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第二章 5月5日 折衝関白

 古河パンから戻り玄関を開けると、見覚えのある、しかし家族の物では無い女物のスニーカーが有った。

 もう来てるだと!?

 速攻で靴を脱ぎ捨てダダダと階段を駆け上がり、勢いよく自分の部屋のドアを開く。

 「おかえり……ん、まずはおはようか……?おはよう」

 両手で布団を抱えた髪の長い少女が、新妻の如く満面の笑みで迎えてくれる。

 それを見て、俺は一度目を瞑って緩みそうになった気を引き締め、威厳をもって応える。

 「寝る!!」

 「帰ってくるなり、いきなりなんだ!?」

 「寝るぞ!!布団を敷け!!」

 「これから布団を干す所だったんだ。万年床は良くないぞ」

 「お前も寝ろ!!」

 「い、一緒にか!?」

 「寝るんだ!!」

 あくまで命令口調で押し切ると、智代は真っ赤になって布団に顔を埋め、何やらぶつぶつ言い始めた。

 「そんな事をいきなり言われても困る……いや、私だって何の覚悟もせずに来ている訳ではないが、あまりにも急だし、それに今は早朝じゃないか。そういう事は暗くなってからする物ではないか?いや、それよりもまず、おまえの気持ちをちゃんと聞かせて欲しい」

 「眠い!!」

 「眠いだけか!!」

 つっこんだ拍子に抱えていた布団がどさりと落ちる。

 俺はそれを素早く拾うと、無造作に広げて万年床を復活させ、智代に背を向けながらその中に潜り込んだ。

 「おやすみ」

 「寝るな!!」

 何か怒ってるっぽいが、無視してこのまま狸寝入りをきめこむ事にする。

 それにしても、どうしてこいつはこんなに早く来てんだ?

 まだ7時前、最速記録更新じゃないか!

 「新聞配達のアルバイトをしているそうだな。いつも眠そうにしているから変だとは思っていたが、それでは眠いのも当たり前じゃないか」

 やはりバレたか……!

 お袋め……また余計な事を……!

