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第二章 5月5日 居候対決

 春原さんの尊い犠牲のおかげで、どうにか智代でいけそうな確信を得られた。

 一方、試合の方でも大きな動きがあった。

 「ボール!フォアボール!」

 「ちっ……小癪な真似を……」

 舌打ちした河南子の額には薄っすらと汗が滲んできている。

 時間を稼ぐ為に岡崎さんがファールで粘り、それによってじょじょに河南子はコントロールを乱し、ついにはフォアボールで出塁したのだ。

 センスや身体能力がずば抜けているとは言え、所詮は素人。

 つけこめる隙はいくらでもある。

 そして、その綻びを更に拡げるべく勝負師秋生さんが動く。

 「マジかよ……」

 すかさず岡崎さんに盗塁のサインを出したのだ。

 それを受け、岡崎さんは恐る恐るリードを広げていく。

 「見えてますよ!」

 背を向けまったく警戒している様ではなかった河南子が、振向き様に一塁に牽制球。

 「うおっ!」

 慌てて岡崎さんが戻り、タッチの差でぎりぎりセーフ。

 「あぶねえ……!」

 あまり大きくリードをとっていなかった事が逆に幸いしたが、盗塁を読まれている事は明白だった。

 だが、それでも秋生さんはかまわず引き続き盗塁のサインを出し続ける。

 「猪口才な……」

 控え目なリードをとる岡崎さんに対し、河南子は再び牽制。

 今度は余裕でセーフ。

 「くぉらっ小僧!そんなリードで盗塁できんのか!?『赤い彗星』の名が泣くぜ!!」

 「いつから俺が赤い彗星になったんだ!」

 消極的な岡崎さんに、キレた秋生さんがおもいっきり作戦をバラしていた。

 まあ、バレバレか……。

 「松井ちゃん、ランナー気にせずいこう!」

 それで相手キャッチャーはこちらの意図をピッチャーの揺さぶりだと読んだか、逆に河南子をなだめに入る。

 てか、あっちではずっとゴジラ松井で通してんのか……。

 「仕方ないですね……」

 さすがに居候の身で勝手も出来ないのか(既に十分してるが)河南子はキャッチャーだけを真っ直ぐみつめながら、両手を大きく振りかぶる。

 それを見て、岡崎さんもスタートを切った。

 だが、

 「と、見せかけて殺ーす!!」

 彼女はトルネード投法の様に180°身体を捻ると、同時にセカンドに牽制を投げる。

 タイミングは完全にアウト。

 「あれ?」

 けれど、ジト汗を浮かべて苦笑したのは河南子の方だった。

 当のセカンドベースが無人だったのだ。

 セカンドとショートがカバーに向かってはいたが、間に合っていない。

 そもそも、ワインドアップで振りかぶってからの牽制はボークになる。

 だから岡崎さんも走った訳で、このタイミングでセカンドに投げるなんて普通誰も思わない。

 「回れー!!通常の三倍で走りやがれー!!」

 「無茶言うな!」

 更に油断してたセンターがボールを逸らしたのを見て、秋生さんはサードまで行けと叫ぶ。

 それを受け、二塁を回った岡崎さんはつっこみつつも三塁に。

 しかし、急いでボールに追いついたセンターも、すぐさま三塁に送球する。

 

 ザザー!!


