第二章 5月5日 カツの呪い
大木と別れて集合場所に向かうと、もう他のメンバーは全員来ている様だった。
参加する女子は、相楽さん以外みんな体操着にブルマと、なかなか壮観(?)である。
ユニフォームを作る時間も無いし、おっさんどもから借りてってのもサイズ的にも精神的にも抵抗有りそうなので、体操着でいいかなという事に。
応援組には渚さんや椋さんの他に、店を早仕舞いして早苗さんも来ていた。
当然ながら、彼女達はブルマでは無く普通の私服だ。
どうせなら、体操着で来ればいいのに……。
いや、あくまで試合に出る事になる可能性が無くもないんだからって意味で、ですよ?
「遅えぞオーキ!智ぴょんとイチャつくのはかまわねえが……ん?そっちの子は?」
「ああ、こいつは坂上の後輩の……」
「大物助っ人外国人の『ダルビッシュ・ユー』です」
紹介しようとした俺を押し退け前に出たかと思うと、河南子はとても得意気にそう騙った。
「まて、おまえは外国人じゃないだろ」
すかさず智代がつっこむ。
いや、そもそもダルビッシュは、ハーフではあるがれっきとした日本人だ。
「んじゃ、助っ人外国人のイツィロゥです」
すまし顔で外人ぽく発音してみせる。
「うん、日本人だな……」
智代さんはそれで納得した様だ!
「まて、そもそも“外国人”が余計だ」
やっぱりそこが気になったらしい。
「んじゃ、助っ人のゴズィラです」
人間じゃなくなった!
「まて、ゴジラは日本人じゃ……ん?日本人なのか?」
すっかり混乱した智代が、俺に訊いてくる。
「松井の事なら日本人だ。本物のゴジラは……確か生き残ってた恐竜が、核実験か何かの放射能で巨大化したんでしたっけ?」
「ビキニ湾の水爆実験じゃなかったか?俺もゴジラはそんなに詳しくねえ」
さすがの秋生さんでもウラ憶えか。
とりあえず、ボケの相手はこの辺にしておこう。
「まあ、こいつの事は“かなっぺ”とでも呼んでやって下さい」
「んだとぉ!?人をカキ氷みたく呼ぶな!」
「それを言うなら“フラッペ”だ。“カナッペ”はパンやクラッカーにハムやチーズを乗せたオードブルの事だ」
「カナッペ(仏:canapé)一口大に切った食パンや 薄く切ったフランスパン、クラッカーなどに、チーズや野菜などをのせた料理。軽食のひとつ。名称はフランス語で「背もたれのある長いす、ソファー」の意味……」
……火に油を注いだらしい。
「フラッペは本来、クラッシュドアイスにリキュールなどの酒類を注いだ飲料。なの」
「そうだったんですか!わたし、てっきりカキ氷の英名だと思ってました……」
ついに一ノ瀬さんから渚さんにまで伝播した!
「秋生さん、そろそろ打順とポジションを」
「ん?おお、そうだな。それじゃあ、打順を読み上げるぜ」
ボケボケスパイラルから抜け出すべく、話を先に進めてもらう事にする。
「一番、ライト……」
「一番か……まあ、打って良し、投げて良し、走って良しの僕で決まりかな」
「いやいや、一番・ライトと言えば、このイツィロゥですよ」
「藤林」
「あたし?オッケー」
最初に指名されたのは、なんかごちゃごちゃ言ってた二人ではなく杏さんだった。
まあ、俺が決めたんだが……。
運動神経が良く、バッティングセンスもあるので一番に適任。
肩も強いので外野も安心して任せられる。
「次、二番・ショート……」
「まあ、杏が一番バッターなのは罵倒かな。とすると、僕が二番か」
「いやいや、二番・ショートと言えば、この川相ですよ」
何か罵倒してる人や川相になった奴がいるが、あえてスルー。
「相楽」
「あら、あたしでいいの?」
練習に不参加だったので不安が無い訳では無いが、サッカーの時の動きを見る限り大丈夫だろう。
何より、彼女をこの打順にした一番の理由は、次の打者にある。
「次、三番・レフト……」
「フッ、三番か……僕に本当に相応しいのは4番だけど、まあ仕方ないね」