 「どうしてちゃんと教えてくれなかったんだ?」

 「うちの学校はバイト禁止だ」

 「その通りだ。よくないぞ」

 「なら、学校辞める」

 「うん、辞めた方がいい……って、どうして学校を辞めるんだ!?辞めるならアルバイトの方だろう!」

 「こっちはそれだけの覚悟でやってんだ。辞めさせたくなきゃ、聞かなかった事にしろ」

 「どうしておまえはすぐそういう事言うんだ!?卑怯じゃないか」

 覚悟を盾に智代の追及を封じにかかる。

 教えられる物なら、とうの昔に教えている事に気づいて欲しい。

 まあ、知られると何かと面倒なだけだが……。

 暫く不服そうに口を尖らせたままこっちを見ていた智代だったが、ふっと溜息を一つつくと表情を和らげ、いつもの強気な笑みを浮かべる。

 「いいだろう。なら、私が生徒会長になったら、アルバイトをしても校則違反にならない様にしてやる。その代わり、ちゃんと理由を聞かせてくれ」

 「……なれたらな」

 「よし、約束だ。嘘ついたら、私の言う事を何でも聞いてもらうからな」

 「またそれか」

 「どうせおまえの事だ。話すくらいなら、一万回殴られる方がマシだなんて言いそうだしな」

 「……好きにしろ……」

 おざなりな返事を続けていると、いい塩梅で眠気が襲ってきた。

 さてと、それじゃあマジ寝で誤魔化すとしよう……。




 昼食をとり終えると、俺と智代は試合会場となるグランドへと向かった。

 集合時間より、30分以上早目に着くように。

 当然、それには訳がある。

 「試合の助っ人?そいつとこれから会うのか?」

 「ああ。つっても、まだ本決まりじゃねえ。恐らく、お前の説得が必要だ」

 「私の……?一体相手は誰なんだ?」

 「それは会えばわかる」

 不安気な智代と共に、俺はやや遠目の物陰から呼び出しておいた相手を確認する。

 そいつは、白のジャケットとブルージーンズの上下に、スーツケースを持つ手には黒い指貫グローブをはめた、長身の男だった。

 いかにも格ゲーの主人公っぽい風体の彼の名は、『大木おおき 大湖だいご』。

 この辺じゃ、小学生でも知っている程の有名人だ。

 「あの男か……?ここからでは、誰なのか判らないんだが……」

 「あいつじゃない。もう少し待ってろ」

 まだ約束の時間には数分の間があるしな……俺を探して夜に徘徊するくらいだから、まあ、来るだろ。

 そう高をくくっていたのだが、持ち合わせの時間を過ぎても目当ての少女は一向に現れない。

 一人読書を始めた大木はまだ不審と言うほどではないが、物陰で仲良く並んで座ってる俺達は、傍から見たら実にあやしく見える事だろう。

 約束の時間から25分が過ぎた。

 すっぽかされたか……?

 これ以上待つと、試合の集合時間に遅れてしまう可能性が出てくる。

 仕方あるまい。

 そう判断して出て行こうとしたその時、大木に近寄っていく少女が現れた。

 服は私服だったが、髪は両脇で結んだツインテール、恐らくあいつが……、

 「あれは……河南子かなこ?」

 眉をひそめて目のピントを合わせていた智代が、少女を見て驚く。

 「知り合いか?」

 「うん。三年前の事故で鷹文たかふみが入院していた時、毎日の様にお見舞いに来てくれていた」

 「えっ!?あいつ鷹文の彼女なのか!?」

 そいつは驚愕の事実だ!!

 と思ったら、俺の言葉を聞いて智代も目を丸くする。

 「か、彼女……!?そうか……当時はそういう発想をした事は無かったが、確かにあれだけ仲が良さそうなら、二人が恋人同士であっても何ら不思議は無いな」

 気づいてなかったのか……。

 いや、まあ、単に仲が良いだけかもしれんし、マジで付き合ってるかどうかは知らんが。

 なるほど、それなら彼氏の姉である智代の仇討ちの動機としても十分だ。

 「あんたが大木か?」

 ペキペキと指を鳴らす如何にもな仕草をしながら河南子が声をかける。

 「そうだけど。君が、俺とデュエリたいって子?」 

 「そういう事。んじゃ、早速始めようか」

 「オッケー!!それじゃあ、デュエル・スタート!!」

 親指を立てて勝負を快諾した大木は、立ち上がると同時に持っていたスーツケースの中身を展開させる。

 「な、何ぃ!?」

 反射的に後ろに飛び退いた河南子は、大木が取り出した得物を見て思わず唸った。

 何故なら、スーツケースに入っていたのは大量のカードと、それを用いて遊ぶ為のフィールドマット。

 そう、彼こそがカードゲーム界において“マスター”の称号を持つ『デュエルマスター・大木』である。

 良家のおぼっちゃんで見た目もかなりイケてるのに、中身がちょっとアレな残念な男だ。

 「……え~と……デュエルってカードゲーム?」

 肩透かしを食らって毒気を抜かれたか、河南子はあどけない少女の苦笑で受け入れ難い真実を確認する。

 それを見て、俺は用意しておいた物を取り出すと

 「これを使え河南子!!」

 と、叫びながら彼女に投げつける。

 「チョワッ!!」

 

 バシッ!!バサ~ッ!!


 叩き落とされた!!

 その衝撃でケースが壊れ、中のカードが少女の足元で散乱する。

 「ちょっ、お前何してんだよ!!」

 慌てて出て行き、大木と共にカードを広い始める。

 折角、大木にも対抗出来るデッキを組んできてやったと言うのに、これでは台無しだ。

 「誰だおまえは?」

 それを両腕を組んでギロリと睥睨しながら、河南子が問うてくる。

 ならば答えねばなるまい。

 俺は立ち上がって居住まいを正すと、キリリとした表情で言った。

 「久しぶりだな、河南子」

 「あん?こっちはおまえなんか知らねえよ」

 「何だ……生き別れの兄の顔を、もう忘れたのか?」

 「なっ……生き別れの兄貴だってぇ!?」

 衝撃の事実を明かされ、河南子は激しい動揺を見せる。

 「待て!河南子がおまえの生き別れの妹って、どういう事だ!?」

 「あれ……せ、先輩!?」

 つっこみながら寄ってきた智代を見て、どひゃ~と更に激しく驚く河南子。

 どうやら、やはり河南子にとっても智代は畏怖の対象であるらしい。

 しかし、それで自分が嵌められた事に気づいたか、彼女は俺を指さしながらキッと睨む。

 「おまえが黒幕の川上だな!!」

 「いかにも、俺が黒幕の川上 央己おうきだ」

 「川上オーキだぁ!?」

 おっ、思い出したか?