 「セーフ!!」

 岡崎さんのスライディングが一瞬早くセーフ。

 「よくやったぞ小僧!!」

 「朋也くん凄いです!」

 三盗に盛り上がる自軍ベンチに対し、

 「タイム!」

 マウンドでは内野が集まり、説教タイムが始まった。

 「しぇーましぇん……」

 さすがのわがまま娘もしゅんとなる。

 ほぼ秋生さんの狙い通りの展開となり、ワンアウト三塁、一打同点のチャンスに。

 バッターは今日二連続安打と当たっている杏さん。

 そしてこの場面で、秋生さんは更に大胆な指示を出す。

 「……やりゃあいいんだろ?やりゃあ……」

 岡崎さんも焼けクソ気味に覚悟を決め、ヘルメットの位置を直してリードを取った。

 注目の一球。

 一度憎々しげにランナーを見てから、河南子が大きく振りかぶる。

 それを合図に岡崎さんが走り出した。

 そう、スクイズだ。

 だがしかし、それと同時に相手キャッチャーもまた立ち上がって手を挙げ外角側に寄り、河南子も大きく外した所に投げる。

 「やらせるか!」

 どうやら今度は警戒され、先ほどのタイムの際に打ち合わせてあったようだ。

 「と、と!」

 慌てて岡崎さんは走るのを止めて三塁に戻る。

 キャッチャーは軽くジャンプして捕球すると、たたらを踏みながら三塁に送球。

 「セーフ!」

 バランスを崩して遅れた事も有り、岡崎さんは割と余裕で三塁に戻る事が出来た。

 いや……まてよ……。

 今のプレイに違和感を感じ、脳内リプレイをしてみる。

 そして、その正体にはたと気づいて秋生さんを窺うと、俺の視線に気づいてニヤリとしてみせた。

 なるほど……そういう狙いか。

 ランナーを気にしつつも、河南子が投球モーションに入る。

 同時に岡崎さんも走りだす。

 「ボール!」

 相手バッテリーはスクイズを警戒し、またも大きく外してきた。

 それを見て岡崎さんも直ぐに反転し、三塁に戻っていく。

 いや、どうしてもボールの行方を追ってしまうので意識しないと見落としてしまうが、彼が走っているのは河南子の投球モーションの間だけだった。

 三塁にぎりぎり戻れる位置で止まり、そこでキャッチャーが捕れそうなら既に戻る体勢に入っていた。

 そもそも、本気で本塁まで突っ込む気で走っていたら、戻れるはずが無い。

 また、スクイズはバッターとの連携が当然必要になるが、杏さんがバントをする素振りを見せず普通に打とうとしている事から、作戦が伝わっている様には思えない。

 と言うか、練習してもいないバントより、杏さんなら普通に打つ方が確実だろう。

 つまりこのホームスチールは、あくまで秋生さんと岡崎さんの間でのみ取り決められた作戦であり、相手にプレッシャーをかけミスを誘う為のフェイクという訳だ。

 カウントは既にノーツー。

 元々コントロールが狂い始めていた上にここまでランナーに掻き乱されては、プロだって調子を崩しても不思議じゃない。

 「ボール!フォアボール!」

 相手もフェイクに気づいた様だが時既に遅く、その後も河南子はストライクが入らず杏さんはストレートのフォアボール。

 続く相楽さんは、二番ショートらしくバントの構えをして見せ撹乱し、これもフォアボールで出塁。

 ついにワンアウト満塁。

 最高のお膳立てが成り、そして迎えるのは最強の三番打者・坂上智代だ。

 「坂上」

 「何だ?」

 「裏切り者に、引導を渡して来い」

 「ああ……そのつもりだ」

 あえてグラウンドを真っ直ぐみつめたまま、長い髪のヒットマンに指令だけ伝えて送り出す。

 「ふっ……ふふふっ……全ては先輩と勝負する為の作戦です。先輩を越える為のね!!」

 明らかな負け惜しみだが、この期に及んで開き直ったか、その笑みは凄絶な物であった。

 それにクールに応えながら、智代は打席に立ちバットを構える。

 「残念だが、おまえにはまだ無理だ」

 両者の身体からは赤と青のオーラが立ち昇り、マウンドとベースの中間では互いの視線が交錯し火花が散っている……様にすら見えた。

 河南子はこれまでの物とは桁違い気迫を漲らせている。

 が、それでもやはり、俺は智代の勝ちを確信し、再び逆転出来ると踏んでいた。

 だがしかし、二人の勝負は第三者の介入により、意外な形での決着となる。

 「審判、ピッチャー交代で」

 「しょんな~」




 河南子の涙ながらの懇願も通じず、守備位置を交代してピッチャーは元甲子園投手に戻った。

 まあ、制球も乱れてたし、満塁で智代に回っちゃ当然か。

 投球練習を終え、試合が再開する。

 さて、どう来るか?

 今までの様な手加減をした投球をするなら、わざわざ代わった意味は無いだろうが……。


 シュッ


 ブン!!


 「ストライーク!」

 剣豪の太刀筋の如きフルスイングが空を切る。

 やはり初球から外角への高速スライダーできたか。

 それはつまり、智代に対して全力で抑えに来たと言う事だろう。

 ピッチャーはほっとした表情で返球を受け取ると、入念にサインを確認して二球目を投げる。


 シュッ


 ブン!!


 「ストライーク!」

 二球続けてスライダー。

 打者の手前で若干落ちながら逃げる様に変化するボールに、さすがの智代も対応出来ていない。

 ストレートのタイミングで振っている感じだ。

 真っ直ぐなら、どんなに速くてもあいつなら打てるだろう。

 が、変化球と言うのは変化を予測し、脳内修正して対応せねばならず、経験も無しに打てる物では無い。

 二連続ホームランを打った怪物少女相手でも自慢の変化球なら十分通用する事がわかり、相手投手はすっかり自信を取り戻したらしく、三球目はサイン確認もそこそこにテンポよく投じる。

 

 シュッ


 カッ!


 「しまった!」

 今度は逆に外から内に変化するシュート。

 これはバットには当たったが根元で詰まらされ、転がった打球は速くはあったがショート正面。

 「アウト!アウトー!スリーアウト、チェンジー!」

 打ち損ねた事に動揺してか智代のスタートが遅れた事もあり、ショートがセカンドに送球してアウト、ついでファーストでもアウトを取られ、いわゆる643のダブルプレーで得点ならず。

 

 ズーーーーーーン


 一塁を走り抜けた所で、己の不甲斐無さに智代は崩れ落ちる。

 「どうした?」

 「みんなが作った絶好のチャンスを潰してしまった……これでは春原と同じじゃないか……!!」

 寄って行って声をかけてやると、とても失礼な悔しがり方をしていた。

 「そうだな……誰だって失敗はするって事だ。春原さんが特別ダメな訳じゃない」

 「それは違う。あいつはダメだ」

 全否定だった。

 「その春原と私は同じなんだ~~~!!」

 失礼極まりないながらも、血を吐く様な勢いで自分を卑下していた。

 なんか、ゲッツーその物より、春原さんと同じ結果なのが嫌っぽい……。

 「なら、ずっとそうしてろ。後ろから眺めててやるから」

 「眺めるな!」

 呆れて真後ろに回ってエンジのブルマをガン見してやると、視線に気づくや上半身を起こし両手でやや小さめの尻を隠しながら正座になる。

 そこでヘルメット頭をポンと叩くと、俺は踵を返して背中で彼女を促す。

 「ほら、チェンジだ。行くぞ。悔しいなら、今後のプレイで挽回しろ」

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