第二章 5月4日 願いが叶う場所
ビイイイイイイイイイッ!!
チープな電子音が奏でる勝利の凱歌が鳴り響く。
それは、ずっと追い続けてきた男を討ち取った証だった。
ただの棚ボタだったが……。
「てめぇ……」
虚しい勝利の余韻に浸っていると、ギロリと鬼神の如き憤怒の形相で見下ろされる。
やっぱりか……そりゃ怒るわな……。
この至近距離では到底逃げられないと悟り、胸倉を掴まれるままに身を任す。
「渚は俺の娘だぁぁぁっ!!欲しければ、俺を倒してからにしやがれ!!」
そっちすか!
「もう倒されてるからな、オッサン」
「しまったぁぁぁっ!!ヌオオオァァァッ!!」
岡崎さんの鋭利なつっこみに、秋生さんは自らの頭を抱えて断末魔の叫びを上げた。
どうやらこの二人の関係も、なかなか良好な様だ。
「てか、さっきの告白は、ただの作戦です」
それで気が楽になった事もあり、俺も開き直ってぶっちゃける。
「作戦だぁ!?」
「秋生さんの気をこちらに向けて、伏兵で仕留める作戦ですよ。かわされましたが……」
「やっぱり、そういう事だったんですか。いきなりだったので、少しびっくりしました……」
ほんのりと頬を朱に染めながら、渚さんがはにかみながら微笑む。
それを見て、大魔神も怒りを沈め、ちっと舌打ちして髪をかきあげながら掻いた。
「で、てめぇは……」
「“死人に口無し”です!」
「ぐっ!」
話を蒸し返されそうな気配を察し、俺はいち早く伝家の宝刀を抜いた。
“死人に口無し”
『既に戦死したプレイヤーは、生存しているプレイヤーと会話をしてはならない』と言う、明確なルールではないが、仲間内の暗黙の了解である。
主に情報交換を規制した物だが、負け犬の遠吠えなどに対しても使われる便利な言葉だ。
「んぐぐ……!!ふうっ……行くぞおまえら」
秋生さんは、苦い早苗さんのパンを噛み潰した様な顔をしていたが、何とか憤りを飲み込むと、岡崎さん達を促し広場に向かって歩き出す。
しかし、暫く進んだ所で立ち止まると、背を向けたまま言った。
「これで残ったのは、おまえらのチームだけだ。最後の舞台は広場とその周囲だけになる。これからどうするつもりなのかは知らんが、俺が広場に着いたらフィールド縮小の合図をするからな。5分以内に広場に来なければ失格になる。移動は早めにしとけよ」
説明を終えると、秋生さんは再び三人を後ろに従え歩き出す。
ついにゾリオンでも勝てたか……。
敗れて尚堂々と去って行くその背に、男の矜持を感じて改めて感慨に耽る。
「あれ?そう言えば、渚はまだやられて無かったわよね?」
「はい」
思い出した様に杏さんが訊くと、渚さんは不思議そうに頷く。
いや、それなら敗者と一緒にいちゃダメなんじゃって事なんだろうが、それに秋生さんが反応しない訳が無い。
「何ぃっ!?無事だったか渚ぁっ!!」
「ほえっ!」
大げさに驚きながら振り向き様に渚さんを抱きしめると、こちらに顔を上げながら言った。
「てめぇ、オーキ、わかってんだろうな!?渚を撃ちやがったら、ただじゃおかねえぞ!!」
何かもう台無しだった……。
「さて、これからの事だが……」
茂みから朱鷺戸が出てきた所で、おもむろに今後についての話を持ち出し牽制しておく。
物陰に隠れこそしないが、俺や朱鷺戸はもちろん、智代にも隙はない。
それはつまり、どいつも易々と負ける気はさらさら無いと言う事だろう。
さっき撃たれてもいいとか言ってたくせに……。
「後腐れなくガチの勝負でいいな?」
「ああ。望む所だ」
「あたしも異存は無いわ」
「そうか……なら、今この瞬間から、俺達は敵同士だ!」
俺の決別宣言により、一気に場の空気が張り詰める。
だが、互いの出方をうかがっているのか、俺も、そして二人も微動だにせず、その場から動く気配は無い。
三竦みの様相で、暫し無言で睨み合う。
ゾリオンは誰かを攻撃しようとした瞬間にこそ、最大の隙が生まれる。
つまり、先に動いた奴が不利になると言っていい。
智代はともかく、手練の朱鷺戸がその隙を見逃すはずもないだろう。
視線を移すと不意に目と目が合い、彼女はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
ようやく秋生さんを倒せたと言うのに……今度はこいつをどうにかせにゃならんのか。
たまには、楽していい目を見たっていいだろうに。
一瞬目をつぶり、ふっと自嘲したその時だった。
「オーキ……さっきの古河さんのお父さんの質問じゃないが……もし、私がお前に勝ったら、お前が誰を好きなのか答えてくれ」
智代がまさかの蒸し返し作戦で先手を打ってきやがった!
