第二章 5月4日 いきなりバトルロワイヤル
午後からの練習は、森の中にある“あの場所”の広場でやる事になった。
ここなら人があまり来ないし、周りに民家も無いのでおもいっきりやれる。
今日は秋生さんも参加し、本格的なノックやバッティング練習をやり、
「……どうしてこうなった?」
何故か森の中でサバゲー、いや、『ゾリオン』をやる事になった。
「よし、次はこいつを使った練習をする」
一通りの練習を終え集合をかけた秋生さんは、玩具の光線銃『ゾリオン』を掲げながらそう言った。
『赤い稲妻ゾリオン』
俺が子供の頃に発売された、専用のセンサーを装着し赤外線光線銃で打ち合って遊ぶ玩具だ。
同時に放映された販促アニメの効果もあって、かなり流行ったのだが……アニメの放映終了と共に子供達のブームはとっくに去って久しい。
しかし、俺の周りではいまだにそれが続いていたりする。
主に大人達の間で……。
子供が飽きた玩具に秋生さんと商店街のオヤジ達がハマッてしまい、今でもゾリオンによるサバゲー大会が毎年一回は催されている。
まあ、BB弾をばら蒔くよかずっと安全でエコだし、確かにたまにやると楽しいのだが……やっぱりゴッコ遊び感がエアガンの比ではなく恥ずい。
だから俺もここ数年参加してなかったんだが……。
「こいつでって……その玩具で?」
「まさか、それで撃ち合うってのか?」
「その通りだ」
「野球と関係ねえじゃんか!」
岡崎さんが一同を代表してつっこむ。
だが、まだまだ秋生さんて人を理解していないようですね岡崎さん。
この人に常識とか脈絡とか通じないから!
「ふっ……甘いなJJ」
「岡崎だ。てか、誰だよ!?」
確かゾリオンの主人公……。
案の定、秋生さんはつっこみにまったく動じないどころか、鼻で笑ってみせる。
「例えばだ、ランナーが居る状況で打球を処理する時、ランナーを刺すのか、それともファーストに投げてバッターを刺すかを瞬時に判断して投げなきゃならねえ。そこで判断を誤ればアウトに出来るモンも出来ねえからな。つまり、野球にはそういった状況に応じた的確な判断力が必要となる訳だ。そして、その判断力を養うには、サバゲーが一番だ!」
「判断力はともかく、サバゲーはこじつけだろ!普通にランナーを置いた守備練習をすりゃあいいじゃんか」
「だからお前は甘えと言ってるんだ!何のプレッシャーも無い練習で出来る様になっても、試合の緊張感の中で出来なきゃ意味がねえ。その点、常にいつ敵に襲われるかわからねえ中での判断を求められるサバゲーは、判断力を養うのにうってつけって訳だ」
いや、このチームはそれ以前の問題ですから……。
なのだが、秋生さんの勢いと説得力の前に何を言っても無駄と悟ったか、岡崎さんは閉口する。
長年、口達者なガキ共の頂点に立ち続けてきただけあり、秋生さんは屁理屈も無双だ。
「それにだ。この練習の為に、わざわざ商店街の有志の方々が集まって、既に森に配置してくれている。今更やらねえ訳にもいかねえ」
「どんだけ暇なんだよ、ここの商店街!?」
おっさん連中まで用意済みとは……端からやるつもりだったって事か。
て事は、この森で練習する事にしたのも全てはゾリオンの為だろう。
本当に暇なんだな……。
「まあ、ただやるだけじゃ燃えねえだろうから、このサバゲーの優勝者にはある権利が与えられる」
「サバゲーって言っちまったよこのおっさん」
「権利?」
「最後まで勝ち残った奴には、直接倒した奴に一週間何でも命令できる権利だ!」
「それってつまり、もし撃たれた相手が優勝したら、何でも言う事聞かなきゃダメって事じゃない!」
「な、何でもって、何でも命令していいの!?」
「当然だ。それが勝者の特権だからな」
「うひょぉ!!」
「もっとも、その結果どうなろうと一切責任は取らんがな。そこは自己責任だ」
秋生さんはとても大切な事を言ったのだが、何でもOKと聞いて興奮している春原さんの耳には入っていなかった。
だが、賞品を聞いてもやる気になったのは春原さんだけで、他のメンバーは負けた時の事を考えますます浮かぬ顔をしている。
「お父さん……私達もやるんですか?」
「ああ。基本全員参加だ。面子は多い方が盛り上がるからな」
「あの……私遊んだ事ないんで、使い方とかよくわからないんですけど……」
「何も難しい事はねえ。的を狙ってトリガーを引くだけだ。ほらな」
渚さんや椋さんの遠回しな遠慮をすっとぼけながら、秋生さんは一ノ瀬さんをアゴで指した。
彼女は光線銃に興味深々らしく、真っ先に手にとって物珍しそうに観察している。
ビィィィーーーッ!!
