし……」
 ようやく上がった顔は暗く沈んではいたが涙の跡は無かった。
 それに少しホッとしながら、手を差し伸べる。
 一瞬躊躇し俺を見据え警戒しながらも、その手を掴んでくれた彼女に、何気なく驚愕の事実を伝える。
 「だって俺、女を殴ったり出来無いし」
 「うわ!!」
 すると、坂上はカクンと腰砕けになって俺の胸に飛び込んできた。
 「っと!」
 甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐる。
 反射的に抱きとめたそれは、これ以上力を込めたら壊れてしまいそうな程華奢で、たまらなく柔らかで温かい、まぎれもなく普通の少女の身体だった。
 ドン!
 「っ!!」
 慌てて俺を突き飛ばす様にして、その反発力で坂上が離れる。
 不意に痣になってる所を叩かれ、その激痛に一瞬顔をしかめたが、何とかポーカーフェイスを発動させ取り繕う。
「お、お前がおかしな事を言うから、よろけてしまったじゃないか…」
「大丈夫か?足とか痛めてるんじゃないか?」 
 そしてやせ我慢を悟らせぬ意味も兼ね、ずっと気がかりだった事を尋ねた。
 暫し“信じられない”といった表情で坂上が俺を見つめる。
 その視線にだんだん気恥ずかしさを感じ始めていると、彼女は呆れた様に微笑んだ。
 「大丈夫だ。私はどこも何とも無い。まったく……本当におかしな奴だな。一方的にやられていたお前が、私を心配するなんて、あべこべじゃないか。そもそも、殴れもしない相手と戦おうとするなんて無茶……」
 そこまで言って微笑みが消え、眉が寄って目が据わる。
 どうやら先程の怒りを思い出したらしい。
 「……だから睡眠薬を飲ませたのか?そっち方が、よっぽど酷いじゃないか!」
 「ホントに飲ませた訳じゃないだろ?正直すぐばれると思ってたし…」
 「いきなりあんな芝居をされて、冷静でいられる筈ないだろ!?寝ている間にHな事をするとか、パンツが見えているだとか……乙女にむかって何て事を言うんだ!」
 「“乙女”なのか?」
 「当たり前だろ。これでも花も恥らう十六歳の乙女なんだ………スケベ!!」
 「いきなり何だよ?」
 「今、絶対Hな事を考えていた」
 「まあな」
 「認めるな!!そこは普通、嘘でも否定する所だろ!?面と向って肯定する奴があるか!まったく、デリカシーの無い奴だ。一体、お前のどこが“ナイト”なんだ?」
 「ナイト?」
 突然出てきた思いもよらない単語に、思わず訊き返してしまう。
 今まで“鬼”だの“悪魔”だの“不動明王”だのと色々呼ばれてきたが、そんな格好良さ気な物は初めてだ。
 「門倉が言っていたんだ。お前は“ナイトの中のナイト”の様な奴だと」
 「ナイトの中の……ああ、なるほど…言い得て妙だな」
 「お前の一体どこがナイトなのかと訊いてるんだ!」
 「“ナイト”じゃなくて“ナイトの中のナイト”だろ?要するに、良家のお坊ちゃんだとか、美形で背が高くて、エレガントで、フェミニストで、華美な装飾の剣を佩き鎧を着て、白馬に乗っている様な“乙女の幻想”とは最も縁遠い存在って事だ」
 「…よくわからないが、『本当のナイトは、女の子が理想としている様な良い面ばかりでは無い』と言いたいのか…?」
 「ん〜、微妙に違うが、それでいい」
 「適当だな…」
 「まあ、とても乙女の期待にそえられる様な人間じゃないって事は納得だろ?」
 「うん。お前はむしろ乙女の敵だ!」
 そこだけ、とても晴れ晴れとした顔で断言された。
 「でも、彼女の言い様からは、とてもそんな感じは…」
 再び眉を寄せた坂上の言葉の途中で、昼休みの終わりをチャイムが鳴りはじめる。
 それが鳴り終わるのを、俺達は無言で聴き入った。
 「悪かったな。許してくれとは言わないが、今日の所は俺の勝ちって事で。んじゃな」
 「……」
 そして鳴り終わるや、すかさず勝手に勝利宣言をして、返事も待たずに踵を返し、さりげなく勝ち逃げを決め込む。
 俺の完全勝利だ。
 これで3年前『坂上智代』を知ってから、ずっとやりたかった事はほぼ全てやれた。
 今後どうなるかは坂上次第だろう。
 どちらにしろ、俺は俺の役目を果たすだけだ。
 しかし……ついに俺がこの町最強か。
 これからの事を考えると、ため息しか出ない。
 まったく興味が無かったと言えば嘘になるが、こんな小さな町で最強になってもな…面倒なだけだろ。
 それも最強不在で盛り上がり、群雄割拠になりそうだったって時にだ。
 ぽっと出の男が「テヘッ、最強になっちゃった」とか言ったら、それこそ四面楚歌になるだろ……。
 まあ、だからこそ、なるべく早く坂上に勝てる機をうかがっていたのだが。
 昨日の一件で、坂上がこの町に居る事はすぐに知れ渡るだろう。
 そうなれば、彼女に恨みを持つ者や、名を上げようとする輩も現れるはずだ。
 そして、また同じことが繰り返される。
 