てか、これはもう俺を狙うと宣告した様な物だろう。
いや、嫌な予感は初めからずっとしていた。
最も手強いのは朱鷺戸だが、俺にとって最も危険な存在は、やはり坂上智代だったのだ。
「俺が好きなのは、『さ』が付く人だ」
死中に活を見出すべく、俺はあえて唐突にそう答えてやる。
「さ、『さ』!?と言うか、どうして今言っちゃうんだ!?」
狙い通りおもいっきり動揺する智代。
そして更に、ノリのイイ朱鷺戸も面白そうにそれを煽る。
「『さ』って事は……朱鷺戸沙耶の『さ』かしら?」
「坂上智代の『さ』かもしれないじゃないか!」
「あら?こういう時は、苗字より名前の文字で言わない?」
「そんな決まりは無い!きっと、苗字が『さ』で、名前が『と』で始まる人だ」
勝手に条件が追加されていた。
「あたしも、苗字が『と』で、名前が『さ』だけど?」
うわっ、何て偶然。
「だから……“サカガミトモヨ”と“トキトサヤ”だから……『か』と『が』と『み』と『も』と『よ』の付く人だ!」
わざわざ確認してから、かぶらない文字全部言っていた。
てか、もうそれそっちが告白してますよねぇ!?
「『き』と『や』の付く人かもよ?」
「オーキ!一体、おまえはどっちが好きなんだ!?」
朱鷺戸相手じゃ埒が開かないと悟ったか、ついにこちらに喰ってかかってきた。
いつの間にか二択にされてるし……。
致し方あるまい。
こうなったら俺も男だ。ここではっきりさせよう。
「俺が好きなのはな……」
「おまえが好きなのは……?」
「俺が好きなのはな……」
「誰なんだ?もったいぶらず答えてくれ!」
「俺が好きなのはな……三国志の曹操だ!!」
しんと静寂が訪れ、のどかな鳥の囀りが聞こえてくる。
「名前に『さ』が付いてないじゃないか!!そもそも、曹操は昔の人で男だ!!」
やっぱり智代がつっこんできた。
だが、当然それも予定の内だ。
「誰も名前にとも女とも言ってない」
「そんなのズルじゃないか!!それだと、三国志の人物なら誰でも当てはまってしまう」
「ああ、そうだな。劉備も関羽も孔明も好きだ。お前には話したはずだろ?俺の願いを」
「おまえの……願い?」
「俺が望むのは、世界の変革だ。欲するのは、現実を変える力だ。だから、それを成し得た人間に憧れる。それを成そうと命を懸けた、彼等の熱い生き様に恋焦がれる。当然だろ?」
「そうじゃない!尊敬や憧れと、恋愛感情の好きは別じゃないか!」
「違わない。俺が求めるパートナーとは、共に高みを目指し、茨の道を歩める存在だ。世界に対し、挑む気概を持つ者だ。普通のカップルの様にいちゃいちゃしたいなら、人並みの幸福が欲しいなら、他を当たれ。俺には、そんな物は不要だ!」
激した俺の言葉に智代は口をつぐみ、朱鷺戸は引いているのか呆気にとられていた。
まあ、以前から俺の考えを話してある智代はともかく、いきなり「世界を変える」とか言ったら普通は引くわな……。
少し惜しい気もするが、縁がなかったと言う事で……、
「凄い……ただ者じゃないとは思ってたけど、オーキ君は英雄を目指してたのね!そういう事なら、決めたわ!あたしは、一生あなたに付いて行く!」
「なっ!?」
まったく引いてなかった!むしろ食いついてきた!!
そうだった!そう言えばこいつも、こっち側の住人だった!
「勝手に決めるな!オーキがおまえを好きかどうか、まだ判らないじゃないか!」
「勘違いしないで。あたしは別にオーキ君とつきあいたいって言ってる訳じゃないの。ただ、彼を支えたい、大望を果す手助けをしたいって思っただけよ。愛はその過程で育むつもり」
「言ってるじゃないか!」
再び二人が意地の張り合いを始め、やれやれと思っていたその時だった。
パーーーーーーン……!