 「何だその紛らわしい名前は!?」

 ダメか……。

 そう言えば、同門時代、こいつは俺を「新入り」や「下っぱ」呼ばわりして、ちゃんと名前を呼んだ事なかったな……。

 「って、あれ……?ひょっとして、先輩を倒した奴って、川上と大木の二人組じゃ……?」

 「何を思い違いしているんだ?私が負けたのは、後にも先にもオーキにだけだ」

 何故か負けた事を誇らし気に語りながら、何故か腕を絡めくっついてくる。

 ナイスだ智代!これで奴の大義名分は崩壊した。

 ナイスだが……やはりこれは恥ずい!!

 クッ、しかし今は耐えるしか……。

 「それで、おまえとオーキは本当に兄妹なのか?」

 「ああ、それは嘘だ」

 「何!?信じてしまったじゃないか!!」

 「やだなぁ先輩、あたしとこいつとじゃ全然似てないじゃないですか。触覚の数からして違いますし」

 それは古河家の人達だけで、俺にもお前にも触覚ねえよ!!

 って、まさか、そのツインテールは触覚?触覚なのか!?

 「じゃあ、おまえ達は一体どういう関係なんだ?」

 「え~と……それはですねえ……」

 「お前の仇討ちがしたかったらしくて、俺に喧嘩を売ってきた」

 「あっ、てめぇっ!!」

 恥ずかしい事実をバラされて俺に食ってかかろうとするも、智代に睨まれあっさり引き下がる。

 「本当なのか河南子?」

 「いやいや……そのですね……先輩が卑怯な罠に嵌められて、酷い目に合わされたと聞きまして……」

 「そんな事はされてない。確かにあれは卑怯と言えば卑怯だし、酷いと思える事もまったくされていないと言う訳ではないが……そうだ。聞いてくれ、今日だって『少し早く来い』ってメールが来たから、朝食も食べずに家に行ったんだ。そうしたら、こいつはアルバイトで居なくて、帰ってきたと思ったら『眠い』と言って直ぐ寝てしまったんだ!酷いと思わないか?」

 乗せられて愚痴り始めたあげく、おもいっきりバイトの事までバラしていた。

 「それは鬼畜の所業ですね」

 「“昼食の時間より”少し早く来いと書いたんだ。そしたら朝食前に来やがった」

 「それは……甲斐甲斐しいにも程がありますね」

 「そうだ。私は甲斐甲斐しいだけだ。とても女らしいと思うだろう?」

 いつもの様に“女らしさは正義論”を展開しながら、懐いた猫の様に嬉しそうに俺の腕を握り締め頬を摺り寄せてくる。

 ナイスだ智代!

 だが、俺の方が嵌められてる気がするのは何故だろう……?

 「えっと……そういう事ですか?」

 「そういう事だ。だから河南子、おまえも馬鹿な事は止めるんだ。それでもまだオーキと戦うと言うのであれば、私が代わって相手になろう」

 「うっ……!!」

 猫から敵を威嚇する熊の形相へと変わった智代の迫力に、河南子は完全に気圧されていた。

 だがしかし、彼女の瞳の奥には闘志の火が燃え続けている事を、見逃す俺ではない。

 「面白い……実は……」

 「いいだろう。その勝負受けてやる」

 「何だよ、おいっ!!」

 河南子の言葉にかぶせるタイミングで、俺は改めて勝負を受けてみせる。

 そして、こう続けた。

 「但し、勝負の方法は野球でだ」

 「や、野球!?」

 「てか、それってデュエリに来た俺の立場無くない?」

 それについては、本当にすまんかった大木。

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