 『それにな、前の学校には、別れを告げる相手なんて居なかったんだ……』

 先程の坂上の言葉を思い出す。
 だが正直、今の彼女がそんな事になる様には思えない。
 確かに変わってる奴だが、むしろ、そのハイスペックとあいまって、個性として人気が出そうだし、実際すでに一部ファンぽい子達もいた。
 まさか短期間の間に性格が劇的に変わったとか、実は俺の前では猫かぶってるとかいう訳ではあるまい。
 にもかかわらず、彼女の周りから人が去る要因があるとすれば、やはり数々の過去の武勇伝と、それらがらみの揉め事だろう。
 それが“すごい”で済んでいる内はいい。
 だが、それによって何らかの不利益を被れば、人は途端に掌を返す。
 坂上目当てでしょっちゅうガラの悪い他校の生徒がやって来るようになれば、そして毎回アイツがそれを力尽くで撃退するようならば、普通の人間は傍には居られまい。
 そうなってからじゃ遅いのだ。
 とりあえず、これで坂上が負けたって事実が出来た。
 今日はもう時間が無いので、明日にでも宮沢の所に行き、この事実を伝えよう。
 それが顔の広い彼女のネットワークを通じて広まれば、坂上に向く筈だった目を俺に引き付ける事が出来る筈だ。
 そっからは少々面倒な事になるだろうが……まあ、俺ならどうとでもなるだろう。
 ある意味坂上の最大の失敗は、いつまでも孤高の一匹狼でいた事だ。
 そう例えば、倒した奴らを片っ端から配下にしてしまえば良かったのだ。
 いくら強くとも一人では狙われやすい。
 逆に仲間を増やしていけば、それだけで簡単には手が出せなくなるし、いちいち自分が出て行く必要も無くなるだろう。
 そして倒した分だけ、いや倒さずとも勝手に戦意を喪失し、敵は減っていく。
 もっともアイツの場合、仲間に簡単に寝首を掻かれていた可能性も有り得るが……。
 まあ、別にそれ以外にもやり方は色々ある。
 そして俺は、あらゆる手段を使って“鍵をかける”までだ。
 




 6限目、俺は仁科との約束を果たすべく、部活説明会の会場である体育館に来ていた。
 一つの部につき五分程度の持ち時間が与えられ、その中で様々なパフォーマンスを交えつつ部を紹介しアピールしていく場になっており、今日から一週間公に部活の部員募集活動が許されている。
 逆に言えば、この期間を過ぎると部をアピールするポスターすら張る事を許されておらず、またこの期間中に三人以上の部員を確保出来なければ、即廃部の憂き目に遭う。
 だから弱小な部程必死だ。
 メジャーな部の発表はすでに全て終わっていて、俺が来てからは舞台上に上がるのは常に一人か二人、つまり廃部寸前のいかにも人気の無さそうな部や、聞いた事も無い様な部の発表が続いていたが…そこそこ面白い。
 もっとも、「これ観て、はたして人が入るのか?」と疑問に思う物も多かったが……。
 そうこうしている内に、合唱部の順番が回ってきた。
 まず仁科が舞台に上がりすぐ後に杉坂が続く。
 どうやら部員はまだ二人だけの様だ。
 そういや、さっきそんな事を言ってたか。
 マイクの前に立った仁科の、彼女らしい丁寧な挨拶から、合唱部の存亡を賭けたアピールが始まった。
 珍しく声に熱がこもっており、彼女の真剣さが伝わってくる。
 だが……正直、真面目過ぎて面白味は無い。
 タイミング的な物もあるだろう。半ば捨て身で笑いを取りに来ていた連中が続いた事もあり、これが皆の印象に残るか不安を覚える。
 しかし、最後に観客席から「おおおおっ!」っと感嘆の声が上がった。
 仁科がアカペラで歌い始めたのだ。
 マイクを通して響く彼女の歌声は高く澄んでいて、一瞬で聴く者の心を掴み、そこに杉坂の低音部が加わって、見事なハーモニーを作り上げる。
 杞憂だったな……。
 そう確信した俺は、一際大きな拍手を背に聞きながら、体育館を後にした。
 