空にフィールド縮小を告げる空砲が響いた。
「まずいぞ!ここに居たら失格になる!」
二人に警告だけ発して、俺は広場に向かって走り出す。
秋生さんが言った通り、5分以内に広場に顔を出さないとアウトになる。
のだが……、
「やはり、おまえはここで倒す!」
後ろでは、ついに智代が実力行使に出ていた。
走り出そうとした朱鷺戸に、一瞬で距離を詰めた智代が左から0距離射撃を狙う。
だが、朱鷺戸は反対方向に身を翻してそれをかわすと、同時に跳躍し距離を取った。
「そうね……決着は“これ”でつけましょ!」
両手で銃を構えながら、バックスッテップで朱鷺が茂みの中に消える。
それを見て、智代は茂みを凝視しながら走り出した。
見えない敵に対し、足を止めるのは不利と思ったのだろう。
あいつの脚なら大抵の奴は振り切れるし、それが身を隠しながらでは尚更だ。
悪くない選択だった。
余所見しながらこっちに向かってこなければ……。
ビイイイイイイイイィッ!!
「なっ!?」
まず突然鳴った胸のセンサーを見て驚き、直ぐにそれが俺の仕業と知って詰め寄ってくる。
だが、怒っているのはこっちが先だ。
「どうしておまえが撃つんだ!?」
「こっちから狙えたから」
「そうじゃない!私とあいつが勝負していたんじゃないか!」
「知るか!周りをよく見ないからだ。そもそも、くだらん事を言い出したお前が悪い」
「どうして好きな人を訊く事がくだらないんだ!?」
「なら、お前は俺に同じ事を訊かれて嬉しいか?」
「それは……困る……」
図星を突かれ、智代は勢いを失いしゅんとなる。
どうせ秋生さんに触発されただけの、ただの思いつきの類である事は明白だ。
「だろ?」
「でも、それは私が女だからだ!こういう事は、男の方から告白すべきで、女の子からするのはあまり女の子らしく無いだろ?」
「ゲームの罰ゲームでか?」
「だからそれは……そうでもしないと、お前は答えてくれないじゃないか」
「そんなんで答える訳ねえだろ!それがくだらねえっつうんだ……!」
積年の恨みをこめて、唾棄しながらその問いを全否定してやる。
俺はガキの頃から、ずっとそれを訊かれるのが嫌で嫌で仕方がなかった。
デリカシーの無い奴程、何かって言うと「誰が好き?」なんて話を持ち出しやがる。
「いない」と答えても、余計しつこく訊いてくるし。
勝手に渚さんやら、たまたまよく話すクラスメイトの誰かにされたりするし。
「早苗さん」と冗談ぽく本当の事を答えたら、速攻「人妻フェチ」だと広まったし。
秋生さんにキレられたし。
早苗さんは「私もオーキくんが大好きですよ」とか言っちゃうし。
それ聞いて秋生さんは益々キレるし。
まったく、百害有って一利無し。ただ訊く側が好奇心を満たしたいだけで、訊かれる側からすれば迷惑千万なだけの問いだと言えよう。
「とにかく、お前は自分のやるべき事をやれ!桜並木を守る為に、選挙に全力を尽くせ!それが俺の命令だ」
「そんな事、言われなくてもやるに決まってるじゃないか」
「なら、そんな下らない事は、もうニ度と訊くな!
「……」
勝者の強権発動により、智代はいじけた子供の様に口を尖らせながら口を閉ざす。
ひとまず、これで智代の方は片付いたか。
後は、姿の見えない朱鷺戸だが……、
「朱鷺戸、居るか?居たら隠れたままでいいから返事してくれ」
既に広場に向かわれた可能性もあるので、まずは樹上を見渡しつつ、そう声をかける。
すると、どこからともなく返事だけが返ってきた。
「ええ。居るわよ」
「そうか……さっきの話だがな……」
居る事を確認し、俺は虚空に向けて話を進める。
あるいは、ただのノリで言った冗談なのかもしれない。
だが、それでも俺は、彼女に対してもケジメをつけねばなるまい。
「さっきは世界を変えるだとか格好のいい事を言ったが、実際の所は、何をどうすればいいのか俺にはさっぱり判ってない。その手段も定まっていなければ、当然プランも何も無いのが本音だ。そんな今の俺には、お前は過分に過ぎる。お前の才能を活かしてやろうにも、その術が無い。だからな、朱鷺戸、お前はお前自身の事を頑張れ」
「あたし……自身の事?」
「いや、お前の事情とかまったくよくわからんし、何言ってんだ?って思うかもしれんが……何かあんだろ?お前がやりたい事や頑張りたい事が。いや、今でなくてもいい。何か困難にぶつかった時、挫けそうになったら頑張れ。そしていつか、俺が道を見つけ旗揚げする事があったら、その時は改めて力を貸して欲しい」
言っていて、自分でも何言ってんだ?と思った。
言葉が勝手に口をついて出てくる。
でも不思議な事に、それが偽らざる俺の本心でもあった。
何故か彼女に、それを伝えないといけない様な気がした。
頑張れ!