「三番と言えば、この最強助っ人外国人ランディ・バースしかありえませんて」
古っ!!と思わず言いそうになったが、つっこんだら負けだとスルーする。
「智ぴょん」
「……私か!?おかしな呼び方をしないでくれ……」
打順より、いきなり渾名で呼ばれた事に智代は困惑する。
そう、相楽さんを二番にしたのは、三番・智代を最大限に機能させる為の布石だ。
智代は相楽さんに対抗意識を持っているので、彼女に負けじとやる気になるはず。
そして、1~3番にあえて女子を並べたのも作戦の内だ。
「次の、4番・ピッチャーは俺だ」
「ふっ、ついにエースで4番のこの僕の名前が……って、ええっ!?」
「いやいや、4番はゴズィラ……って、何ぃ!?」
秋生さんのチェンジアップで、あっさり夢敗れた春原さんに続き、わざとらしく河南子も驚いてみせる。
そして、溜めをつくるのが面倒になったか、秋生さんの発表はここから一気に続いた。
「んで、5番・キャッチャーはオーキ。6番・サード春原兄。7番・セカンド春原妹。8番・センター一ノ瀬。9番・ファースト岡崎。以上だ」
「僕が6番!?」
「いやいや、てか、あたしが入ってねえよ!!」
スタメンからもれた河南子が、俺の方に詰め寄ってくる。
まあ、勝負の事も有るし普通そうなるわな。
「お前は来たばっかなんだから当然だろ?代打の切り札だ」
「あん?対等な条件じゃなきゃ、勝負になんないじゃん」
「別に代打が不利な訳じゃねえだろ?試合に長く出てればミスだってするし、逆に代打はヒット一本でMVPになる事だってあんだから」
「んな事言って、最後まで出さない気だろ」
「その時は、俺の不戦敗でいい。それにな、今日の相手は元甲子園球児が居る強敵だ。お前にも必ず出番は回って来る。それでも嫌ってんなら帰っていい。無論、お前の試合放棄になるけどな」
「ぬう~……」
河南子はおもいっきり不服そうだったが、智代の方を一度ちらりと見て唇を噛む。
坂上先輩の手前もあり、挑戦者のこいつは多少不利な条件でも飲むしかないのだ。
「終わったら、どっちが勝ってもアイス買ってやるから、大人しくしてろ」
それを十分思い知らせておき、俺は飴、いや、アイスをちらつかせる。
こいつは子供の頃アイス大好きだったから、これでいけるはずだ。
「んじゃ、今よこせ」
先によこせときやがった!
まあいい……これでこいつも参加せざるをえまい。
「んじゃ、金やるから自分で買ってこい」
しょうがねえな……という感じで財布を取り出し、百円玉を差し出された手の平にのっけてやる。
だが、河南子は一度百円玉を凝視してから、もっとくれとばかりに更に手を突き出してくる。
「百円じゃ、ガリガリ君くらいしか買えない」
「他の買いたきゃ、自分でも出せよ」
「お金なんか持ってるかボケ」
無茶苦茶ワガママだった。
頭痛を覚えながらも、もう百円を取り出し、ひょいと投げてやる。
「OK!契約成立ネェ。イイ仕事スルヨォHAHAHA」
それを空中でパシッと掴むと、片言の日本語でそう言いながら、河南子はお小遣いをもらったお子様その物の笑顔で走っていった。
変わってねえなぁ……。
走り去る後姿を見送りながら、苦笑混じりにため息をついた。
間もなく試合は始まった。
一応、ホームの俺達は後攻で一塁側ベンチになる。
初回表の攻撃は、秋生さんが順調な立ち上がりで三者連続三振で抑えて瞬く間に終わった。
そして、裏のこちらの攻撃、
カーン!
カーン!
ガキーン!!
杏さん、相楽さんがヒットで出塁した後、智代の豪快なスリーランで俺達は先制した。
相手ピッチャーは信じられないという顔で、淡々とベースを回る智代を目で追っている。
よしよし、まずは狙い通り。
相手ピッチャーは甲子園で投げたような人だ。女子供相手にいきなり全力で投げるはずもない。
案の定、小手調べとばかりに甘いコースに棒球を投げて、結果この三連打。
やべえな……河南子の出番マジでねえかも!