 

 説明会が早く終わったのか、仁科は6限目が終わる少し前に教室に戻ってきた。
 「あっ、川上君……」
 「ああ、なかなか良かったよ。マイク無しなら尚良かったけどな」
 訊き辛そうだったので、こちらから感想を述べると、彼女は安心した様に微笑んで自分の席につく。
 「そこまで声量に自信が無かったから……まだまだ練習不足です」
 「やっぱ腹式ってくらいだから、腹筋とかするといいんじゃないか?」
 「そうだね……川上君て普段はあまり大きな声出さないけど、実は声量も有るし、歌も凄く上手だよね」
 自分の腹を叩きながら適当な事を言うと、仁科はいきなり妙な方向に話を振ってきた。
 そういや一年の時、屋上で歌っているのをたまたま聴かれた事があったが……。
 ……あれ?まさか……?
 いや、まさかな……。
 「まあ、前はサッカーやってたから腹筋も肺活量も人よりあるし、腹式呼吸も自然と出来るけど……」
 「ううん。技術的な事よりも、川上君の場合、気持ちがこもってて、聴いているとそれが伝わってくるから……」
 「そんなに聴かせた事あったっけ?」
 「音楽の授業とかでも、川上君の声はすぐ判るよ。音楽の先生も何度か褒めてた事あったでしょ?」
 「『楽器はまったく駄目なのに、歌だけは立派ね』とは言われたけど……」
 「先生にそんな風に言って貰えるって、本当に上手いからじゃないのかな?あの……それでもしよかったら……一緒に合唱部で歌ってくれませんか?」
 俺が予想して否定した事を、仁科は笑顔で軽く何かのついでの様に言った。
 でも、机の上の手が震えている。
 彼女が無理している事は明白だった。
 精一杯の勇気を振り絞りながらも、“重く”ならないよう気を使ってくれているのだ。
 だから俺も、なるべくさりげなく、しかし誠意をもって本当の事を答える。
 「悪い……。俺は…誰かに聴かせる為に歌ってる訳じゃないから……」
 「そう……残念……」
 少しだけ落胆したように、しかし初めから判っていたかの様に微笑む。
 その健気さに心が揺らいだが、今の俺は部活どころでは無いのだ。
 「てか、部員て今のとこ仁科と杉坂の二人だけだろ?いくら頭数そろえたいからって、そこに男の俺を入れていいのか?」
 「うん。そうだよね。男子一人だけじゃ嫌だよね」
 「嫌と言うか……気まずいだろ……お互い……」
 てか杉坂が絶対嫌がるだろ……。
 「そうだよね……ごめんなさい。変な事訊いて」
 「いや、いいけど。まあ、大丈夫だろ。説明会もうまくいったんだし、きっと誰か入ってくれるって」
 「うん。こちらからも、知り合いを中心に、声をかけてみるつもり」
 明確な根拠の無い励ましの言葉だったが、それでも仁科は笑ってくれた。
 本当に好い娘だ。
 立ち直り、頑張り始めた彼女を、応援してやりたい。
 そう思った俺は、思わず軽い気持ちでこう言った。
 「もし、それでも部員の目処が立たなかったら、幽霊部員でよければ名前を貸してやるよ」
 一瞬、仁科は驚いた様に目を見開き、そして初めての心からの笑顔で、
 「ありがとう」
 と言ってくれた。
 だが、この口約束が、後々厄介な状況に俺を追い込む事になるのだが……この時それを知るはずも無かった。


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