負けるな!
と……。
「……それが……あなたがあたしに勝った時にする命令?」
「そう……だな……そうなるのかな?」
少々パニくってショートしたのか、偏頭痛に襲われ左手で頭を押さえる。
すると、目の前にフワリと朱鷺戸は降り立った。
天啓を伝えに来た天子の如く。
その神々しさに一瞬魅入り、それに気付いて敗北を予感する。
だが、彼女の手には銃は握られておらず、その両手で銃を握る俺の右手を包むと、自らの左胸のセンサーにそれをそえ、天上の笑みを浮かべて言った。
「うん……頑張るね」
こうして、最後の勝者は決まった。
「ヒャッホゥッ!!やったな渚!!さすが俺の娘だぜ!!」
優勝者は……一人時間内に広場に来て居た渚さんである。
俺は結局間に合わなかったのだ。
渚さんは一人も倒していない為、誰もバツゲームは無しという前代未聞の結末となった。
「本当にいいんでしょうか……?わたし、誰も倒せてないです。ちゃんと戦ってたオーちゃんを優勝にした方がいいと思います」
「気にするこたぁねぇぞ渚!どうせこいつらは、乳繰り合うのに夢中になってて遅れたに決まってるからな!」
「ええっ!?」
「乳繰り……!?」
恐縮する渚さんに秋生さんがまた悪質な冗談を言いって赤面させ、春原さんは興奮して鼻の穴を拳が入りそうなくらい広げる。
まったく、この人達は……!
「してませんよ!足引っ張り合って共倒れになっただけです」
「ズルイぞ川上!!智代ちゃんのだけでなく、天使ちゃんのおっぱいまで一人占めなんてあんまりだ!!」
「おまえは……人が大勢居る中で変な事を口走るなーーー!!」
「ふごっ!!」
そして、俺の胸倉を掴んできた所を智代に蹴られ、いつもの様に春原さんは昇天した。
「おにぃちゃ~ん……」
「ちちくりマンボ、ちちくりマンボ、ちちくりマンボ……これ以上は恥ずかしいの……」
兄の痴態に目を伏せる妹さんの後ろで、一ノ瀬さんが謎の呪文を唱えながら自慢の乳をゆさゆさしていたが、そこまでやって恥ずかしがっても手遅れだと思う。
「まあ、そういう訳ですんで、渚さんが優勝で」
「いいんでしょうか……?」
「そういうルールなんだ……ですから、気に病まなくていい……です」
「川上や智代達がいいなら、いいんじゃねえか?」
「ど~も怪しいけどね~……」
杏さんが鋭い半眼を向けてくる。
いや、まあ、多分秋生さんとかも解っててとぼけてんだろうけど。
「まあ、勝ちは勝ちでいいんじゃない?」
「おめでとう!渚ちゃん」
「おめでとうございます!渚さん」
「渚ちゃん、おめでとうなの」
「みなさん、ありがとうございます」
皆が渚さんを祝福した事で、ようやく渚さんも満更でもないといった様子で顔をほころばせた
これで、めでたしめでたし、大団円。
と思っていると、商店街のおっさん軍団がゾロゾロとやってきた。
「いや~、なかなか楽しかったよ」
「特にオーキ君のチームは本当に強かった。あれだけ凄い動きとチームワークがあれば、野球の方もかなり期待出来るだろう。これで、我々も安心して明日の試合を任せられるって物だ」
「え、え~と~……それってまさか……?」
「フッ、そういう事だ。今日やったゾリオンは、商店街の連中におめぇらの実力を見てもらう為に仕組んだ物だ」
俺の悪い予感を、秋生さんが得意気に代弁する。
まあ、最初っからそんな気はしていたが……。
「あの……それなら野球の練習試合をすれば良かったんじゃ……?」
「何ぃっ……!?それを先に言いやがれぇぇぇ~~~っ!!」
明日の試合、とても不安だ……。