「はふっ!!」
けたたましい電子音が鳴り、それに驚いた一ノ瀬さんが目をつぶってビクッと息を呑む。
どうやら試しに自分のセンサーを狙って撃ったらしい。
「大丈夫ですかことみちゃん?」
「びっくりしたの」
よほど気に入ったのか、それでも一ノ瀬さんは懲りずに銃を調べはじめた。
それを見て秋生さんは満足そうに頷くと、もっともらしい決まり文句で反対意見を封じ込める。
「まっ、人生何事も経験だ。んじゃ、ルールを説明する。
『1つ、センサーは必ず左胸に付け、終了まで外したりしない事』
『2つ、センサーをガード出来るのは銃でのみ』
ポケットに隠したり、腹ばいになってりゃ撃たれねえってのは無しだ」
「えっ……ダメなの?」
「当たり前でしょ……」
「やろうとしてたのか……卑怯な奴だな」
春原さんがアテが外れたという顔をしている。
ひょっとして、ちょっと自信有り気だったのはそれをやるつもりでいたからか?
残念ながら、卑怯な裏技の類はガキの頃にほとんど出尽くし、いずれも禁止事項になっている。
「『3つ、フィールドはこの広場を中心にビニールテープで区切られた区域内』
こいつは時間経過で徐々に狭めていくから注意しろ。無論、範囲の外に出たら失格だ。
『4つ、撃たれた者は誰に撃たれたかを確認し、武装解除してこの広場に戻って待機』
センサーに数字が書いてあるだろう?それが各人の番号になる。名前を知らない相手でもわかるって寸法だ。誰に撃たれたかぐらい、ちゃんと覚えておけよ」
「撃った方が覚えとくんじゃないんだ」
「そりゃあ、撃たれるのは一度だけど、撃つ方は何人になるかわからないからでしょ」
「もちろん、撃った方も覚えておくに越したことはねえがな。他は直接殴ったり、危険でなければ原則何でも有りだ。待ち伏せや狙撃、一時的に手を組んだってかまわねえ。まっ、こんな所だ。何か質問は有るか?」
説明を聞き終え、先輩達は困惑した表情で互いに顔を見合わせたりしながらも、もはや避けられない運命と受け入れたかそれ以上ごねる事は無かった。
「よし、それじゃあ適当に散ってくれ。開始は五分後だ」
こうして、ゾリオンin“あの場所の森”は始まった。
準備が終り逃亡フェイズに移行しても、直ぐに広場を離れる者はいなかった。
「……逃げないの朋也?」
「お前こそ、とっとと逃げればいいだろ」
何気無いやりとりだったが、俺は杏さんの瞳が一瞬ギラリと光を放ったのを見逃さなかった。
杏さんは岡崎さん狙いか……。
しかし、殺気を放っているのは彼女と春原さんくらいで、他の人はどちらかと言うと“如何に生き残るか”だけを考えていそうだった。
「共闘しても構わないみたいですから、まずはみんなで行動すればいいんじゃないでしょうか?」
「それじゃあ、ゲームにならなくない?」
「わたしは椋ちゃんの意見に賛成です。お父さんや商店街のみなさんも来ているみたいですし」
「おっさんはこういうの強そうだからな……最初に倒しておいた方がいいかもな」
どうやら先輩方は共闘策でいくようだ。
この場合それも仕方がないんだろうが……あまり得策とは言えないだろう。
「んじゃ、俺は先に行くぜ。ピストルの音が開始の合図だからな」
それまで皆の出方をうかがっていた秋生さんが、やれやれといった感じで一番先に動いた。
狙われている自分が動かなければ他も動かないと察したのだろう。
それでも何気に子供達の安全を配慮してか、彼は森の入り口方面へと歩いていく。
なら、俺も動くとするか……。
秋生さんの方に目がいっている先輩達を尻目に、俺もさりげなく広場を後にした。
周囲を警戒しつつ、俺は秋生さんとは逆の方向、森の奥を目指し木々の間を急いだ。
秋生さんを警戒しているのは先輩達だけではない。
あの人はゾリオンでも商店街最強である。
そして、その罰ゲームにおいても最凶なのだ。
秋生さんが敗者に課すペナルティ、それは売れ残りの、と言うか早苗さんのパンの強制購入に他ならない。
だから、自然と秋生さんは商店街メンバーからも集中に狙われる事になる。
恐らく、あちらは激戦地になるだろう。
下手に近寄るのは危険だ。
それにしても……。
「まったく……試合は明日だろうに……」
本当にこんな事をしていていいんだろうか?