「ナイスバッチ!次もかっとばせ」
仲間からの祝福を受けながら帰ってきた智代に、ハイタッチをしながら言う。
しかし、何故か彼女の表情はあまり嬉しそうではない。
「次もか……やっぱり飛ばさないとダメか?」
「は?当たり前だろ」
何を言いたいのかよく解らなかったが、次は俺の打席なのでとりあえず聞き流し、ヘルメットをかぶりながら立ち上がってネクストバッターズサークルに向かう。
続く4番・秋生さんの打席。
ここでついに相手投手は、本当の実力を見せた。
「ストライーク!」
強打者で知られる秋生さんに対しての初球は、高速スライダーだった。
ここまでの三人に対して投げた物よりも早いくらいの球速で、それがバッターの手前で逃げる様に変化する彼の決め球である。
バットを止めていなければ、打ち損じていた所だ。
二球目、三球目は内角へのボールになる速球、これで目を慣らした4球目。
カッ!
外角へのスローカーブにタイミングをずらされるも、何とかファールにしてツーストライク・ツーボール。
今のは危なかった。
そして五球目、外への高速スライダー!
「ボール!」
際どいコースだったが、よく見てスリーボール。
恐らく、今のが勝負球だったのだろう。
続く6球目もほぼ同じコースのスライダーで、見送ってフォアボール。
やはり秋生さん相手だと、くさい球しか投げてくれないか……。
今のは初回で走者が居なかったからまだギリギリ勝負してくれたが、今後は全打席敬遠も有り得るだろう。
まあ、つまりは……俺の責任重大って事だ。
ヘルメットをかぶり直し、二回ほど素振りをしてから右打席に入る。
ちなみに、三塁側が右打席、一塁側が左打席だ。
さて、相手投手は俺に対してどう来るだろう?
出来れば棒球でお願いします。
「ストライーク!」
高速スライダーが来た……。
見送って正解だった。
去年の試合、途中からだが俺も出てそれなりに打っているので、油断はしてくれないらしい。
まあ、元・甲子園投手が本気だしてくれているのだから、光栄ではあるのだけど。
二球目、内角高目、読み通り!
と思ったらスライダー!?
カン!
「アウトー!」
直球に狙いを絞るもアテが外れ、中途半端に出したバットにボールが当たってしまい、ふわりと真上に上がったキャッチャーフライに。
こうして俺の最初の打席は、チーム最初の凡打に終わった。
「オーキくん、ドンマイ」
ベンチに戻ると、真っ先にかけられた早苗さんの優しさが、かえって辛い。
秋生さんの豪速球に慣れてるので直球には強いが、変化球は正直苦手だ。
「わっしゃっしゃっ、これは河南さんが出るまでも無さそうですな」
河南子の勝ち誇った笑顔が悔しい。
しかし、その惨めな想いは直ぐに緩和される事となる。
カーン!
「アウトー!」
「アウトー!スリーアウトチェンジ!」
続く6番・春原さんが、見事なショートゴロでゲッツーを取られたのだ。
さすがだぜ……先輩!
一回の裏の攻撃が終わり、二回表の相手の攻撃となる。
だが、この回、いきなりアクシデントが起こった。
「ぐおおおおっ!!」
相手の4番が振ったバットがすっぽ抜け、秋生さんの足に直撃したのだ。
すぐさま応急処置が施されたが、腫れが酷くとてもじゃないがプレイは続けられそうも無い。
マズイな……。
念の為に河南子という控えを用意したが、さすがに絶対エースの秋生さんの代わりが務まるとは思えない。
それは、智代や杏さんでも同じ事だろう。
「これは……ついに真のエースである僕の出番かな?」
春原さんに任せたら、コールド負けも有り得る。
どうするべきか……!?
一番通用する可能性があるのは智代だが、コントロールが致命的。
それなら杏さんの方が……いや、試しに河南子や相楽さんにも投げてもらって……。
俺があれこれシミュレートをしていると、秋生さんは審判に向かって告げた。
「ピッチャー交代、古河渚!」