まあ、練習の方は付け焼刃じゃ大して上達するでもなし、個々のレベルは大体わかったから問題無いのかもしれんけども……。
渚さん、演劇の練習があるとか言ってたけど、大丈夫なのか?
秋生さんが突拍子も無いのはいつもの事だが、他でもなく愛娘の渚さんの邪魔をする様なマネはしないと思うのだが……。
「!」
腑に落ちない物を感じながら進んでいると、背後に追跡者の気配を感じた。
振り返って確認した訳では無いが、つけられている……気がする。
撒くか……。
単に同じルートを来ているだけかもしれんが、あちらの意図はわからんし、距離を詰められる前にやり過ごした方がいいだろう。
この森の地理は、星明かりさえあれば歩ける程熟知している。
何気なく木々や茂みに紛れつつ死角から死角へと移動し、音も無く茂みの裏に隠れ身を潜めた。
俺が来たのと同じ方向から、タッタッタッと走ってくる音が聞こえてくる。
やはり誰か後ろから来ていたか。
足音が間近に迫る。
そして茂みの間からその正体を確認すると、やってきたのは……クマだ!
髪の長い森のクマ娘が後からついてきていた!
やっぱりあいつだったか……。
俺が広場から人知れず居なくなった事に気付いて追ってきたのか?
幸い、クマさんはきょろきょろしながらも俺には気付かず、そのまま走り過ぎていった。
行ったか……。
複雑な心境で溜息をつく。
少し可哀相だが、あんな目立つ奴と一緒に居たら、オヤジ達の好奇の的だ。
折角、秋生さんに狙いが集まっているのに、わざわざヘイトを上げる必要はないだろう。
バトルロイヤルで大切なのは、目立たない、極力敵のターゲット優先順位を上げない事である。
それが低ければ、仮に発見されたり接触しても、確実にやられる様な状況でなければ敵も深追いはしてこない。
それがだ、若いカップルとか居ていちゃついてみろ。速攻狙われるに決まってる。
先輩達の様に集団で行動するのも、目立つだけなので得策とは言えない。
まあ、あれは仕方が無いんだろうけど……。
本当に先輩達が秋生さんを狙うつもりなら、ついでの様に狙われて早々に全滅するだろう。
非戦闘員を多数連れて激戦地に赴くのは、自殺行為に等しい。
さっきも言ったが、間違いなく秋生さんは全員から集中的に狙われる。
だが……それでもあの人を確実に討てるとは限らない。
何しろ、元傭兵だと言われても不思議でない程ぶっちぎりの戦闘力を持ち合わせているのだ。
マジで1対残り全員で丁度いいと思う。
秋生さん自身も、狙われる事を楽しんでいるし。
集中攻撃を浴びながら、平気でこちらを翻弄しゲリラ戦法で各個撃破を狙ってくるのだ。
そう、例えば、こんな風に射撃に適してそうな高い樹とかあると……。
「……」
「……」
たまたま高樹を見上げていくと、その枝の上から俺に向けて銃を構えている奴と目が合った。